元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「蜜のあわれ」

2016-04-08 06:20:55 | 映画の感想(ま行)

 作品世界を容認すればこの上なく興趣が尽きない映画だが、そうではない観客にとっては退屈に思えるだろう。幸いにして(?)私は本作の雰囲気を大いに堪能できた。個人的には今年度の日本映画の収穫だと思っている。

 昭和30年代。老境の作家は魅力的な少女・赤子と暮らしていた。赤子は作家を“おじさま”と呼び、彼に付きまとい、夜は二人で身体を密着させて眠る。どこか人間離れした赤子の正体は、作家が買ってきた赤い金魚だった。金魚は作家に飼われるうちに、人間の姿に変貌するようになったのだ。普通の人間には彼女の本当の姿はまったく分からず、その経緯を良く知るのは、金魚売りの男のみである。

 ある日、赤子の前に若い女の幽霊・ゆり子が現れる。ゆり子は生前に作家を慕っていたが、死因は分からないままだ。作家を挟んで奇妙な三角関係のようなものが出来上がる。一方作家は今までの生き方を自問自答し、幻想の中で早世した友人・芥川龍之介と語り合う。作家仲間達が先に逝き、震災や戦争も切り抜けた彼だが、やがて肺を病んで人生の終わりが近いことを自覚する。室生犀星の後期の小説「蜜のあはれ」(私は未読)の映画化だ。

 文字通り浮き世離れした題材で、ヘタすれば目も当てられない失敗作に終わりそうな感もあったが、赤子役に二階堂ふみを起用したことで映画のヴォルテージは一気に上昇。赤いヒラヒラした衣装もさることながら、まさに“金魚の化身”としか思えない身のこなしと観る者を引き込むような蠱惑的な表情で、老作家を籠絡する。さらに、蓄音機から流れる音楽に合わせて踊ってくれるのだからたまらない。この役を演じられるのは、今の日本映画界では彼女だけだろう。

 対する作家に扮するのは大杉漣だが、一見インテリだが実は変態という、いかにも彼らしい(笑)役柄にハマっている。ゆり子を演じる真木よう子は今回は脇役なので文句は言うまい(爆)。芥川に扮した高良健吾がまた圧巻で、たぶんこの作家はこういう雰囲気を持ち合わせていたのだろうと納得させるだけの存在感がある。金魚売りの男の永瀬正敏や、作家の愛人を演じる韓英恵も良い。

 作家が生と死の境目で垣間見た妖しい世界を鮮やかに見せる石井岳龍(元・石井聰亙)の演出は冴え、まるで迷宮に吸い込まれるようだ。加えて、北陸でロケしたレトロでファンタスティックな映像が素晴らしい。いったい何処でこんな撮影場所を見つけてきたのだろうかと、感心することしきりである。笠松則通のカメラ、森俊之と勝本道哲による音楽、いずれも言うこと無し。

 登場するキャラクターは、すべて晩年の犀星の分身に違いない。作家の矜持を保ちつつも、下世話な欲望やライバル達に対する競争心などに惑わされ、やがてそれらをみんな肯定して彼岸へと旅立ってゆく。人生の終着点はかくの如きものなのだろう。観る価値は十分にある。
コメント
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