ニイハオ! 我的朋友!

中国留学生活を綴ったのがこのブログのはじまり
今は日々のこと旅のことなど徒然に・・
そして加わった乳がんカテ

スタンス

2017-03-28 | ● 出逢い・しごと

友人のブログに、こんなことが書いてあった。

ある精神科医に聞いた言葉だそう。 

それは彼自身のソーシャルワーカーとして留意しているスタンスに、

ピッタリ重なるとのことだった。



“目の前の一つひとつのケースを大切にしていくことから、すべて始まる”  

というスタンス。



何よりも、自分の直面する目の前の一人ひとりと真摯に対峙することが大事だし、

そこから始まるというもの。

わたしもそのスタンスにうなずけた。 

 

 

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約束

2013-12-12 | ● 出逢い・しごと

Sさんと知り合って何年になるんだろ・・ 

入籍だけ済ませ単身日本に来たSさん、大変な苦労をしながら大学とバイトを頑張り通した頑張り屋さんだ。 

現在は日本で就職し、奥さんも呼び関東で一緒に生活している。 

そして今年赤ちゃんが生まれた。 

たしか入籍から五年くらい経っていると思う。 

やっと結婚式を挙げられる日が来たのだ。

数年前から中国のおばあちゃんの体の具合がよくないそうで、早く結婚式を見せてあげたいという親戚の意向もあるみたい。

Sさんとは毎週一回会っていろんなおしゃべりをした。 その中で、「結婚式には行くからね♪ 」 って。

だから、約束。

「ホント よかったね   Sさん!」 ってお祝いしてこよう。  

行くよ!って電話したら、喜んでくれた。 

 

Sさんとのお付き合いはこんな感じ。。 

       一期一会のミルフィーユ    もう一つの道

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援助専門職

2012-04-17 | ● 出逢い・しごと

しばらく書き込みを休んでいた友人が、再開していました。 彼はソーシャルワーカー。 久方ぶりに読ませてもたったものは、まさに変わらない彼の文章でした。 

彼の受け持っている学生に願っていること、そして自分自身に向けた問い。 わたしも考えなければならないことです。

 

『ソーシャルワーカーは援助専門職である。

援助専門職として当事者の方々と向き合うとは、いかなる責任を有することであるのか!?
その 「責任」 の重さに対して。  あるいは、当事者の前では援助専門職は無力たる存在であること。                                    あるいは、それゆえに援助専門職は “当事者から学び続ける” 必要があること。
あるいは、援助専門職であるということ自体が孕む権威性や傲慢性。
         …等々、それらに対して“自覚的”であって欲しいと願っている。

そのためにはソーシャルワーカーにとって必要であるとされる 「価値」 「知識」 「技術」 を修得することはもちろんのこと、その過程において徹底的に 「自己覚知」 する作業が求められるのは言うまでもない。

そもそも 「人が人を支援(援助)する」 ことなど出来得るのであろうか!?
また、その営みはすべて 「善」 であったり 「正当なもの」 として意味づけられることなのであろうか!?

ぼくの中の素朴な疑問である。

もし 「援助専門職を名乗る者」 が、「当事者と呼ばれる者」 に対して、お節介でもなく、その人自身に必要なサポートなるものを共に創出していけるとしたならば、それはいかなる営みであるのだろうか!?

その「答え」を今なお模索しているぼくがいる。       』

 

             ・・・・・  お節介でもなく、その人自身に必要なサポート

 

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サンタさんはお仕事してるんだよ

2011-12-19 | ● 出逢い・しごと

サンタさんは今、とっても忙しいのだそう。  

みんなにあげるおもちゃを、いっぱい いっぱい集めてこないといけないから。

だから今すぐはこれないんだ。  って、3才のたっくん、今日言ってました。

 

 

 

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結婚式

2011-07-20 | ● 出逢い・しごと

先日の日曜は職場の方の結婚式でした。   いい結婚式でした。

          

     

          

なんかあの地震後に(特に)結婚する人が増えたという事を聞きました。 

彼女たちも地震が取り持った結婚といってもいいようです。    

  『今夜はひとりだけに、おめでとう!

