日守麟伍の和歌(うた)日記 Ringo Himori's Diary of Japanese Poetry

大和言葉の言霊の響きを求めて Quest for the sonancy of Japanese word

古語短歌物語『花の風』第一巻「始まり」より、巻末

2010年09月27日 | 日記
 部屋の前のベランダで煙草を吸っていると、長い廊下を女が向こうから歩いてくるのが見えた。

とおきより ちかずくかげを いもとみて あいおうさちに むねわたかなる
遠きより 近づく影を 妹と見て 相会ふ幸に 胸は高鳴る

(遠くからこちらへ近づいてくる人影が、あなただとわかって、もうすぐ会える喜びに胸が高鳴ります)

 用事を済ませて、部屋を出て行く女の後ろ姿は、美しかった。声をかけそうになる気持ちと、声をかけられない苦しさが募った。


はしきいもの うしろすがたに よびかくる こえにわいでず いろにいずとも
愛しき妹の 後ろ姿に 呼びかくる 声には出でず 色に出づとも

(いとしいあなたが帰って行く後ろ姿に、心のなかで呼びかけます。声には出せませんが、振り向いてください。私の切ない思いは、表情に出ています)

 一人になった部屋で、男は女のことで頭がいっぱいになっていた。

いもやきく わがこいおれば ことたまの ひびきわしげし あくがるるほど
妹や聞く 我が恋ひをれば 言霊の 響きは繁し 憧るゝほど

(あなたには聞こえますか。私の恋の思いは、魂が抜け出すほどで、鬱蒼たる森のような言葉となって広がっていきます)

 女は男の恋心に気付きながら、拒絶するでもなく、応答するでもなく、嫌がるでもなく、喜ぶでもなく、気付かない振りをして、男に接してくれた。

わがこうる おもいをしれる いもにあれば かたらぬこえも ききてありなん
我が恋ふる 思ひを知れる 妹にあれば 語らぬ声も 聞きてありなむ

(私の恋い慕う思いを、あなたは知っているので、声にならない声も、あなたは聞いているにちがいありません)


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