古希からの田舎暮らし

古希近くなってから都市近郊に小さな家を建てて移り住む。田舎にとけこんでゆく日々の暮らしぶりをお伝えします。

『横綱』の朝青龍はおわったけれど。

2010年02月13日 07時14分24秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
 横綱琴桜のことから書きはじめます。
 鎌谷くん=琴桜=佐渡ヶ嶽親方は鳥取県倉吉市の出身です。四つ違いですがぼくと同じ中学を出ました。その中学に、中島(コンペ)先生という理科の先生がいました。熱心に教え、生徒を注意するときは、指をはじいておでこに『コンペ』を食らわす名物先生でした。そんなに痛くなかったけど。
 四十年ぶりに中学の同窓会があってそのコンペ先生にお会いしたとき、鎌谷=琴桜の話が出て「あいつはやさしかった。『鎌谷! ちょっと来い!』と注意するとイスを持って出てきた」とエピソードを話してくれました。解説すると、小柄なコンペ先生が、180センチ超の鎌谷にコンペを食らわすとき手が届かないから、先生が乗るイス持参で怒られに出てきたというのです。
 鎌谷くんは親方になってからも誠実で、一門の弟子たちの面倒見がよかったそうです。そんな彼が死の直前まで気にかけていたのが、その頃サッカー事件で休場していた朝青龍の去就でした。部屋はちがっても気のいい青年の前途を心配していたのでしょう。
「もし彼が佐渡ヶ嶽部屋の力士だったら……」ときのう書きましたが、どこか気脈の通じるところがあったのでしょう。朝青龍も敬意を払っていたそうです。残念ですが朝青龍の『横綱』は終りました。
 まだ29歳。これからモンゴルの草原に足を踏ん張って立つでしょう。たのしんで見守ることにします。 
 
  
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