サムエル記上 8:1-3
「サムエルは年老いて、その子らをイスラエルのさばきづかさとした。 長子の名はヨエルといい、次の子の名はアビヤと言った。彼らはベエルシバでさばきづかさであった。 しかしその子らは父の道を歩まないで、利にむかい、まいないを取って、さばきを曲げた。」
サムエルの息子たちは年老いた父に代わりイスラエルのさばきづかさに任命されましたが、父の教えに従わず、この世の富に目がくらんで不正を働きました。これが一代限りで世襲制とはならなかった士師の限界です。
信仰は個人的な神様との関係によるもので、いかに父が偉大な信仰者また指導者であったとしても、自分と神様との関係がしっかりと確立されなければ、人は正しい道を歩むことができません。生まれ育った恵まれた環境に甘えることなく、自分の意志で神様に従い仕える決断を行い、主に喜ばれる人生を歩む私たちでありますように。
http://bible.com/81/1sa.8.1-3.ja1955
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サムエル記上 8:4-5
『この時、イスラエルの長老たちはみな集まってラマにおるサムエルのもとにきて、 言った、「あなたは年老い、あなたの子たちはあなたの道を歩まない。今ほかの国々のように、われわれをさばく王を、われわれのために立ててください」。』
イスラエルの人々はサムエルの息子たちが裁きを曲げたことを不服とし、周囲の他の国々のようにイスラエルの王を立てるようにと求めました。しかしこれは筋違いの要求で、たとえサムエルの息子たちが父に倣い正しい裁きを行っていたとしても、イスラエルを治める王は神様に他なりません。イスラエルの民は口実を見つけては自分たちの思い通りの要求を繰り返すのみでした。私たちは彼らの過ちを見習ってはなりません。
http://bible.com/81/1sa.8.4-5.ja1955
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サムエル記上 8:6-9
『しかし彼らが、「われわれをさばく王を、われわれに与えよ」と言うのを聞いて、サムエルは喜ばなかった。そしてサムエルが主に祈ると、 主はサムエルに言われた、「民が、すべてあなたに言う所の声に聞き従いなさい。彼らが捨てるのはあなたではなく、わたしを捨てて、彼らの上にわたしが王であることを認めないのである。 彼らは、わたしがエジプトから連れ上った日から、きょうまで、わたしを捨ててほかの神々に仕え、さまざまの事をわたしにしたように、あなたにもしているのである。 今その声に聞き従いなさい。ただし、深く彼らを戒めて、彼らを治める王のならわしを彼らに示さなければならない」。』
自分の息子たちの不正を指摘されイスラエルの王が欲しいという民の要求を不服としたサムエルでしたが、主は民の声に聞き従うよう、サムエルに語りました。サムエルが不満に思った以上に、主こそイスラエルの民のわがままな要求をどれほど悲しんだでしょうか。それでも主は民の声を聞き、王のならわしを条件提示してそれでも王が欲しいというならば、神様に代わりイスラエルを治める王を立てることを許可されたのです。主の心の広さ、寛容さに感謝する私たちでありますように。
http://bible.com/81/1sa.8.6-9.ja1955
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サムエル記上 8:10-11, 17-18
『サムエルは王を立てることを求める民に主の言葉をことごとく告げて、 言った、「あなたがたを治める王のならわしは次のとおりである。彼はあなたがたのむすこを取って、戦車隊に入れ、騎兵とし、自分の戦車の前に走らせるであろう。
…
また、あなたがたの羊の十分の一を取り、あなたがたは、その奴隷となるであろう。 そしてその日あなたがたは自分のために選んだ王のゆえに呼ばわるであろう。しかし主はその日にあなたがたに答えられないであろう」。』
サムエルは主のご命令に聞き従い、この世の王のならわしをイスラエルの民に語り聞かせました。それは自分たちから搾取する王であり、民は王の奴隷となるということです。せっかくエジプトの奴隷から解放されたのに、再び王の奴隷になるのです。神様はイスラエルを愛し、豊かな祝福をもって恵まれるお方ですが、この世の王はそれと正反対です。神様を王としない生き方は、このような虚しい人生だということを決して忘れてはなりません。
http://bible.com/81/1sa.8.10-11,17-18.ja1955
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サムエル記上 8:19-22
『ところが民はサムエルの声に聞き従うことを拒んで言った、「いいえ、われわれを治める王がなければならない。 われわれも他の国々のようになり、王がわれわれをさばき、われわれを率いて、われわれの戦いにたたかうのである」。 サムエルは民の言葉をことごとく聞いて、それを主の耳に告げた。 主はサムエルに言われた、「彼らの声に聞き従い、彼らのために王を立てよ」。サムエルはイスラエルの人々に言った、「あなたがたは、めいめいその町に帰りなさい」。』
サムエルからこの世の王のならわしを聞かされたイスラエルの民たちは、それでも王が欲しいと主張しました。彼らの要求は、目には見えない神様の守りと御支配に気付かず、目先の利益を追うものでしかありませんでした。しかし主は民の声を聞き、王を立てるようにとサムエルに命じました。神様は、私たちの誤った判断をも、最善に導いてくださいます。このような二重三重の恵みの中に生かされていることを心から感謝する私たちでありますように。
http://bible.com/81/1sa.8.19-22.ja1955
