昨年ぐんと小さく剪定してしまったので、今年の開花は期待していなかった月下美人が二鉢に一つづつ花を咲かせてくれた。小さな蕾を見つけた時の喜びは大きかった。月下美人は夜咲くので毎年開花する一週間位前に居間の食卓に運んでくる。そして毎日今日か今日かと愉しみに待つのだ。最近ではどんな状態になったら咲くのかが分かって来たので27日の朝「今日は咲くぞ!」って「でももし咲かなかったら明日は教室で帰りが遅いから萎み始めた頃しか見る事が出来ない、今日咲いてよ~」って願いに願った。やはり思った通り咲いてくれた。
神秘的な月下美人の開花を始めて見た4年ころ前から、誰かとこの素敵な瞬間を共有したいな~と思っても何時も私一人なのだ。然しこの日次男が来る事になっていたので始めて一緒に見る事が出来ると嬉しかった。次男は始めてであった様だ。何時もは遅く帰るのにこの日に限って仕事があるから7時半頃帰ると言う。だから開花寸前に帰って行ってしまったから一寸残念ではあったが、「こうこうなのよ」としっかり説明だけは出来たのでま~良かったと思っている。
一夜限りの花の命ではあっても人をこれ程感動させてくれる月下美人に感謝したい気持ちである。
そう言えばもう何年前になるであろうか、次女も月下美人を育てているのだが、夏皆が軽井沢に集まり家を留守にする最中に開花すると言う事で車に積んで持って来た事があった。開花した夜皆で感動し愛でたものであった。
次男は最近4日間ばかり仕事で東北に行って来たようだ。接した方々が皆とても優しく人情あふれる応対に痛く感激していた。あちらでレンタカーを借り700キロ位の道程を一人で運転したそうだ。若い頃免許は取得しているが、車も持たず、私の様にしょっちゅう運転する機会もなかった次男「大丈夫だった?久し振りの運転?怖くなかった~」の私の問いに「平気だったよ、昔習った事って良く覚えているもんだね~」といとも平然と言っていた。「流石だな~私なんてレンタカーなんて絶対運転したくないし自分の車だけで充分と思っているのに~」そう言えば40年ほど前タクシーとぶっかって一カ月ばかり車の修理にかかりその間運転しなかったら車が帰って来て乗るのが怖かった。殆ど乗らない次男が平気なんて凄~いって驚いた。
でも私の胸の内では「無事で良かった~」の思いが強かった。
災害後の陸前高田他の写真を沢山見せてくれた。当時の様な惨憺たる情景こそないけれど、所々に山積みされ持って行き場のないガレキ、鉄骨の家は残ってはいるが家の中は空洞で住む事は不可、広い野原の様になっているが家々の土台だけは残っている。至る所押し寄せた海水は引かずに「え!これって川?」って質問した場所数知れず、そんな中にコスモスが綺麗に咲いている風景を見て、自然とは過酷なものと思うと同時に何時かはこのコスモスのように癒される事もあるんだと私の気持ちは悲喜こもごもであった。
復興は程遠い様ではあるけれど、より良い環境作りを果たし住人が再び戻ってくる事が出来る様祈り願いたい。