夜に野原みどりさんのリサイタルを聴きに浜離宮へ。
全てシューベルトプログラム。
このようなプログラムはピアノのリサイタルとはいえ珍しいのではないだろうか。
演奏はもちろんのこと、衣装やステージマナーも美しく、しばし現実を忘れるような時間を過ごした。
当然ながら表情豊かに歌うためには、それを表現するための技術が必要になる。
私がピアニストについて言及するのは恐れ多いのだが、今日の野原さんの演奏はこれまでのイメージとはまた少し違うものだった。
ときおり、和音が変わるギリギリまで音を残し、ときには前の音と被せている場面が見受けられ、フレーズの輪郭をぼかして、とても柔らかな音色を奏でていた。
それはシューベルト作品がそうさせているのか、あるいはウォールナット・スタンウェイなのか、会場の音響なのか。
とにかく、いつも鮮やかな語り口という、これまで抱いていた印象から、また新しい側面を垣間見た気がした。
全てシューベルトプログラム。
このようなプログラムはピアノのリサイタルとはいえ珍しいのではないだろうか。
演奏はもちろんのこと、衣装やステージマナーも美しく、しばし現実を忘れるような時間を過ごした。
当然ながら表情豊かに歌うためには、それを表現するための技術が必要になる。
私がピアニストについて言及するのは恐れ多いのだが、今日の野原さんの演奏はこれまでのイメージとはまた少し違うものだった。
ときおり、和音が変わるギリギリまで音を残し、ときには前の音と被せている場面が見受けられ、フレーズの輪郭をぼかして、とても柔らかな音色を奏でていた。
それはシューベルト作品がそうさせているのか、あるいはウォールナット・スタンウェイなのか、会場の音響なのか。
とにかく、いつも鮮やかな語り口という、これまで抱いていた印象から、また新しい側面を垣間見た気がした。