長編が文庫になったのを見かけるたびについ買ってしまう作家の新刊だ。
上下巻の2冊を、気がついたら一気に読み終えていた。
関西弁のリズムのなせるわざか、
決して短くない一文にありったけの叙情をこめながらも淡々と読ませるさすがの筆力ゆえか、
はたまた車窓を流れる風景のように間断なく移ろいゆくドラマが読者の心の奥底の迷いや悩みを惹き寄せるせいか。
近年の宮本輝の作品は、気軽なツアーでは行けない異国の地が舞台となっているものが多い。
世界はこの目で見ているよりもっとずっと広く遠くはてしない。
小さくまとまんなよ――そんなメッセージが人間臭いドラマの底流に熱くたぎっている。
宮本輝には、人の生と死がテーマとなっている作品も多い。
失ったものが教えてくれることというのも少なくないとか、
降りかかってくる災難は予測できないとか、
当たり前のようで本当のとこは呑み込めないままみんな悪戦苦闘してる、
それが人生なのだと静かに語りかけてくる。
昔々、友人を交通事故で失ったとき、タイトルに惹かれて手に取った一冊の文庫本が宮本輝との出会いだった。
――そうだ、人生を予測することなんかできない。
友人の死がなかったら、ヒイラギはいま東京にいなかったかも知れない。
ヒイラギがいま東京にいなかったら、
先生にも出会っていなかったろうし、
博士課程にも行ってなかったろう。
友人の死がなかったら、ヒイラギはあのとき歌うことをやめていなかったかも知れない。
ヒイラギが歌うことをやめていなかったら、
琴や三味線と出会っていなかったろうし、
名取にもなってなかったろうし、
あらためて歌うことが自分にとってとても大事だと気づかなかったろう。
いつ何が起こって、そのためにどんなに劇的に人生が変わってしまうか分からない。
それが、人生。
ならば今この時をいつもいつも大事に、めいっぱい愛しんで生ききらなくてどうする。
久しぶりに、しっかりと物思ふ機会をくれた小説だった。
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