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世界一周タビスト、かじえいせいの『旅が人生の大切なことを教えてくれた』 

世界一周、2度の離婚、事業の失敗、大地震を乗り越え、コロナ禍でもしぶとく生き抜く『老春時代』の処世術

出版戦略

2013年01月04日 | 出版
企画書づくり。


① テーマを絞り込んで、タイトルを決めなければならない。

タイトルに数字を入れるとより効果的だといわれる。


② 次に企画内容(概要・趣旨)だ。


一目で内容が分かるように、簡潔に示す必要がある。

これが結構難しい。


③ そして、プロフィール。

履歴書と違って、タイトルや企画内容に関連ある経緯を書く必要がある。


これは、何故自分がこれを書かなければならないか

必然性を示すための内容でなければならない。



これら3つのカテゴリーは特に重要だ。

何度も推敲する必要がある。



その他、目次や読者ターゲット、類似書など書き込まなければならない。


ただ、あれもこれもとてんこ盛りになって紙面が増えると読んでもらえない。

だいたいA4サイズで2枚が限度だろう。

一枚以内に収めるのが理想だ。


―――――――――――――――――――――――――――

次の段階は、できた企画書を出版社に送ることだ。

問題は、何処に出版社へどうやって送るかだろう。


まず、類似書を調べる段階で出版社リストを作る。

当然、出版社によって得意不得意分野があるからだ。


出版社の目星をつけタラ、早速送付するのだが、

送る方法は、emailか郵送だろうが、郵送が効果的だろう。



2~3社送って、返事がないとダメだと思って諦めるケースが多い。

せいぜい4~5社で諦めてしまう。


50社でも100社でも、これでもかこれでもかというくらい送り続けなければならない。

相当な手間とコストがかかるが、本気で出版しようと思うなら当然の行為だ。


とにかく、オファーが来るまであきらめずに続けることが肝心だ。


ただ、オファーが来たからといって喜んで飛びつくのも考え物だ。

条件面や出版社の趣旨をよく吟味する必要がある。


なかなか根気いる作業だ。

当たり前だ。

相手に200万~300万円出資をしてもらおうというのだから。


以上は、ビジネス書に限っての戦略だ。

自己啓発的ものは、いきなりは売れない。



とにかく、一冊目を出してもらい、少なくとも1万部以上売り上げないと

次につながらない。


自己啓発書は次につながった時に取っておこう。

そのためにも、毎日毎日書き溜めておくことが必要となる。



さて、企画書がそろそろ出来上がりそうだ。

ここからがさらに大変だ。

ブログを書くことの意味

2012年11月23日 | 出版
この3年間、毎日ブログを更新している。

なぜ、こうも書き続けるのか。

英語的表現を使うなら、何がボクにブログを書かせ続けるるのか。

What makes me to keep writing blogs?


改めて考えてみた、その功罪を。




思いの丈を包み隠さず書いている。

ある意味ボクの人生はガラス張りになっている。


だから、初めて会う人でもよくボクのことを知っている場合が多い。

どこどこに行かれてましたねとか、

○○をされてますねとか言われることは日常茶飯事だ。


時には、ボク以上にボクのことを知ってる人もいる。((笑))


