元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「茜色に焼かれる」

2021-06-12 06:14:14 | 映画の感想(あ行)
 キャストはいずれも熱演。特に4年ぶりの単独主演になる尾野真千子は実に気合いが入っており、観る者の緊張感を最後まで持続させるべく、縦横無尽の活躍を見せる。しかしながら、映画としてはまったく面白くない。話が絵空事の域を出ていないのだ。これはひとえに脚本の不備であり、それを放置したプロデューサーの責任であろう。

 7年前に夫を交通事故で亡くした田中良子は、中学生の息子である純平を女手一つで育てている。しかし生活は厳しく、良子は昼はスーパーのパート、夜は風俗店に勤めている。以前はカフェを経営していたが、コロナ禍で閉店に追いやられている。純平は学校でイジメられているが、それを母親に言い出せない。そんな時、良子は中学時代の同級生の熊木と再会する。離婚したばかりだが、甲斐性があって優しそうな熊木に惹かれていく彼女だったが、風俗嬢であることを打ち明けられずにいた。

 このヒロイン像には全然共感出来ない。夫を死に追いやった相手からの慰謝料を“謝罪の言葉が無い”と意地を張った挙げ句に一円も受け取らない。しかも、相手が病死した際には堂々と葬式の場に乗り込んで周囲の顰蹙を買う。施設に入院している義父の面倒も見ており、驚くことに夫が不倫相手に産ませた子供の養育費さえ出しているのだ。彼女は舞台俳優であったこともあり、ミュージシャンだった亡き夫との関係性に表現者としてプライドを持っているようだが、一見金回りが良さそうな熊木に呆気なくなびいてしまう節操の無さも露呈する。

 読書家だがまともに勉強するヒマもない純平は、なぜか成績が超優秀だ。良子の同僚のケイは、生い立ちから境遇まで“不幸のための不幸”を一身に引き受けている。風俗店の店主は意味も無く“頼れる男”だし、熊木の造型もワザとらしい。要するにこの映画には、感情移入出来るキャラクターが皆無なのだ。斯様に、浮き世離れした連中が画面をウロウロするだけでは、盛り上がるはずもない。

 その代わり、いわゆる上級国民との格差や学校現場の荒廃、DVや貧困の問題、そしてコロナ禍など、最近の時事ネタは目一杯詰め込まれている。ただし、それらは総花的でまとまりが無く、ただの“御題目”でしかない。ラストを迎えても、何の決着も見られない。ついでに言えば、2時間半近い尺は観ていて疲れるだけだ。

 脚本も担当した石井裕也の演出は、肩に力が入るばかりで空回りしている感がある。尾野をはじめ純平役の和田庵、片山友希、オダギリジョー、永瀬正敏、大塚ヒロタ、芹澤興人、嶋田久作といった面々は頑張ってはいるが、話自体がこの調子なので評価は出来ない。
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「ザ・ファイブ・ブラッズ」

2021-06-11 06:28:39 | 映画の感想(さ行)
 (原題:DA 5 BLOODS )2020年6月よりNetflixより配信。評判が良いみたいなので観てみたが、監督がスパイク・リーだということが判明した瞬間、悪い予感がした。案の定、要領を得ない出来に終わっている。思えば、この監督の作品で水準を大きくクリアしているのは初期の数本だけだ。どうしていまだに演出のオファーが絶えないのか、個人的には解せない。

 4人の黒人の退役軍人が、かつての戦場であるベトナムを訪れる。目的は戦友ノーマンの遺骨回収、そしてジャングルの中に隠した、大量の金塊の奪取だ。勝手に付いてきたメンバーの一人の息子や、現地ガイド、および地雷撤去のために現地入りした平和活動グループも交えた一行は何とか目当てのものを見つけるが、金塊を横取りしようとする武装グループの襲撃を受ける。

 公民権運動をはじめとする米社会における黒人層の地位を示すニューフィルムなどが数多く挿入されるが、それがベトナム戦争とどう結び付くのか、よく分からない。確かにベトナムに従軍した米兵士の約3割が黒人であるというが、本作のストーリーである宝探しと活劇の直接的な背景になるかというと、かなり無理がある。

