古希からの田舎暮らし

古希近くなってから都市近郊に小さな家を建てて移り住む。田舎にとけこんでゆく日々の暮らしぶりをお伝えします。

もうすぐお盆です。

2018年08月09日 02時42分35秒 | 古希からの田舎暮らし
 畑のそばの、村の墓地は夏草におおわれていましたが、いま草が刈られて、きれいになりました。もうすぐお盆です。
 ぼくたちが借りている一反三畝の田んぼのすぐ上が、村の墓地になっています。地主の方の墓地は、ちょうど上から田んぼを見おろす位置にあり、この11年、ぼくが墓まわりの草を刈ってきました。
 遠い先祖の方々が、野山を田んぼにして、代々つくりつづけて、いま、ここに、ある。
 そのお蔭で、この11年、畑仕事ができました。
 いろんな作物をつくり、精いっぱい畑仕事に打ち込んできました。
 道子さんは、金胡麻、小豆、イチゴ、落花生、夏野菜、などなど。ぼくは、土手の草刈り、遊歩道の草刈り、畝間の草刈り、サツマイモ、小芋、大豆、黒豆などをつくり、脱穀し、収穫してきました。
 そうそう。コンニャク芋をつくったこともありました。コンニャク芋は同じ芋を4年かかって育ててからコンニャクにします。コンニャクを賞味したのも遠い思い出です。アメリカインディアンが戦いの前に食べるというアピオスという芋を作ったこともある。
 土手の肩に曼珠沙華を500球植えて「今年は何球咲くか」と毎日芽を数えて歩いたことも。
 この畑との出会いは、生涯の大きな出来事です。
 
 あれは11年前の2008年4月22日の夕方でした。老人会の行事のとき「あの田んぼ使こてか」と声を掛けてもらいました。大きすぎる田んぼなので思案してから、道子さんと二人で「お願いします」と言いに行きました。
 おばあさんは「ええで。やってみなはれ」と快諾されました。
「でも一度息子さんにたずねてみてください。なにか予定されてるかもしれないし」
「あそこで草刈っとるから、ほんならきいてみるわ」
 ぼくらが家に帰って10分もしたら、息子さんが自転車で来られ「どうぞ使ってください」。
 すぐに田んぼに案内してもらいました。
「一度、営農のトラクターで耕してあげますから」
 やさしい笑顔で、おだやかに話される方でしたが、今年が7回忌です。
 きのうはお盆の草を刈りながら、あのときの息子さんの笑顔がしきりに浮かび、この田んぼとの大きな出会いに、あらためて感謝しました。
 
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする