鮎釣人の日々

 退職後の人生をどう生きるか。鮎釣りを中心とした今後の生活設計模索の日々を綴ります。

鮎釣人の日々(6/30)

2018-06-30 08:30:00 | 日記
 ある公益法人から委託されて実施していたプランナー業務、委託先の公益法人が委託元の公共団体から委託を外され、結局、私の活動の場はなくなりました。たまの暇つぶし程度の業務で、有っても無くてもどうでも良い様なものでした。
 それでも、暇を弄ぶシニアにとってはカンフル剤にはなっていました。たまの仕事でも、無いよりは有った方が有難いのです。
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鮎釣人の日々(6/29)

2018-06-29 08:30:00 | 日記
 今付き合っている車のディーラーと同じ車種を扱う別のディーラーが売り込みをかけてきます。若い営業マンですが、熱心に次の車の購入を進めます。
 しかし、私にも十年以上前から付き合っているディーラーがあり、急に同じ車種を扱う別のディーラーに鞍替えする訳にもいきません。
 若者には、これから時代は、後期高齢年齢を迎える人の車離れが進むであろうことを見越して、その前段階にあるシニアの気持ちを汲んだ販売戦略を立てる必要があることをアドバイスします。
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鮎釣人の日々(6/28)

2018-06-28 08:30:00 | 日記
 肌着や靴下は、古くなったものを処分し、適宜買います。昔は穴の開いた靴下や黄ばんだ肌着を捨てず、タンスに突っ込んでいました。
 齢を取って、不要な物を捨てる決心がつきました。肌に付けたり、着たりすることの無い物はゴミ箱行きです。捨てる習慣がつけば身の回りがすっきりしてきます。
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鮎釣人の日々(6/27)

2018-06-27 08:30:00 | 日記
 久しく衣料を買っていません。シャツは数年前に買ったきりです。6年前に買ったシャツは色褪せが進みました。シャツの入れ替え時です。
 年齢に似合わず、少し派手なシャツを買います。若返りは衣装からです。少し派手なシャツは気持ちも若くしてくれます。
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鮎釣人の日々(6/26)

2018-06-26 08:30:00 | 日記
 砂川になると、海に砂が押し流されません。河口部沿岸が深くなります。鮎の仔魚が海に出ても、潮や波の穏やかなナーサリーが形成されません。上流の山の荒廃は鮎の生活史全面に影響を与えます。
 そうして、川は流域住民に見放されます。山も川も、地域住民の心の置き所ではなくなります。
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鮎釣人の日々(6/25)

2018-06-25 08:30:00 | 日記
 川に砂が多くなりました。砂を下流まで押し流す出水が少なくなりました。こうして、川は天井川になり、鮎の釣り場も無くなります。
 これは、下流域だけの現象ではありません。上流域も森林の荒廃によって砂川になりつつあります。
 さて、昨日は岸本から下黒坂まで見て回りました。釣人は伯耆橋界隈に計10人程、それ以外の場所には様子が分からないままやって来られた人が1~2人でした。
 武庫、根雨、下榎あたりでは瀬尻の流れの緩やかなヘチに群でコケを食む鮎が見られました。しかし、とても友釣りで釣れるような鮎ではありません。放流された人工種苗です。よくぞ、今まで生き残っていてくれたものです。これらが梅雨明け以降まで生き残っていてくれたら、中流域でも釣りになるかも知れません。
 
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鮎釣人の日々(6/24)

2018-06-24 08:30:00 | 日記
 岸本と日南のオトリ屋以外、オトリを扱わなくなった。その他の地域では、川に鮎がいないため、オトリ屋商売が成り立たない。
 オトリを仕入れ管理を続けても、誰も買いに来ず、最後は自分のところで処分するしかなくなってしまうのだ。
 その間の餌代、電気代は赤字、来るはずの無い客を待つ馬鹿々々しさも大きな負担だ。やってられないのです。
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鮎釣人の日々(6/23)

2018-06-23 08:30:00 | 日記
 岸本より上流に鮎の姿が無くなって久しい。これは全てが天然遡上の激減が原因である。
 思うに、日野川の鮎資源の多くは下流の堰堤からの汲み上げに依存していたからなのだろう。人工種苗も200万尾近く放流されるが、主流は天然遡上魚で、人工種苗はあまり役立っていないと思える。
 天然遡上の多い年は、溝口近くまでは自力で遡上する天然遡上魚で満たされ、それより上流も、汲み上げ放流魚と人工種苗で釣りになっていた。やはり、ここでも主流は汲み上げ放流魚だと思える。
 しかし、近年、天然遡上魚の減少で、汲み上げ魚は岸本と日南にしか放流されなくなった。また、流域各地に放流される人工魚は河川環境の悪化と冷水病の蔓延で川に残らない。これでは、日野川は流域の宝でも何でもない。
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鮎釣人の日々(6/22)

2018-06-22 08:30:00 | 日記
 一人暮らしの高齢者の認知の前兆は、日常のゴミ出しに出ます。ゴミ収集日の間違い、分別の不徹底が目立つようになります。
私の町内会の隣組には3人の独居高齢女性がおられますが、最近、このうちのどなたかからのゴミ出しに問題が生じることが多くなりました。
 出し間違えたゴミや、分別不足のゴミは回収業者が注意書きを貼って、回収場所に残されます。残されたゴミは、数日中に姿を消します。
 ゴミを出された本人が残されているゴミに気付いて、自宅に回収されているのでしょうが、これが、別の人の手を煩わせているとなると、間違えた本人は気が付かないままになります。
 自分が何をどう間違えたかを自覚することが、本人のためです。自覚の出来ない人には認知が深く入り込みます。
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鮎釣人の日々(6/21)

2018-06-21 08:30:00 | 日記
 先日、寝る前に今日の夕食の主菜を思い浮かべようとしました。しかし、それが浮かんできませんでした。気になったので、思い出そうとしました。そして、食卓に残ったワサビを見て思い出しました。マグロの赤身とヒラマサの刺身(出来合い)でした。
 副菜のマッシュポテトは、自分で手をかけたので、すぐ思い浮かべたのですが、あまり手をかけず皿に並べたものは、記憶から飛んでしまったのです。買って来て、切って並べる程度の料理は、意識して覚えていようとしないと、記憶からすぐに遠退きます。
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