ニイハオ! 我的朋友!

中国留学生活を綴ったのがこのブログのはじまり
今は日々のこと旅のことなど徒然に・・
そして加わった乳がんカテ

そんな事にわたしの税金1円たりとも使ってほしくないんですけど、安倍さん!!

2015-10-31 | 2014年 2015年
しんぶん赤旗 2015年08月30日 10:02

安倍首相の政治団体・政党支部/年108回624万円 飲み食い/税金・献金原資に

 「戦争法案」、原発再稼働など、暴走を続ける安倍晋三首相(衆院山口4区)。夜には、財界人やマスコミ関係者らとの会食が目立ちますが、今夏3回目の“お国入り”をした12日には、後援会などの会合に出たあと、下関市内の鶏料理専門店で県議ら後援者と食事しました。安倍首相の政治団体の「飲み食い」を調べてみると―。

 首相が支部長を務める「自民党山口県第4選挙区支部」の2013年の政治資金収支報告書によると、組織活動費の「交際費」などの名目で、地元下関市や北九州市などの料亭やレストラン、くじら料理店などへの支出が計56回、155万503円にのぼります。

 今回、利用した鶏料理専門店には、13年4月20日に14万円、同8月13日に2万2850円の支出が記載されています。

 一方、首相の資金管理団体「晋和会」の同年の政治資金収支報告書によると、組織活動費の「行事費(本会 会合費)」として、東京・赤坂のすし店や、同・六本木の焼肉店、同・永田町の料亭などに、計52回、469万2053円の支出があります。

 選挙区支部と晋和会あわせて1年間に108回、約624万円。3・4日に1回の飲み食いです。

 どういうお金で飲み食いをしているのか―。

 選挙区支部は、ニトリホールディングス300万円、商品先物取引の豊商事50万円など、3756万円の企業・団体献金を集めたほか、自民党本部からの寄付1200万円(政党助成金)がおもな収入です。(図参照)

 一方、晋和会の収入の大半は、「朝食会」の名目で開催する資金集めパーティー。都内のホテルで計6回開き、約8580万円を集めています。第1次安倍政権時代、安倍氏の意向でNHK経営委員長に送り込まれた古森重隆氏が会長を務める富士フイルムが300万円分、日本医師連盟が200万円分のパーティー券を購入するなど、形を変えた企業・団体献金です。支出は会場借り上げ料など約862万円で、利益率がほぼ9割というぼろもうけぶりです。

 3・4日に1回の飲み食いの原資は、企業・団体献金 国民の税金である政党助成金 ということになります。

 

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子どもの貧困対策は、安倍政権「新三本の矢」の一つのはずでしょ!?

2015-10-31 | 2014年 2015年

子供の貧困対策、なぜ政府は「寄付」を呼びかけるのか?

THE PAGE 10月31日(土)12時0分配信

 政府が子供の貧困対策に「子供の未来応援基金」を設置して民間からの寄付を呼びかけていることが、議論を呼んでいる。国が重要政策として位置づける子供の貧困対策で、なぜ政府は「民間からの寄付」という形を取るのだろうか。

子供の貧困対策全体の予算は8742億円

 政府が子供の貧困解消に向けた政策の一つとして「子供の未来応援基金」を設置したのは、10月1日。政府は10月19日の子供の未来応援国民運動会議で、「国民の力を結集して、社会全体で子供の貧困対策に取り組み、貧困の連鎖を解消する」ものとして、民間からの寄付の協力を呼びかけた。

 子供の貧困対策は、安倍政権が「新三本の矢」の一つとして掲げる重要政策の一つだ。日本の子供の貧困率は1990年半ばから上昇傾向にあり、2013年は16.3%。一人親世帯にいたっては同年、貧困率は54.6%に達している。OECDによると、2009年の日本の子供の貧困率は34カ国の中でワースト10で、一人親世帯の貧困率は最下位だった。