特に、女性や恋の話題、失敗談にはアクセスが集まる。

人の不幸にはひとかた関心が集まるのは世の常だ。


それは別にイイ。


ボクの考えに共感にただける場合も、反論を戴く場合も歓迎だ。


ボクは、歯に衣を着せることなく自分の考えをぶつけ、

行動を明らかにしている。


行動に関しては、facebookのタイムライン上やtwitterでも把握は出来る。

ただ、思考に関してはブログでなければなかなか伝わらない。

そこがブログの妙味なのだ。



綺麗ごとや建前論だけを述べるつもりは毛頭ない。

恥部を否応なく曝(さら)け出す。


それだけに不快感を与え、反感や顰蹙(ひんしゅく)も買う。

それは致し方ない。

同じ内容でも、共感したり、慰めを戴くこともある。



日記と違って、ブログには秘密性のかけらもない。

人に読まれることを前提としているからだ。



それも、いろんな立場の人がいるわけで、

この人には読んでもらいたいが、あの人には見せたくないという

選択権はない。


読んでほしい人が読んでいるという保証もなければ

読まれたくない人が読んでいるという危険性が潜む。


それを覚悟で書くのがブログだ。



先日、ある機関がボクのブログをつぶさに検証し、

ボクの個人情報についてチェックしていることを知った。


そんなところまで読まれているのかとゾッとする半面、

ナルホドそんな人まで読んでくれているのかと、思わずほくそ笑んでしまった。



無神経に書いてしまったことで、人を傷つけることもある。

そういう場合は、無条件に謝りたい。



ペンは剣より強しという。


小説家はヌードを人前にさらすと例えられるが

日記を人前で開陳する古くて新しいブログという機能は、

さらに恥部をも見せつけることにもなりうる。


えぐくてエロいのがブログの本質だと考えている。


それだけに自分に有利に働くこともあれば、

自分で自分を傷つけてしまうことも多い。


それでも、敢えてボクは自分のスタイルを変える気は更々ナイ。


想いを書かずにイライラを募らせるより、

書いて発散すして傷つく方がまだましだ。


それに、読みたくない人は読まなければいいだけの話だから。



【追記】

あわよくばこのブログが出版に繋がれば考えている。

ただ、出版ありきのブログではないので、

出版に向けての形式で損をしているのは自覚している。


出版狙いのブログでは、ポピュリズムに陥る危険がある。

それもボクの意に沿わない。


そういう矛盾と葛藤を抱き続けながら、

今日もこうして認めている。



つたない文を読んでいただいている読者の方々には深く感謝しております。

そして、コメントを寄せてくださる方々にはさらに感謝しております。


時には、書くのを辞めようかと思うことも正直あります。

でも多くの方が読んでくださっていることが、

何よりも元気と勇気をボクに与えてくださいます。


本当に、ありがとうございます。

これからも、命のある限り書き続ける所存です。


叱咤激励、ご指導ご鞭撻、心からお待ちしております。 (合掌)

小説ネタ4連発

2012年08月30日 | 出版
妄想が目覚めを早くしてくれた。

5時起きでスクリプトを認(したた)めている。



アイデア(妄想)はレム睡眠の時に最も浮かびやすい。


夢と現(うつつ)の狭間をさ迷いながら

いろんな妄想が体中を駆け巡る。


こうなるともう寝てなんかいられない。

妄想が消えないうちに書き記さナイト。





普段は企画ものが多いが、

久しぶりに小説ネタが浮かび上がった。


題名は、


『戦火の花(仮題)』だ。


今回のシリア人の友人の手記をもとに思い浮かんだ。

そしてもう一つ、

不謹慎ながら、日本人ジャーナリストの死だ。


         ご冥福をお祈りします


この事件がボクの妄想に火をつけた。


綺麗な人だった。


だから、戦火の花』


――――――――――――――――――――――――――――

あらすじはこうだ。


日本の大学で知り合ったシリアからの男子留学生と

日本人女子大生。


卒業と同時に彼は母国シリアに帰国する。

夢を抱いて、国を改革するために。



そして内戦が勃発する。

彼は反政府勢力側につく。



一方、彼女は自衛官の道を選ぶ。


彼と連絡が途絶えて2年が過ぎる。


彼女はめきめきと腕を上げ、特殊部隊へ採用され

その知能と才能によって押しも押されぬ女兵士へと変貌していく。


それはアンジェリーナ・ジョリーか



ジェニファー・ロペスか、




はたまた、「アベンジャーズ」に出演中のスカーレット・ヨハンソンかと見間違うばかりだ。




(残念ながら、彼女らに匹敵する日本の女優が見当たらない。英語力からして)




そんな時、シリアの彼の消息が分かる。

彼は窮地に落とされ、脱出を試みていた。


彼を救うべく彼女はシリアへと向かう。


なんとかシリアへ潜入した彼女は、戦火の中、

戦士に姿を変え彼を必死に探す。


そして、砲弾をかいくぐってやっと二人は再会を果たす。


二人はシリアを脱出し日本へ帰ることを試みる。

だが、やっと国境を超えたところで、彼女は銃弾に倒れる。




戦争の悲惨さと、

シリア男性と日本女性の甘く激しい愛を描く、

戦争アクション・ラブストーリー。


――――――――――――――――――――――――――

いかがだろうか?


未発表ながら、これでボクの小説は4作目になる。



一作目は、『セドナ』

アメリカ人男性と日本人女性の恋物語。


これは、セドナに滞在中のモーテルで一気に書き上げた。





そして、2作目が、『ミス・ハノイ』


ミュージカル「ミスサイゴン」のハノイ版だ。

ただし、リメイクとは違う。


現在のハノイ、

逞しく生きるベトナム女性の日本人男性との激しい恋を描いたもの。


現在の自らの姿を投影する。





3作目は、ファンタジー小説、

『詐欺師に恋した大統領』


これは架空の国の女性大統領と日本人男性の奇想天外な恋物語だ。


実際はコスタリカ滞在中の経験をもとにしている。




そして今回の第4作目、

『戦火の花』だ。



―――――――――――――――――――――――――――

ボクの作品はすべてラブストーリーで、

日本人と外国人が絡む国際恋愛スペクタクル小説である。



当然、ハリウッド映画化を狙った作品となっていいる。


しかも、「タイタニック」超え、オスカーを目指す。

マジに。




『世界一周アプリ』も、その延長線上にある。





どうせ見るなら、夢はでっかく!でしょう。


妄想は楽し!



夢は妄想から生まれ、

現実は夢から生まれる。




現実と妄想の谷間をさ迷う人生も、また楽しけり。


あんまり固いこと言わずに

楽しくいきましょ! 楽しくネ。



【追記】

ボクの作品を扱ってくださる出版社、

映画製作会社を探しています。


誰かー!!

それでも僕は諦めない

2012年08月10日 | 出版
オリンピックたけなわである。


敗者とは勝負に負けたものではない。

最初から勝負に挑まなかったものをいう。

挑んで負けて、そこで放棄したものもまた敗者となる。


勝つまで諦めなければ、

そして挑み続ければ決して敗者にはならない。



勝負の相手は他人には限らない、

自分自身である。


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出版プロデューサーと企画書作りのやり取りをして一か月余り。


これまでダメ出しが続いていたが

もうこれ以上の添削は無駄だと

とうとうさじを投げられてしまった。



週一ペースで、わずか5回目のやり取りでだ。



彼の返事の内容は以下の通り


――――――――――――――――――――――――――――――

一回目

カフェを開業したい人は、思考法を身につけようとは思いませんよ。
あと、企画概要は目次案ではありません。
勉強会で説明した内容をお書きください。

―――――――――――――――――――――――――――――――

二回目


タイトルですが、日本語的におかしくないですか?
また、“カフェで起業する方法”で買う気になりますか?
私はなりません。

企画概要ですが、一文が長すぎて、読んでも意味が分かりません。
もう少し、分かりやすく書き直してください。

企画概要後半の内容から、本書の内容とタイトルが不一致しているように読み取れるのですが、大丈夫でしょうか?
カフェの開業本に“アイデアはどこから生まれたか”っていりますか?

プロフィールは、カフェ開業に関係ないことは書かなくても構いませんよ。

――――――――――――――――――――――――――――――――

三回目

企画を大幅に変更する場合は、添削の対象外になります。
勉強会で詰めたことの意味が無くなってしまいますから…。
なので、今回は簡単に添削だけします。

起業したいと思う人って、何を考えているのでしょうか?
その人たちに、このタイトルは響きますか?

