元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

原田マハ「キネマの神様」

2020-04-17 06:53:15 | 読書感想文

 山田洋次監督によって映画化されるということなので、興味を持って読んでみた(注:主要キャストの急逝により、現時点ではクランクインは未定)。しかしながら、これはとても評価できるような内容ではない。たぶん山田監督は設定だけ借りて中身を大胆に変えてくるのだとは思うが、この原作に限って言えば論外だ。巷の評判は良く、すでに舞台化もされているというのも、俄かには信じがたい。

 大手デベロッパーに勤めていた39歳独身の円山歩(あゆみ)は、シネコンを含む都心の再開発事業の責任者に抜擢されるが、周囲との軋轢によって会社を辞めてしまう。折しも趣味は映画とギャンブルという老父の郷直が倒れ、しかも多額の借金が発覚した。二進も三進もいかなくなった歩だったが、郷直が勝手に歩の文章を老舗の映画雑誌に投稿したのをきっかけに、歩は編集部に採用される。

 実はウケが良かったのは郷直の文章の方で、やがて父の映画ブログを雑誌と連動してスタートさせることになる。この企画により左前だった出版社は持ち直すが、あるとき郷直の書き込みに敢然と異を唱えるパワーライターが出現し、ネット上で論戦が展開される。

 あまり若くもないヒロインが突然無職になるものの、父親の“機転(おせっかい)”によりあっさりと再就職が決まり、スタッフは全員映画好きのいい人ばかり。父親が書いたブログが国内だけでなく海外でまで知られるようになり、編集長の引き籠りの息子は身なりを整えるとハンサムな好漢で、郷直の友人である名画座の主人は映画をこよなく愛し、謎のライターの正体は“(いい意味で)思いがけない人物”だったりする。つまりは設定は御都合主義で、人物配置も御都合主義で、筋書きもとことん御都合主義なのである。だいたい、ギャンブル好きの郷直が簡単に“更正”するはずがない。

 原田の小説を読んだのは初めてだが、直木賞候補にもなったほどの売れっ子ながら、文章の深みの無さには脱力する。ページを斜めに読んでも全然構わないほどで、有り体に言えばこれはライトノベルではないか。書物に対して何らかの“読み応え”を期待する向きには、まるで合わない本である。

 加えて致命的なのは、映画に対する見識の甘さ。俎上に載せられていたのは「ニュー・シネマ・パラダイス」だったり「フィールド・オブ・ドリームス」だったり「七人の侍」だったりと、何の捻りも無いポピュラー作品ばかり。いたずらにマニアックに走る必要はないが、少しは映画マニアらしい意外性のある選択は出来なかったのか。

 さらに、郷直の文章も謎のライターのアーティクルも、とても傾きかけていた映画雑誌を立て直すほどのインパクトは無い。果たして作者は本当に映画が好きなのかと、疑ってしまうようなレベルだ。映画を題材にするのならば、セオドア・ローザックの「フリッカー、あるいは映画の魔」ぐらいの想像力を発揮して欲しいものだ。
コメント
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