 元々このネタは白人のベトナム帰還兵という設定で脚本が書き上げられ、オリヴァー・ストーン監督が映画化する予定だったらしい。それがスパイク・リーのもとに企画が持ち込まれた際に、黒人差別問題を絡めた話に移行したということだ。居心地の悪さはそこから来ているとも言える。

 演出のテンポは良くない。BLMをはじめベトナムの旧宗主国のフランスに対する言及、登場人物の一人が負っている戦争の後遺症(PTSD)と家族関係や、現地の女性との間に出来た子供の問題、ベトナム社会の剣呑な雰囲気(ただし、描き方は中途半端)などのモチーフが目一杯詰め込まれ、ストーリー進行が遅くなった挙げ句に2時間半を超える尺になってしまった。時制によってスクリーンのサイズが変わるのも愉快になれない。

 ここは単純に、金塊をめぐる悪者たちとの争奪戦を、かつての戦場で何があったのかというミステリーをバックに粛々と映画にすれば、それなりの娯楽編に仕上がったはずだ。上映時間も2時間以内に収められただろう。デルロイ・リンドーにクラーク・ピーターズ、ノーム・ルイス、イザイア・ウィットロック・Jr、ジャン・レノ、そしてチャドウィック・ボーズマンという配役は悪くないが、あまり印象に残らない。
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「ラブ・セカンド・サイト はじまりは初恋のおわりから」

2021-06-07 06:51:28 | 映画の感想(ら行)
 (原題:MON INCONNUE)ファンタジー仕立てのラブコメという、私が最も苦手とするジャンルに属する映画ながら(笑)、巧みな切り口と語り口によって楽しく観ることが出来た。もっとも、ラストの処理は大いに不満だが、それを抜きにしても見応えのあるシャシンであることは間違いない。

 パリに住むラファエルとオリヴィアは高校生時代に知り合い、長じて結婚する。だが、作家として大成したラファエルに対し、ピアニスト志望だが目が出ずに小さなピアノ教室の講師に甘んじているオリヴィアの間には、大きな溝が出来ていた。離婚を覚悟したラファエルがある朝目覚めると、そこは彼がしがない中学教師で、オリヴィアが人気ピアニストという立場が逆転している世界だった。しかも、彼女はラファエルに会ったこともなく、別の甲斐性のありそうな男との結婚も控えている。オリヴィアをもう一度振り向かせれば元の世界に戻れると信じたラファエルは、友人フェリックスの助けを得て奔走する。



 冒頭、SF大作のような映像が現れて驚かされるが、これはラファエルが執筆している小説の一場面だ。その小説が切っ掛けになって彼はオリヴィアと仲良くなり、結婚してからも2人はしばらくは幸せだったが、呆気なく終焉を迎えようとするくだりが一気に語られる。そしてその原因も短時間で明示され、まさに“掴みはオッケー”だ。

 別の世界に転生してから、彼はどうしてオリヴィアと上手くいかなくなったのかを悟り、それをリカバリーしようとするのも定石通り。ただし、よくある“パラレルワールドもの”ながら、けっこう描き方は辛辣で容赦ない。ここは恋愛至上主義のフランスの映画らしく、色恋沙汰に関するいざこざには妥協を許さない。

 終盤の展開はその延長線上にあるもので、頭の中では納得しても少しはライトな方向に収めてほしかったというのが本音だ。しかしながら、全編に散りばめられたギャグは暗くなりそうなストーリーを良い按配で中和してくれる。その“お笑い部門”を担っているのがフェリックスで、彼が出てくると画面が弾んでくる。特に、卓球が得意な彼のウェアの胸元に“南葛”という漢字が入っていたのには笑った(言うまでもなく、南葛はキャプテン翼の出身校だ)。