あと企画概要を読む限り、起業に関するどんなノウハウが書かれるのかが、全く分かりません。

――――――――――――――――――――――――――――――――

四回目

まず、タイトルですが、ますます難しくなってますよ~
仕事を終え、年金暮らしの人たちに「仕事も家庭も綱渡り」という人生に魅力を感じると思いますか?

相変わらず、企画概要から内容が全く分かりません。
これ、自己啓発系の企画ですか?
だとすると、それなりの知名度がないと買ってもらえませんよ~

しかも、“人生の後半を積極的に楽しむ術”と“世界60か国を旅して学んだ独自の方法”の関係性も分からないし…。
“仕事や家庭において波乱万丈の人生”の人が“インターナショナルカフェを起業”することが凄いのでしょうか?
“インターナショナルカフェを起業”した人の“人生の後半を積極的に楽しむ術”を聞きたいのかどうか…。

たんに、自分のウリをつなげて突っ込んだイメージしか持てません。

まずは、しっかりと読者ターゲットから設定してください。
でないと、何度やっても意味がありませんよ。


―――――――――――――――――――――――――――――

そして今回、五回目

企画書を拝見したのですが…ちょっとヒドイですよ。
一応、こちらは真剣に添削しておりますので、このレベルの完成度で送られるのは心外です。

タイトルについても、何度も書いたように、誰が読むのか全く分かりません。
そもそもシニアビジネスって何ですか?

