陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

サイト更新しました

2005-12-09 22:59:48 | weblog
サイト更新しました。
http://f59.aaa.livedoor.jp/~walkinon/先日までここで連載していた『木・岩・雲』、手を入れてサイトにアップしました。
ブログ掲載時よりずいぶん読みやすくなっているはずですので、どうかそちらにも遊びに行ってみてください。

***

今日、地元の図書館に行ってみたら、リサイクルの棚に、中央公論社刊の折口信夫全集全31巻が出ていたのです。ひっくりかえるくらい、驚いてしまいました。こんなものが全巻リサイクルされているなんて。身体が震えてしまいました。

まず三十一冊、全部もらって帰ることができるだろうか、と考えました。自転車です。荷物もあります。前カゴ、うしろのカゴ両方に入れても、絶対に無理です。加えて置き場所。五つある本棚全部、前後ろ、隙間無く本が並び、入りきらない本は床に置いて、獣道を形成しています。そこに全集本三十一冊を置く余裕は、どう考えてもありません。おまけにこんな本を、専門でもないわたしが独占しちゃっていいんだろうか。考えました。考えに考え、選びに選んで、古代研究篇三冊だけ、ありがたく頂いて帰ることにしました。

それにしても、うれしいです。ほんとうにうれしい。国文学篇が一冊と、民俗学篇が二冊です。ほんとうにうれしいクリスマスプレゼントを頂きました。サンタクロースの存在を、ちょっとだけ、信じたくなりました。

あ~、クリスマスといえば冬休みだ。これから二月ぐらいまで、地獄のような日々が続きます。
そういえば去年、身体が痛くて目が覚めたら、玄関先で靴を脱いだだけで寝てたことがありましたっけ……。台所の床でも寝ないようにしなくちゃ……。眼が覚めて、一瞬、ここはどこだ、コンタクトを入れたままの目はばりばり、全身が痛んで……、というのは、サイテーの気分です。もちろん酔っぱらったわけではないんです。それが、冬休み、ということなんです(涙)。

こんなカワイソーなわたしのために、サイトの方もまたのぞいてみてくださいね。
それでは、また♪

翻訳の状況と無難な文章書きである自らの考察について

2005-12-08 21:53:34 | weblog
昨日までここで続けていました"A Tree, A Rock, A Croud"の翻訳ですが、いろいろ考えてタイトルを『木・岩・雲』に変更することにしました。
そこらへんの事情も、少し書く予定にしています。
いま推敲はだいたい終わって、ノートの部分を書いているところです。明日あたりにはサイトのほうにアップできると思いますので、またそちらにも遊びに行ってみてくださいね。


-----【今日の感慨】-----

無難な文章書き

翻訳を勉強していたころのテキストが必要になって、本棚の奥底を漁っていた。すると目指すテキストも出てきたけれど、わたしが訳したものを含め、当時のクラスのメンバーの講評一覧まで一緒に出てきたのだった。十二回の連続講義を受けてから、提出した訳文をそのたびごとに評価してもらった結果である。担当者も、扱ったテキストもさまざまだった。

にも関わらず、わたしの講評ときたら。
「無難な訳」
「会話、地の文ともそつなくまとまり無難な印象」
「テクニカル・タームも無難に処理してある」
「大きな誤訳もなく無難にまとまっている」
……。
担当者が変われど、テキストが変われど、「無難」が列をなして行進しているのである。
何を訳しても「無難」なのである。

ちょっとがっくり来てしまった。
もちろん、そのときは二年目だったということもある。いまはそのころより多少はうまくなっているはずである。それにしても、それが必ずしも技術とばかりはいえない、文章そのものの持ち味であるとしたらどうなのだろう。わたしの持ち味、というのは、もしかしたら「無難」ということなのだろうか。実際、「文章のうまさで読ませる」とか、「訳が際だつ」とか、「非常に洗練された訳文」、「日本語として完成度が高い」という評価を得ている人が、必ずほかにいるのだ。

ところが見ているうちに気がついた。文学作品で「際だつ」と評価されている人が、科学エッセイでは「語彙が不適切」であったり、科学エッセイで「日本語として完成度が高い」人が、報道の翻訳では「作文している箇所が見られる」とあったり、必ずしも評価が一定していないのである。

常に無難、ということは、もしかしたら低値安定、ということなのかもしれない。オールラウンドに無難(笑)というのも、一種の能力と言えなくもないのではあるまいか。

とくに文章がうまいわけでもない。とくに英語の能力が高いわけでもない。完成度の高い日本語が書けるわけでもなく、洗練されているわけでもないわたしの訳文は、下調べと、書き手に寄り添おうとする気持ちと、おそらく「無難」なわたしの文章の持ち味によるところのものなのだったのだろうと思う。

無難、というと、どうしたって褒め言葉にはならないけれど、難が無い、ということでもあるわけで、可もなく不可もなく、ではあっても、それはそれで悪いものではないはずだ。
なんというか、際だったところがない、というのは悲しいものだけれど、それが自分の持ち味ならば仕方があるまい、とも思うのだ。

わたし自身、もしかしたら「無難」な人間なのかもしれない。
なんとなく思い当たる節がなくもないのである。

カーソン・マッカラーズ『木・岩・雲』 最終回

2005-12-07 23:03:54 | 翻訳
 路面電車の窓が明るくなって、青に染まっていた。ふたりの兵士はビールの代金を払ってからドアを開けた――外に出る前に、ひとりは髪を梳かしてゲートルについた泥をぬぐった。三人の紡績工は、黙々と食事を続けている。壁の時計が時を刻んだ。

「こういうことなんだ。よく聞いてくれよ。わたしは愛について、ひたすらに考え、結論を出したのだ。わたしたちがどこで間違えるのかがよくわかった。男というものが、生まれて初めて愛してしまう、そうなったときの相手は誰だ?」


 少年は柔らかい唇をなかば開けたまま、返事もしなかった。

「女だ」年老いた男は言った。「科学の存在もなく、頼るべきものもなく、男はこの世でもっとも危険であり、神聖なものでもある経験をその身に引き受けようとする。男は女に心を奪われる。そうではないかな?」


