元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「MINAMATA ミナマタ」

2021-10-25 06:23:00 | 映画の感想(英数)
 (原題:MINAMATA)大きな求心力を持つ映画だ。正直言って、観る前は期待していなかった。日本を題材にしたアメリカ映画だから、ハリウッド名物“えせ日本”が満載の、かなり盛り下がるシャシンではないかとの危惧があったからだ。だが、それは杞憂に終わった。これほどまでに社会問題の核心に迫った作品は、そうあるものではない。それどころか、どうしてこの題材を正面から取り上げた劇映画が日本で出来ないのか、不思議に思うほどだ。

 1971年、かつて写真家として名を成したユージン・スミスは、フランチャイズにしていた“ライフ”誌も辞め、酒に溺れる日々を送っていた。ある日、スタンフォード大学の学生アイリーン・スプレイグから、熊本県水俣市で発生している公害病を取材して欲しいとの依頼を受ける。現地に赴いた彼が見たものは、水俣病患者の苛烈な状況や激しい抗議運動、そして有害物質を垂れ流すチッソ工場の横暴ぶりだった。ユージンは果敢にシャッターを切り続けるが、そんな彼を面白く思わない工場側は、実力行使に打って出る。写真家ユージン・スミスとアイリーン・美緒子・スミスの水俣での活動を追った実録ドラマだ。



 ストーリーは必ずしも事実に沿っているわけではないが、手堅くまとめられている。描き方はまさに正攻法。言葉を失うほどの水俣病の惨禍。過ちを認めない資本側と、それに対抗する市民たち。そしてユージンたちと地元の人々との交流。フォト・ジャーナリズムの有効性。それら以外にいったい何を描く必要があるのかという、作者の強い意志が感じられる。

 映画は裁判の結果と、有名な“入浴する智子と母”の写真撮影まで、一点の緩みも無く進む。水俣で撮影出来なかったのは欠点だが、ロケ地の東欧の荒涼とした風景は作品のカラーに良く合っている。なお、エンディングで2013年における当時の安倍首相の“水俣病を克服した”というコメントの欺瞞性を取り上げているが、エンドクレジットに映し出される世界各地の環境破壊の画像は、大資本が庶民を踏みつぶしてゆく構図が現在も変わっていないことを訴える。

 アンドリュー・レヴィタスの演出は力強く、画面の隅々にまで気合いがみなぎっている。製作も務めた主演のジョニー・デップはイメージチェンジして力演を見せている。今後彼は、年相応の渋い役柄に次々と挑戦してゆくのだろう。真田広之に國村隼、加瀬亮、浅野忠信、青木柚、ビル・ナイといったキャストはいずれも的確な仕事ぶり。アイリーンを演じる美波はとても魅力的だ。坂本龍一の音楽は彼の代表作となることは必至。ただし、主人公たちが乗る列車が当時のものではなくJR車両だったのは、まあ仕方が無い。
コメント
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