企画概要については、論外ですね。
ちゃんと勉強会で説明した体裁で書いてください。
読んでも、何が書かれているのか、全く想像できませんし…。

ということで、大変申し訳ございませんが、これ以上の添削は無駄だと思います。



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ウーン、かなり手厳しい。

というかほとんど見捨てられてしまった。


だが、これぐらいで諦めるわけにはいかない。

せっかく1万円払って受けた『出版企画書の作り方』だ。


講師のY氏は、

最後まで責任を持って企画書仕上げます、と断言した。


彼はビジネス書に特化した書籍を売り出すことが専門である。


その筋で彼は売れっ子(?)出版コンサルである。

確かに彼が手がけた企画書から次々と(?)ビジネス本が生まれている。


彼はそのことで自信と誇りを持っている。



そんな彼に突き放されても食らいついていかなければ

並大抵では頓挫してしまう。



―――――――――――――――――――――――――――――――

ダメだしされると、確かに凹む。

かなり落ち込む。


同時に、ムカッとしたり、カチンときたりもする。



もう俺はダメなのか、

やっぱり俺には才能がないのか、

やっても無駄なのか、などなどと。



だが、改良の余地は必ずある。


逆切れしたり

こちらから投げ出してしまったらもうそれでお仕舞である。


この野郎と思うと同時に

ダメ出し、突き離しをありがたく受け止めて

もっともっと精進しなければならない。


ベストセラーはおろか、

その入り口である出版さえできない。


そしてそのまた入口である企画書で躓いているザマだ。


単に本を出すためだけの企画ではない。

これは、売るための企画なのだ。


生半可でできる代物でないことは分かっている。



確かに自分には才能がないのかもしれない。

だが、ないなら必死に磨いて身につければイイ。



最初から天才的才能がある人などほとんどいない。

すべては努力に努力を積み重ねた結果なのだ。


しかも、諦めずに。



道のりは果てしなく長い。

なのにまだその入り口にも達していない。


苦悩は続く。

それは生きている限り治まることはない。



道程が険しければ険しいほど

苦しみが大きければ大きいほど

達した時の感慨は大きい。


その舞台に立つ自分の姿をはっきりとイメージして

ただひたすらに前に進むのみ。


足元を踏みしめつつ、輝かしい未来を見つめながら。

ボクに投資しませんか

2012年06月24日 | 出版
ボクに300万円投資してください。


出版社に企画書を送るのは

DMで300万の投資を呼びかけることと同じ。



その意気込み、覚悟を忘れている。



ビジネスを起業するときも同じ。


銀行から借り入れを起こす時

事業計画書を作る。



あるいは、出資者を募る時もしかり。



この企画ならお客さんが来て買ってくれる。

だから金利をつけて返済してくれる。



それならお金を出してやろう、

という気になるのだ。



そうして事業を起こしてきた。



借入(借金)をし、

時には出資もしてもらった。




出版も事業である。


企画が採用されないのは

売れませんよ、


誰も買ってくれませんよと言われているのだ。






ビジネスは一種の賭けでもある。



賭けてもいいと思わせる

熱意と覚悟があるかが問われる。



そして

お客様(読者)のニーズと

出資者(出版社)への感謝の気持ちがなければ

それは伝わらない。




ビジネスはすべからく衆目に晒される。

批判やクレームもある。



受け入れて改善する素直さも兼ね備えなければならない。





ビジネスもオープンすれば終わりという訳ではなく

持続可能な経営が求められるように、

本も出したら終わりではない。




時代を読み、

同時に未来も読まなければならないのも


ビジネスの鉄則であり

出版の掟でもある。



鋭い観察力と洞察力に加え、

先を見通す先見性も不可欠だ。






ビジネスが

顧客に喜ばれ、満足してもらわなければいけないように

当然出版も

読んでよかったと思っていただけるものでなければならない。



そうでなければ

2冊目はおろか、


増刷もままならないであろう。




消え去る

忘れ去られるのはご法度である。




出版は何も特別なものではない。

基本はビジネスなのだ。



自分勝手な自慰行為ではだれも相手にしてくれない。

絞り込んで膨らます

2012年06月23日 | 出版
出版のための企画書を送った。



結局当初考えていた内容とはかなり違うものになった。


どうしても

自分の書きたいこと、言いたいことを

何でもかんでも盛り込もうとする。


読書の興味に関係なく。



結果、焦点もボケてしまう。



自分でも何が言いたいのかさえ分からなくなる。



ていうか、

読者としてそんなこと聞きたくないよ


ということまで書けば

本を手に取って買ってもらうどころか


読もうという気にさえならなくなる。




商業出版においては

自分の言いたいことを書くのではない。



読者を想定して

多くの読者の知りたいこと、興味のあることを書かなければ


一冊も売れないのだ。


いや、一冊ぐらいは買ってくれるだろうけど。

お義理で。



だから出版社もそんな本は出してくれない。

相手にもしてくれない。




そんな単純なことすら気づかなかった。


いや、分かっていたけど

気付こうとしなかった。




ひたすら自分の興味だけで書こうとしていた。







で、今回どうしたか。


何でもかんでも網羅することを辞めた。




一つの具体的カテゴリーに絞り込んで

その中を広げていくという手法
をとった。


Narrow down and Blow up Method

もしくは

"Shurinpand" method

という。(ボクの造語)



盛り沢山は

もう沢山になりかねない。





何でもかんでも広げようとする、

オールマイティであろうとする欲望を捨て去り



一つことの専門に特化した方がいいことにやっと気づいた。



何でもかんでも書こうとしていた結果

行き先を見失っていた。。





読者は何を求めているのか。


それすら分からず、気付こうとせず

自分の知識や情報をばらまこうとしていたのだ。





このブログにしてもそうだ。


ボクがいつまでたってもメガブロガーになれないのは

たぶんそこに課題があるのだろう。



よく、引き出しが多いですねと言われる。

だがその引き出しの奥行きはない。



浅く広くをモットーとすることは

専門的でないことを意味する。



浅薄短小は、薄利多売に通じる。


ド素人のバカ力を推奨するあまり、

掘り下げるという探究心すら失ってしまった。






ボクは、何の専門家ののか?


〇〇のことならボクに任せてくれ、

と自信を持っていえるものはあるのか。



あるとすれば、

それは何か?