「間違ったところから始めてしまうのだ。クライマックスから始めてしまうようなものだ。どうしてそのように惨めなことになってしまうのだろうか。ならば、男はどのように愛したらよいのだろう?」

 老人は手を伸ばして少年の革の上着の襟をつかんだ。そうして少年をそっと揺さぶり、真剣な緑の目は瞬きもせずにじっと見つめた。

「君はどう思う? 愛することはどこから始めたらいい?」

 少年はおとなしく座ったまま、じっと耳を傾けていた。ゆっくりとその頭を横にふる。老人は身を寄せてささやいた。

「木。岩。雲」

 通りはまだ雨が降っていた。穏やかでグレーの、いつ止むとも知れぬ雨だった。紡績工場から、交替告げる六時のサイレンが鳴り、三人の紡績工は金を払って行ってしまった。カフェに残ったのは三人、レオと、老人と、新聞配達の少年だけだった。

「ポートランドの天気もこんなふうだった」と男は言った。「そのときわたしの科学が始まったのだ。考えに考えて、慎重に進めていった。外で何かをつかまえて、それを家へ持って帰るのだ。金魚をいっぴき買ってきて、そいつに意識を集中し、愛してやった。ひとつ卒業すると、つぎのもの。一日ごとにわたしはこの術を身につけたんだ。ポートランドからサンディエゴに行く途中……」

「いいかげんにしろ!」レオが怒鳴った。「黙れよ、やめるんだ!」

 老人はまだ少年の襟元を握りしめていた。小刻みに震えながら、その顔は、真剣で、晴ればれとし、同時に猛々しくもあった。「六年というもの、わたしはひとりっきりであちこち行って、この科学を構築していったのだ。いまではわたしも達人となった。もうなんでも愛することができるのだ。もはや考える必要さえない。通りにあふれかえる人々を見れば、美しい光がこの胸に差し込んでくる。空の鳥を見る。道を急ぐ旅行者に会う。あらゆるもの。あらゆる人。あらゆる見知らぬ人々。そのすべてをわたしは愛している。わたしのような科学がどういうものなのか、君にもわかるかね?」

 少年は身を強ばらせ、両手できつくカウンターの縁をつかんでいた。やがてこう尋ねた。「やっぱり、その女の人に会えたんですか?」

「え? 何だって?」


「つまり……」少年はおずおずと聞き直した。「また女の人を好きになったんですか?」

 老人は少年の襟元を握りしめていた手を離した。顔を背けると、緑の目には初めてあやふやで散漫な色が浮かんだ。カウンターのマグを持ち上げ、黄色いビールを飲み下す。頭がふらふらと揺れていた。そうしてしばらくのちに返事をした。「いいや。そのことはわたしの科学の最終段階なんだ。わたしは慎重に進んでいる。だからまだそこまでいっていないのだ」

「ほほう」レオが言った。「それはそれは」

 老人は立ち上がると扉を開けた。「忘れるんじゃないぞ」早朝の雨に煙る灰色の光を背に、扉口に立った老人の姿は縮んだようで、みすぼらしく弱々しかった。だが、その笑顔は晴れやかだった。「忘れるんじゃない。おまえを愛しているよ」そう言って、もういちどだけうなずいた。そうして、後ろ手にドアを静かに閉じた。

 少年は長いあいだ何も言わないでいた。額にかかる前髪を引っ張ると、汚れた小さな人差し指を、からっぽのカップの縁に沿わせる。やがてレオのほうを見ないまま、尋ねた。

「あの人、酔っぱらってたの?」

「ちがう」レオは言葉少なに答えた。

 少年の澄んだ声が高くなった。「じゃ、ヤク中か何か?」

「それもちがう」

 少年は顔を上げてレオを見た。平たい小さな顔には思いつめた色を浮かべ、声はいっそう熱を帯び、高くなる。「頭が変なの? 狂ってたと思う?」その声は、急に迷ったかのように低くなった。「レオ? そうじゃないの?」

 だが、レオは何も答えようとはしなかった。終夜営業のカフェを経営して十四年になるが、常軌を逸した振る舞いに関しては、一家言持っていた。街のさまざまな連中や、一晩だけふらりと迷い込んでくる流れ者も来る。そうしたあらゆる人間が持つきちがいじみたところをよく知っていた。けれども、自分の言葉を待っているこの子供の疑問に応えてやるつもりはなかった。青い顔を強ばらせて、じっと黙っていた。

 少年はヘルメットの右のフラップを引っ張り下ろし、店を出がけに振り向くと、自分が言っても差し支えなさそうなただひとつの意見、笑われたり馬鹿にされたりすることのなさそうな、唯一の意見を言ってみたのだった。
「あの人、きっといろんなところへいっぱい行ったんだろうね」

The End




-----今日のサスペンス------

近所のスーパーでは、買い物をすると、五百円ごとにレジでスタンプを押してくれる。最近の多くの店で見受けられるような、磁気カードに記録していくような結構なものではなく、その昔、ラジオ体操の出席カードに押してもらった(出)の判子のように、レジの人が判子を押してくれるのだ(出、ではないけれど)。

だが、この判子、結構微妙なのである。

864円、買い物をしたとする。これはまず、だれでも判子はひとつだけだ。

2985円、買い物をしたとする。これは非常に多くのケースで6個、判子がもらえる。

ならば1486円はどうか。この額のあたりというのは人によってばらつきがある領域なのだ。三個押してくれる人もあれば、二個だけの人もいる。傾向のようなものがあって、多めに押してくれる人は、決まってポンポンポンと気前よく押してくれるし、パンクチュアルな人は、ほぼ間違いなく、ポンポン、と二個だけだ。

自分のふところが傷むわけではないんだから、多少のおまけはしてくれても良いのではないだろうか、とわたしはいつも思うのだけれど、まぁあまり勝手なことを言っても始まらない。レジに表示された953、という数字を見ながら、二個、二個、と念を送るのみである(笑)。

