友人のブログに、こんなことが書いてあった。
ある精神科医に聞いた言葉だそう。
それは彼自身のソーシャルワーカーとして留意しているスタンスに、
ピッタリ重なるとのことだった。
“目の前の一つひとつのケースを大切にしていくことから、すべて始まる”
というスタンス。
何よりも、自分の直面する目の前の一人ひとりと真摯に対峙することが大事だし、
そこから始まるというもの。
わたしもそのスタンスにうなずけた。
友人のブログに、こんなことが書いてあった。
ある精神科医に聞いた言葉だそう。
それは彼自身のソーシャルワーカーとして留意しているスタンスに、
ピッタリ重なるとのことだった。
“目の前の一つひとつのケースを大切にしていくことから、すべて始まる”
というスタンス。
何よりも、自分の直面する目の前の一人ひとりと真摯に対峙することが大事だし、
そこから始まるというもの。
わたしもそのスタンスにうなずけた。
Sさんと知り合って何年になるんだろ・・
入籍だけ済ませ単身日本に来たSさん、大変な苦労をしながら大学とバイトを頑張り通した頑張り屋さんだ。
現在は日本で就職し、奥さんも呼び関東で一緒に生活している。
そして今年赤ちゃんが生まれた。
たしか入籍から五年くらい経っていると思う。
やっと結婚式を挙げられる日が来たのだ。
数年前から中国のおばあちゃんの体の具合がよくないそうで、早く結婚式を見せてあげたいという親戚の意向もあるみたい。
Sさんとは毎週一回会っていろんなおしゃべりをした。 その中で、「結婚式には行くからね♪ 」 って。
だから、約束。
「ホント よかったね Sさん!」 ってお祝いしてこよう。
行くよ!って電話したら、喜んでくれた。
Sさんとのお付き合いはこんな感じ。。
しばらく書き込みを休んでいた友人が、再開していました。 彼はソーシャルワーカー。 久方ぶりに読ませてもたったものは、まさに変わらない彼の文章でした。
彼の受け持っている学生に願っていること、そして自分自身に向けた問い。 わたしも考えなければならないことです。
『ソーシャルワーカーは援助専門職である。
援助専門職として当事者の方々と向き合うとは、いかなる責任を有することであるのか!?
その 「責任」 の重さに対して。 あるいは、当事者の前では援助専門職は無力たる存在であること。 あるいは、それゆえに援助専門職は “当事者から学び続ける” 必要があること。
あるいは、援助専門職であるということ自体が孕む権威性や傲慢性。
…等々、それらに対して“自覚的”であって欲しいと願っている。
そのためにはソーシャルワーカーにとって必要であるとされる 「価値」 「知識」 「技術」 を修得することはもちろんのこと、その過程において徹底的に 「自己覚知」 する作業が求められるのは言うまでもない。
そもそも 「人が人を支援(援助)する」 ことなど出来得るのであろうか!?
また、その営みはすべて 「善」 であったり 「正当なもの」 として意味づけられることなのであろうか!?
ぼくの中の素朴な疑問である。
もし 「援助専門職を名乗る者」 が、「当事者と呼ばれる者」 に対して、お節介でもなく、その人自身に必要なサポートなるものを共に創出していけるとしたならば、それはいかなる営みであるのだろうか!?
その「答え」を今なお模索しているぼくがいる。 』
・・・・・ お節介でもなく、その人自身に必要なサポート
先日の日曜は職場の方の結婚式でした。 いい結婚式でした。
なんかあの地震後に(特に)結婚する人が増えたという事を聞きました。
彼女たちも地震が取り持った結婚といってもいいようです。
彼女の実家は、今回の大震災で大きな被害にみまわれた岩手の田野畑村です。
色々なものが一瞬のうちに流されていきました。 家もやっと住めるくらいの二階を残すだけ。
でも幸いにもご両親は無事でした。 ホントよかったです。
お父さんもお母さんも、あの日、数ヵ月後にこんな日が来るなんて思いもしなかったでしょう。
人生は分からないことだらけ・・
でも、だからこそ、今日が大事で “今” が大事なのかもしれませんね。
披露宴の途中、ご両親がご挨拶に来て下さいました。 その場に居たわたしたちは、おふたりが無事でいてくれてよかった、生きていてくれたよかったと、涙が止まりませんでした。
また、幼い頃の写真が写しだされた時も、わたしたちは涙涙でした。 だって殆どが津波で流されてしまった中で、ようやっと残った数枚の写真だから。 よく残ったね、と同じ職場の人たちと話しながら、やっぱり涙でした。
お父さんは嫁に出すなら近くに、、、、 が希望だったみたいです。
でも、どこに居たって娘が幸せなら、お父さんも幸せなんじゃないかなってわたしは思いますけど。
ね、おとうさん。
土曜日、久しぶりにまーすけが遊びに来て泊まっていった。
もう25年の付き合いになるかな。 今年34才とのこと。 大きくなるのはや!
わたしの古い物シリーズをご披露していた時、実家から持ってきたかすりの生地を見せた。
色んな柄が綺麗で、いつかパッチワークにしてバックかスカート作りたいなと思っていた。
そしたらその中に、まだ真新しいようなハンテンが混じっていたらしく。
まーすけがそれを見つけ、いたく気にいって 「これちょうだい!!」 って。
拘りのセンスがビビッときたみたい。 部屋着にしようかな、いやこれ着て出かけるから絶対。
真夜中にふたりで、「おう! いいねぇ!
」 とか言って盛り上がってた。
アジのあるものやいい物を選ぶセンスは抜群のまーすけ。 確かに着こなせてた。
どうよ! なんてポーズとってるし。
この首に巻いたやつ。 ホントはこれ、わたしも凄く気にいったかすり。
丁度少し長めの手ぬぐいくらいの形に切ってあり、今の季節首に巻くのに最適。
大体にして、この柄、お洒落! ちょっと未練あったけど、まーすけに、、、 あげた。
たぶん、大事にそして上手に身につけてくれることだろうと思う。
そういうまーすけだもの。
子どもの頃、夫があげた20倍のルーペを 「今でも使ってるんだよ。 あれ凄くいいよ。」 なんて、この前言ってた。
知り合いに羨ましがられて、「どこで買ったんですか!?」 と聞かれても、「教えらんね。」 って言うらしい。
かすりのこと母に言ったら、喜ぶんじゃないかな。
凄く喜んで使ってくれる人いるなんて知ったら。