資格を持っているなら、

それを生業(なりわい)としているなら、


プロ、専門家といえるのか。



現実は

ナンチャッテ・プロがいかに多いことか。






読者がボクから知りたいのは何か。



旅なのか、

英会話なのか。


それとも・・・。



誰もボクの生き様なんか興味を持たないだろう。

ごく一部を除いて。




読者は、

漠然とした内容より、

興味のあることを具体的で、深く知りたいという欲求がある。




有名人なら

その人のことが知りたくなるのだろうが



何処の誰かも分からないヤツの生き様なんか

誰だって興味なんかあるわけがない。




あんた、ダレ?

何様のつもり?って言われるのが落ちだ。






人が見ている自分と

自分が思っている自分は


往々にして違いがある。




自分が自分はこういう人間であると思っている、

思い込んでいる姿と、


人が、あいつはこういう人間だと感じている姿には

無視できないほどの開きがあるのだ。



それに

傍目を気にするほど

周囲はあんたのことなんか気にしていない。





ポピュリズム(大衆迎合)に陥ることなく

自己主張をしなければならない。



それが

読者の共感と一致した時、


本は売れるのだ。



自分の言いたいことは

2冊目から書きなさい、と言われた。




最初は、

売れる本をひたすら書きなさい、とも。



増刷してもらえる本を。


初版が6,000~8,000部といわるので、

一万部が目安だろうか。




いずれにせよサイは投げられた。



結果を待とう。





【補足】


企画概要のポイント



・あなたが書かなければならないという必然性

”今”出さなければならないという必然性はあるのか



・つまり、あなたの独自性優位性はあるのか。

”今”というタイミングは適しているか。


時代はそれを求めているのか



・本を読んだ後の到達点が明確に出ているか

共感は得られるか


・内容に根拠具体例があるか、などなど

ダメだし100連発

2012年06月19日 | 出版
意気揚々と臨んだ

出版企画書づくり、2日目。




何年もかけて練りに練ってきた。


みんなの前で発表した。






肩書き、名前

出版の目的


出版の内容


とホワイトボードに書いていった。




疑問点を次々にぶつけられる。


自伝は本にはなりません。

有名人だけです。




自己啓発書も売れません。


あくまでもビジネス書にこだわる。




切り口をどこにするか。


今まで手がけてきたビジネスのノウハウ本の方向性を示される。



ビジネスモデルとして描き、

こうしたらできますよというヒントを与えることができるのではないか。



読者が興味を示す裏技的なもの。


それを体系化して分類化する、云々。




分かったような分からないような。




体系化どころかますます焦点がぼけてくる。





そして後半、


いよいよ企画書づくりに入った。



今回は3つ。


タイトル

企画概要


そして、プロフィールだ。




タイトルでは


ギャップを演出して

到達点を示す。



数字を入れると出版社が喜ぶ、などなど

指針を示される。



タイトルで本の内容が一目でわかるか?

その本を読めばどうなれるかイメージできるか?


「えっ!」 「本当?」というフックがあるか?


キーワードや数字は入っているか? etc.