しわい人というのが確かにいて、そのおばさんはいかにもやる気がなさそうで、ほんとうに困ってしまうのだ。一度など、四百三十五円のおつりのところを、百円玉がないから、と、五十円玉を八枚よこしたぐらいだ(百円玉のストックがスーパーになかった、なんて考えがたいし、常時余分にレジのなかには入っているのではあるまいか。単に新しい包みを開けるのが、面倒くさかったにちがいない。以来、その人がレジにいると、そこは避けるようにしている。バーコードの読みとりも、雑にやっているので、失敗が多く、その人のところだけ、客が捌けない、というのもよく見かける光景だ。それだけ雑なのに、判子に関してだけは、やたらパンクチュアルで、五十円玉のお釣り事件の前、一度1497円買い物をして、判子が二個だけだったことがある(ここまで覚えているわたしは、単にせこいだけか?)。

ただ、この人よりもっと苦手なのが、アパートの同じ並び、数軒先に住む人なのだ。そこの家の子に、宿題の英語を一度教えてあげたことがあるし、わざとらしく避けるのもなんとなく変なので、その人がレジにいると、そこに並んだりもするのだけれど、いつも「三個押しときましたから~」といった具合に、微妙に恩を着せられてしまう。そういうのはめんどくさいなぁ、と思ってしまうのだ。こんなことなら、パンクチュアルにやってもらったほうが気がラク、というような気もする。またそのうち、宿題を見てやって、と言われるのではないか、と怖れているというところもある。

期限は一ヶ月で、このスタンプカードがいっぱいになると、少額の商品券がもらえる。ところがわたしの買い物額というのが、毎月、実に微妙なところなのだ。なんとかいっぱいにしようと、ほかの店にも寄らず、せっせとその店で買い物をするようになって、これはまさに店の思うつぼだ、と思いつつ、精算時に、微妙な額だと、ドキドキしながらレジの人の手元をみつめてしまうわたしなのだった。

カーソン・マッカラーズ『木・岩・雲』 3.

2005-12-06 22:19:23 | 翻訳
 少年はその男のことをどう考えたらよいのかわからず、子供らしい顔には好奇心と不審さの入り混じった、おぼつかなげな表情が浮かんでいた。新聞配達を始めてからまだどれほどにもならなくて、早朝とは思えないほど暗い街並みを行くことにはまだなれていないこともあった。

「そうだ」と男は答えた。「連れ戻そうとありとあらゆることをやってみた。居場所をつきとめようと歩き回ったし、身内がいるというタルサにも行ってみた。モビールにも。話しに出てきた場所はひとつ残らず行ったし、関わりあった男もみんな突き止めた。タルサ、アトランタ、シカゴ、チーホー、メンフィス……。ほぼ二年間というもの、妻を取り戻そうとして、国中を探し回った」

「ところがそのおふたりさんは、地上から消えちまってた、とくらぁ」とレオが混ぜ返した。

「あんなやつの言うことなんかに耳を貸すんじゃない」男は声を潜めた。「それからいま言った二年間のことも忘れてしまっていい。そんなことは重要じゃない。大切なのは、三年目あたりから奇妙なことが起こり始めたことなんだ」

「何が起こったの」少年は聞いた。

 男は身をかがめて、ビールをまたひとくち飲もうとマグを傾けた。ところがマグに顔を近づけたところで鼻の穴がヒクヒクと動いた。気が抜けたビールの臭いを嗅いだために、飲む気が失せたのだ。「愛というのは、もともと奇妙なものなんだ。最初は妻を連れ戻すことだけ、考えていたのだ。一種の気違いのようなものだな。だがそれから時間がたつうち、妻のことを思い出そうとしなきゃならなくなった。だがそうしたら、どうなったと思う?」

「わからない」

「ベッドに横になって、妻のことを考えようとすると、頭のなかが空っぽになってしまう。顔が見えてこないんだ。写真を出して、よく見る。それでもうまくいかない。なんの役にも立たない。空っぽだ。それがどういうふうだか、わかるか?」

「おい、マック!」レオはカウンターに座っている客に呼びかけた。「このおっさんの頭ン中は、空っぽなんだってよ」

 のろのろと、蠅でも追い払うように男は手を振った。だが、緑色の目は、新聞配達の少年の平たい、小さな顔に、じっと据えられたまま動かない。

「ところが、舗道にガラスのかけらだの、ジュークボックスから流れてくる安っぽい歌だの、夜、壁に映った影だの、そんなものを見た拍子に、出し抜けに思い出すんだ。通りでそんなふうに思い出したりしたら、叫び出すか、頭を電柱にぶつけるかしたものだった。わたしの言うことがわかるかね?」

「ガラスのかけら……」

「なんだっていいんだ。わたしはただそこらへんを歩いているだけで、どうやって思い出しているのか、いつ思い出すのかもわからない。何か身を守るようなものを用意しておけばいい、と思うかもしれないが、記憶のよみがえりというのは、正面から向かってくるわけじゃないんだ――横から回り込んでくるんだ。見るもの聞くものすべてに翻弄されてしまった。いつのまにかわたしが妻を捜しに国じゅうを歩き回っているのではなくて、妻の方がわたしの胸の奥底へ入り込んで追い回すようになった。追い回しているんだよ、間違いなく。胸の奥底まで来て」

やがて少年が聞いた。「そのときおじさんはどこにいたんですか?」

「ああ」男はうめき声をあげた。「わたしは重い病気に罹っていた。天然痘のような。ありのままを言おう。酒浸りになっていたんだ。姦淫の罪も犯した。思いのまま、ありとあらゆる過ちを犯したのだ。正直に言うのは辛いことだが、そうすることにしよう。あの時期のことを思い返すと血も凍るような気がするよ」

