民話 語り手と聞き手が紡ぎあげる世界

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「ツルの恩返し」 リメイク by akira

2011年12月05日 10時08分15秒 | 民話(リメイク by akira)
 むかし、むかしのことだった。 

 ある小さな村に 与平(よへい)という若いもんがいた。
与平は、両親を早く亡くし、一人で暮らしていた。
山に入って、炭を焼いたり、薪(まき)を売ったりして、やっとこさ、暮らしを立てていた。

 ある雪が降った日のこと。いつものように、与平は薪を背負(しょ)って、町へ向かっていた。
こんな日に、町へ行くのはつらい。体は凍るように冷たいし、雪道は滑(すべ)ってあぶなっかしい。
それでも、町へ行って、薪を売らなければ、今日食う米がないのだ。
与平は、雪道を一歩一歩踏みしめ、歩いていった。

 すると、一羽のツルが、目の前に降りてきて、 大きく羽根を、バサバサ、っと、ふるわせると、 
そのまま、雪の上に倒れてしまった。
「あれま、どうしたんだんべ?!」
与平が駆け寄って見ると、ツルの羽根に、一本の矢が、突き刺さっていた。
「可哀そうに・・・。 今 抜いてやっかんな、ちっと待ってろ。」与平は矢を抜いてやった。
「ほ~れ もう大丈夫だんべ。気をつけていけよ。」

 ツルは、クゥー、と、一声鳴いて、空に舞い上がると、
与平に向かって、羽ばたきを五回した。(ありがとうのサイン) 
そして、山の方へと飛んでいった。
 与平は、ツルが見えなくなるまで見送ると、また、薪を背負(しょ)って、町へ向かった。
その日は(珍しく)、薪が全部売れたんで、米を買って帰った。

 それからしばらくたった、雪の降る、寒い夜のこと(だった)。
(おー、寒(さむ)っ。今夜は(やけに)冷えるな。) 
与平がイロリに手をかざしていると、表で、トントン、トントン、と、戸を叩く音がした。
(こんな夜中に、一体誰だんべ?)与平が戸をあけると、色の白い娘が立っていた。
「夜更けに 大変、申し訳ございません。知り合いを訪ねてまいったのですが、 
この雪で、道がわからなくなってしまい、困っております。 
今夜一晩だけでも、泊めてもらうわけには、いきませんでしょうか?」
「それは、お気の毒に。ウチは貧乏で、ろくな布団もねぇけど、
そんでもいいんなら、泊っていってもいいよ。」与平は、娘を家に入れてあげた。

 次の日の朝、与平は、ご飯の炊けるいい匂いで、目が覚めた。 
みると、昨夜の娘が、(着物に)たすきをかけて、土間の掃除をしていた。 
与平が目を覚ましたのに気がつくと、娘は、与平の前に来て、恥ずかしそうに言った。
「昨夜は、本当にありがとうございました。私は通(つう)と申します。
あなたさまは、独り身とお見受けいたしました。 
ごやっかいになった上に、こんなことは申し上げにくいのですが 
この私を、あなたさまの、嫁にしてはいただけませんか?」

 与平はビックリして言った。「よ、嫁だって・・・・オ、オレの嫁にか?!」
娘はこっくりと頷(うなづ)いた。
「オ、オレはこの通りの貧乏で、とても嫁なんかもらう資格ねぇ。」
与平が言うと、娘は優しく微笑んで、
「貧乏など少しもかまいません。私も至らぬものですが、一生懸命働きます。」

 与平は、これも何かの縁、と、娘を嫁にすることにした。
くるくるとよく働く、お通を見て、与平は幸せだった。仕事もやる気が出て、生き生きと働いた。

 そんなある日のこと、納戸に機織機(はたおりき)があるのを見つけ、お通は与平に言った。
「(今度)町へ行った時に、糸を買ってきてはいただけませんか。
私に機(はた)を織らしてくださいませ。」 

 与平がその日のうちに、糸を買ってきてあげると、お通は目を輝かせて喜んだ。
「一つだけ、お願いがあります。私が機(はた)を織ってる間は、決して中を見ないでほしいのです。」
「わかった、見ちゃいけねぇんだな。」
「約束ですよ。」お通は納戸に入っていった。
 
 しばらくして、カタット トントーン、カタット トントーン、機を織る音が聞こえてきた。
 それからというもの、お通は、ご飯もろくに食べないで、機を織り続けた。
 三日目の晩のこと、納戸があき、お通が少しやつれた顔をして出てきた。
「お前さま、ちょっと見てくださいませ。」
与平の前に、白い模様のある、織物(おりもの)を拡げてみせた。
キラキラと光る織物に、与平は目を奪われた。
「なんとも、綺麗な織物(おりもん)だ。こんな綺麗な織物は、今まで見たことねぇ・・・。」
「これは、綾錦(あやにしき)と、いうものです。
明日、町へ行って、これを売ってきてくださいませ。そして、また糸を買ってきてくださいませ。」

 次の日、町の呉服屋に持っていくと、驚くような高値で買ってくれた。
与平は、そのお金で、糸を買い、さらに、普段、買えないものを、たくさん買って帰った。

 その夜、二人は祝杯をあげた。

 それからも、お通は、暇を見つけては、機を織った。
織物を売ったお金で、二人は不自由なく暮らせるようになった。

 だんだん、与平は働きにも行かず、家でゴロゴロするようになった。
売れるか売れないか、わかんないような薪(まき)を、
一日もかけて売ってるのが、バカらしくなってしまった。
「今日はいいお天気ですよ、たまには、山に行かなくていいんですか?」お通が言っても、
「オレは、お通の機織りの音を聞いてるのが、好きなんだ。」
そう言って、ほとんど外に出なくなってしまった。

 初めのうちこそ、仕方ないと思っていたお通だったが、
そのうち、与平がすっかり怠けもんになったのを見て、
それもこれも、自分が機(はた)を織ってるせいだと、心を痛めた。
(このままじゃいけない。どうしたらいいだろう。)

 与平が昼間っから酒を飲むようになったのを見て、お通は思い切って言った。
「お前さま、お願いがございます。私は、もう機を織るのは、これで終わりにしようと思います。
最後に、今まで見たことのないような、立派なものを織ってみせます。
これから、ずっと暮らしていけるくらいのお金になるでしょう。
ただ、一生懸命、頑張っても、七日はかかってしまいます。
その間、今まで通り、決して中を見ないでほしいのです。」
「わかった、だけど、無理するんじゃねぇよ。」

 お通は納戸に入っていった。

 一日、二日が過ぎた。その間、食事をする以外は、ほとんど納戸にこもって、機織りを続けた。
「カタット トントーン、カタット トントーン」
 三日、四日が過ぎた。食事のたびに、お通はやつれていった。
「カタット トントーン、カタット トントーン」
 五日たち、六日が過ぎた。与平は、やつれていくお通を見て、心配で、何度も、中を見ようとした。
だけど、お通との約束を守って、なんとか中を見るのをガマンした。
「カタット トントーン、カタット トントーン」
 そして七日目を迎えた。
朝、食事に出てきたお通は、歩くのもやっとだった。
「最後の仕上げにかかりました。夕方には終わるでしょう。
もう少しの辛抱です。決して中を見ないでくださいませ。」

 お通は最後の力をふりしぼるように、納戸に戻っていった。

 見るなと言われれば、余計見たくなるのが、人の人情というもの。
今までは、見ようと思えばいつでも見れた。しかし、明日になったら、見ようと思っても見れなくなる。
見れるのは今日だけなのだ。与平の中で、見たい気持ちがぐんぐん、ぐんぐん、膨(ふく)らんでいった。

 日が落ちて、薄暗くなってきた。今を逃したら、もう二度と見ることはできない。
(ちぃーとだけ、・・・ちぃーとだけでいいから、見てぇ。
どうしたら、あんな高いお金で売れる、織物を織ることができるんだんべ。)

 とうとう、与平はガマンできなくなって、スーッと、音を立てないように、納戸の戸を引いた。
機織機(はたおりき)が見えてきた。織り手はまだ見えない。
もう少しで見える、さらにスーッと、戸を引いた。
「あっ!」思わず、与平は声をあげた。
そこにいたのは、お通ではなく、(一羽の)ツルだった。
ツルはくちばしで、自分の羽根を抜いては、糸にはさんで、機を織っていた。
もうほとんど羽根はなくなっていて、ところどころに血が滲んでいた。
それは思わず目を伏せるほど、痛々しい姿だった。

 まもなく、見る影もなくやつれたお通が、納戸から出てきた。
与平の前に綾錦(あやにしき)を差し出し、手をついて言った。
 「丹精こめた綾錦(あやにしき)、やっと織ることができました。
もう少しだったのに、ガマンできなかったのですね。
私がこんな姿になったので、心配で仕方がなかったのでしょう。
でも、見られたからには白状しなければなりません。
私は、お前さまに助けていただいた、あのツルでございます。
助けていただいたご恩を、お返ししたいと、このように姿を変えてまいりました。
しかし、お前さまに ツルの姿を見られたからには、人間の姿でいることは、できないのです。
もう、お別れしなくてはなりません。一緒にいる間、楽しゅうございました。」 

 そう、別れを告げると、あっという間に、ツルの姿になり、空に舞い上がった。
与平は急いで外に出た。

 ツルは、別れを惜しむように、
与平に向かって、羽ばたきを五回すると、(さようならのサイン)
クゥー、クゥー、と、鳴きながら、空のかなたへと消えて行った。

 おしまい