敗戦で国土を焼き尽くされた日本。高校野球の夏の全国大会を主催してきた大阪朝日新聞は、日本人の復活のためには、娯楽としての野球の必要性に目覚め、終戦直後から動き出します。戦時中、文部省に奪われた主催権を取り戻し、GHQに大会開催を納得させ、全国の指導者にも大会への参加を呼びかけ、審判や野球の技術指導のために全国へ出向きます。甲子園を目指してきた野球部員は開催を期待するが、グローブ、ボール、バットなどの野球道具が焼失し、野球部員すら9人に満たない。実現したい気持ちはあっても、衣食住などの眼前の生活問題が横たわるため、指導者でさえ、乗り気ならない。
そして、最大の難局はGHQの壁。アメリカではベースボールはプロが主宰すべきものであり、学生スポーツにあまり価値を認めないし、学生野球は道(どう)の意識が強く、楽しむための競技ではないと決めつけている。また、教育において、スポーツ活動よりも、戦前の教育をアメリカ流、民主主義なものすることに重きを置くのが先決とするため、なかなか腰を上げてくれない。
大阪朝日新聞で交渉の中心人物であった神住(かすみ)は甲子園のマウンドに立った経験があり、東京六大学でも活躍した存在。アメリカ軍の中にいる、学生ベースボール経験者に何度も面談し、神宮球場で、アメリカ軍チームと日本学生野球経験者チームとの試合をする提案を受け、プレイボールとなる。
継続してきたものが中断され、再興することの難しさ、また、占領されている立場でも物申すことの大切さを知りました。日米文化の差、ベースボールと野球の違いはあっても、同じグランドに立てば、勝負を決する雌雄であり、スポーツをする楽しさや相手に勝つために自分を磨く克己心を養うことは同じです。作中で、「記者なら、自分の書いたもんの代価を考えるんやったら、絶対にホンモノやないとあかん」とある通り、志のあるホンモノを示せば、文化の差異は乗り越えるのです。
『夏空白花』(須賀しのぶ著、ポプラ社、本体価格1,700円)