9月18日(月) 敬老の日 天気:晴れ 室温:31.0℃
きょうは 西播磨をドライブしてきました。 台風一過 天気はいいし 敬老の日でもあるし・・・。
一番の目的は 佐用町弦谷の古民家カフェ・mOkU×mOkU(もくもく) へ行くことですが もくもく
だけでは 面白くないので 播磨科学公園都市にある 野外彫刻を見て カフェ・もくもくへ行き 北
の国道179号線へ降りて 乃井野の陣屋を見て 国道を下り 相坂峠の野外彫刻を 2つ見て 帰
るという行程をめぐります。 しかし 公園都市のSPring8の前にある野外彫刻を見ようとしたら
警備員に にとめられ 見ることができません・・。 これまでに回った ”西はりま野外彫刻めぐり”
のページは < こちら > を見てください。
家に帰って テレビを見ていると 広島カープが 阪神を破って 優勝しました。 私は カープ
ファンですが クライマックスシリーズでは 他のチームに 勝を譲りたい。 ソフトバンクとは・・。
下の地図の34などの番号は 西はりま野外彫刻の番号で だいたいの位置を示しています。
あさ 起きるのが遅く 出発は 12時。 龍野西ICから 山陽道に入り 播磨道に回り 新宮で
降りて(380円) 公園都市に出ます。 次の信号で右折して 中学校の方へ進むと 中学校の
手前に 栗ノ木谷公園があり ここに 野外彫刻があります。 中学校では 運動会をしている
ようです。 どこにあるのか 分からないので 階段を上がり 坂道を歩いて 頂上に上がると
”西はりま野外彫刻 35.光の束となって(1997/松本 薫)” がありました。 ここは 山の上な
ので 見晴らしも良好です。 この後 SPringへ行きますが 侵入禁止!
北へ坂を下ります。 急坂を下って ややなだらかになった直線道の右手に 古民家カフェ・もくもく
があります。 この先は 道路が 90度右に曲がります。 小さい看板を見落とさないように。
築120年の古民家は 傷みも激しく 改修時の困難が想像できるが 建物としっかり向き合った
結果 隅々まで 配慮の行き届いた住まいとなった。 美しく甦った外観は 既存の建物の表情を
生かしつつ 二重の玄関扉などで 新たな機能と表情をプラス。 足を一歩踏み入れると 広い
玄関土間が 広がり 「新」 と 「旧」 の融合を感じさせる。 室内は 既存の梁組みに 囲炉裏や
坪庭を組み合わせたことで 快適な空間に仕上がっている。 (審査評)
加古川の工務店社長・正木真一さんは 丹波などで 古民家を探した末 この家を買った。 痛
みは ひどかったが きれいに改修できたため 仕上がりを見せるモデルハウスとして 昨年 オー
プン。 客を招くうち いろいろ要望があり いっそ カフェにと 今春 カフェを オープンした。
今は 庭先に ピザ窯を 建設中・・・。(新聞記事より抜粋)
カフェの営業は 土日祝日のみ。 11:30までのモーニングセットが 人気だそうです。 第2木曜日は
芦屋市で レストランを営む 弟の一喜さん夫婦が 洋食ランチを担当する。 内部は 禁煙!
