福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

「自分には徳がない」と自覚して僧侶になった

2024-06-12 | 法話

以前、「比叡の光」で宮本祖豊師のお話がありました。

師は好相行を成満されさらに「十二年籠山行」を成満されているという大行者です。
師のお話の中で好相行の体験談があったので恐れ多いですが覚えている所をメモしておきます。「浄土院で仕える僧侶は侍真職といわれますが、12年ものあいだ山に籠って尽くすことから、そのお勤めは「十二年籠山行」と呼ばれます。比叡山には、3つの地獄があるといわれています。その一つが、浄土院の掃除地獄です。籠山中は外界とは完全に遮断されて過ごします。
侍真職になるには、「好相行」という荒行を満行していなければなりません。好相行とは、過去現在未来三千の仏名を唱えながら、不眠不臥で一日十五時間五体投地の礼拝を行なうもの。仏様の好相を感得するまで終わりません。通常三か月くらいで好相を感得するのですが私の場合、命の危険があるとドクターストップがかかり、2度、行を中断し3度目に、やっと仏様を感得できました。あせって仏様を見たいと思わなくなってはじめて感得できました。
そもそも私は北海道出身で、実家はお寺でもありません。(京都)大学の受験に失敗して浪人生活を過ごす中で、天台大師智顗の『摩訶止観』に感銘を受け、自分には徳がないことを悟り、徳を積む人生を歩みたいと思い、懐に片道分の旅費で比叡山に来ました。・・」

この「自分には徳がない」と自覚されるところが素晴らしいと思います。ほとんどの人は自分に徳がないことを自覚できないで自分の運命に自分で難癖をつけて蟻地獄にはいるのですが・・

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