ニイハオ! 我的朋友!

中国留学生活を綴ったのがこのブログのはじまり
今は日々のこと旅のことなど徒然に・・
そして加わった乳がんカテ

4、わたしでよかった

2017-04-11 | わたし&乳がん 1.2.3...

まず、本気で思った

わたしでよかった・・ 

 

がんと診断された日、そう思った

息子や娘じゃなくてよかった

 

わたしに近い身内に、少しでもがんの可能性がある人たちがいたとしたら

わたしのがんがその可能性を全部引き受けたいと思った

 

 

がん患者の家族という立場より

自分ががん患者、、 というほうが

 

わたしだったら・・・ 

 

そっちのほうがいいと思える

 

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3、身の丈ほどの本を読み、わたしは考えた

2017-04-02 | わたし&乳がん 1.2.3...

一昨年の丁度今頃、

手術後の病理検査の結果を知る直前にこんなことを書いた。( 後半 )

今でも基本変わらない。

この二年間で(特に一年目)本当にたくさんの本を読んだ。 

横積みにしたら、まさに身の丈ほどの高さになるだろう。

 

がんとは(一般的医学的)。。   

(こと)わたしにとってがんとは。。 

最終的に、どう生きていきたいのか、どう生きようといているのか。。

そして、どう死んできたいのか。。

 

 例えば、豚肉食べていけない、食べたほうがいい、、 この一つとっても、こんな真逆のことが堂々と語られ、藁をもつかみたい患者や家族は一体どっちなの!?と翻弄される。

必死な思いや願いから、いいというものを次々追い求め、まるでジプシーのように希望と落胆を繰り返す人たちもいる気がする。

一番許せないのは、人の弱みに付け込んだ商法? 凄く高いふとんを進めてきたリ(実際買った体験者の本も読んだ)、(「がんに効く」)健康食品?すすめたり、「○○○すればがんは治る」的な本が出されたり。 

どこに根拠があるというのか。

 

人それぞれだから、どれが正しくてどれが間違いで、などとは簡単に言えない。

どの道もその人にとっては、それでいいのだろう。

しかし、そうは言っても明らかにやめたほうがいい道(選択)もあると思っている。

やたら右往左往ばかりしながら可惜日々を過ごしたくはない。

賢くならないと。

 

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(2015年 4月)

病理結果を聞く日が明日になった。 退院してから色んな本を読んだ。

経験者、闘病中の方のブログを読ませてもらった。

そして、わたしなりに考えてきた。 

わたしはどうする気? ってこと。 

検査結果を聞かないうちにどうするかなんて、具体的にははっきり言えないこともあるにしろ。

でも、わたしはこう考えて、こうするつもり、こうしたい、、 というような、

自分なりの気持ちはちゃんと持ちたいと思っている。

この間、治療に対する色んな立場や考え、また患者さんたちの実際の経験や心情等々・・ 

知りたいと思ったし、自分の考えをまとめる上で知る必要があった。 

短期間で未だかつてないほど、本を読んでいる。

「知は力」  知識は力になる。 

そしてまた、力にするための時間も必要だ。

わたしは「スピリチュアル」も神仏もパワーストーンも必要ない。

たとえ、考えることにへとへとになったにしても、

やっぱり自分のことは、自分で考える主体でありたいと思っている。

 

何年前になるだろう、ヴィクトール・E・フランクルの 『夜と霧』(新版)を読んだ。 

その中に次のような文章が書かれている。 深くわたしの心に残った言葉だ。
               
   あらゆるものを奪われた人間に許されるたった一つのもの
   それは与えられた運命に対して 自分の態度を選ぶ自由
   自分のあり方を決める自由である
  
   強制収容所での生活を送った私たちには、忘れられない仲間がいる
   誰もが飢えて重労働に苦しむ中で、みんなにやさしい言葉をかけて歩き
   ただでさえ少ないパンの一切れを身体の弱った仲間に分け与えていた人たちだ
   そうした人たちは、ほんの少数だったにせよ
   人間として最後まで持ちうる自由が何であるかを十分 私たちに示してくれた

   あらゆるものを奪われた人間に残されたたった一つのもの
   それは与えられた運命に対して自分の態度を選ぶ自由
   自分のあり方を決める自由である  

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2、プラス・マイナス=いくらかでも プラス!

2017-03-27 | わたし&乳がん 1.2.3...

乳がんと確定してから、ある時期、欲しいものがなくなった。

オシャレな服を買おうとか、靴を買おうとか、、  要らない。

それより、持っているものをサクサクと処分にかかった。

入院中、同室の方も同じこと言っていた。 

その方は人に教えるくらい編み物が上手で、セーターやらカーディガンやらたくさん持っていたそう。

でももう着ることもないだろうし、もらってくれる人もないだろうと、随分捨てたって。

時間が経って今思えば、「残しておけばよかったわ。」と言っていたのも思い出す。

心の心境は、このように流れていくのかもしれない。

 

欲望消失!の前、がんとわかってすぐくらいは逆で、色々欲しくなった。

美しいものきれいなもの可愛いもの素敵なもの 気にいったもの 

 

一番近くでいっつも一緒で、一向に離れてくれないわたしの家族?分身? 

別の名を乳がん!

大変化が勃発し、戸惑いと疲弊した精神、その均衡を保つかのよう。

無駄遣いだとか贅沢だとか、ではなく絶対的必需品!だった。

 

 

5年も飲み続ける薬。 小銭いれだと思う、わたしは薬入れにした。

白い薬袋から毎日飲むより、気に入ったものから出して飲みたい。 気分が違う!

5年もなんだから・・ 

 

 

入院の時持って行った小物入れ。 

実物はもっと素敵にエレガント

  

 

 

さて、現在は・・・

物欲は完全にしっかりと戻った。

 

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1.次元が違う恐怖 

2017-03-25 | わたし&乳がん 1.2.3...

一斉に!

一斉にだ! 何事が起きたのか!?

何千匹ものねずみが天井板一枚の上を、右往左往の猛ダッシュで駆け廻っている。

少し近いといえば、そんな感じだろうか。

 

まるで何々のよう、とか、こんな感じだ、とか。

本当は何に例えても当たらない。

例えようがないのだ。

あえて言うなら、なんだろう・・・ ?

 

次元が違う恐怖

 

生まれて初めての体感だった。

だから、どう表せばいいのかわからなかった。

ザワザワザワ!!!!!! と体中に駆け巡ったものの正体は・・。

当たっていようがいまいが、感覚として一番ピタッときたのが、次元 が違う!という言葉だった。

 

術前説明にはなかった事実。  手術して分かったこと。

わたしの乳がんはリンパ節に転移していた。

あれは、Dr:Gにそのことの説明を受けた夜のことだった。

 

わたしの人生には終わりがある・・

死が最も現実的に、あらゆる方向から急激に、または、じりじりと迫ってきた夜だった。

がんがわかって考えたこと、わたしは凛としていたかった。

その思いは一挙に打ち消され、自分が一旦砕けていく気さえした。

そして、なんだかとっても焦った。

何かしないと! なにができる! 世の中に最後の貢献するとしたらどんなこと?

でも、時間がない・・・

 

恐怖、不安、焦り、どうせ・・・、 

この手の感情や思いが影のように付きまとう、そんな時期があった。

病院の消灯後の時間は、待ってましたとばかりにわたしの心を魔物たちが占領しに来る。

 

 

 

乳がんとわかってからこれまで、特に一年目などに感じたこと、思ったことを

いつかちょっとでも書いていきたいと思っていた。

気まぐれなシリーズものとでもしょう。

 

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