 そこで政府は2013年、「子どもの貧困対策法」を制定。2014年には具体的な対策を示した「子どもの貧困対策に関する大綱」を決定した。大綱を受けて今年度、子供の貧困対策は主に文部科学省、厚生労働省、内閣府が担っている。今年度予算では、文科省が学校へのスクールソーシャルワーカーの配置や、地域の無料学習支援塾を設置する事業などに5150億円。厚労省が、児童相談所の相談態勢の強化や児童養護施設の学習支援などに3591億円。内閣府が、支援情報を集約する事業などに1億2千万円。計8742億2千万円の予算が子供の貧困対策に使われている。

なぜ寄付なのか?

 民間に寄付を募る「基金」の設置も、この大綱に沿った事業だ。大綱には「官公民の連携等によって子供の貧困対策を国民運動として展開する」という項目が明記されており、民間資金を用いた支援が例示されている。国の予算とは別に設置されたこの「基金」は、子供の貧困対策に取り組むNPOや民間企業などの事業の運用に用いられる計画だ。

なぜ、「寄付」なのか。内閣府の担当者は「国は国として大綱に基づいて政策を推し進めるが、それと並行して、政府だけでなく社会全体で子供を支えていくような運動が必要だと考えた」と説明する。「子供の貧困問題は深刻であるにもかかわらず広く認識されておらず、『自助努力の範疇ではないか』と言われることもある。しかし、子供は社会全体の財産。貧困を社会全体の問題と捉え、国民一人ひとりが誰でも活動に参加できる事業の一つとして、まずは『基金』という象徴的な方法を選んだ」と説明する。

 内閣府の担当者は、民間の寄付を集めることによる別の利点も主張する。「国の予算で行う事業の場合はどうしても画一的な支援方法になり、特定の地域や分野に偏った支援はできない。その点民間の基金であれば、NPOなどが特定の地域や分野に特化して行う事業でも自由に使うことができる。子供の貧困対策には、地域に密着して子供に寄り添う草の根活動こそが必要で、柔軟に用いることができる民間の基金が適している部分もある」

支援現場の声は

 実際に支援の現場にいる支援者は、どう感じているのだろうか。子供の貧困対策に取り組む「一般財団法人あすのば」の小河光治代表理事は「民間の資金には、困窮している子どもを一定の支援条件に当てはまらないからといって差別することなく、柔軟に運用できるメリットがある」として、民間の基金を活用する方法自体は否定しない。しかし「国がより具体的な政策を示して必要な支援を拡充してからでなければ、民間の理解を得るのは難しいのではないか」と指摘する。

 「児童扶養手当や給付型奨学金などの現金給付の拡充が実施されるようになれば、貧困世帯にとっては『社会から見捨てられていない』と感じることができる大きな支援策になる。政府がパフォーマンスではなく、貧困解消に実効的なこうした具体策を示すことができれば、『政府も一肌脱いだのだからみんなでやっていこう』という気運が高まり、『基金』への批判も少なくなるのではないか」

 来年度予算の概算要求では、関係する3府省全てが子供の貧困対策に関わる予算の増額を要求している。内閣府によると、今月19日までに集まった「子供の未来応援基金」への寄付金は160万円。政府がスローガンに終わらずに効果的な政策を打ち出していくことが、寄付を始めとした民間運動の盛り上がりにもつながるだろう。

(安藤歩美/THE EAST TIMES)

 

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地元紙 連日♪

2015-10-28 | 2014年 2015年

<宮城県議選>自民に逆風 共産追い風

  河北新報 2015年10月27日火曜日

宮城県議選で当選した8人全員がそろった共産党の演説会=26日正午ごろ、仙台市青葉区
 
 25日投開票が行われた宮城県議選(定数59)は、8月の仙台市議選に続き自民党に逆風が吹いた。第1党の座は保ったが、立候補者1人当たりの平均得票数は1000票以上減らした。来夏に迫った参院選に向け、安全関連保障法成立の影響を懸念する声が広がる。対する野党は、共産党が躍進する陰で民主党は議席が減少。野党共闘の行方を左右しそうだ。

