元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「告発のとき」

2008-07-05 07:26:09 | 映画の感想(か行)

 (原題:In The Valley of Elah )シャーリーズ・セロン扮する女刑事のキャラクター設定に感心した。とにかく底抜けに無能なのだ。市民からの申告をマジメに聞かず、適当にあしらって放置した結果、事件が起こってしまう。容疑者を追跡する場面では段取りの悪さで取り逃がしそうになる。極めつけは、重要証拠が封入されている資料を送られてきた時点でチェックせず、翌日ようやく中身を読んでみて事の重大さに気付くシーン。要するに彼女は“使えない奴”なのだが、プライドだけは救いようがないほど高く、そのため職場の連中からは完全に敬遠されている。ダンナに逃げられたのも当然だ。

 どうしてこういう人物をドラマの主要ポジションに置いたのかというと、このキャラクターにアメリカの一般市民のスタンスを投影させているからだと思う。視野が狭く、先が読めず、大事なものを見落とし、何かあればそれまでの自分を棚に上げて正義漢を装う。イラク戦争を傍観している米国民の内面は、こんなものなのだろう。

 対して現場で戦う軍関係者はどうなのか。トミー・リー・ジョーンズ演じる軍警察を定年退職した主人公は、昔気質の軍人だ。軍隊そして国家に敬意を払い、日常生活も実直そのものである。ズボンを椅子に何度もこすりつけて折り目をピシッと付ける場面に代表されるように、骨の髄までジェントルマンである。

 しかし、イラクに行った息子が帰国直後に謎の死を遂げてしまい、その事件をくだんの女刑事と一緒に探るうちに、とんでもない真相にブチ当たる。もはやアメリカの軍隊は彼自身が籍を置いていた頃から完全に様変わりし、尊敬されるどころか軽蔑される存在に成り果てている。

 ただ、軍隊がそんな風になってしまったのは、明白な理由があるのだ。一般市民は例の女刑事のように部外者を装い、軍に入り(好きでもないのに)前線に送られた連中は非人間的な扱いに甘んじている。格差社会が昂進して中流階級が姿を消し、下流にいる者は軍隊ぐらいしか行く場所がない。一方が一方を論難しても何も事態は好転しない。その間に偉ぶった連中は我関せぬ事を決め込み、私腹を肥やすことに余念がない。

 この不条理な状況に監督と脚本を担当したポール・ハギスは精一杯の抗議を試みる。私はオスカーを受賞した「クラッシュ」をまったく評価しないが、ハギスの第二作目になるこの映画は演出力が格段にアップし、普遍的な支持を得るだけの求心力がある。イラク戦争の是非は後世の歴史家が判断することだろうが、少なくとも今は確実にアメリカ社会を蝕んでいることは確かであろう。観る者を瞠目させる米国映画の秀作だ。
コメント
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