Asian Railway Plaza

アジア各国の鉄道やJR南武線の話題などをお届けします

フィリピン国鉄(PNR)マニラ首都圏の運行休止及びCalamba〜Lucena間で運行再開

2024年04月01日 18時46分36秒 | フィリピン
カトリックの国、フィリピンでは先週はホリーウィークに入り週末を中心に公共交通機関の輸送はストップしましたが、フィリピン国鉄(PNR)はこのホリーウィークに乗じて、マニラ首都圏の運行を3月27日の運行をもって終了し、28日より南北通勤鉄道(NSCR)の建設工事を促進するため運行が休止されました。

当初、PNR、マニラ首都圏の運行最終日は各メディア報道でもあるように今年1月中旬と報道され、PNR運行部の方からも暫定ながら今年1月15日と知らせをいただき、私もその暫定日を最終運行と信じて訪比しましたが、実際には運行最終日は延びてしまい3月27日となりました。
マニラ首都圏における運行区間については、南方線、Tutuban〜Alabang間の28.08km、北方線、Tutuban〜Gov.Pascual間の8.80km、北方線のSolis〜南方線のBlumentrittを結ぶ短絡線の数百mが営業区間であります。
運行最終日の運行体系としては、主にTutuban〜Alabang間に1日22本の列車が運行され、その他、Tutuban〜Gov.Pascual〜Bicutan間に1日8本(列車番号別に)の列車が運行されており、1日の合計列車本数は30本でした。

下の写真は2018年5月30日にPandacan〜Sta.Mesa間にあるマニラの母なる川であるPasig Riverの橋梁から撮影した203系です。


2月下旬、PNRの運行部の方に運行最終日に尋ねてみたところホリーウィークの3月27日が最終日になるという知らせをいただきましたが、やはり仕事の関係上休みを取ることは困難であり、静かに運行最終日を見守ることにしました。
となると運行最終日にどの列車がファイナルトレインになるのか興味深いところですが、通常ではAlabang駅では夜間滞泊する列車が2本あり、Alabang行き最終1本前と最終列車がAlabang駅で夜間滞泊し、それぞれ翌日朝のTutuban行き1番列車と2番列車になります。
昨年7月のCalamba〜Biñan間、Biñan〜Alabang間の運行休止時において、翌朝はTutubanへ戻す列車だけが運行されましたので、今回も同様な措置かと私は推測していたところ、27日の夜、通常最終列車になる列車番号MSC2038、Tutuban20:36発、Alabang22:11着がファイナルトレインになり、Alabang到着後はTutubanへ回送列車として最後の運行となりました。
(最終1本前の列車もAlabang到着後、Tutubanに向けて回送列車となりました。また、この時刻表は標準時刻表であり、今年1月13日からデータイムを中心に列車が減便されました。

この他、前回、記述しましたファイナルトレインの予想、ハズレましたので上記のとおり訂正いたします。)

このファイナルトレインに充当された車輛はDL921+203系07編成の5両で、Alabang発車時は運転士が何度も警笛を鳴らし、数人の鉄道マニアを乗せた回送列車は静かに別れを告げ、Tutubanには翌日深夜1時頃に到着したようです。
運休後は下の写真のようにTutuban駅各ホーム発着番線に車輛が留置されているようですが、運休後も資材搬入等でTutuban〜Alabang間で列車が運行されているようです。


この他、今までマニラ首都圏で使用されてきた車輛の今後はCalamba以東のCalabarzonとBicol地方で使用される予定で、早くて今年9月頃から車輛をCalambaへ移送されるものと予想されますが、PNRの車両課では各形式の使用予定区間、列車本数等の計画はあるものの、全ては旅客需要に応じて変更される可能性がありますので、その計画については示さず今後のお楽しみということで、何か動きや予定があれば随時ご報告させていただきたいと思います。


