ねーさんとバンビーナの毎日

「静」→ 「淡」→ 「戻」→ 「無」→「休」→「解・涛」→「涛・停」→「抜」→24年「歩」 最終章序章スタート!

今日突かれたお言葉・その708

2011年11月09日 19時04分42秒 | 突言葉ねーさん
解かなくてはならない数式があると想像してみてください。
あなたはそれを解く代わりに、単に自分の好きな数字を選び、それを答えとします。
その後あなたは自分の欲しい結果が出てくるまで、ここやあそこにプロセスを追加しながら計算しなおします。

こんな感じのことは誰でもしょっちゅうやっています。

私たちは、物事がどうあるべきかということを決めておいてから、その考えを支持する意見や説明を作りだします。



ジョナサンケイナーの予言、本日の山羊座さんより。


「物事がどうあるべきか?」ということを決めるんじゃなくて、「物事はこうなるしかない」ということに腹を括るほうがよっぽど大事なんだけどね。

「どうあるべきか?」なんてさ、現実見てないで仮想(虚構)空間に漂ってられるから言えるんですよぅ。

いや、ホントに虚構の世界の話しならばいいですよ。
演劇とか芸術とかさ。
そういう中ではアリでしょうけどもね。

ジョナサンの予言にあるように、○自分の気に入る気に入らない(×こうなるしかない、こうはならない)で、その気に入る結果が出るように意図的に○作り細工(×やらせ工作)しながら、人をも巻き込んでいくんだよぅ、こういう風に物事を進めてしまうと。(○自分勝手(×自分本位)甚だしいといいましょうか。)


「物事はこうなるしかない」って踏むと、その考えを支持する意見や説明を作る(←「仕掛け」だよねぇ、これは。かなり危ないったら無い。)んじゃなくて、「こうなるしかない」の○仕込み(×仕掛け)行動をせっせとするしかなくなるんですぅ、ハイ。

TPP交渉参加についてかぶる想い出

2011年11月09日 12時20分32秒 | 思い出ねーさん
実経験上の想い出がかぶって心配になるTPP交渉参加なんですけど。
一応、あのときのことを、ここに記載しておこ~~~っと。
これはもう1992年頃の話しじゃ。



オバチャマは過去にデキレースを仕掛けた企業側(中堅中小企業)に在籍していたことがありました。
すでに会社規模が従業員7,800名くらいの規模になっている頃で、そういう戦略をかける経営陣と一緒に格闘して仕事をしていた時期がありました。

※当時の世間の風潮から「これは○デキレース(×談合)だろ?」って判断できる材料すらありませんでしたが。(ごく一部の人間だけが知ってるっていうかね。)


デキレースの○最終目標(×最終目的)は、直取引一社独占(在籍していた会社の将来の夢だった訳だよ。うち一社が他全部の下請け仕事を奪い取るみたいなこと言ってたし。世間的には「中小企業なのに○グローバル化(×国際化)がはかれてるスゴイ会社」みたいなことに(案外)なっていて、「ちゃんちゃらおかしいぜ」ったらない。)、他社はその傘下に(必然的に)入るか、自ら撤退を仕向ける訳。(ここは(意図的に)誰も言わないんですよ~~。)

その目くらませにまず行ったのが「作業ルール化を下請けみんなで考える」という体裁の会議。半年も。
その会議も、議長には首謀参画者(←とある有名大企業側)が出ていて、デキレースかました側は管理職は出席させないんですね~。(下請け他社に何か(裏取引とか裏協力を)嗅ぎつけられるとマズイから。)

裏で結論はすでに出ている(ほぼルールは決まってる)のですが、あえて議論をさせるのです。半年も。(了承していくような作業の会議だったよなぁ。)
直で見ててつくづく思ったのは、ルール定義できない会社はまんまと(疑いもなく考えもなく)調子よくのせられていくわけです。(「シメシメ・・・」ってもんですわ。)

会議期間中に勘が鋭い下請け(小さかろうが仕事が出来る(○信頼(△信用)できる)んだよ、こういう会社のほうが。)ってのもいましたよ。

「これはやり方として相当おかしい。
体のいい単価絞りと撤退の誘導ではないか。
会議の議題とか目標設定はわかるが、そもそもの目的が全くわからない。」

って、かなり下請けながらにも怒ってたっけなぁ。ホント、ホント。


(この会議も途中で参加しなくなった、この会社。
この大会社のやり方や仕向け方に相当疑念を抱いて下請けからも早々に手を退いたよ、確か。
「賢いっ!わたしも早いところそっち側に行かねば!!○作り(×やらせ)だけらのこっち側には長くいられないっ!!やだやだ。」って心で拍手を送りましたけど。)



「デキレース」って「談合」と違って、情報を秘密にせず、いかにもオープンにしてるようで、相当な作り演出(理論が正しかろうが嘘八百)が入り、何が本当の事実なのかも疑わしい事態になるんですよぉ。
「「事実だけ拾うしかない」って言っても、「事実がすべて」って言っても、大体この事実事態が相当おかしいじゃないのさっ!」って状態になっていくわけ。

目標設定ばっかり明確でも、そもそもの本質とか目的はうやむやだから(おかしな事に誰も突っつかないんだよね、ここを!)、各自が自分に都合のよい解釈で事が運ばれ、無意識なところで大混乱、流れや収拾のコントロールが不能に(これをさらにコントロールさせるルールが出来たりね。(本末転倒))、すでに帳尻あわせするしかなく、それにみんなが寄ってたかって躍起に、こうなるんだよねぇ・・・。


このプロセスを20年も辿って観察してるけど、誰も幸せになんかなってないですよ。
デキレースかましたこの会社だってなんにも幸せになんかなってないですよ。(○無茶苦茶(×滅茶苦茶)ったらないし、衰退一途。)
血を見ない体のいい痛めつけ合い。かえって悪とすら思う。


こういう実経験があるんで、TPP交渉(ルール作りっていう体裁ありき)がこういう事態にならないことを本当に願いますわぁ。
参加表明している議員さんの動きは要注意で観察しちゃいそうだわよ。




余談

こないだ「11人もいる!」ってドラマの中でデキレースが描かれていたんだけど、

「デキレースも(やり方として)仕方がないこと」

「(裏で結果が決まってようが)デキレースに参加して惨敗する経験も強くなれるひとつの経験」

みたいなセリフがありました。

「違うよっ!!何言ってるんだよ。」

「これだからまだテレビってのはおかしいんだよ。」

「お前達は「やらせ」と「作り」の境目がまだ附に落ちてないだろう??このバカタレが。」

ってツッコミ入れましたけどね、テレビに向かって。


「我慢」と「辛抱」

2011年11月09日 11時43分34秒 | 2種分ねーさん
がまん【我慢】

仏語。我に執着し、我をよりどころとする心から、自分を偉いと思っておごり、他を侮ること。高慢。


しんぼう【辛抱】

つらいことや苦しいことをこらえ忍ぶこと。




くれぐれも言うが、「我慢」は万病の元。(高慢のしっぺ返しなのよ。)
「我慢」させるようにし向ける人がいたとしたら、(絶対にと言っちゃおう)距離置くべし。
我慢がきかないこちらが悪いんじゃない。
「我慢しすぎてる(通り越して裏返っちゃって偽善者演技(ウソ)に入ってる)あなたが心配、自分で自分がわかっているようでわからなくなるぞえ?」ってそう思う。


そのかわりに「辛抱」
これは「気づき」を導く精神鍛錬
「我慢」とまるで違う


我慢の場合はそのことをあんまりわかっていないまま漠然と(他人の目とかウケを気にして(←結構損得勘定入ってる))ポーズ(演技)する感じ
辛抱の場合は○わかっていて(×損得計算上)それを受け入れて自分を成り立たせてるからだ。



辛抱してるのが伝わらないと「コノヤローっ!ウォォォォォっ!!!」的に一時何か叫び出したくなることもあるだろう。
「○怒る(×キレる)」ってのもそれだったりする。
それが例えば、スポーツやカラオケ、継続力に変換されたり。

我慢がきかなくなくなる人は(暴言でも毒でもいい)吐き出さずにいい顔しておいちゃぁ「○キレる(×怒る)」からわかりやすい。
(だから「我慢すんなよ」ってことなんです。「キレるあなたが辛抱できない幼稚体質」ってことです。「キレさせたほうが悪い」っていう主張はまずはやめて欲しい感じで。)


「この状況、しばらくは辛抱だね・・・」って人には味方もつくが、「我慢しなさい」「我慢が足りない」って人からは人が離れていくのは必至。
だって、「我慢しなさい」「我慢しろ」と言う人は(実のところ)ことの成り行き把握(洞察)が出来てないことうけあい(我にしか執着してなくて他を侮ってるから)だからさ。


我慢しちゃう人側にすると、辛抱出来る人を「なんだか可哀相」だの「なんだかバカみたい」だの「理解不能・・・」だの、そういう風に解釈するように映る。
その度に、「我慢してるほうがオカシイんだってばヨ。この高慢な嘘つきめ??」ってツッコミを入れたくなる。


例えば話。

皮膚疾患があってこらえきれない痒み症状が出ているとする。
病院に行って先生が、「痒みはとにかく我慢してください。我慢しなくちゃダメですよ。」って言ったとしたら、オバチャマの場合は、「♪ブブーーーっ」と心の中でブザーが鳴り響く。
心理として我慢ならないから(←ウソつけない)掻いてしまうんだよ。


「痒みが出たらとにかく薬を塗って症状を抑えて辛抱してください。掻いたキズからまた症状が悪化してしまうから、とにかく薬で抑えて辛抱してください。」っていう言い方をしてくる先生だったら、「♪ピンポーン!」と心の中で鳴り響く。
心理はこちらのほうが落ち着くぜ。(そうなってみな?実際。)



ということで「脱我慢」をぜひとも推奨致します。
辛抱推進ってことで。(「おしん」だの「あぁ野麦峠」みたいだの言ってんなよ。(笑))

我慢のきかない時期(でも辛抱はしている)は誰にだってあるんですよぅ。
思春期は特にこれが上手く説明できないってヤツだよね。
そこを「我慢しろ」ってせっつくから逆効果。
○頭のいい子(×賢い子)はかえって「我慢できてる風演技や言動理論」を編み出しちゃって、これがまたヘンな性格形成につながったりね。