 男はうつむいて、額をカウンターにこつこつとぶつける。しばらくの間、この体勢のまま動かなかった。やせこけたうなじには、オレンジ色の毛がもしゃもしゃと生え、長い節くれ立った指は重なり合って、祈りの形になっている。やがて男は身体をまっすぐ起こした。笑みの浮かんだ顔は、急に晴ればれとしていたが、小刻みに震え、ひどく老いていた。

「五年目に、こんなことがあった。一緒にわたしの科学もスタートしたのだ」

" レオは口をねじ曲げて、短い薄笑いを浮かべた。「ま、オレたちゃだれも若くはならないもんな」そう言うと、急に怒りがこみあげたように、持っていた雑巾を丸めて、勢いよく床に叩きつけた。「薄汚ねえおいぼれの色男が」

「何があったんですか」少年は尋ねた。

 年老いた男は、高い、生き生きとした声になった。「平和だよ」

「何ですって?」

「科学的根拠に基づいて説明するのはたやすいことではないのだ。論理的に言うなら、妻とわたしはあまりに長い間、お互いから逃げ惑っていたために、とうとうふたりとももつれあい、ダメになり、終わってしまったのだと思う。そうして平和が訪れた。不思議な、美しい空白だ。ポートランドは春で、毎日、昼下がりになると雨が降った。夜の間、わたしはずっと、闇の中、ベッドに横になっていた。そうして、科学が、わたしのうちに生まれたのだ」

(この項つづく)



------【雪の日の思い出】-------

朝、非常階段を下りようとして、そこから見える北西の山が雪をかぶっているのに気がついた。寒いはずだ、あちらのほうは雪がふったのだ。

いまわたしの住んでいる地域では、年内に雪が降ることはまずない。
子供時代を過ごした都内でも、雪が降るのは年が明けてから、という感覚だったような気がする。

大学に入って初めての冬、12月1日に初雪が降ったのをいまでも覚えている。
地下鉄の階段をあがって外に出たら、暗い空から、湿った大きな雪が、ぼたぼたと落ちていたのだ。
暗いなか、雪はぼぉっと浮かび上がり、「おもてはへんにあかるいのだ」という宮沢賢治の詩の一節が浮かんでくる。

湿った雪は、身体にふれるとたちまち溶け、着ていたパーカーはあっというまにべしょべしょになった。粉雪ではない、こんな雪を見るのもめずらしく、おまけに12月に入ったと思ったら、さっそく雪が降るのだな、と思うと、なんだか大変なところに来たような気がして、なんとなくまた、胸の内に重しが加わったように思った。

最初のころは、同じ出身校や同郷の人間とも、親しく行き来していた。自宅から通える大学はたくさんあるのに、わざわざ関西まで来たのはどうしてか、といった話をしたり、「自分、田舎はどこやの?」と言われてカチンときた、「かまきり」だの「おにぎり」だのの発音がおかしいと嗤われた(関東人からみれば、おかしいのはそっちだ)と腹を立て、都内のどこそこの店は行ったことがあるか、どこそこの何は食べたことがあるか、と、ローカルな話題で盛り上がってもいたのだが、後期に入るようになると、それも間遠になっていった。新しい関係を積極的に求めることもしないでいると、気がつけば、一週間以上、まともに人と話もしていなかったりもした。

雪の中、息を蒸気機関車のようにわざと、はっ、はっ、と吐きながら、ウォークマンから聞こえてくるジャズ・メッセンジャーズの“モーニン”に合わせて、ざっくざっくと歩いていった。暗い中、橋を渡っていくと、川面から骨までしみ通るような冷たい風が吹き付けた。遠くの山が白くまだらになっている。白々と明るいコンビニの隣りに、うっそうと暗い町家が並んでいた。通りの向こうではヒールの高いブーツを履いた女の人と、お坊さんがすれ違う。こうやって、歩きながら、一歩、一歩、わたしはこの見知らぬ街を知っていくのだ、と思った。

カーソン・マッカラーズ『木・岩・雲』 2.

2005-12-05 23:42:46 | 翻訳
 男の前のカウンターには、大きな茶色いビア・マグに入ったビールがあった。それを持ち上げて飲むのではない。そのかわりに背中を丸めてあごをマグの縁にのせ、しばらくそのままじっとしているのだった。そうしてふたたび両手で抱えると、ひとくち飲む。

「そのうち、そのでかっ鼻をマグに突っ込んだまま眠り込んで、溺れちまうぞ」とレオが言った。「かの有名な流れ者、ビールの海にて溺死。そいつぁ気が利いた死に様だぜ」

 新聞配達の少年は、なんとかレオに合図しようとした。男が見ていないすきに顔をくしゃくしゃにして、口を動かすだけで、声には出さず聞いた。「酔ってるの?」けれどもレオは眉をあげてみせただけであっちへ行ってしまい、ピンクの縞模様のベーコンを取り上げて、グリルにのせるのだった。男はマグを押しやると、背筋を伸ばし、たるみ、変な風に曲がった手をカウンターの上で組む。新聞配達の少年を見つめる男の顔は悲しげだった。夜明けは近く、少年は重い新聞の袋を持ち替えた。

「愛の話をしてやろう」男は言った。「わたしの見解によると愛は科学なんだよ」

 少年は半ばストゥールからおりかけていたが、男が人差し指を上げると、なんとなく少年は立ち去ることができなくなってしまった。

「十二年前、わたしはあの写真の女と結婚したんだ。一年と九ヶ月と三日と二晩、わたしの妻だった。愛していたんだ。ああ……」おぼつかなげな、とりとめのない声に力を入れ直して、話を続けた。「わたしは妻を愛していたし、妻もそうだったと思う。わたしは鉄道技師だった。暮らしを快適にするためのものならなんでも買ってやったし、贅沢もさせた。満足してないとは、夢にも思わなかった。だが、どうなったと思う?