彼女の実家は、今回の大震災で大きな被害にみまわれた岩手の田野畑村です。

色々なものが一瞬のうちに流されていきました。 家もやっと住めるくらいの二階を残すだけ。

でも幸いにもご両親は無事でした。  ホントよかったです。  

お父さんもお母さんも、あの日、数ヵ月後にこんな日が来るなんて思いもしなかったでしょう。

人生は分からないことだらけ・・  

でも、だからこそ、今日が大事で “今” が大事なのかもしれませんね。

披露宴の途中、ご両親がご挨拶に来て下さいました。 その場に居たわたしたちは、おふたりが無事でいてくれてよかった、生きていてくれたよかったと、涙が止まりませんでした。 

また、幼い頃の写真が写しだされた時も、わたしたちは涙涙でした。 だって殆どが津波で流されてしまった中で、ようやっと残った数枚の写真だから。  よく残ったね、と同じ職場の人たちと話しながら、やっぱり涙でした。

お父さんは嫁に出すなら近くに、、、、 が希望だったみたいです。

でも、どこに居たって娘が幸せなら、お父さんも幸せなんじゃないかなってわたしは思いますけど。

ね、おとうさん。  

             

                          

 

 

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イケてる? まーすけ

2011-07-12 | ● 出逢い・しごと

土曜日、久しぶりにまーすけが遊びに来て泊まっていった。

もう25年の付き合いになるかな。  今年34才とのこと。  大きくなるのはや! 

わたしの古い物シリーズをご披露していた時、実家から持ってきたかすりの生地を見せた。

色んな柄が綺麗で、いつかパッチワークにしてバックかスカート作りたいなと思っていた。

そしたらその中に、まだ真新しいようなハンテンが混じっていたらしく。  

まーすけがそれを見つけ、いたく気にいって 「これちょうだい!!」 って。

拘りのセンスがビビッときたみたい。  部屋着にしようかな、いやこれ着て出かけるから絶対。

真夜中にふたりで、「おう! いいねぇ!  」  とか言って盛り上がってた。 

アジのあるものやいい物を選ぶセンスは抜群のまーすけ。  確かに着こなせてた。

          

どうよ! なんてポーズとってるし。    

       

この首に巻いたやつ。    ホントはこれ、わたしも凄く気にいったかすり。

丁度少し長めの手ぬぐいくらいの形に切ってあり、今の季節首に巻くのに最適。

大体にして、この柄、お洒落!    ちょっと未練あったけど、まーすけに、、、   あげた。 

たぶん、大事にそして上手に身につけてくれることだろうと思う。

そういうまーすけだもの。

                 

 

子どもの頃、夫があげた20倍のルーペを 「今でも使ってるんだよ。 あれ凄くいいよ。」 なんて、この前言ってた。

知り合いに羨ましがられて、「どこで買ったんですか!?」 と聞かれても、「教えらんね。」 って言うらしい。

かすりのこと母に言ったら、喜ぶんじゃないかな。  

凄く喜んで使ってくれる人いるなんて知ったら。

 

 

 

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使い捨ての駒

2011-02-05 | ● 出逢い・しごと
「使い捨ての駒って言われてんだよ。  派遣は使い捨ての駒 なんだって! 」
只今、世界的超有名ブランドで派遣として働いている娘の憤慨した言葉。
「使えない派遣はいらないんだけど!」  
嫌みとしか思えない言葉の数々を聞こえる声で言い捨てていくなど常。
1,2時間のサービス残業は当たり前。  日々何十万円のノルマ。
“人間扱いされない” と、短期で離れていった派遣さんたちが何人も。 
そんな中、黙ってなかった勇気ある派遣さんが所属派遣会社に実情を訴えたり、どっかに相談に行ったりしたようだけど、今のところ改善はされていないらしい。
ただ、所属派遣会社から労働時間や退社時間を記録するよう指示があったので、実態を把握するつもりか。
帰宅してからDM書きで夜中になることも多々だ。
仕事中に書く時間はもらえるけれど、娘はその時間内で書けないからお持ち帰えりになる。
各自に与えられるDM書きの為の時間は、一日10分 。
これでは、お持ち帰りを暗黙のうちに強いていることではないかと、話を聞いていて腹が立ってしまう母だ。
母だからとかそんなんじゃなくても腹立たしくなってくる。
こんな働かせ方・・ ホントに、使い捨ての駒じゃないっていうの! 
派遣労働者だって一生懸命働いている人間なんだって。

「また怒られた。。」 と、ある日帰るなり報告話し。
娘の場合、嫌みを言われても怒られてもショックで深く傷つくなど、そうはならない性格のようだ。
名誉のため言うけれど、感じない訳ではなく嫌な気持ちは十分味わっている。
でもそこで、「ホント、むかつく!  」 とか、嫌みばかり連発の社員たちには、「あの人たち見てると可哀そうな人間に思えてくるよ。 毎日あんなことしか言えないんだなって。  」 などと言ってるからまだ自分を保てるのだろう。

「また怒られた。。」  のある日の出来事はこんなこと。
二つの商品でどっちにするか迷っているお客さんについたそうな。
その人の話しをよく聞いてみて、13万円の商品より8万円の商品の方が要望にぴたっと合うと思った娘。
8万の方をお勧めして買ってもらったって。
するとお客さんが帰るなり社員が近づいてきて、「どうしてあなたはいつもそうなの! 迷ってるんなら高い方勧めなさい!」
 
それから、こんなこと、、    他県から若いカップル来店。
ネットで欲しいものを色々調べて、二人でわざわざ何時間か掛けて仙台へ。
付き合って一年記念の物を買いに来たふたりだったそう。
あいにくお目当ての品物はなくお取り寄せを希望したので、担当社員に相談に行ったら・・
「流して! ○万円くらいでメンドクサイし。  どうせ、つながらないから。  (また買いにはこないという意味) 」
そこで少し頑張って娘、 「でも、○○(他県) からわざわざ買いに来た方たちで・・・ 」
「いいから流して!!」  
話を聞いてわたしまで切なくなってきた、その若い子たちの気持ち考えると。

麻痺するのかな、毎日高価な物ばかり扱っていると。
「1万円くらいのもの買うのに、なにあんな時間かけて迷ってんだか。  あぁ、時間の無駄だった。」
長く働いている人のこんなような言葉を毎日聞きながら、(こんなところにずっといたら、性格変わりそう。) と思うそうだ。  今のところは続けているけれど。

に対して)失礼すぎる対応・言葉に憤慨したり疑問を感じる人間に育っていたことを嬉しく思った。
・・・  家の中では、娘の言葉にこちらが憤慨すること多々ですが。
娘を通して、派遣労働者の実態の一部を垣間見る思いがしている。


大人なのか子どもなのか分からない・・・ 
ユニークな子と思えばいいのだろうか・・・

                         



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引き算のすすめ

2011-01-26 | ● 出逢い・しごと
生きていれば何回となく 「わたし、これでいいのかな・・ 」 とか、 
「どうしたらいいんだろ・・・ わたし 」 とか、 「もっと違う生き方あるかしれない」  とか、
迷ったり不安になったり、また訳もなく焦ったり。
そんなことあると思う。     わたしもあるし。  
一度も考えたことないなんて人は、余程幸福で充実した人生送っているってことかな。
でも、そんな人はいないと思うけど、どうだろう。

しばらくHPを閉じていた友人が、再開していたのにこの前気づいた。
どうしてるかな・・・  と覗いてみたら、やっぱり彼らしかった。
彼の仕事は、ソーシャルワーカー。
最近は後身を育てる仕事もしているようだ。
大学で教鞭をとお誘いを受けたらしいが、『 「自分自身の人生を生きる」 ために、もう少し踏ん張ってソーシャルワークしていきたい。』 とそんなお話も断るような人。
苦難や苦悩の渦の中を生きる人の 「語り」 に耳を傾け続ける彼だ。  【友人から】  【てのひら】


その彼のところで見つけたある日のこと。。。。 
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頭の中を空っぽにするために、とりとめもない時間を過ごしている。
書棚から一冊の本を取り出し、ペラペラとめくってみた。
次なる言葉の群れに目が留まった。

        引き算のすすめ

    世の中にの行いには足し算と引き算がある
    足し算はたやすいが、引き算は案外むずかしい
    新しいことを一つ始めるよりも、余分なことを一つ減らしなさい
    有益なことを一つ始めるよりも、無益なことを一つ減らしなさい
    意外に思われるかもしれないが、そうする方がきっとうまくゆく
    学問をおさめると知識の量は、日に日に増えてゆく
    しかし、だんだんとつまらない大量の知識にしばられて
    精神の自由はうばわれて身動きがとれなくなってしまう
    ところが道(Dao)に目ざめた人は、
    日に日に知識の量を減らしてゆくよけいな知識をどんどん減らしてゆき
    さいごには無為の境地に辿りつく
    知識にしばられていた精神は、解放されて自由自在になる
    何ものにもこだわらず、あるがまま自然に生きられるようになる
    ゆったりとおおらかにねそれが“道(Dao)の人”の生き方なのだよ

           新井満『自由詩・老子』 (朝日新聞社,2007年)

全81章五千数百文字からなる『老子』全2巻(道経と徳経)に収められている言葉である。
「引き算」 という言葉が妙に胸の奥深くに染み込んでくる。

自分の人生にとっての 「余分なこと」 「無益なこと」 とは、何なのか?
ちょっと考えて整理してみようかなぁ。

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自分の人生にとっての 
「余分なこと」 「無益なこと」 とは 何なのか?

