アナーキー小池の反体制日記

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#3155 東電幹部への判決

2019年09月23日 | 犯罪と防犯と審判
9月19日、東京電力の旧経営陣3人が福島第一原発の事故を防げなかったとして検察審査会の議決によって強制的に起訴された裁判で、東京地裁は3人に無罪の判決を言い渡しました。

裁判では、巨大な津波を予測できる可能性があったか、予見可能性が最大の争点になりました。
東京電力の津波対策の部署は、地震の何年も前から津波の高さが最大15.7メートルに達するという計算結果をまとめ、武藤元副社長などに報告していました。

しかし判決では、「当時、一般防災で取り入れられず、原発の津波対策でも国の原子力安全・保安院が『参考情報』として扱い、積極的に取り入れるよう求めていないなど、原発の安全対策を考えるのにあたって取り入れるべき知見だという評価を受けていたわけではない」として客観的に信頼性があったか疑いが残ると指摘し、刑事責任を負うほどの「予見可能性」があったとは認定できないとしました。

さらに原発に求められる安全性について、「放射性物質が外部に放出されることは絶対にないというレベルの極めて高度の安全性ではなく、最新の科学的知見を踏まえて合理的に予測される自然災害を想定した安全性の確保が求められていた」という考えを示しました。

これらのことから3人の無罪を告げたのです。

・・・
政府自民党に忖度(そんたく)した判決です。
原発事故は、他の事故とは次元の違うものです。
調査結果が10mを超える津波の襲来の可能性、を指摘した段階で対策を打たなければなりません。
すぐに10m以上の防潮堤を建造しなさい、とは言いません。
10mを超えた津波が襲ってきた事態に備える必要がありました。
例えば・・・外部電電の確保さえしていれば、こんな大災害にならなかったのです。

判決で述べられた「放射性物質が外部に放出されることは絶対にないというレベルの極めて高度の安全性ではなく、最新の科学的知見を踏まえて合理的に予測される自然災害を想定した安全性の確保が求められていた」には呆れ果てました。
一般的災害と原発事故を同一視しているのは大きな勘違いですが、逆を言うと、こんなに危険な原発を造ったこと自体が間違いなんだ、と述べているように感じます。
国が行ってきた原子力発電推進政策を、婉曲に否定しています。(裁判所にそんな意気なんて、さらさら無かったろうけど)

何はともあれ、司法すら、あのアベ政権に忖度する時代になってしまっているようです。
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