4月に大腿骨折をし手術後リハビリ病院で2カ月余を過ごした姉が、我が家には帰らず退院と同時に直接施設に入居した。
私の家から車で15分位の近い場所、「私も叔母さんを見舞いたいわ」と言っていた長女と一緒に始めて訪れた。93歳だけれど骨折した部分も良くなり杖を付いて歩けるしまだ頭もしっかりしている。姪までが来てくれた事をとても喜んでいた。
7月の1日に入居したので一月も経っていないし同居の方々とも余り顔見知りにはなっておらず、3度の食事以外は顔を合わす事も無く6畳間に一人 起居している訳だが、今の処寂しさも余り感じる事無く過ごしている様だ。食事を作る訳でもなく何にもする事がない毎日「退屈じゃな~い」と聞いたら「あっという間に 一日が過ぎて行く見たいよ」と言っていた。そして「私、此処で死んで行くのかしら」とそんな事も言っていた。
パソコンは出来ないがワープロを使っていた姉だから「おねーちゃんの一生を書いてみたら?」と提案したが芳しい答えは帰ってこなかった。何にもしないでいると呆けてしまうのが心配、でも姉は私と違って社交性のある性格なので、その内友達もでき愉しい生活が出来るようになる事を願っている。
3人で四方山の話しに時を忘れ2時半から気が付けば5時になっていた。実家で唯一人残った妹の私、これから残る人生を此処で過ごす姉の為に月に一回は来ようと決心した。
長女は結婚式のドレスを姉に作って貰った事など感謝していて久し振りに会えた事を喜んでいた。午前中私の家に先ず寄ってくれ、もう大分前に秦野で買って来た肥料などが重くて車のトランクにそのままになっていたのを運んでくれたり、藪からしが庭中伸び放題になっていたのを取ってくれたり、大働きをしてくれた。何時も何くれと気を使ってくれる長女有難い存在である。
姉のこれからの生きようを見て、私は現在元気だから施設に入る気持ちは全くないし絶対入りたくないと思っている。動けなくなったら多分秦野の家に移り長女の世話になる確立が大である。世話を掛けるのは申し訳ないけれど、長女もそれを望んでいてくれるし、我を張らずに老いては子に従おうと思っている。
人間若い時には若いなりに様々思い悩み、老いては人生の最後を思い迷うものであるが!!今を精一杯過ごすのが先決であろううと思う。