すぶんろこ!のジャパニーズドリーム

■『すぶんろこ』とは、コロンブスの逆転の発想

■日本国独立宣言!「日本国憲法」無効宣言、日本軍再構築宣言!

+ 秋冷えに残暑する・・・ 低価格志向という墜落  敵国チャイナ依存のビジネスは破綻する

2010年09月24日 21時22分32秒 | 立憲女王国・神聖・九州やまとの国

 

 

 

 

  寝冷えして  残暑の熱を  残したり 

     梅士 Baishi

 

 

 

 

 

 

 「寝冷えしないようにね」と言いながら、急の冷え込みをたばかって

寝冷えをしたようである。

 折角涼しくなったのに、体が残暑で、今日は一日元気がなかった。

 元気がないと大人になったような気分ではある。

 早めに寝るとしよう。

 

 鼻かぜとんでゆけ~~~。

 え~る、かんた~れ、ひ~り~んぐ。  

 え~る、かんた~れ、ひ~り~んぐ。

 

 健康管理に失敗したときは、しっかり養生(反省)をして、神頼みす

るのがよい。

 

 さて、今日は、祭りの後の次の一手を封じて帰宅した。

 ああ、ずいぶん買い物したなあ。

 コラーゲン入り手袋(¥1500)。

 履き心地の良い、健康短ソックス(¥2500)。

 毛糸の帽子(¥3500)。

 伊万里焼ストラップ(¥800)。

 六文銭と伊達政宗の、ゲームイラストのTシャツ。

 

 農業高校生産、恋愛米3キロ。

 武雄のレモングラス。

 伊万里のネギ塩。

 伊万里梨入り、焼肉のたれ・・・。

 タイのシンハービールを堪能したのはとても満足だった。

 

 

 

 

 

 

低価格志向は、貧乏への墜落である】 


 

 安ければよいというものではない。

 高くても、趣向を凝らしたものには、思いのこもった価値がある。

 そのような価値を信じて、安売りに屈しないことも、智慧を生み出す

コツというべきかも知れない。

 

 中国に依存した安売りのビジネスモデルは、もう長くはないといわれ

てきたが、いよいよそれが現実味を帯びてきた。

 ドラッカーの愛読者というユニクロの柳井さんの次の一手は?

 安売りに慣れた経営から方向転換できるかが彼の問われる本領であ

ろう。

 

 敵国、中国に依存するリスクに加えて、貧乏神の逆襲という大きなリ

スクが現実となる。

 同様に、中国人観光客に媚を売る観光ビジネスモデルはもっとはか

なく散り去ることであろう。

 低価格志向というデフレ型降下を続けることは、墜落しているという

ことである。

 貧乏神の冷たい掌には落ちたくないものである。 
 

 

         立憲女王国・神聖九州やまとの国

          梅士 Baishi        

          

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

+ 曼珠沙華、合掌す・・・ 希少価値とは  環境左翼  創造性という悟り  教育産学連携

2010年09月24日 08時38分50秒 | 立憲女王国・神聖・九州やまとの国

 

 

 

 

  曼珠沙華  花のつぼみを  合掌し   

     梅士 Baishi

 

 

 

 

 

 あわただしくお彼岸の中日を過ぎた。

 忙中、彼岸花探索に出かけられたことは幸せなことであった。

 彼岸花とは、一期一会、博多には身近な花ではなくなった。

 価値とは、その希少性に値段がつく。

 どんなに価値があっても、希少でなければ、只同然になる。

 

 希少価値としての経済価値は、破壊によってではなく、創造によっ

て生み出される希少価値でなければなるまい。

 さて、彼岸花を希少にしたものは破壊なのか、創造なのか、そのバ

ランスシートが反省されなければならないだろう。

 

 ただし、資源活用産業を妨害する環境左翼と混同してはならない。

 グリンピース的な環境左翼活動をするなら、工業製品を用いるべき

ではあるまい。

 自ら原始人として、自然と共に生きる道はまだ残されているであろ

うから。

 

 では、あの世の価値はどうであろうか。

 お彼岸の問答としては成り立つ議論である。

 

 あの世は、死後においては希少ではなくなる。

 世界の全てと同然の生命環境である。

 宇宙人にとっては、死ぬまでもなく、科学的に活用している実在世界

である。

 

 すなわち、この世の地球人にとってあの世が希少価値を持つのは、

知らないという無明を意味している。

 無明が生み出す希少価値こそは教育価値であろう。

 裸足生活の未開人に靴を売るような啓蒙活動の難しさはあるが、大

きな発展可能性を生み出す経済活動というべき性格を持っている。

 

 

 お彼岸には人々は墓参にでかけるのだろうか。

 あの世との接点が墓地にはあるであろう。

 しかし、墓地だけにあの世との接点を追いやってはならない。

 あの世とは創造性の大海であり、心こそは、あの世の存在だからで

ある。

 あの世の存在としての心の把握を悟りという。

 創造性という悟りを得たいものである。

 

 

 

 

 

 

 

 教育という産学連携価値 】 


 二日間のイベントが終わった。

 二日間とも雨をかいくぐりながらもインパクトのあるイベントになった。

 わずか三ヶ月足らずの準備で、よくやれたものだと感心する。

 これをしっかりと一年かけて準備をすれば相当なイベントになるだろう。

 

 それにしても、スポーツ、声優、フィッシング、モード、CG、漫画、ゲー

ム制作などという新しい分野に挑戦する若者たちの気概や度胸や成

長性には、まだまだ捨てたもんではない未来を感じさせられる。

 

 そこに企業が参加して学生の企業参加を促せば、ベンチャー企業で

あっても活力を得るに違いないのだ。

 学生のパワーには素晴らしい活力がある。

 人材を育成することに不熱心な企業経営では、これからの成長は望

めないであろう。

 即戦力を優先する企業はもろいであろう。

 

 公務員教育業界が子供たちの新しい個性をダメにしてきた分、企業

が教育に乗り出さなければ、貴重な未来人材を失うことになる。

 税金や補助金で公務員が支配する学校法人法は、教育の自由と公

平を損なっているのである。

 学校事業を非課税とする優遇はよいが、学校か否かの許認可で教育

の自由度を失わせてはなるまい。

 

 大学への補助金のどんぶり勘定は、公金をどぶに捨てるような状況

である。

 なにしろ、何に使ってよいか分からないままに、大金を手にするので

ある。

 出すほうも知恵が無いが、もらうほうも金の使い方を知らない。

 大学は、研究機関ではなく、教育機関として限定するべきであろう。

 

 研究は、未来産業開発として、別に考えたほうが合理的であり、お

の無駄が無い。

 研究の中心は、国家プロジェクトないし、企業にあるのだ。

 「企業とは営利活動体であり、私利私欲の団体である」として、その

公益性を認めない公務員が多すぎる。

 そのために、不足している保育所や幼稚園も無認可という追放を受

け、企業の研究にも国家的投資が効率的には行われないのである。

 

 企業の本質を見直すべきである。

 これも、維新革命の要諦であろう。 

 

 

         立憲女王国・神聖九州やまとの国

          梅士 Baishi        

          

 

  

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする