「葬式は、要らない」 その12 島田 裕巳(ひろみ)1953年生まれ 幻冬舎新書 2010年
世間体が悪いという感覚 P-73
「世間体が悪い」という言い方があり、それは、自分の行動が世の中からどのように見られているのかということと深く関係する。世間体が悪い行為は、恥ずかしいものと考えられ、日本人は絶えず世間体を気にしている。そうした意識がもっともよくあらわれるのが、葬式である。
世間体の背後には世間があり、それは、その人間が生活を送る狭い範囲での人間関係を指している。それは、国や社会といった広い範囲での人間関係とは区別されるが、日常的により重要なのは世間のほうである。
葬式では、この世間や世間体ということが顔を出す場面が多い。たとえば、布施や香典の「相場」というものに、それがあらわれている。
布施や香典は、あくまでそれを行う側の気持ちによるとされてはいるものの、もっとも重視されるのは、自分がいくら出したいか、あるいは出せるかではなく、他人がいったいいくら出しているかである。
他人に比べてその額が少なすぎれば、世間体が悪くなる。逆に、多すぎても、それは自分を世間の評価よりも高く見せようとする「分不相応」な振る舞いとして受け取られる可能性がある。それも、世間体はよくないのである。
世間体が悪いという感覚 P-73
「世間体が悪い」という言い方があり、それは、自分の行動が世の中からどのように見られているのかということと深く関係する。世間体が悪い行為は、恥ずかしいものと考えられ、日本人は絶えず世間体を気にしている。そうした意識がもっともよくあらわれるのが、葬式である。
世間体の背後には世間があり、それは、その人間が生活を送る狭い範囲での人間関係を指している。それは、国や社会といった広い範囲での人間関係とは区別されるが、日常的により重要なのは世間のほうである。
葬式では、この世間や世間体ということが顔を出す場面が多い。たとえば、布施や香典の「相場」というものに、それがあらわれている。
布施や香典は、あくまでそれを行う側の気持ちによるとされてはいるものの、もっとも重視されるのは、自分がいくら出したいか、あるいは出せるかではなく、他人がいったいいくら出しているかである。
他人に比べてその額が少なすぎれば、世間体が悪くなる。逆に、多すぎても、それは自分を世間の評価よりも高く見せようとする「分不相応」な振る舞いとして受け取られる可能性がある。それも、世間体はよくないのである。