京都で、着物暮らし 

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KIMURAの読書ノート『小説 孤狼の血 LEVEL2』

2021年09月02日 | KIMURAの読書ノート


『小説 孤狼の血 LEVEL2』
柚月裕子 原作 池上純哉 映画脚本 豊田美加 ノベライズ 
角川書店 2021年6月
 
3年前に公開された『孤狼の血』(読書ノートでは映画を2018年5月、原作を同6月に取り上げている)の続編が先月20日に公開され、鑑賞してきた。前作でもかなりえげつない場面ばかりであったが、それを上回るシーンがてんこ盛りで前回はそれでも最後までスクリーンを凝視していたが、今回は何度も目を伏せてしまった。そのため、映画に関しては表立ってお勧めすることは出来ない。しかし、今回の作品では殺戮的なシーンの裏に潜む余り表には出てこない広島の歴史に触れられていることを鑑賞したことで知り、ノベライズ版を取り上げることにした。
 
広島の裏社会を取り仕切っていた刑事・大上が亡くなった3年後、その後を刑事・日岡が引き継ぎ、何とか広島の暴力団組織を治めていた。しかし、3年前に壊滅状態に追い込んだ五十会(いらこかい)の残党上林が出所したことにより事態が大きく変わってくる。上林は出所するなり、服役中に因縁のあった刑務官の家に行き、家族を惨殺。自身が所属している組織が抗争を避けようとしているのを知ると、会長を刺殺。自分が敵と思った人物は味方であろうが上層部であろうが次々と刃を向けていった。その手法はこれまでのやくざ組織とは一線を画す猟奇的なものであった。そして日岡はその上林の下にスパイとして近田(通称チンタ)を送り込む。
 
ここに登場する上林とチンタは在日朝鮮人として描かれている。彼ら生まれも育ちも広島であり、日本名を名乗りながらも幼少期から差別を受け、不遇な人生を歩んでいる。上林に至ってはそれがもとで10代で殺人を犯す。被害者は彼の両親。その時の供述調書で彼は次のように語っている。「わしが生まれてから、こん十四年で知ったことと言やぁ、空腹と暴力と、鼻を刺すアルコールの匂いぐらいで、あげく朝鮮人じゃ言われて虐げられる毎日に耐える訳じゃけぇ、わしゃいったいなんのために生まれてきたんか、何もわかりゃせんのです。家に居場所がのうなって外に出てみたら、外の人間もまた、わしを蔑むような目でこっちをみよるんです(p151)」。また、チンタはスパイをする謝礼として日岡からもらったのが、大韓民国のパスポートを所有するための書類一式。チンタは朝鮮語が全く話せない。それでも、彼は日岡に「やっぱわしムリなんよ、日本で生きていくんは……コケにされるだけじゃけえ(p118)」。
 
象徴的な場面がある。上林がとある寂れた焼き肉屋にチンタを呼び出し、彼を殴りながら、この場所が幼少期空腹の時に、残飯を恵んでくれた店であると告白。そして自分たちがなぜ極道をしているのかと問う。そして、チンタが去り、上林自身が店を出た先に目にとまったのが、基町高層アパート。この周辺は戦後原爆で行き場を失った人たちが建てた不法バラックが密集していた地域であり、バラック解消のために建てられたのが基町高層アパートである。映画ではさらにこの先に原爆ドームを映し出している。上林とチンタ、この二人を描くことにより、余り表に出ることはない広島の戦後の歴史の一つが浮き彫りにされている。
 
正直、広島の極道社会と警察との戦いを描いているだけの作品と思っていたが、ここにきて、広島における戦後の裏の歴史に触れるとは思っていなかった。文章にしても目に余るようなシーンが多いが、それでも映画に比べるとかなりマイルドとなっている。本書では前述の象徴的な場面から上林の両親を殺した時の供述調書へとページが移る構成となっている。是非この部分だけでも目にしてほしいと思う。
 
また、LEVEL2は原作の『孤狼の血』、続編の『凶犬の眼』の間のエピソードとなっており、原作者もお墨付きのものである。映画には躊躇する原作ファンが手にしても遜色ないとも思っている。

======文責  木村綾子

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