<罵声も浴びる>
 「逆風を肌で感じた」
 仙台市泉区市名坂の事務所で26日未明、泉選挙区で初当選した自民新人は疲れ切った表情を見せ、「数人に一人の割合で『自民支持を辞める』と言われた。『恥を知れ』と罵声も浴びた」と話した。
 今回、公認34人を擁立した自民は無投票を含め27人が当選し、4年前より議席を1減らした。最大勢力を維持できたが、支持の陰りも浮き彫りとなった。
 無投票を除く自民公認26人の1人当たりの平均得票数は8459。前回は9469で、その差は1000票以上に上る。公明党も議席は4で変わらないが、1人当たりの得票数は1万1397から約630少ない1万762に減った。
 投票日前日の24日、仙台市で遊説した谷垣禎一幹事長は「日本が今後も平和国家として歩む事実は変わらない」と安保法批判への反論を繰り返し、逆風を押さえ込もうと必死だった。
 「共産がここまで伸ばすとは正直分からなかった。想定外」。共産候補に100票近くまで詰め寄られた自民現職の県連幹部は世論の底流の変化を警戒する。

<「市議選以上」>
 「新しい政治の扉をたたくことができた」
 26日正午、当選した共産公認の8人が仙台市中心部で街頭演説会を開き、安倍政権打倒を強調した。
 共産は議席が4から8に倍増。1人当たりの得票数は8601に達し、前回から約1700伸ばした。中島康博県委員長は「仙台市議選を越える反応の良さだった。国民連合政府への期待の表れだ」と言い切る。
 共産は来夏の参院選で安保法廃止の1点で野党が結集、共闘する戦略を描く。
 改選数2で争われた13年参院選宮城選挙区。野党候補の4人を合わせた総得票数は52万に達し、自民候補の42万票を上回った。定数減で1人区となる来夏は野党共闘が勝利の鍵を握る。中島委員長は「もはや民主も私たちの力を無視できないだろう」と県議選の結果に自信を深める。

<共闘に不安も>
 民主は世論の風に大きく帆を張れず、獲得議席を前回の7から5に減らした。
 県連幹部は「安保法は党内に意見の相違があり、共産ほど分かりやすく訴えられなかった」と反省した。参院選に向けては「安倍政権打倒を旗印に野党は共闘するべきだ」と強調する。
 共産躍進は野党共闘の行方にどう影響するか。「共産と一緒にやりすぎると元からの支持者が引く」。仙台市内の民主現職は共産主導の共闘に不安を漏らす。
関連ページ: 宮城 政治・行政 宮城県議選       ※ 線はわたし。
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宮城県議選  やったあ!

2015-10-27 | 2014年 2015年

<宮城県議選>反安保 共産が躍進

 河北新報  2015年10月26日 月曜日

当選を確実にし、満面の笑みを浮かべて支持者と握手する大内さん(右)=25日午後10時25分ごろ、仙台市宮城野区原町の事務所
 

 「宮城秋の陣」でも共産旋風が吹き荒れた。25日投開票の宮城県議選は8月の仙台市議選に続き、安全保障関連法の廃止を前面に出した共産党が2011年の前回を大幅に上回る議席を得て躍進した。自民党は守勢を強いられ、落選の憂き目に遭う現職も出た。

 わずか31票差に泣いた4年前の涙を、当選に輝く満面の笑みに変えた。
 4人が定数3を争った若林選挙区は、福島一恵さん(54)が共産として選挙区初の議席を獲得した。福島さんは「安倍暴走政治を止めたいという民意の表れだ」と勝利を宣言し、事務所で喜びを爆発させた。
 仙台市議5期を経て、東日本大震災後の前回県議選(2011年)に臨んだが惜敗した。復興の力になりたいと落選をばねに沿岸部を奔走し、地道に支持を広げた。福島さんは「村井県政は中央ばかりを見ており、地元に冷たい。被災者そっちのけの県政を変える」と決意をみなぎらせた。