出版社に拾っていただくには

それなりの表現の法則がある。



それが

企画出版と自費出版の大きな違いだ。




ボクが最初にイメージした内容とは

大きく切り口が変わった。




それはダメ出しの連続だった。


全否定されたのに等しい。



人格さえも否定された気になって

奈落の底まで落ち込む。



落ちるところまで落ちたら

後は登るだけ。



どんなに蹴落とされても

這いずり上がらなければ死んでしまう。



ここは気持ちの切り替え場必要だ。



ヤケ酒飲んで、

思いっきり泣いた後にね。



また血の滲むような葛藤が待っている。



歯を食いしばって


また一から

いや、ゼロから出直しだ。





出版への道とは

かくも厳しく激しいものなのだ。






【追記】


ついつい出版することだけに目が行くが、



出版したがために不幸になった人がいっぱいいる。


公衆の面前に裸を晒すのだから当たり前だろう。



責任を取らされ

鬱になる人


自殺する人までいるらしい。




それはある意味有名人になることの代償なのかもしれない。



そこまでの覚悟、あるや。

出版実現セミナー

2012年06月18日 | 出版
東京の有名出版プロデューサーによる

出版実現セミナーがあった。






メルマガの購読で彼のことは知っていた。




彼は言う。



出版できるかどうかは、

「本気で出版したいと思って行動するかどうかです。


そして、

出版を実現するために正しい道順を知ることができるかどうかなのです」
 と。





そして

なぜこの出版実現セミナーの出版実現率が高いのかは、



「毎年、

年間50冊以上の本を15年以上作り続けたプライドに賭けて、


出版実現率にとことんこだわった内容になっているから」
と言う。





インターネットがこれほど普及した現在においても

出版業界は


残念なことに

地方に居ては不利なことには変わりないのが現状なのだ。




だから

東京まで訪ねてて行こうかと思っていたほどだ。




それを思えば

参加費1万円は激安だ。





彼が手がけて

10数冊を出版している売れっ子作家さんも一緒だった。



生の声が聴けた。




だからこれは

真剣に出版を考えている人のための

具体的に出版をするためのセミナー
なのだ。



興味本位や

遊び半分といった


生半可な気持ちではあまりにもったいない。





東京からの参加者もあった。



熊本の参加者はボクを含めて4~5人。






これを多いとみるか少ないと感じるか。





昨夜の懇親会を挟んで




今日も引き続きある。



パソコンを持ち込み

企画書を実際に仕上げるのだ。




その企画書を

出版プロデューサーが

出版社に持ち込む。




出版が決まるまでやる。




売れる本を出す。


だから

一冊だけにとどまらない。



2冊、3冊と出せる状態にする。





今日の企画書づくりには

白紙の状態で臨む。



さて

どんな企画書が出来上がり、



これで出版を決めることができるのか。




真剣だ。


賭ける価値はある。




出会いや縁、チャンスというもには

後ろ髪は生えていない。




これだと感じたものは

瞬時の判断で

グイと掴まなければ逃げ去ってしまう。




優柔不断は

命取りにもなりかねない。




今日も真剣勝負で臨む。



経緯については逐次報告しよう。



急激に面白くなってきた。

企画書の構想

2012年05月22日 | 出版
目覚ましより先に起きてしまった。



夜中に目が覚めて

抑えきれないアイデアを書き留めた興奮が



そうさせたのかもしれない。




ずっ~とまとまらなかった出版に向けての企画書が


突如、形になってきた。





書いては捨て、書いては捨ての連続だった。




まず


テーマに苦しんだ。




書きたいことは山ほどあるが


このブログのように




テーマを絞り込まなければ


何を言いたいのかがぼやけてしまう。





自分が言いたいことを知り、


読者が興味を示し、



手に取って


お金を出して買ってもらわなければならないのだ。





相手が受け入れてくれなければ


単なるマスターベーションになってしまう。





しかも


10万人という規模だ。




数値目標は欠かせない。




期限を切ることも。


6月半ばまで。





その間にも

イベントが目白押しだ。




怒涛のようなパーティが終わったばかりというのに


今週も


コンサートを2件抱えている。




そして

すぐに旅に出る。





帰れば


またすぐビッグイベントが待っている。






その間を縫って


執筆を重ね、




出版の企画書をまとめなければならない。








ただ

今は良い時代だ。




何処に居ても情報のやり取りはできる。





むしろ


動きの中での方が




アイデアが出て


仕事もはかどるから不思議だ。





根がズボラなだけに


自分を極限にまで追い込まないと動かない。





そうして意味でも


過密スケデュールは



ボクにとっては心地よく感じられる。





コカインと一緒で


ランニングハイ状態になることで





