ニイハオ! 我的朋友!

中国留学生活を綴ったのがこのブログのはじまり
今は日々のこと旅のことなど徒然に・・
そして加わった乳がんカテ

五年前の今日が手術

2020-03-14 | 2020年

五年前の今日、乳がんの手術をした。(3月13日)

夜中酸素マスクはずしていいですと言われてマスクなしで寝ていたら

看護師さんが慌てて寝てるわたしのベットの側に走ってきた。

呼吸が少し止まってたらしく… それがナースステーションに届いたみたいで。

手術の後、自分で呼吸するのわすれる?ことがあるらしい、それだった。

その後は朝まで酸素マスク付けられた。

術後、薬飲む程の痛みもなかったし、無事終了。

ところが全くの無事終了ではなかった事を後日知ることになる。

初期のステージ1ではなく、リンパ節転移有りのステージ2bだということ。


2020年 3・11

2020-03-11 | 東日本大震災 from 仙台

テレビも早々に消した。

どうも心がしんどくなるのはやっぱり被災地の人間だからかな。

…  と思った 3・11。


若い頃は鋭角程の差で立つ二人、歳増す毎に鈍角になる

2020-03-08 | 2020年

「自分を分析することは、

 勇気のいることですが、

 それをやらないと人間は前進できません」

そう思う。
自分を見つめるでもなく、分析するでもないのなら
ただただ、歳だけが増えていく、、
深さもアジも、、それ程ないまま、薄いまま。
自分を耕すのも 勇気が要る。


なにもない…

2020-03-04 | 2020年

こんな風景やこんな事、

想像できただろうか…

最近は別のSNS書き込んでいる方が多いからか、短文章しか出てこない。

 


意味づけされた ”日にち”

2020-03-04 | 2020年

来週になった。

まる九年となる 3.11

まる五年になる、3.13   乳がん手術

 

よく耳にする「あっという間だった」

あっという間だったかな? 

その時々は、あっという間とは思えない時もある。

でも結局はあっという間って感じなのかも。

時間ってそういうものかな。

 


息子との台湾旅行

2020-03-03 | 2020年

先月27日台湾旅行に行く為、車で空港に向かった。

家を出て10分もしただろうか、旅行社から電話が入り台湾行き飛行機は飛ぶけれど、

帰国便が欠航になりましたと。

帰国便、成田だと2便あるという。7:55発か8時何分だったか…

「変更しますか?」

ただ、どちらの便になるか分からないという。

8時前発なんてそんな早朝ホテル出てくるなんて嫌だし、、。

更に突然急に欠航が発表されることもあります、と。 台湾足止め⁉️

息子は連休なんて全く取れない職場で何年も機会が皆無。

今回初めて数日の休暇が取れたので、初めての海外旅行だったのに。

でも、状況が状況なので、無茶な出国はできないし。

結局は取りやめ! 何ともガッカリの極地だ。

そのまま家に引き返す気になれず、急遽温泉に一泊することにした。

大奮発‼️ の贅沢。 

数年前G7が行われた時に麻生氏や海外の要人が泊まった旅館に。

美味しい食事、広々として見晴らしのいい部屋、、、。

旅行代金全額戻りなので、全然痛い気しなかった。

そんなことより、

ガッカリ!  の気分転換、なんとかはかりたいほうが相当優ってた。

 

 


伯母亡くなる

2020-03-01 | 2020年

今日母から電話。

父の姉である伯母が亡くなったとのこと。急の事。

もう一人の叔母は、住まいが九州。

今回はコビット19のこともあり、葬儀には来ないと連絡あったそう。

80過ぎなのでその方はいい。

父方叔母一人、母方伯母一人になった。

 

 


いいかい、君たちはやろうと思えばなんでもできるんだ

2020-02-23 | 2020年

冒険家 植村直己さん

君たちに僕の考えを話そう
僕らが子どもの頃、目に写る世界は新鮮で、すべてが新しかった
やりたいことは何でもできた

ところが年をとってくると疲れてくる
人々はあきらめ、みんな落ち着いてしまう
世界の美しさを見ようとしなくなってしまう
大部分の人は夢を失っていくんだよ

僕はいつまでも子どもの心を失わずに
この世を生きようとしてきた
不思議なもの、すべての美しいものを見るために
子どもの純粋な魂を持ち続けることが大切なんだ
いいかい、君たちはやろうと思えばなんでもできるんだ

僕と別れたあとも、そのことを思い出して欲しい


もう改善の余地もない 置いてきぼりのマイペース

2020-02-19 | 2020年

いつ渡そうか、、、考え中

もう嫌だ!

わたしのイメージこうですか!?

今のこの感じが The わたし‼️ …   ?

放置で段々つくられていく

 The. わたし…

どこから抜け出せばいいのでしょうね

 


「わたしの乳癌」は

2020-02-18 | 2020年

  2015 4/22 記

病理結果が出た。 先生が書いてくれたメモから。 


    ●浸潤径12㎜  ●核グレード1(おとなしめ) 

    ●ER+(100%) ●PR+(60%) ●HER2-

    ●LY3(リンパ管浸潤高い  リンパ節転移 2/4  ●KI67 25%(中間)
 
頷きながら、時に質問などしながら説明を聞いた。 はず・・なのに、あれ?と意味が分らない数値もある。
とにかく、わたしのガンはこういうものだったらしい。

今後の治療についても相談してきた。
リンパ節転移してるということは、全身に転移する危険性は高まるわけだ。 
そんなこんなの説明後、さあどうする、わたし!
先生は〔化学療法+放射線療法+ホルモン療法〕を強くではないが、わたしに伺うように提案された。
わたしは、抗がん剤の治療は拒否し、放射線とホルモン治療をお願いした。

「こんな説明をすると大体の方は不安に思って、化学療法もされますね。」と先生。 
そして、「抗がん剤を使いたくないのはどうしてですか?」と、あっさり訊ねられた。
これまでに考えてきた自分の考えをお伝えした。 
先生は専門医としての見解を丁寧に、そしてクールに説明され、わたしの意志も尊重してくれた。
おかしいかもしれないが、なんかすっきりした。 

その時その時にできること、やるべきことをひとつひとつ、過ごしてきてるなって感じというか。うまく言えないけど。
まず、今できる最大の治療であった手術の成功。 ガンの正体判明。 自分が納得のいく治療の開始。 “ひとつひとつ”とは、こういう事というか。
未来の再発や転移に対しやみくもに不安を抱いても仕方ない、見つかった時に考えよう! 今はそう思う。
 
来月から放射線治療が開始される、ホルモン治療はその後になるそう。
月から金までの毎日を、5~6週間続ける事になる。(25回か30回照射予定)
娘が、「学校かって!」    ほんとだ、通学か通勤のようだ。 
自転車 ⇒ 電車 ⇒ バス ⇒ 歩き ⇒ 病院   
照射時間は短いとはいえ、これを連日続けるのも疲れそう 。
先生が、「通いますか? 入院でもいいですよ。」 と言ってくれたので、入院でお願いした。