 宮城野選挙区(定数4)では、共産新人の大内真理さん(37)が党悲願の初議席をつかんだ。テレビが当確の速報を伝えると、事務所には抱き合う支持者らの歓声が響き渡った。
 6歳になる長男の母親として子育て真っ最中。安保法に不安を募らせる県民の声に耳を傾けながら、脱原発を訴えるデモに毎週参加するなどし、市民運動家としてマイクを握り続けた。
 大内さんはガッツポーズを何度も決め、「子どもたちが未来に希望を持てる県政をつくる」と誓った。


 大崎選挙区(4)も新人内藤隆司さん(57)が初当選を飾った。県議選は3度目の挑戦。安保法反対、環太平洋連携協定(TPP)反対などの訴えに元宮城県鹿島台町長、元県農協中央会長らが共鳴するなど、支援の渦は急速に拡大した。
 内藤さんは「党派を超えて力が結集した。安倍政権への怒りが当選へと押し上げてくれた」と追い風の手応えをかみしめた。


 共産が大躍進に沸く中、自民の候補者は軒並み苦戦を強いられた。石巻・牡鹿(5)では、党県連総務会長の現職池田憲彦さん(62)が落選。石巻市の事務所で「精いっぱい戦ったが駄目だった。申し訳ない」と支持者に頭を下げた。
 政権与党や村井嘉浩知事とのパイプを強調し、「復興予算を持ってこられるのは自分しかいない」と訴えたが、浸透しなかった。池田さんは「私の力不足」と語り、肩を落とした。
          ◇         ◇         ◇
 宮城県議選は25日、投票が行われ、即日開票の結果、無投票当選の11人を含む新県議59人が決まった。自民は27人で、前回(2011年)から1減らしたものの、最大勢力を維持する。村井嘉浩知事の県政与党を掲げる公明と合わせて過半数を確保した。共産は議席を倍増させた。
 自民以外の政党別内訳は民主が5人。維新1人、公明4人、共産8人、社民1人が決まった。無所属は13人。
 投票率は40.03%で、過去最低だった前回の41.69%を下回った。

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どうして生まれてきたか

2015-10-07 | 2014年 2015年

ふと、思い出された。  誰かの本に出てきた言葉。

「 なぜ生まれてきたか?   

 それは、感動するほど美しいものに出逢うためだ ・・・  

 (ちょっと表現違ってたかもしれないが、こんな感じの事) 」

 

ものすごく美しい海だった。 時間に制約されないで、ずっと眺めていたいような。

 

・・・ この海、見るために、わたしは生まれてきたんだなぁ。

    ああ、生まれてきてよかった。 って ・・・  

    そして、この海に出会うために、生きてきたんだ。 ・・・  そう 素直に心から思ってた。

 

 

昨日まで北陸を旅していた。 この海は奥能登の海。

 

下の写真は能登半島の一番端っこに建つ灯台。  まれにも出てきたとか。

真っ白でかわいい灯台だった。

 

 

病院で同室の新メンバーに馴染めない・・ なんて書き込んでから、彼是何か月?

退院してもはや四か月くらいなるかな。

実は今回の旅の前、八月末に韓国に行っている。

あの時はカメラすら持ってかないので、写真は一枚もなし。

まず撮るの面倒、写真もいらない、と思ってた。 前みたいに旅行記をまとめる気分がない。  という感じ。

しかし今回は久しぶりにカメラに充電し、域先々の写真を撮ってみた。

例によりすべて風景ばかりで、自分なし。

 

ちょっと書いて見ようかな、久しぶりに。

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