元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「ホテル・ムンバイ」

2019-10-27 06:57:31 | 映画の感想(は行)
 (原題:HOTEL MUMBAI)目を見張る力作で、終始圧倒されっぱなしだった。この臨場感、この迫真性、まるで観ている側がテロリズムがもたらす修羅場に放り込まれたような、尋常ではない映像体験を強いる。そのへんのホラー映画よりも数倍怖く、並のアクション映画よりも数十倍スリリングだ。本年度の外国映画の収穫である。

 2008年11月26日、パキスタンに拠点を置くテロ組織がインドのムンバイに送り込んだ実働部隊が同時多発テロを引き起こす。現場の一つであるタージマハル・ホテルには、約500人もの宿泊客が閉じ込められていた。警察は役に立たず、軍の特殊部隊が到着するのは数日後だ。給仕係のアルジュンや料理長をはじめとするホテル従業員は、何とか宿泊客を守ろうと決死の覚悟でテロリスト達と対峙する。



 とにかく、相手が女子供だろうと何の躊躇もなく銃口を向けるテロリストの冷血ぶりに慄然とする。こいつらは活劇映画に出てくる悪者どもとは、まるで違う存在だ。ドラマの登場人物として作られたキャラクターではなく、恐ろしいほどのリアリズムを持った殺戮マシーンである。感情の読めない存在がスクリーン上を跳梁跋扈することにより、筋書きも通常のフィクションとはまるで違う展開を見せる。

 宿泊客の中には著名なアメリカ人や、傍若無人なロシアの実業家、医療関係者などがいて、当然それらのプロフィールを活かした見せ場があると思っていたら、その予想はほとんどが外れる。まさに、誰が殺されるか分からない、先が見通せない状態のまま手探りで地獄のようなサバイバル劇に放り込まれるホテルのスタッフ及び宿泊客の目線と、観客の視点が完全に一致。まさに息苦しいほどの状況を演出する。

 また、キャラクター設定も見事だ。実直さが目を引くアルジュンはシーク教徒で、アメリカ人と結婚したインド人女性はイスラム教徒であるという前提が、後半の筋書きにダイレクトに反映する。非情なテロリストが唯一人間らしい表情を見せる瞬間のインパクトも、終盤に繋がっている。この脚本は実に上手い。監督アンソニー・マラスはこれがデビュー作ということだが、どこかの巨匠みたいな上質な仕事ぶりで、ただただ驚くしかない。

 デヴ・パテルにアーミー・ハマー、ナザニン・ボニアディ、ティルダ・コブハム・ハーヴェイらのキャストに関しても言うこと無し。とにかく、底なしの恐怖と、それに立ち向かう人間達の高潔さが活写された、第一級の作品であることは論を待たない。そして、タージマハル・ホテルは惨禍から立ち直って今でも営業中という事実も、胸を打たれるものがある。
コメント
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