「サムエルは年老いて、その子らをイスラエルのさばきづかさとした。 長子の名はヨエルといい、次の子の名はアビヤと言った。彼らはベエルシバでさばきづかさであった。 しかしその子らは父の道を歩まないで、利にむかい、まいないを取って、さばきを曲げた。」
サムエルの息子たちは年老いた父に代わりイスラエルのさばきづかさに任命されましたが、父の教えに従わず、この世の富に目がくらんで不正を働きました。これが一代限りで世襲制とはならなかった士師の限界です。
信仰は個人的な神様との関係によるもので、いかに父が偉大な信仰者また指導者であったとしても、自分と神様との関係がしっかりと確立されなければ、人は正しい道を歩むことができません。生まれ育った恵まれた環境に甘えることなく、自分の意志で神様に従い仕える決断を行い、主に喜ばれる人生を歩む私たちでありますように。
http://bible.com/81/1sa.8.1-3.ja1955
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サムエル記上 8:4-5
『この時、イスラエルの長老たちはみな集まってラマにおるサムエルのもとにきて、 言った、「あなたは年老い、あなたの子たちはあなたの道を歩まない。今ほかの国々のように、われわれをさばく王を、われわれのために立ててください」。』
イスラエルの人々はサムエルの息子たちが裁きを曲げたことを不服とし、周囲の他の国々のようにイスラエルの王を立てるようにと求めました。しかしこれは筋違いの要求で、たとえサムエルの息子たちが父に倣い正しい裁きを行っていたとしても、イスラエルを治める王は神様に他なりません。イスラエルの民は口実を見つけては自分たちの思い通りの要求を繰り返すのみでした。私たちは彼らの過ちを見習ってはなりません。
http://bible.com/81/1sa.8.4-5.ja1955
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サムエル記上 8:6-9
『しかし彼らが、「われわれをさばく王を、われわれに与えよ」と言うのを聞いて、サムエルは喜ばなかった。そしてサムエルが主に祈ると、 主はサムエルに言われた、「民が、すべてあなたに言う所の声に聞き従いなさい。彼らが捨てるのはあなたではなく、わたしを捨てて、彼らの上にわたしが王であることを認めないのである。 彼らは、わたしがエジプトから連れ上った日から、きょうまで、わたしを捨ててほかの神々に仕え、さまざまの事をわたしにしたように、あなたにもしているのである。 今その声に聞き従いなさい。ただし、深く彼らを戒めて、彼らを治める王のならわしを彼らに示さなければならない」。』
自分の息子たちの不正を指摘されイスラエルの王が欲しいという民の要求を不服としたサムエルでしたが、主は民の声に聞き従うよう、サムエルに語りました。サムエルが不満に思った以上に、主こそイスラエルの民のわがままな要求をどれほど悲しんだでしょうか。それでも主は民の声を聞き、王のならわしを条件提示してそれでも王が欲しいというならば、神様に代わりイスラエルを治める王を立てることを許可されたのです。主の心の広さ、寛容さに感謝する私たちでありますように。
http://bible.com/81/1sa.8.6-9.ja1955
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サムエル記上 8:10-11, 17-18
『サムエルは王を立てることを求める民に主の言葉をことごとく告げて、 言った、「あなたがたを治める王のならわしは次のとおりである。彼はあなたがたのむすこを取って、戦車隊に入れ、騎兵とし、自分の戦車の前に走らせるであろう。
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また、あなたがたの羊の十分の一を取り、あなたがたは、その奴隷となるであろう。 そしてその日あなたがたは自分のために選んだ王のゆえに呼ばわるであろう。しかし主はその日にあなたがたに答えられないであろう」。』
サムエルは主のご命令に聞き従い、この世の王のならわしをイスラエルの民に語り聞かせました。それは自分たちから搾取する王であり、民は王の奴隷となるということです。せっかくエジプトの奴隷から解放されたのに、再び王の奴隷になるのです。神様はイスラエルを愛し、豊かな祝福をもって恵まれるお方ですが、この世の王はそれと正反対です。神様を王としない生き方は、このような虚しい人生だということを決して忘れてはなりません。
http://bible.com/81/1sa.8.10-11,17-18.ja1955
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サムエル記上 8:19-22
『ところが民はサムエルの声に聞き従うことを拒んで言った、「いいえ、われわれを治める王がなければならない。 われわれも他の国々のようになり、王がわれわれをさばき、われわれを率いて、われわれの戦いにたたかうのである」。 サムエルは民の言葉をことごとく聞いて、それを主の耳に告げた。 主はサムエルに言われた、「彼らの声に聞き従い、彼らのために王を立てよ」。サムエルはイスラエルの人々に言った、「あなたがたは、めいめいその町に帰りなさい」。』
サムエルからこの世の王のならわしを聞かされたイスラエルの民たちは、それでも王が欲しいと主張しました。彼らの要求は、目には見えない神様の守りと御支配に気付かず、目先の利益を追うものでしかありませんでした。しかし主は民の声を聞き、王を立てるようにとサムエルに命じました。神様は、私たちの誤った判断をも、最善に導いてくださいます。このような二重三重の恵みの中に生かされていることを心から感謝する私たちでありますように。
http://bible.com/81/1sa.8.19-22.ja1955