 ユーゴ・ジェランの演出は緩急をつけた達者なもので、ダレることはない。ラファエルを演じるフランソワ・シビルのワイルドな二枚目ぶりも良いが、オリヴィアに扮するジョセフィーヌ・ジャピの魅力には参ってしまった。とにかく、物凄く可愛い。フェリックス役のバジャマン・ラベルネの芸達者なコメディ演技も一見の価値はある。ニコラ・マサールによる撮影も言うことなしだ。
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金曜ロードショーの“復活”を評価する。

2021-06-06 06:14:50 | 映画周辺のネタ
 今年(2021年)4月より、日本テレビ系列で金曜日午後9時より放映されていたスペシャル番組枠の「金曜ロードSHOW!」が、映画専門番組の「金曜ロードショー」に改変になった。もっとも、この新タイトルは2012年まで同局のこの時間帯に放映されていたものと一緒であり、いわば“原点回帰”と言える。また、現在では地上波のゴールデンアワーで定期放送されている唯一の映画番組になる。

 ネット配信のサブスクリプションサービスが全盛になった今、あえてオールドスタイルな形式でのオンエアに踏み切った理由として、局側では“過去の名作群の掘り起こしや、大勢の人が同じ時間に同じ作品を見ているというリアルタイムな体験を提供すること”と述べているが、これは実に正しい。サブスクリプションサービスではチェックする対象範囲が限られてしまい、未知のジャンルに触れることが少なくなる。対して、バラエティに富んだ作品を地上波で放映すれば、それだけ視聴者の知見が増える。



 思い起こせば、この地上波における映画番組というのは、私も随分とお世話になったものだ。金曜ロードショーの前身だった水曜ロードショーをはじめ、日曜洋画劇場、月曜ロードショー、ゴールデン洋画劇場と、民放だけで週4本もの2時間の枠が設定されていた。また、それぞれ個性豊かな解説者を配して作品紹介をおこなっていたのも、視聴者にとって有難かった。

 一般的には日曜洋画劇場の淀川長治が有名だったが、個人的には月曜ロードショー(TBS系)の荻昌弘が印象的だった。おそらくは、作品選定に彼の意向が反映されていたはずで、今ならば絶対にゴールデンタイムに流せないようなマニア向けの映画が堂々と放映されていたものだ。この番組で、私は子供の頃に生意気にもフェデリコ・フェリーニやジャン=リュック・ゴダール、フランソワ・トリュフォー、ルイス・ブニュエルといった監督の名を知った。

 そして、面白い映画が放映されると、翌日に学校でそれが話題になるのも楽しかった。何しろ、ビデオはあまり普及していなかった時分だ。この体験の共有化というのが地上波における映画放映の醍醐味である。時に作品のカラーに合わない吹き替えが施されたり、放送時間の関係でカットされる場合も多々あったが、それでも映画がテレビ画面で見られるというのは堪えられなかった。

 ともあれ、金曜ロードショーの“復活”は素直に喜びたいし、スタッフも頑張ってほしい。お笑い芸人をひな壇に並ばせてのバラエティやグルメ番組は、そろそろ視聴者は飽きが来ている。そんなのよりも映画を一本流してくれた方がよっぽど良い。願わくば、他局も追随してもらいたいものだ。
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「大綱引の恋」

2021-06-05 06:22:55 | 映画の感想(あ行)

 いささか古風で、観ていて妙にくすぐったいところがあるが、“ご当地映画”という性格上その土地の名物は存分に散りばめられており、メインとなる題材は面白い。そして何より2020年3月に急逝した佐々部清監督の遺作で、存在感はかなりある。各キャストの頑張りも印象的だ。

 鹿児島県薩摩川内市に住む有馬武志は、かつて東京の会社に勤めていたが、リーマンショックのあおりで会社が倒産。やむなく実家の稼業である土建業を手伝っている。ある日、母の文子が勝手に“家事退職”を宣言する。武志と父の寛志、妹の数子は面食らうばかり。一方、武志はひょんなことから甑島の診療所に勤務する韓国人研修医のジヒョンと出会い、惹かれるもの感じる。町では400年の伝統を誇る川内大綱引の準備が進められていたが、その先導役たる“一番太鼓”の人選が注目を集めていた。