コーヒーとケーキのセットをいただきました。 夫婦でされているので お客さんが多いと 大変な
ようです。 相生のぶどうの木で聞いた と言うと ご主人に よろしくお伝えくださいと言われました。
もくもくを後にして 北へ下り 国道179号線に出て 右折。 少し先で 左折して 味わいの里
三日月へ寄ります。 北隣に 野外彫刻があります。 ここにあるのは 31:大地と雲(1996/
石野耕一)。
北へ進み 道なりに右へ行くと 乃井野陣屋があります。 どこに停めるのか 分からなかったので
道路脇に停め 速攻で 写真だけ撮りました。
三日月藩乃井野陣屋跡(森家一万5千石の陣屋跡)
元禄10年(1697) 津山藩森家の改易により 分家の長俊が 当地に移封されて 三日月藩が
始まりました。 この陣屋は 明治の廃藩置県まで 藩政の中心として機能しました。
陣屋は 城を持てない大名が 藩政を執り行うために 建てた藩主屋敷で その周辺には 城下町と同じ
ように 武家屋敷や藩校、演武場、馬場、廐などが 配置されました。 現在でも 陣屋跡正面の石垣や
物見櫓、庭園遺構、武家屋敷や土塀、陣屋町の町割りや水路などの陣屋町時代の遺構が残っています。
陣屋から 国道に出るのに 道がわからず 苦労しましたが 三日月駅のところで 国道に出て
新宮方向に行きます。 相坂峠に 野外彫刻があります。 相坂峠にあるのは 19:時代(1990/
水田勢二) です。 ヘビのような彫刻を撮っていると 黒い蛇が寄ってきました。
相坂峠とは 揖保郡と佐用郡のあいだの坂と思われがちですが 奈良時代の 「播磨風土記」 に
登場する 「阿為山あいやま」 から由来したと思われます。 後鳥羽上皇が 隠岐の島に流されるとき
この峠で 立帰り越しゆく関と思はばや 都にききし逢坂の山 と歌った。
また 元弘の変で 後醍醐天皇も ここを越え 隠岐の島へ流された。
最後に 相坂峠を少し下ったところにある 野外彫刻13:播磨の山神 (1985/吉田 昇) を見ます。
国道が 右にカーブする 県道44号線の分岐手前にありました。 これで 全て終わりました。
あとは 国道を新宮へ下り 龍野を通って 帰えるだけ・・・・。 12時に家を出て 15;26に帰ってき
ました。 本日の走行距離は 70.6kmでした。 少し長い距離を走ったので 燃費は 少し改善しました。
。。。。。 。。 。。。。。。 。。 。。。。。。 。。 。。。。。。 。。 。。。。。。 。。 。。。。。。 。。。。。
きょうは 西播磨をドライブしてきました。 台風一過 天気はいいし 敬老の日でもあるし・・・。
一番の目的は 佐用町弦谷の古民家カフェ・mOkU×mOkU(もくもく) へ行くことですが もくもく
だけでは 面白くないので 播磨科学公園都市にある 野外彫刻を見て カフェ・もくもくへ行き 北
の国道179号線へ降りて 乃井野の陣屋を見て 国道を下り 相坂峠の野外彫刻を 2つ見て 帰
るという行程をめぐります。 しかし 公園都市のSPring8の前にある野外彫刻を見ようとしたら
警備員に にとめられ 見ることができません・・。 これまでに回った ”西はりま野外彫刻めぐり”
のページは < こちら > を見てください。
家に帰って テレビを見ていると 広島カープが 阪神を破って 優勝しました。 私は カープ
ファンですが クライマックスシリーズでは 他のチームに 勝を譲りたい。 ソフトバンクとは・・。
下の地図の34などの番号は 西はりま野外彫刻の番号で だいたいの位置を示しています。
あさ 起きるのが遅く 出発は 12時。 龍野西ICから 山陽道に入り 播磨道に回り 新宮で
降りて(380円) 公園都市に出ます。 次の信号で右折して 中学校の方へ進むと 中学校の
手前に 栗ノ木谷公園があり ここに 野外彫刻があります。 中学校では 運動会をしている
ようです。 どこにあるのか 分からないので 階段を上がり 坂道を歩いて 頂上に上がると
”西はりま野外彫刻 35.光の束となって(1997/松本 薫)” がありました。 ここは 山の上な
ので 見晴らしも良好です。 この後 SPringへ行きますが 侵入禁止!
