世界一周タビスト、かじえいせいの『旅が人生の大切なことを教えてくれた』 

世界一周、2度の離婚、事業の失敗、大地震を乗り越え、コロナ禍でもしぶとく生き抜く『老春時代』の処世術

小さな恋人 (短編小説)

2012年11月17日 | 
『小さな恋人』 (かじ えいせい 著)

それはHiという挨拶から始まった。
My mom likes you. (お母さんがあなたのことが好きなんです)と続く。
マムがあなたに会いたいといっています。マムに会いにフィリピンに来てください。
少し前にfacebookで友達になった8歳の女の子からのメッセージだった。

唐突な申し出に少し戸惑いつつも、OKと答えていた。
軽いノリだった。相手も面白半分だと思った。だからこっちもそのつもりだった。
女の子と何回かメッセージのやり取りをするうちに、母親本人から連絡が来るようになった。
どこに住んでいる。仕事は何。何歳。というありきたりの質問のやり取りがしばらく続く。

ある日、Mom is crying. Why? Uncle,と女の子が聞いてきた。
いつしか女の子はボクのことをuncleと呼ぶようになっていた。

母親は、例にもれずシングルマザーで、女の子は自分の父親を知らない。
分からないと答えると、マムがあなたに会いたがっている。だけど、マムは病気です。
いつも病院に行って、時々帰ってこない、という。つまり入退院を繰り返しているらしい。
本人に聞くと、病気だけど大丈夫という。どんな病気かと聞くと、分からないといって教えようとしない。
ただ話の内容から、血圧が極端に低いらしいことは分かった。
めまいや頭痛をいつも訴える。大量の薬を与えられ、飲んでは副作用でいつも朦朧としているようだった。

彼女は、毎日facebookのメッセージでGood morningとあいさつを送ってきていた。
だが、時々まる一日連絡がないときもある。その時は決まって入院しているのだった。
彼女はボクのことをhoneyと呼び、I love youというようになった。
そして、フィリピンにおいでと繰り返して言う。

ボクはまだ一度もフィリピンには行ったことがなかった。興味はあった。一度は行ってみたいと。
女の子とその母親からメッセージが送られてきだして約半年が経とうとしていた。
ボクの気持ちは、行きたいから行かなければ、という風に変わっていた。
その頃、彼女は、自分の友達が同じ病気で亡くなったと伝えてきた。自分より3つ年下の友達だったと。
だから自分ももうすぐ死ぬと。死ぬ前に一度ボクに会いたいと。あなたに会って死にたいと。
ボクはもういたたまれなくなって、フィリピン行きを決めてしまった。女の子のためにも彼女には生きてほしかった。


                ◇


マニラ空港は思いのほか閑散としていた。
入国審査を済ませ、荷物をカートに乗せドアの外に出ると、ボクの経験上からは大勢の出迎えの人たちでごった返しているはずだ。
ところが、ほとんど誰もいない。拍子抜けしながら表の道路に出る。出迎えの人たちに変わってタクシーの客引きが群がってくる。
彼女は迎えに来るといっていた。
ポン引きと見られる人物に訳を話すと、こっちだとボクを促す。半信半疑で道を渡り、左右に分かれたスロープを途中まで下りた時、目を疑った。
フェンスを挟んで数えきれない出迎えの人たちでごった返している光景が飛び込んできたのだ。
この中にはたして彼女はいるのだろうか。
いるとしてもどうして探せばいいのだろうか。
途方に暮れて佇んでいると、フェンスを越えて一人の女性が弱弱しい歩き方で近づいてくる。
疑問が確信に変わるころやっと彼女はボクの前に立っていた。
タオルを口に当てにこりともせず、むしろ怒っているような顔つきだった。
もともと色が黒いせいか、血の気の無い顔は土色をしている。
時折タオルの隙間から除く唇は紫がかっていた。一目で病気持ちだと分かる。
名前を言うと、はにかんだ微笑みを返した。だが、なかなか目を合わせようとはしない。彼女なりの恥じらいのようだった。

娘も、自分の母親も一緒に来ているという。どこにいるか聞いたら、さっき帰ったと答えた。
彼女一人でホテルにいっしょに来るという。全く予期していなかったことだ。
彼女は明らかに病み上がりといった風情だった。
口数は少なく、ボクの問いかけに無言でただ首を振るだけの返事が多かった。
体も衰弱しきっているのだろう。だがそれ以上に何か思いつめた気配が感じられる。
彼女がほとんど口も利かないままタクシーはホテルの前に滑り込んだ。

(続く)



     (写真はイメージ)

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