その他の話題ですが、昨年12月下旬にCalamba〜San Pablo間で突如と列車の運行が休止されましたが、4月1日からCalamba〜San Pablo〜Lucena間で、列車が運行開始されました。
San Pablo〜Lucena間は従来の運行スケジュールでは、朝、San PabloからLucenaへ、夕方、LucenaからSan Pabloへ列車が運行されていましたが、4月1日から以下のようになります。
IPC500 Lucena5:00→San Pablo6:32 6:33→Calamba7:33
IPC1745 Calamba17:45→San Pablo18:45 18:46→Lucena20:18

使用される車輛はSan Pablo〜Lucena間で使用されているINKAのDMU8000系3両編成のようですが、運行時刻から考慮するとSan Pablo〜Lucena間での利用者にとっては非常に利用しづらいものであることから乗客は極めて少ないのではないかと推測されますので、数ヶ月後にはSan Pabloで運転打ち切りもしくはこの運行も休止になってしまうことも予想されます。

マニラ首都圏におけるフィリピン国鉄(PNR)の最終運行は3月27日、28日から運行停止

2024年03月25日 20時25分16秒 | フィリピン
マニラ首都圏におけるフィリピン国鉄(PNR)の運行は3月27日で終了し、翌日28日からは完全に運行が停止されるようです。

通常、Alabangで2本の列車の夜間滞泊があり、その2本の列車は翌日朝にTutubanへ営業列車として返しますが、翌日28日から完全に列車の運行は停止されるようです。
ですので、ファイナルトレイン(最終列車)は27日夜の列車番号MSC1818、Tutuban18:16発→Alabang19:51着が下りの最終、列車番号MSC2131、Alabang20:03発→Tutuban21:38着が上りの最終となるようです。
使用される予定の形式についてはEMUの203系ですが、場合によってはINKAのDMU8100系が使用されることも想定されます。
また、最終日の27日、Tutuban-Gov.Pascual-Bicutanルートの列車も運行されるようですが、同ルートの列車が運行された場合、Gov.Pascualからの列車はTutuban着が20:53ですので、実質のファイナルトレインはMSC2131になります。


1892年、約350年のスペイン植民地支配から開放されようとしていた時期に米西戦争によりアメリカが新たな支配者となり、そのような時期に開業したのがフィリピン国鉄でしたが、132年にもおよぶ長い歴史の中で、フィリピン国鉄は新たな場面を迎えます。
マニラ首都圏においてはClark〜Manila中心部〜Calambaを通る南北通勤鉄道(NSCR)の整備が実施されていますが、今後はこの南北通勤鉄道がマニラ周辺の大きな大動脈になりうる鉄道として生まれ変わる予定です。
また、今まで活躍してきたフィリピン国鉄の203系をはじめとする車輛はCalamba以遠のCalabarzonやBicol地方で活躍が期待されていますので、今後もこれらの車輛の動向に注目しておきたいところです。
まずは、ファイナルデーに向けて残り2日間のフィリピン国鉄の終焉に注目です。


写真は今年1月に撮影したもので、ファイナルトレインには非常に残念ながら乗車ができませんので、私なりにお別れということで、私が作成したヘッドマークを飾ってみました。
ヘッドマークはフィリピン国鉄のエンブレムにフィリピン語でさよならを意味する「Paalam」、日本語の「さよなら」と添えて作成してみました。



フィリピン国鉄(PNR)、乗務員室に添乗-その2

2024年02月27日 15時59分32秒 | フィリピン
昨日はTutubanとGov.Pascual間を結ぶ北方線について簡単に説明しましたが、本日はTutubanとAalabang間を結ぶ南方線について簡単にに述べていきたいと思います。

現在、この区間で使用されている車両はDL+EMU203系の5両もしくはINKAのDMU8100系4両編成で、昨年7月下旬の訪問時において両形式ともに使用され、今年1月中旬においては203系しか確認できませんでした。
昨年7月下旬ではINKAのDMU8100系に、今年1月中旬では203系を牽引するDLの乗務員室に添乗しましたので、それを元に話しを進めていきたいと思います。

Tutuban〜Alabang間の距離は約28kmあり、現在の所要時間は1時間25分ですが、ROTEMのDMUが配置されたあとの2010年6月現在の時刻表を見ますと、所要時間は僅か55分で、現在ではその当時の1.5倍くらいかかっています。
これは2015年4月29日にEDSA~Nichols間において、何者かによってレールとレールを結ぶ継目板を盗んだことにより、列車の脱線事故が発生し、その後5月5日より全線にわたり運行中止となり、マニラ近郊区間の全線において、軌道や車両等のメンテナンスが実施されましたが、2015年の7月23日の運行開始から安全性の確保を高めるため、基本、全線に渡って最高速度40km/hとなり、以前のように60km/hぐらいで走行することはなくなりました。


また、Tutuban〜Alabang間の1日の運行本数については、今年1月12日までは28本、2月12日からは22本となり、データイムの運転間隔がほぼ1時間間隔であったのが2時間〜約3時間半置きになってしまい、Tutuban11:26→Bicutan12:40 13:04→Tutuban14:18の列車も1月13日からの運休で非常に利用しづらいものになりました。

基本的な情報はここまでとし、下の写真の列車の乗務員室にお邪魔しました。


列車はTutuban15:06発で、定刻時刻に発車しました。Tutuban駅北方のデルタ線で列車は右に90度曲がり、LRT1号線の高架駅が見えてくるとBlumentrittに停車しました。
続いて、ここから以前までは複線であったものが現在では単線になりますが、NLEX支線の高速道路建設によって資材置場の確保、建設工事場所の確保等行う上でPNRの軌道の一部がそのスペースに転用され、単線になることを余儀されなくなってしまったようです。元々はこの高速道路は標準軌用の鉄道用地として計画されていたのですが、フィリピンの都市・交通計画には一貫性なしでその場凌ぎのところが多く、計画は変更されてしまいました。

次の停車駅はLaon Laanですが、この駅はいつの日からか停車しなくなり、旧駅舎の北西側に仮のプラットホームが建設され、いつしか使用されるものと思われていたものの停車していませんでした。その後の一般メディアでのマニラ首都圏におけるPNRの2014年1月中旬の運行休止予定の報道があった後も結局使用されないものと誰もがそのように思っていたところ2023年10月17日に突如と営業開始されました。


軌道の北東側にも高速道路のギリギリ真下あたりに仮ホームが設置されていますが、下の写真のようにこちらには屋根がなく、駅南東側の2本の軌道は緩衝するようですので、おそらく北東側のホームはこのまま使用されないのではないかと推測されます。


次のEspaña駅に近づきますと、現在のNLEX支線の高速道路の終点出入口があり、ここから先は建設中ですが、将来的にはNLEXとSLEXを結ぶSkywayと結ばれることになります。

QuiapoとQuezon Cityを結ぶEspaña Blvd.の通りを通過しますとEspaña駅に到着します。
ここはSampaloc地区の中心地であり、Sampalocとはタマリンドを意味しますが、タマリンドはフィリピン料理には欠かせないもので、味は酸っぱく、シニガンスープなどに入れます。
また、アジア最古の大学とも言われ、フィリピンの最も英雄とされているホセ・リサールも学んだサントトーマス大学が近くにあります。

Españaを出発しますと、単線区間は次の駅のSta.Mesaまで続きますが、軌道は高速道路の建設で変えられてしまったのか、ヘロヘロの状態となります。
左側の軌道は使用されていませんが、右側のレールがほとんど見えないようなところを20km/hぐらいでゆっくりと進みます。


LRT2号線の高い高架橋が見えてくると間もなくSta.Mesaに到着し、この駅手前から複線区間に戻ります。
本日はここまでとし、その続きは後日に説明などさせていただきたいと思います。