「知らねえなぁ」とレオが言った。

 男は少年の顔を見つめたままだった。「わたしを残して行ってしまった。ある晩、戻ってみたら家はもぬけの空で、妻の姿はなかった。行ってしまったんだよ、わたしを残して」

「だれかと一緒だったの?」少年は尋ねた。

 男はそっと手のひらをカウンターに置いた。「ああ、そういうことだ。女というものは、ひとりっきりで家を出ることはしない」

 カフェは静かで、店の外の通りには、おだやかな雨が、暗く、止むこともなく、降り続いていた。レオはベーコンを長いフォークの先で押さえつけて焼きながら言った。「てことは、おまえさんときた日には、十一年もその尻軽女を追いかけてるってことか。まったくご苦労なこった」

 男は初めてレオに一瞥をくれた。「低俗な言い方をしないでほしい。もうひとつ、わたしはきみに話してるんじゃない」少年に向き直ると、信頼しているのだ、秘密を打ち明けているのだ、とでもいうように声を落とした。「彼の言うことなど、気にはしないでほしい。いいね?」

 少年はおぼつかなげにうなずいた。

「こういうことなんだ」と男は話を続けた。「わたしはさまざまなことを感じるタイプなんだ。これまで生きてきて、起こったことがそのたびごとに心に刻み込まれた。月の光。美しい娘の脚。つぎつぎに。問題は、わたしが何を楽しもうが、奇妙な感覚があることだった。まるで自分のから離れていって、まわりにぷかぷか浮いているような感じだ。何もきちんと片づかないし、ぴったり合う感じもしない。女はどうだったかって? 女も多少は知ったよ。だが、同じだった。終わってしまえば、自分から離れてただよっていくだけだ。わたしは愛するということができない人間だったんだ」

 男はたいそうゆっくりと瞼を閉じたが、そのようすはまるで劇の一幕がすんで、幕が下りたようだった。だが、ふたたび話し始めると、その声は熱を帯び、言葉はあとからあとから流れ出した――大きな、垂れ下がった耳たぶも震えているようだ。

「そんなとき、あの女に会った。わたしは51歳になっていたが、女は決まって30だと言っていた。ガソリンスタンドで会って、結婚したのはそれから三日後だった。どんな感じだったかわかるか? とてもじゃないが、口では言えやしない。いままでにわたしが感じてきたあらゆることが、女のまわりに全部集まってきたようなものだ。もう何も自分から離れてただよったりしない、女のせいですべてが収まるところに収まったのだ」

 男は急に口をつぐんで、長い鼻をそっとさすった。声を低め、固い、とがめるような小声で言った。「きちんと説明できてないな。実際はこういうことだったんだ。こういった美しい感情と、まとまりのない、ささやかな喜びといったものが、自分のなかにはあったのだ。そうして、女は、言ってみればわたしの魂の流れ作業場のようなものだった。ベルトの上にわたしの小さな部分がのっていて、彼女のなかを通り抜けると、わたしという人間が完成する。どうだ、わかるかね?」

「なんていう名前だったの?」

「ああ」と男は言った。「ドードーと呼んでいた。だがそんなことはどうだっていい」

「戻って来させようとしてみたの?」

 男の耳には入らないようだった。「こんな状況で、女がわたしをおいて出ていったあと、どんな気持ちだったか想像できるかね?」

 レオはグリルからベーコンを取り上げ、二枚をパンの間にはさんだ。顔色は悪く、目は細く、細い鼻にかすかな青い影が落ちていた。紡績工のひとりがコーヒーのお代わりを持ってくるよう合図を送ったので、レオは注いでやる。それもただではなかった。紡績工は毎朝ここで朝食をとっていたのだが、レオは客と馴染みが深くなればなるほど、ますますしみったれになっていくのだった。自分が食べるパンさえも、物惜しみするがごとく、少しずつかじるのだ。

「もう奥さんには会ってないの?」
(この項つづく)

カーソン・マッカラーズ『木・岩・雲』 1.

2005-12-04 22:03:37 | 翻訳
今日からカーソン・マッカラーズの短編『木・岩・雲』の翻訳をやっていきます。

http://cstl-hhs.semo.edu/stokes/SW308/A%20Tree.%20A%20Rock.%20A%20Cloud.htmで読むことができます。

* * *



 雨の朝、まだあたりは真っ暗だった。路面電車を改造したカフェにたどりついた少年は、新聞配達もほとんどすませたところでコーヒーを飲もうと入っていったのだった。そこは終夜営業の店で、苦虫を噛みつぶしたような顔をして、吝いレオという男がやっている。

身を切るような、寒々とした通りから入ってきてみると、店のなかは心温まる光があふれていた。カウンターには兵隊がふたり、紡績工場の作業員が三人、そうして隅には背中を丸めてビア・ジョッキに鼻と顔の下半分を突っ込んでいる男が座っていた。少年は飛行機乗りのようなヘルメットをかぶっていた。カフェに入ると、あごのストラップをはずして、右の耳当てを持ち上げて、薄赤く染まった小さな耳を出した。ふだんなら少年がコーヒーを飲んでいると、だれか親しげに話しかけてくる。だが、今朝はレオが少年の側に寄ってくるわけでもなく、みな無言のままだ。少年がコーヒー代を払ってカフェを出ようとしたとき、声をかけられた。

「おい、ちょっとそこの」

 少年が振り返ると、隅の男がうなずきながら手招きしている。ジョッキから顔を上げ、急に晴ればれとした顔になった。長い顔は青白く、大きな鼻をして、褪せたような赤毛をしている。

「坊やのことだよ」

 少年は男のほうへ歩いていった。12歳ぐらいの小柄な少年で、新聞の束の重みで、一方の肩がかしいでいる。

 おうとつの少ない、そばかすの散った顔で、丸い子供らしい目をしている。

「何か用ですか?」

 男は片方の手を少年の少年の両肩に回すと、あごをつまんで顔をそっと左右に揺すった。少年は決まり悪げに後ずさった。

「よせよ、なんだっていうんだ」

 うわずった少年の声が響き、カフェは急にしんとなった。

 おもむろに男がいった。「おまえを愛しているよ」

 カウンターの男たちがいっせいに笑った。しかめっつらをしたまま後ずさる少年は、どうしていいかわからないようだ。カウンターの向こうにいるレオを見ても、疲れた顔のまま、すげない、あざけるような目で見返すばかりだ。少年もなんとか笑ってみようとしたが、男の顔は生真面目で、かなしそうだった。

「からかうつもりじゃなかったんだよ」と男は言った。「ここへ座って、ビールでも飲もうじゃないか。話さなくちゃいけないことがあるんだ」

 横目使いでおそるおそる、新聞配達の少年は、カウンターの人々にどうしたらよいか尋ねるようなまなざしを向けた。だが、ふたたび自分のビールや朝食に意識を戻した男たちは、だれに少年の視線には気がつかなかった。レオはコーヒーをついだカップに小さなクリームの容器を添えて、カウンターに差し出した。

「こいつは未成年だ」とレオが言う。

 新聞配達の少年は、自分の体を持ち上げるようにしてストゥールに腰掛けた。ヘルメットの耳当ての下の耳は、ひどく小さくて真っ赤になっていた。男は酔いのさめた顔でうなずいてみせた。

「たいせつなことだ」そう言うと、後ろのポケットに手を伸ばして何かを取り出し、すっぽりと手のなかに納めたまま、少年の前に差し出した。「気をつけてよく見ておくれ」

 少年は目を凝らしたが、気をつけて見なければならないようなものは見当たらない。大きな汚れた手のなかにあるのは、一枚の写真だった。女の顔だが、ひどくぼやけていて、はっきりとしているのは身につけている帽子とワンピースだけだった。

「見えるね?」男は聞いた。

 少年がうなずくと、男はもう一枚の写真を、手のひらにのせた。その女が水着姿で海辺に立っている。水着のせいで、腹部が変に膨れあがって見え、そこだけが目立っているのだった。

「よく見たね?」男は顔をよせ、やがて聞いた。「この女を見たことはないかね?」

 少年は身じろぎもせず腰掛けたまま、男の方をはすに見た。「ぼくが知ってる人じゃないと思うけど」

「結構」男は写真にふっと息をふきかけ、またポケットにしまった。「これはわたしの妻なんだ」

「死んじゃったの?」少年は尋ねた。

 男はのろのろと首を振った。口笛でも吹くように、くちびるをすぼめると、「いいぃぃや」と引っ張って答えた。「これからその話をしよう」

(この項つづく)

サイト更新しました

2005-12-03 22:50:03 | weblog
先日こちらに連載していた「ほんの動物 ――わたしたちと「隣人」をめぐるささやかな考察」アップしました。
http://f59.aaa.livedoor.jp/~walkinon/
いつものことではありますが、ブログ掲載時のものに大幅に加筆しています。とにかく全部書いてしまわなきゃどうにもならない。どうもそういうやりかたしかできないみたいです。

ちょうど忙しい時期にぶつかったこともあって、いろんな意味できつい時期だったんですが(日によっては20分ぐらいで書いたのもあります)、頭のあちこちから、ネタ出しをするのはおもしろいものでした。ほんとはトマス・ハリスの『羊たちの沈黙』だの、スティーヴン・キングの『ペット・セマタリー』だのも出てくる予定だったんですが、涙を呑んで? 没にしたのもずいぶんあります。

***

今日、駅から出たところで、背の高いスーツ姿のふたりぐみのお兄ちゃんに声をかけられました。若い、純朴そうな顔をしたアメリカ人。そうです、モルモンズです。
「英会話を教会でやってます。習いに来てください」とチラシをくれようとしたので、
「あー、わたし、英語、わかんないんですよー」と言って、とっとと帰ってきました。いや、ほんと、教会に習いに行ったほうがいいかもしれないんですが(笑)。

モルモン教徒といえば、その昔、こんな経験があります。

高校時代、冬休みに友だちが「ウチ、いま親いないから遊びにおいでよ」と電話をくれたんです。
親には「Mちゃんちに勉強に行ってくる」と言って、家を出ました。
彼女の家にいくと、おどろいたことにリビングにそのスーツ姿のモルモンズがいるんです。
なんでも、布教に来たんだけど、宗教の話はしない、ということで、ピザをご馳走してあげることにしたんだ、と。

帰国子女で英語と日本語が同じくらいに話せるMちゃんは、せっせとピザを焼いていました。何も話すことがなければ、黙っていることにしているわたしは、本を広げて読み始めました。
そしたら、それは何の本? なんてことを聞いてくるわけです。そこでぼつぼつと話していたら、ピザをオーブンに入れたMちゃんが戻ってきて
"**は絵がとってもうまいのよ"みたいなことを言う。
じゃ、ぼくらも描いて、みたいな話になって、わたしも話すよりは絵を描いていた方がラクだったので、ひとりずつ、似顔絵をあげました。

十九歳と二十歳であること、大学在学中に、必ず二年間、外国で布教活動をしなければならないこと。ひとりのお兄ちゃんは、大学を卒業したら、一般の企業に就職するつもりだ、と言っていましたが、もうひとりのお兄ちゃんは、聖職者になろうかと、いま迷っている、みたいなことを言っていました。

そのほかにも、ユタ州のハイスクールでも、プロム(高校のダンスパーティ)があるの、とか、当時流行っていたマドンナの話とか、わたしが持ってきた数学の参考書を見て、わー、こんなむずかしいのやってるんだ、とか、ごくふつうの高校~大学生の話をしました。

すると、ひとりのお兄ちゃん(就職すると言った方)は、わたしの描き終えた絵に、髪の毛を書き加え始めたのです。クルーカットの短い髪は、おそらく伸ばすこともできないのでしょう。わたしのたいして似てもいない「似顔絵」でも、どうなっているのか、見てみたかったのだと思います。

納得したのか、自分が描き加えた肩までの髪の毛を、消しゴムで消して、わたしに、もういちど描き直して、と言いました。厚かましいヤツだなー、とは思ったけれど、まぁいいや、と、特別サービスで、もういちど描いてあげました。

