民話 語り手と聞き手が紡ぎあげる世界

語り手のわたしと聞き手のあなたが
一緒の時間、空間を過ごす。まさに一期一会。

「本屋さんで待ちあわせ」 その10 三浦 しをん  

2017年12月10日 00時26分44秒 | 本の紹介(こんな本がある)
 「本屋さんで待ちあわせ」 その10 三浦 しをん  大和書房 2012年

 『植民地時代の古本屋たち』沖田信悦・著(寿郎社) P-88

 日本の植民地だった場所(樺太、朝鮮半島など)に、日本人の古本屋が戦前・戦中にいかなる店を出し、どのように商いしていたかを調べた、画期的な本。
 著者の着眼点が、まずすごい。そして、距離も荒波もものともしない。古本屋さんたちの情熱がものすごい。本とひとの存在するところに、古本屋は必ず出現するのである。

 本土(日本列島)の古本屋も、掘り出し物を求めて、植民地に出店した同業者のもとへ積極的に買い付けに行った。当時の地図や当事者の手記が資料として載っていて、ちょっとした冒険気分を味わえる。目に新しい風景を楽しみつつ、結局最後はみんな、本を漁ることに夢中になっちゃっているのがおかしい。古本大好き人間のやることは、どの土地に赴いても、いまも昔も変わらないんだなあ、と親近感が湧いた。

 本を愛し、平和に読書できる時間を愛するひとにとって、忘れてはならない記憶が記録されている。

「本屋さんで待ちあわせ」 その9 三浦 しをん

2017年12月08日 00時08分29秒 | 本の紹介(こんな本がある)
 「本屋さんで待ちあわせ」 その9 三浦 しをん  大和書房 2012年

 『ミッキーかしまし』西 加奈子・著(筑摩書房) P-75

 泥酔!蛾と格闘!猫にかしづく!大阪の濃ゆいおっちゃんから(頼んでもないのに)モテモテ!泥酔泥酔また泥酔!
 テヘラン生まれの作家が繰り広げる、愉快な毎日が綴られたエッセイ。とにかく笑える。とんがってはいるが、嫌味がない。忘れちゃいけないのは、笑いの合間に細やかな抒情がひそんでいることだ。

「いいエッセイ」の条件は、「著者の体験や生活臭や考えがページから迫ってきて、『この人は私のためだけに書いてくれている』と読者に感じさせるもの」ではないかと、個人的には思う。本書はまさに、その条件を満たしている。

 だれもが自分はまっとうだと思っているが、実は世の中にまっとうなひとなど一人もいないのだなと、深く感得した。まっとうじゃなくても、まあいいか、他人にあまり迷惑をかけぬ範囲で、楽しく自由に生きていけば!そんなはた迷惑な前向きさが、読むとむくむく湧いてくる。


「本屋さんで待ちあわせ」 その8 三浦 しをん

2017年12月06日 00時05分33秒 | 本の紹介(こんな本がある)
 「本屋さんで待ちあわせ」 その8 三浦 しをん  大和書房 2012年

 時に抗(あらが)った作家の生 その2 P-48
 ――『星新一 1001話をつくった人』最相葉月(さいしょうはづき)・著(新潮社/新潮文庫、上下巻)


 著者の最相葉月は、130名以上の関係者を丹念に取材し、「鬼気迫る」と言ってもいい、作家の壮絶な姿を浮き彫りにする。星製薬の御曹司だった新一の、実業家としての苦難と挫折。SFという新しい表現を知り、仲間とともに情熱と高揚感に満ちていたころ。

 さびしい魂を抱えて創作に打ち込んだ。一人の人間の内面に光が当てられていく。誠実で淡々とした著者の筆致から、だが抑えきれない叫びが聞こえる。なにをもって、ひとは「生きた」と言えるのか?

 私は書店でアルバイトしていたとき、星新一の文庫を購入する多くの中学生たちを見た。彼らの目の輝きを見た。500年後はいまこのときと断絶して存在するのではない。星新一の作品に胸踊らせる人々の生が積み重なって、いつのまにか500年が経つのだ。

 私たちはつながっていく。銅像やDNAや鎮座まします「宝」としてではなく、もっと深く心の底を流れ受け渡される喜びがある。生のむなしさを超える力。それが創作物の力であり、創作物を楽しむ人間の力だ。星新一はたしかに、激しく深く、己れの生を生ききったのだ。その生が、彼の死後も私たちを照らす。


「本屋さんで待ちあわせ」 その7 三浦 しをん  

2017年12月04日 00時08分41秒 | 本の紹介(こんな本がある)
 「本屋さんで待ちあわせ」 その7 三浦 しをん  大和書房 2012年

 時に抗(あらが)った作家の生 その1 P-48
 ――『星新一 1001話をつくった人』最相葉月(さいしょうはづき)・著(新潮社/新潮文庫、上下巻)

 なにをもって己れが生きた証(あかし)とするか。
 銅像を建てる。子孫を残す。世界遺産や国宝に指定されるような建築物・芸術品を作る。手段はいろいろある。
 しかし、500年も経てばと想像すると、すべてはむなしい。時の流れのなかで、「個」は埋没していく。それは抗いようのないことだ。
 抗ったひとがいる。作家、星新一だ。膨大なショートショートを書き、国語の教科書に作品が採用され、広く人々に愛読されながら、彼はまだ満足しなかった。長く読み継がれることを願って、晩年の星新一は自作を手直ししつづけた。時代の変化から取り残されそうな単語や表現を、執拗なまでに作中から排除した。

「本屋さんで待ちあわせ」 その6 三浦 しをん  

2017年12月02日 00時09分32秒 | 本の紹介(こんな本がある)
 「本屋さんで待ちあわせ」 その6 三浦 しをん  大和書房 2012年

 キュリー夫人の暖房術 その2 P-25


 痛いし重い。顔面を直撃した本をなんとか払いのけようと頭を振り、そこで私はふと気づいた。痛いし重いが……、すごくあったかい!
 全身になだれ落ちた本が重石(おもし)となり、いい塩梅に布団に体を密着させてくれるのだ。ふわふわした隙間がないから、体熱が逃げない。ものすごくぴったりフィットした、高性能の寝袋(しかしすごく重い)に包まれているかのようだ。

 キュリー夫人、やっぱりあなたは偉大です!椅子を載せて寝たのも、「気のせい」に期待したわけなんかじゃなく、物理学的(?)辛抱遠慮に基づく行いだったのですね……!

 本は暖房がわりになる、ということを知った。もしいまポックリ死んでしまったら、死体発見者は私の死因を凍死と圧死のどちらと判断するのだろう、と考えながら、本を全身に載せて気持ちよく寝た。

 追記:その後、『キュリー夫人伝』(エーヴ・キュリー著/河野万里子・訳、白水社)も読んだ。壮絶なまでの研究一直線ぶり(大人向けの伝記でも、やはり椅子を載せていた!。彼女は名声のためではなく、純粋に好奇心に突き動かされて研究した。偉大な人間は、ごくたまに実在する。