フィリピン国鉄(PNR)、乗務員室に添乗-その1

2024年02月26日 00時50分58秒 | フィリピン
フィリピン国鉄(PNR)の話題の続きですが、先日も述べましたように最近のマニラ訪問はコロナ以降は昨年7月下旬と今年1月中旬で、いずれの期間においてもPNRの事務所を訪問し、PNR敷地内での撮影と列車への添乗許可証をいただき、両方の許可をなんとかいただきました。
フィリピンもインドネシアもそうですが、2005年頃までは車庫や駅構内などの鉄道敷地内では撮影に対しては全くお咎めもなく自由に撮影でき、乗務員室への添乗、運転士にチップを渡せば自由に乗り降りも可能でありましたが、年々、鉄道会社での規律も厳しくなってきたのか、乗務員室への添乗許可は許可証がないかぎり難しいもので、車庫内など鉄道敷地内での撮影においてもやはり許可証が必用で、許可証の申請においては担当部署にフォーマルなレターの提出が求められます。そんな面倒くさいことをしてまでも取得する必用があるのかというと、やはり最近の鉄道雑誌に出される記事にはいい加減なことをお書きになる糞ライターさんもおり、しかも勝手に私のブログの記事をそのまま引用する者も居るのですが、私はできるだけこのブログをご覧いただいている方々に対しては正しい情報をお届けすべく、訪問時の様子を的確かつ詳細に発信できればという考えのもとで、列車への添乗を実施し、皆様にその様子を少しでも味わっていただきたく、参考にしていただけたらと思っております。

皆様にはその糞ライターさん、あえて名前を出さなくてもわかる方はいらっしゃるかと思いますが、私は読者のためにと思いそのライターさんには一部記事の校正、取材や撮影で必用な撮影許可証の申請方法の伝授など協力いたしましたが、お金を払って購入していただいている読者に対してできるだけ正しい情報をお伝えしようという努力がまったくないこと、ご自分の名誉や原稿料、印税など金銭的なものを優先していることが明らかであり、毎月のように平然と鉄道雑誌等に記事を出されていることに、私も読者の1人として我慢ができないわけです。
まあ、そのようなことについては今回この場で長々と書く必用もありませんので、この辺で終わりにして次に進めたいと思います。

下の地図は複線区間は2本線、単線区間は1本線で表現しています。


ということで、昨年7月下旬はBicutan発の列車でGov. Pascualに乗り入れる列車に添乗しましたが、北方線部分に関して述べますと、Tutuban〜Gov.Pascual間は南方線の分岐部までは西側の線路(南方線の上り)を使用し、分岐部から終点Gov.PascualまでとBlumentritt〜Solis間のデルタ線は棒線状態の単線で、途中、列車の行き違いができる施設もなく、終点、Gov.PascualでのDLの機回線もないため、DMUしか乗り入れることができません。
CaloocanにあるPNRのWork shop付近から線路は終点Gov.PascualまでNLEX支線の高速道路の直下をひたすら走ります。


Bicutan発Gov.Pascual行きの列車はBlumentrittまではそこそこの乗車率で、乗客がほぼ座れる程度でしたが、Blumentrittを過ぎると乗客は0に近く、空気と乗務員、レールウェイポリスを運ぶだけのような列車になってしまいました。


また、北方線に乗り入れるTutuban〜Gov.Pascual〜Bicutan間の列車には昨年7月下旬時点ではROTEMの05編成が主に充当されていましたが、ROTEMの車両の不調により、現在ではINKA8100系の4両編成が充当されているようです。
終点、Gov.Pascualでの折り返しは夕方のBicutan行きを除けば10分にも満たないうちに発車しますので、ちょっと駅周辺を散策するとか、おやつタイムにするとかもできず、すぐに列車に乗り込むしかありません。


また、Gov.Pascualを発着する列車は限られますが、以下のとおりです。
Tutuban6:41→Gov.Pascual7:04 7:12→Bicutan8:46 9:02→Gov.Pascual10:26 10:35→Tutuban10:58

Tutuban16:21→Gov.Pascual16:44 17:14→Bicutan18:45 18:55→Gov.Pascual20:19 20:30→Tutuban20:53

浜川崎線(南武支線)205系!夢の全車大集合撮影会! in 鎌倉車両センター中原支所開催

2024年02月25日 15時14分05秒 | 南武線
昨年12月18日のことになりますが、浜川崎線(南武支線)205系!夢の全車大集合撮影会! in 鎌倉車両センター中原支所が開催され、205系の撮影会には相応しい参加費20,500円を払って参加させていただきました。