北へ坂を下ります。 急坂を下って ややなだらかになった直線道の右手に 古民家カフェ・もくもく
があります。 この先は 道路が 90度右に曲がります。 小さい看板を見落とさないように。
築120年の古民家は 傷みも激しく 改修時の困難が想像できるが 建物としっかり向き合った
結果 隅々まで 配慮の行き届いた住まいとなった。 美しく甦った外観は 既存の建物の表情を
生かしつつ 二重の玄関扉などで 新たな機能と表情をプラス。 足を一歩踏み入れると 広い
玄関土間が 広がり 「新」 と 「旧」 の融合を感じさせる。 室内は 既存の梁組みに 囲炉裏や
坪庭を組み合わせたことで 快適な空間に仕上がっている。 (審査評)
加古川の工務店社長・正木真一さんは 丹波などで 古民家を探した末 この家を買った。 痛
みは ひどかったが きれいに改修できたため 仕上がりを見せるモデルハウスとして 昨年 オー
プン。 客を招くうち いろいろ要望があり いっそ カフェにと 今春 カフェを オープンした。
今は 庭先に ピザ窯を 建設中・・・。(新聞記事より抜粋)
カフェの営業は 土日祝日のみ。 11:30までのモーニングセットが 人気だそうです。 第2木曜日は
芦屋市で レストランを営む 弟の一喜さん夫婦が 洋食ランチを担当する。 内部は 禁煙!
コーヒーとケーキのセットをいただきました。 夫婦でされているので お客さんが多いと 大変な
ようです。 相生のぶどうの木で聞いた と言うと ご主人に よろしくお伝えくださいと言われました。
もくもくを後にして 北へ下り 国道179号線に出て 右折。 少し先で 左折して 味わいの里
三日月へ寄ります。 北隣に 野外彫刻があります。 ここにあるのは 31:大地と雲(1996/
石野耕一)。
北へ進み 道なりに右へ行くと 乃井野陣屋があります。 どこに停めるのか 分からなかったので
道路脇に停め 速攻で 写真だけ撮りました。
三日月藩乃井野陣屋跡(森家一万5千石の陣屋跡)
元禄10年(1697) 津山藩森家の改易により 分家の長俊が 当地に移封されて 三日月藩が
始まりました。 この陣屋は 明治の廃藩置県まで 藩政の中心として機能しました。
陣屋は 城を持てない大名が 藩政を執り行うために 建てた藩主屋敷で その周辺には 城下町と同じ
ように 武家屋敷や藩校、演武場、馬場、廐などが 配置されました。 現在でも 陣屋跡正面の石垣や
物見櫓、庭園遺構、武家屋敷や土塀、陣屋町の町割りや水路などの陣屋町時代の遺構が残っています。
陣屋から 国道に出るのに 道がわからず 苦労しましたが 三日月駅のところで 国道に出て
新宮方向に行きます。 相坂峠に 野外彫刻があります。 相坂峠にあるのは 19:時代(1990/
水田勢二) です。 ヘビのような彫刻を撮っていると 黒い蛇が寄ってきました。
相坂峠とは 揖保郡と佐用郡のあいだの坂と思われがちですが 奈良時代の 「播磨風土記」 に
登場する 「阿為山あいやま」 から由来したと思われます。 後鳥羽上皇が 隠岐の島に流されるとき
この峠で 立帰り越しゆく関と思はばや 都にききし逢坂の山 と歌った。
また 元弘の変で 後醍醐天皇も ここを越え 隠岐の島へ流された。
最後に 相坂峠を少し下ったところにある 野外彫刻13:播磨の山神 (1985/吉田 昇) を見ます。
国道が 右にカーブする 県道44号線の分岐手前にありました。 これで 全て終わりました。
あとは 国道を新宮へ下り 龍野を通って 帰えるだけ・・・・。 12時に家を出て 15;26に帰ってき
ました。 本日の走行距離は 70.6kmでした。 少し長い距離を走ったので 燃費は 少し改善しました。
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