16年前にお隣のマチの市立病院が新装開店しました。
中核病院にふさわしい充実した内容を伴ったものでした。
その段階で、滝川市は新病院の役割をしっかり考えるべきでした。
医師・看護師など医療スタッフの不足は当時から案じられていましたので、病院の規模をずっと小さくしなければなりません。
具体的には、診療科を減じる必要がありました。
極端には、内科、外科、整形外科、精神科以外は無くするのが正解でした。
無くなる診療科受診希望者は、市内にそれぞれの開業医がいますし、10㎞離れたお隣の市立病院に行かせてもよろしい。
お隣の市立病院に行くための専用シャトルバスを運行させることも選択肢の一つです。
専用シャトルバスの運行には経費を要しますが、現在の赤字額のほんの数%で済むのです。
今も一部そうなっているんだけど、難しい病気はお隣の病院に紹介状を書いてもらって診てもらうのが患者にとっても一番いいのです。
新人医師ばかりの診療科に行っても、良い結果が得られない場合があるのはボクが経験済みです。
診療科目を減らしたら病院の規模が小さくなり、工事費が安く済みます。
医師や看護師なども少なくなりますから、人件費の減は図られますし、そもそも医師探しの手間が少なくて済む様になるのです。(実は、そのための手も講じていたことが一昨年判明しました。この下品な行いは後に項を改めて記します)
市民に多少の不便を強いますが、現実を直視した場合、この選択しかありませんでした。
ただ、病院を建ててしまった時点でもう取り返しがつかなくなっちゃいました。
負の遺産・田村の分、の誕生です。
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まぁ、この世の中、5年先10年先どころか、あした・あさってのことにしか頭が回らない者がたくさんいることは理解しているんだけど、指導的立場の者はそうあっちゃ~いけなく存じます。
ボクたちのような年寄りは仕方ないけど、これからの若者にとって、あした・あさってのことしか頭にない連中が将来のことを決めちゃったんなら堪(たま)りませんものね。
この市立病院のおかげで、今の若い市民たちが近い将来 苦しめられます。
負の遺産と化した滝川市立病院のおかげで、住民サービスに支障が出ます。
こんなのを建てないで、コンパクトな病院にする選択肢があったことを忘れてはなりません。
その選択肢、選ぼうともしなかった当時の田村弘市長と、彼が提案した議案に賛成したポンコ市議どものことを忘れてはいけません。
火を見るより明らかでサルでもわかる悪行を成す輩を、選挙で当選させちゃ~いけません。
でも1年前の市議選の結果を見るに、15年半前に市立病院を現内容で建設することに賛成した者がたくさん当選しているのです。
5年10年先の近未来を予測することができないばかりか、責任感も希薄な輩たちでした。
続きます。