浜川崎線で使用されている205系3編成が全て勢揃いする撮影会ですが、昨年夏頃に新潟で使用されていた3扉のE127系のV12、V13編成の2本が転用改造を受け、装いを浜川崎線205系で使用されてきたクリーム色帯を除く青緑と黄の帯色を纏い、それぞれV1、V2編成として中原支所に転入しました。
昨年9月13日にはこの2編成ともに営業を開始し、今まで使用されてきた205系のW1とW2の編成は新潟から転入したE127系によって置き換えられ、国府津に疎開されていましたが、この撮影会に合わせ中原支所に戻り、現在も活躍しているW4編成も中原支所に回送され、浜川崎線で使用されていた全ての205系が勢揃いする夢の撮影会となりました。

南武線ファンにとっては夢のような撮影会でありますので、ある程度納得のいける金額であれば参加したいと考えていましたが、このような有料撮影会のお知らせがいつ出てくるのかわからず、不意とJREモールをチェックしていたところ売り出し直前の15分前に撮影会のお知らせが出ていることを知り、説明文もよーく読まずに午前の部に申し込んでしまいました。
申し込んだあとに説明文をよーく読んでみると、午前中の部でも”立川方がメインになります”と書いてあるではないですか。ということは晴れてしまったらお顔は影になってしまい綺麗に撮影することができないことをキャンセルができない1時間後に知りました。
私はメールで”川崎方がメインでないのであれば午後の部に変更できませんか”というメッセージを送り、翌日には一応電話で確認してみたのですが、その翌日の夕方に”川崎方がメインになり、誤記でしたという訂正の説明をいたします”という連絡を電話でいただき一安心できました。


何はともあれ、開催時には天気にもある程度恵まれ、上の写真のように満足できる撮影会となりましたが、先日、どこかの有料撮影会において架線のビームの影が車両のお顔にかかってしまい、車両を柔軟に少しでも動かすことができず、参加者には不満が多く残る撮影会がありましたが、中原支所の撮影会においてはこの撮影会以前に2度程参加させていただいた撮影会においても参加者に対しての配慮が相当行き届いていることを感じます。


曇ってきましたので、立川方も撮影させていただきましたが、やはり順光であると被写体は映えますね。ただ、LEDの行先表示等がよく見えないのが残念なところですが、新潟から転入したE127系は1995年生まれの車両であり、この205系たちと5年少々しか年齢差がないものの行先表示が幕式なのはいいところかもしれません。

また、撮影会後の12月21日には中原支所から国府津車両センターに返却されるということで、205系2+2の4両編成の姿を見たくて武蔵中原駅に行ってみました。
出発の5分ぐらい前に入線し、私も含め50人ぐらいのギャラリーたちはしきりにシャッターを切っていました。


下の写真のような姿、国鉄時代であれば南武線の101系や103系では3+3編成が多くありましたし、73系では基本編成4+付属編成2の編成ではお馴染みでしたが、先頭車+先頭車の組み合わせする姿は久しぶりなのかもしれません。


最後に2022年3月のダイヤ改正前まで続いていた中原支所から浜川崎線への送り込み回送ですが、矢向駅付近で引き起こした車両故障が引き金になってしまったのか、すべて鶴見線営業所からの回送となり、南武線本線内で浜川崎線の列車を見る機会が交番検査等でしか見られなくなってしまいました。
当時、01H運用は武蔵中原〜尻手間は回送扱いし、尻手1番線から客扱いとなりますので、物好きな人にとってはほんの僅かなこの貴重な体験は嬉しかったのではないかと思いますが、私がまだ小学生低学年であった昭和50年以前は武蔵中原始発、浜川崎行きのクハ16+クモハ11が営業列車として運行されており、鹿島田から尻手までこの列車に乗車したことがありますが、ほとんど乗客は居ませんでした。
最後にいまだに廃車されず国府津に留置されているW1とW2の205系の今後の去就はどうなるのか気になるところですが、どこかで活躍できることを南武線ファンの私としても願いたいところですし、譲渡や廃車前に川崎市市制100周年のイベントで浜川崎線4両編成もしくは6両編成で川崎〜登戸間をかつてのドラえもん号もしくはアゼリア号のように走り、ターボ君のような加速ぶりを南武線本線で演出してほしいものです。