 私は若い頃に鹿児島市に住んでいたことがあり、川内にも行ったことがあるのだが、恥ずかしながら川内大綱引のような大規模な祭りがあることを知らなかった。だから本作で大々的に紹介してくれたのは有り難い。実際、終盤で描かれる祭の様子はエキサイティングで盛り上がる。また、この祭に関わる地元の人たちの努力や情熱にも十分言及されている。それに、甑島の自然の風景は美しい。

 斯様に“ご当地映画”としての体裁は十分整えられているので、ドラマを必要以上に捻ったり深刻にさせる必要は無い。平易で明朗な筋書きにすれば事足りる。悪い奴や妙に屈折した人間は一人も登場せず、皆いい人で不器用な主人公をフォローしてくれる。佐々部監督はこういう作劇にはピッタリの人材だ。

 主演の三浦貴大は好演で、マジメ過ぎるあまり30歳過ぎまで結婚はおろか交際相手もいない無骨な野郎を、賑々しく表現している。ジヒョンに扮しているのは知英で、今回も実に魅力的だ。残念ながら彼女は日本を離れてしまったが、またスクリーン上で会いたいものである。比嘉愛未に石野真子、松本若菜、中村優一、西田聖志郎、朝加真由美、升毅ら他の面子も良くやっている。あと関係ないが、劇中で突然に鹿児島実業の校歌が流れたのには笑った。
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「バーフライ」

2021-06-04 06:18:12 | 映画の感想(は行)

 (原題:Barfly)87年作品。ストーリーもキャラクター設定も、そして全体的な雰囲気も、とことん“後ろ向き”の映画ながら少しも嫌な気分にならない。それどころか、独特のロマンティシズムが感じられて、鑑賞後の気分は決して悪いものではない。ネガティヴな題材でも、突き詰めて描けばそれなりの成果が上がるものだ。

 ロスアンジェルスの場末の酒場“ゴールデン・ホーン”には、今日も社会から落ちこぼれたような人間が集まっていた。その中の一人である作家ヘンリー・チナスキーは、浮世の雑事から背を向けて酒におぼれ、気がむけばペンを走らせるという日々を送っている。飲酒以外の彼の日課は、バーテンのエディとケンカすることぐらいだ。

 ある日、彼はワンダという中年女と知り合う。彼女も世の中に幻滅して酒浸りの毎日だ。そんな2人が意気投合し、勢いで一緒に住むようになる。一方、そんなヘンリーの周辺を興信所が探るようになる。依頼したのは出版社オーナーのタリーだった。彼女はヘンリーの才能に惚れ込んでおり、彼に資金を提供してカタギの生活に移るように申し出る。脚本を担当したのは作家チャールズ・ブコウスキーで、自伝的内容を含んでいるという。

 典型的な破滅型の物書きであるヘンリーの言動は、潔いほどに厭世的だ。端から見ればだらしのない人物のようだが、これが当時人気絶頂期にあったミッキー・ロークが演じると、実に絵になる。ワンダに扮しているのがフェイ・ダナウェイというのもポイントが高く(年の割には、かなりの美脚)、くたびれたオッサンとオバサンのカップルながら、身のこなしやセリフがいちいちバシッと決まってしまうのだ。

 筋書きは、もちろん主人公たちが“更生”してどうのという展開には絶対にならない。しかしながら、ヘンリーは自堕落な生活にあっても創作活動を怠らなかった。このような境遇だからこそ、人に読ませられる作品を生み出したともいえる。カタギの生活を奨めてもらっても、そんなのは大きなお世話でしかない。

 バーベット・シュローダーの演出は、大きな出来事も無いこの映画を粘り強く支え、見応えのあるものにしている。そして特筆すべきはロビー・ミュラーのカメラによる映像だ。深みのある夜の描写と、バーの内部照明のぬくもりが絶妙のコントラストを見せる。エディを演じるフランク・スタローンは、あのシルヴェスター御大の息子だが、目元が似ていて笑ってしまった。タリー役のアリス・クリッジもイイ味を出している。
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