              
                      




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七回目の卯年

2011-01-09 | ● 出逢い・しごと
年賀状のおかげで、懐かしい方が “近く” になる。
年一枚だけのお付き合いになってしまっているけれど、でもこの一枚、とても貴重な一枚だ。
この方は人生の大先輩。  今年、七回目の卯年を迎えられるというから、齢84になられた。

お知り合いになった切っ掛けは、ひとつの映画だった。
「満蒙開拓青少年義勇軍」 の史実を基に作られたアニメーション映画 『蒼い記憶』 。
この方は、かつて満蒙開拓青少年義勇軍の一員として実際に 『満州』 へ送られた方。
ご一緒に映画の上映運動に携わりながら、たくさんの事を教えていただいた。
今年もお元気そうで、ホントなにより。 

        


さて、「満蒙開拓青少年義勇軍」。。
わたしはこの映画で初めてその存在を知った。
こんなことが行われたという史実を、今どれくらいの人が知っているのだろう。

     

そしてこの映画は、わたしが初めて中国へ行く切っ掛けにもなった。
全国から募集された 「現地を訪ねるツアー」 に参加。    
あの旅は色々な意味で貴重な体験になったと、今でも思う。     “その時のこと”


映画パンフレットに載せてもらった旅の感想を、久しぶりに目にした。
自分の記録として、ここに載せておこうと思う。
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「蒼い記憶」 ツアーに参加して
戦後半世紀が過ぎようとしていますが、いつの時代についても本当のことが知らされ、語り継がれているのでしょうか。  今回、映画 『蒼い記憶』 に関わり、またひとつわたしの知らなかった歴史の事実に出会いました。  そしてそれが契機となり、もっといろいろなことを知りたい、また実際に見たい聞きたいとの思いで、今回の中国ツアーに参加しました。
近代化された北京から、牧歌的な光景が悠々と広がる東北地方北部まで、これが同じ国の同じ時代なのかと思う程の広大さ。
そんな中で出会ったひとりの残留婦人の方が、いつまでもわたしの心から離れません。
運良く生き残ったことを、逆に後悔したこともあったというほどの生きる為の辛く苦しい48年。 
それでも、 「いつの日か日本に帰ろうと、それを支えに生きてきました。」 と、目にたくさんの涙をためて当時を振り返り話してくださいました。
しかし現実は76歳になった今でも、日本に帰れる目途は付いていないそうなのです。
戦争というものは、一体どれ程の人たちの人生を狂わせてしまったのでしょう。
そしてまた、欺瞞に満ちた夢を抱かされ義勇軍として 「満州」 へ送られた十四・五歳の少年たちを想う時、息子をもつわたしは殊更に切なく胸が痛みます。
厳冬の 「満州」 の地は、想像を絶する寒さとひもじさで、さぞかし我家が恋しかったことでしょう。
それ程遠くもない昔に、この国で本当にあったこと、そしてこの国が行ったことをたくさの子どもたちにも知ってほしいと思いました。
一生忘れることのできない 一週間の旅でした。     (1993年 夏)
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このツアーには元義勇軍の方も参加されていたので、道中当時の話など伺う機会もあった。
ひとりの方は、「満州」 へ渡った14歳の時の身長を、わずか124㎝だったと教えてくれた。
丁度わたしの息子と同じくらいだったので、こんなに小さい身体で・・・  と、この義勇軍の残酷さを想わないではいられなかった覚えがある。

一枚の年賀状から随分前の事を思い出したけれど、
Sさんがこれからもお元気で、毎日を過ごされますように。
Sさんがわたしたちに伝えてくれる大事なこと、 
今日はあえて振りかえることにした。


      満蒙開拓青少年義勇軍-1/5
    
 



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なつまつり

2010-07-10 | ● 出逢い・しごと
今日は保育園のなつまつり。
お天気に恵まれてホントよかった。   (ちょっと暑過ぎだけど・・  )

こどもたちが書いた短冊の 「願いごと」 をよんでいると、思わず ぷっ! と吹き出したり (失礼!)
微笑ましかったりだ。
戦隊ヒーローやプリキュア?  になりたい! とかが続いた後に、 ぽこっと 
「ぺろぺろキャンディやさんになりたい!」(3歳児) なんて願い事が出てくると
そのかわいさに思わずにこっとさせられてしまう。

数日前の昼休み。
休憩室でお昼を食べていた時、おとな(職員)も願い事書いてみようよ ということになり、
それぞれ短冊に書いてみることになった。
そして、各自書かれたその願いごとが叶うよう、みんなで応援しよう! という企画。
こんなことが発案され、それをみんなで実行してしまうこの職場・・  わたしは大好きだ。 

色々な願い事が出ていた。
一枚一枚読んでいると、「その人」 がみえたり、また、そんな願いがあったんだね と仕事上では見れない一面も見えたりして、中々面白いなぁと思った。


さて、わたしが書いた願い事は。。   ふたつ。
「中国語で夢がみれるくらいに、レベルアップしたい!」
そしてもう一つ、 「ホウレイ線を消したい。 」  




                        かなうかな・・・   





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