分かれたる 道の出会いの 曼珠沙華
梅士 Baishi
道は分かれているようでも、いかようにもつながっている。
まして、「ローマ」であるならば、世界の道に通じている。
その目印でもあるかのように、曼珠沙華がくりっとした花のつぼみを
立てていた。
もっと、無邪気に生きても良いのではないか。
人生は修行であるから、思いがけない修羅の道に迷い込むこともあ
る。
しかし、修行に修羅の道などないものだ。
修羅と試練とは似て非なるものである。
無明であってはならない。
現代社会には、鬱に苦しむ人が増えているという。
これに対して、「完全主義」が禍しているという指摘がある。
潔癖故に無理をして心を苦しめる。
最善主義をよしとせよと。
80%主義、あるいは、60%主義でも良いのではないか。
腹八分目か、腹六分目か、そのあたりが健康の秘訣である。
何より、信仰に目覚めるとき、鬱は消えてゆかざるを得ないもので
ある。
悪霊などに身を任せてよいわけが無いではないか。
信仰の力を人々に生かさざるべからざる。
これより、悪霊撃退の祈願をこの文章に込める。
あらゆる道が、神々を統合する全能の主、エル・カンターレへの信仰
に通じている。
愛とは奪うものではなく、与えるものである。
分かれ道が出会うところには、大らかな愛があるものだ。
自分を責めることなかれ。
自分を処罰することなかれ。
心痛む者たちよ、手に握っている身に余る苦しみを少し捨てようで
はないか。
腹八分目の正義、腹六分目の成果を持ってよしとしようではないか。
与える者は与えられるものである。
それが、経済の基本原理でもあるのだ。
悪霊撃退!
病魔退散!
【 休日休養のすすめ 】
健康こそは、この世で幸福に生きるためには欠かせないことである。
戦場で傷つき、疲れ果て、心を痛めることがある。
そのときは、先行投資として、しっかりと休養をとることだ。
何もかも忘れて、素直に心を休めることだ。
ライオンだって休んでいる。
きっと、虎だって休んでいる。
小鳥さんも休んでいる。
何をためらうことがあろうか。
しっかりと休みましょう。
俳諧の旅などいかが。
松尾芭蕉が現代にいたら、きっと、一眼レフカメラをもって旅に出る
に違いないのだ。
あなたが疲れたら、世の中も疲れている。
だから、世の中のためにも、休養しようではないか。
それも、いたわりであり、愛である。
悪霊よ、お前たちも休むのだ!
エ~ル・カンタ~レ、ファイト!
エ~ル・カンタ~レ、ファイト!
主よ、どうか、愛する者たちをお護りください。
立憲女王国・神聖九州やまとの国
梅士 Baishi