Mちゃんの家でピザを食べ、コーラを飲み(カフェイン飲料、良かったのだろうか?)、ああだこうだくっちゃべって、おそらく教会の方は布教で廻っていた、ということにしているのでしょう、なんだか街頭で見かける、笑顔を貼り付けた感じのモルモンズではない、そこらへんのふつうのお兄ちゃんのような感じで、ああだこうだおしゃべりして、そうしてわたしの描いた似顔絵を、ふたりともフォルダーのなかに納めて帰っていきました。

わたしは絶対にそういうことはできないので、Mちゃんがいなければあり得なかった体験だったと思います。
おそらくもうモルモンズと話をすることもないと思うんだけど。

わたしの描いたへたくそな似顔絵、ユタ州にいったんでしょうか。

* * *

明日からまた翻訳の連載を始めようと思っています。ああ、それにしても、わたしってほんとうに働き者!
クリスマスネタは、もう少し引っ張ります(笑)。

今日の連想

2005-12-02 22:27:43 | weblog
いま、たまたまレトリックの本を何冊か読んでいるのだけれど、つくづく英語のイディオムというのは一種のレトリックだなと思う。

たとえば、わたしはいまでもよく覚えているのだけれど、昔
"You are barking up the wrong tree."と言われたことがあった。
「ちがう木を見上げて吠えてるんだよ」、つまり、お門違い、ということなのだけれど、わたしはこの言葉を聞いたときに、木を見上げてわんわん吠えている犬が脳裏に浮かんでしまった。
もちろん「お門違い」という言葉を聞いても、わたしたちは門を間違えて入っていってしまう人の姿が浮かんできたりはしない。

あるいは「捕らぬ狸の皮算用」と聞いたって、タヌキの皮もソロバンも頭には浮かんでこないけれど、
"Don't count your chickens before they hatch."(タマゴが孵化する前にヒヨコの数を数えるな)と言われたら、やっぱりタマゴとヒヨコが浮かんできてしまう。

つまり、「呑み込む」にしても、「把握する」にしても、実に多くの言葉が比喩表現がもとになっているのだけれど、わたしたちはそれをモハヤ比喩とも思わないように、「黒山の人だかり」とか「枯れ木も山のにぎわい」とか、言葉そのものの意味とは無関係に、レトリックとしてそれらの言葉を使っているのだ。

ところが英語となると、母国語ではないだけに、まず語の文字通りの意味が頭に浮かんできてしまう。
わたしが好きな表現に
"You let the cat out of the bag."(ネコをカバンから出しちゃったよ)というのがあって、カバンを開けたとたんに勢いよく飛び出してくるネコをイメージしてしまうのだけれど、これは秘密を漏らしてしまう、ということだ。
なんでネコが出てきたら秘密がばれちゃうんだろう? わたしにはわからない。

ネコが出てきたのなら、犬も。
"Your plan will go to the dogs."(その計画はたぶんうまくいかないよ)

ただ、この表現を初めて知ったのは、ポール・セローの"My Secret History"のなかで、型破りな神父が"Let me tell you when you go to the dogs. Think of it --the dogs!"
日本語にすると、「人間が堕落したらどうなるか教えてあげよう、考えてもごらん……」のあとに"the dogs"とことさら犬を強調するものだから、主人公の少年も自分の叔父さんが飼っている二匹のコッカ・スパニエルを想像して笑ってしまう。
わたしもこれ一発でこの表現を覚えて、使えるチャンスがあったときに意気揚々として使ってみたら、「この子はものすごく英語ができる!」ということになってしまって、実は全然そんなことがなかったものだから、大変な目に遭ったのだった。
中勘助の短編に『犬』というのがあるのだけれど、とにかくインドのバラモンのお坊さんが、呪術で思いを募らせる女性と自分をともに犬に変えて、その女の犬に自分が食い殺される、という『銀の匙』の作者とは信じられないような強烈な話で、それとこのgo to the dogsは抜きがたく結びついてしまっている。だから、なんで犬になっちゃうと堕落するんだろう、とは不思議と思わない。

"I'm burning a hole in my pocket."(ポケットを焦がして穴を開けちゃった)
これは割とイメージが湧きやすいと思うのだけれどどうでしょう。
懐が暖かい、ということなんですね。暖かい、というより、アッチッチ、なんだけど。こういうことを言ってくれる人は、"I'll treat you."と言って、おごってくれるはずです。

じゃ、これは?
"I paid through the nose."(鼻を通して払った)
これは日本語だと目玉になる。目玉が飛び出るほどの値段、ということだ。なんとなく、わからなくはない、というか、何か痛そう……。

"It struck close to home for me."(家の近くを打った)
これは「痛いところを突く」感じ。身につまされた、というときも使う。やっぱり胸が痛いっていうのは、比喩なんだろうか。でもやっぱり実際に痛みを感じますよね。

ところでわたしが全然わからないのは"face the music"
感じとしては、"I've got to face the music."(音楽に向き合わなくちゃ)というふうに使うんだけれど、「身から出たさびだから、仕方がない、と甘んじて受け入れる」なのだ。音楽に向き合うと楽しいんじゃないかな。なんで自分の落とし前をつけることになっちゃうんだろう。
なんでなんだろう。どこから来たんだろう、と昔から考えているのだけれど、ちっともわからない。

ところでDream Theaterの追加公演が新聞の広告に出ていた。1.15、これも日曜、おまけにセンター試験の一週間前じゃん。行けるわけがない。これも"face the music"なんだろうか。レトリックじゃなくて、文字通り聞いていたら手に汗をかいちゃうような"panic attack"、うーん、これだけでもナマで聞いてみたいんだけどなー。
"I can't have my cake and eat it too."(ケーキを食べたい、だけど食べたら持っていることはできなくなってしまう→ディレンマです)

明日には、なんとかサイト更新できると思います。
I'm keeping my nose to the grindstone.(ずっと砥石に鼻をくっつけてるところ→いまあくせく書いてるところです)

この話したっけ ―クリスマスの思い出

2005-12-01 22:24:19 | weblog
暗くなりかけたなかを歌を歌いながら自転車で帰っていると、ふいに“ぎくっ”とした。自分が何に“ぎくっ”としたかわからず、それでも自転車を止めてあたりを見回した。

自分が通り過ぎたばかりの家のベランダに、よじのぼろうとしている人影がある。それを目の隅で捉えて、アヤシイ人影! とばかり、“どきっ”としたにちがいない。とはいっても、ディズニーランドの「カリブの海賊」の人形が、実際の人間より小さいのと同じく(余談だが、もとはもっと大きかったらしいのだ。それが、人間に近いサイズだと、暗い中ではものすごく怖くなってしまうんだとか。それでいまのサイズになった、というのを、その昔、何かで読んだ記憶がある)、人影というにはずいぶん小さいのだけれど、薄暗いなか、ベランダにしがみついている人型の物体は、確かに気味が悪い。そのベランダの手すりに手をかけて、不法侵入しようとしている人物は、例の、赤い服を着た年寄り。いや、還暦のちゃんちゃんこを着たおじいさんではなく(ああ、このジョークが書いてあるブログは最低でも2400はあるにちがいない)、白いひげの、ホッホッホー、と言って笑う、あのじいさんだ。

よく見ると、コードがあちこちとぐろを巻いていて、豆電球もいっぱい点いている。電源を入れればさぞかしきらびやかなクリスマスのイルミネーションなのだろう。
まぁ電気代がかかろうがどうだろうが、わたしの知ったこっちゃないんだが。

***

わたしは幼稚園の年中から小学校の四年まで、カトリックの学校に行っていたのだが、そこではクリスマスは大きなイヴェントで、楽しかった。クリスマス会のメイン・イヴェントはキリストの生誕劇。わたしも二年生のとき、東方の三賢者のひとりとして、「あ、星が。イエズス様がいまお生まれになりました」というセリフを言ったことを、いまでも覚えている(なんでこういう役に立たないことばかり覚えているんだろう。わたしの記憶容量は、こうしたジャンクに食い尽くされているにちがいない)。
クリスマス会の最後は、キャンドル・サービス。
暗い中、ひとつひとつ灯されていくロウソクの炎は、火がこれほどまでに美しいものなのか、と思うほどだった。

わたしは五年になったとき引っ越して、転校することになるのだが、何が残念といって、クリスマス会にもう出られないことが残念だった。

転校先の学校は、公立で、そんなものがあろうはずもなく、そのかわり、地区の子供会主催のクリスマス会が、近所の神社(笑)の別棟にある集会所で開かれていた。そのクリスマス会というのは、当たり前ではあるが、宗教色のいっさいないもので、みんなでケーキを食べて、ジュースを飲んで、あとはお腹に枕をいれて赤いサンタクロースの服を着た新聞屋のおじさんが、スーパーに山積みされているお菓子を詰めた長靴と、プレゼント(袋詰めにされたノートとシャープペンシルと××新聞と書いてあるタオル)を配ってくれるのだった。それまでの豪華なクリスマス会との落差が激しすぎて、翌年は行かなかったような気がする。

わたしの家でもクリスマスが近くなると、ツリーを飾った。それほど大きくない、60センチぐらいの、もちろん本物の木なんかではない、プラスティックのツリーである。姉が小さいときに買ったもので、年々飾りは散逸してしまい、弟が小学生になったぐらいには、ずいぶん飾りが少なくなった。それを補うわけでもなかったのだが、家では「サンタさんにお願い」を短冊に書いて、そのもみの木もどきに結びつけていたのだ。わたしは何の疑問もなくそれをやっていたのだが、後年、だれに聞いても「それは変だよ」と言われることになる。だが、家のツリーには毎年「テレビをください」「二重飛びが二十回以上できますように」などと書かれた星形や長靴型の短冊が、いっぱいぶらさがっていた。

ところでこの話はあちこちで書いてきたので、すでにご存じの方も多いかと思うのだが、一応この話も書いておこう。

みなさんはサンタクロース、何歳まで信じていらっしゃいましたか?

わたしは小学校の二年まで、というか、正確にいうと、三年の十一月まで信じていた。
学校でクラスメートが「サンタクロースって、あれは親だよ」と言っていたのを聞いて、わたしは一気に何もかも合点がいった。

毎年わたしはサンタさんにテレビをお願いしていた。というのも、家にはテレビというものがなかったから。友だちの家に行くと、テレビがあるのがうらやましくて、テレビがついていてもそちらを見向きもしないで、まったくちがうことをして遊んでいる友だちが信じられなかった。おそらく街頭テレビに見入っていたころの人と同じような顔をして、テレビに見入っていたにちがいない。

ところがサンタさんがくれるのは、毎年レゴなのだった。
別にレゴをもらってうれしくなかったわけではない。なんであれ、プレゼントはうれしかったし、世界にはたくさん子供もいることだし、割り当てみたいなものがあるのだろう、というふうに、わたしなりに理解し、納得していたのだった。

だが、親であるとすると、レゴなんて、実にわたしの親が考えそうなプレゼントである。人生、すでに何十回目かに、「やられた」と思った。
家に飛んで帰って、姉に
「サンタクロースって親だった、って知ってた?」
「アンタもやっとわかったんだ。いったいアンタ、いつまでそんなこと信じてるんだろう、って思ってたよ」
つぎに、弟に聞いてみた。
その年、小学校に入ったばかりの弟であったが、年に似合わず、いつだって大変クールなわが弟は、そのときも顔色ひとつ変えず、こう言ってのけたのだった。
「あたりまえじゃん。世界中に子供がどれだけいると思ってるの? 全部にプレゼント配ってたら、どれだけ時間があっても、一年中プレゼント配ってなきゃならないよ」

だが、三人で並んで短冊を書いていたのは、あれは何だったのか。
「書いてたら、ああ、こういうものをほしがってるんだ、ってわかるでしょ?」
「どうせ買ってくれないのはわかってるけどね」

わたしは未だに、大変信じやすい人間である。