頭が冴えわたるのだ。





けだるさと

朦朧とした頭の中で



どこか脳が研ぎ澄まされている。





ただし


そのうち


プッツンと音を立てて脳の血管が切れそうな気がするが。






それでも


何かがボクをこうして突き動かす。




何がそうさせるのか


自分にも分らない。





神の見えざる手か


悪魔のささやきか。






いずれでも構わない。



どうせ燃え尽きるのだから。






今は



何も怖くない。


何も惜しくない。







この瞬間、




「生きているんだ」



いや


「活かされているんだ」


と実感できるだけでも


最高に幸せだから。






そしてそれは


周りのみんながそうさせてくれている


お蔭があるのだから





感謝の気持ちを


ただただ行動で示すだけだ





例え結果がどうであろうと。






ボクは今、



ボクにできる精いっぱいのことをしているだけだ






それが


ボクを育ててくれたみんなへの恩返しになるのなら。





そして


生まれてきてよかった


活かされて良かったと思えるなら。




みんなと出会えて幸せだったと思えるなら。




ほんとうに


ありがとう!!

ジレンマの果てに  ベストセラーができるまで

2012年04月24日 | 出版
「遊んで暮らせる方法を発見した!」




そう聞いたら


なになに?






多くの人が興味を示すだろうか。




どうせまた


FXだの


アフィリエイトだのといった





胡散臭い商法だろう、



と思うかもしれない。





そうではない。







ここでのキーワードは、


あくまでも


「遊んで」


ということだ。





遊ぶということは


人によって違う。





共通するのは


遊んでいるときは




楽しい


ということだ。




つまり


好きなことをしていると




楽しいし、


遊んでいる感覚になる。





だから


遊んで暮らす ということは




「好きなことをして暮らす」



と言い換えてもいいことになる。






暮らすためには


最低限


食べていかなければならない。




そのためには


お金が必要だ。




稼がなければならない。





ということは



好きなことをして


稼ぐことができれば






すなわち


「遊んで暮らせる」


ということになる。






「好きなことを儲かるビジネスに変える7つのステップ」


というタイトルの本があれば




読んでみたいと思うだろうか。



内容はともかくとしてだ。








売れている本は



タイトルの力が大きい。




中身といえば



ごく当たり前のことだし、


新鮮味も薄い。






ビジネス本も


自己啓発本も



健康本も





どれも中身は


同じようなことをいっているに過ぎない。






ただ


切り口をちょっと変えてあるのだ。





あとは


権威力。






医者が健康について語る。



弁護士が


問題解決について語る。




大金持ちになったものが


金の稼ぎ方について語る。。




大学教授が


もっともらしいことを語る。





有名人が


その道について語る。








それだけで


人は




なるほどと思ってしまうのだ。





内容は


二の次になってしまう。











という訳で


自分は




何を書けば



多くの人が読んでくれるのだろうか。





ベストセラーになるのだろうか。








そうしたことを


日々


悶々と考えながら




時間ばかりが過ぎていく。











書きたいことは数々あれど、





テーマが決まらなければ


内容がまとまらない。






今の読者は


何を欲しているのだろうか?





何を知りたいのだろうか?






手にして


買ってくれる内容とは何か。






仕事、


健康、


人間関係、


子育て、


お金儲け、








タイトルによって

書き方が違ってくる





自分だけの



オリジナルな

切り口を見つけなければならない。






こうして


ブログで


自分の考えを述べている。





テーマによって


アクセスに開きが出る。




それだけでも


読者の興味はなんとなくわかる。








本屋に行って


売れ筋のタイトルを調べる。







なぜオレがこれを書くのか、




なぜ


自分がこれを書かなければならないのか


といった



必然が


必要なのだ。







模索する日々。




それは


だんだん


収斂し



本質に近づいて行っている実感がする。









このジレンマがたまらない



まさしく



自錬魔に取りつかれている。






さあ、


スタート地点は

もうすぐそこだ。







ウォーミングアップも


念入りに行った。




だいぶ体も温まってきた。






ゴールまでの道のりは


まだまだ遠い。





ウォーミングアップで

疲れ果ててどうする。





そろそろ


この辺で

スタートの位置につこうか。