♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して72年、
PBA『世の光』を文字で 

■イエスの沈黙 / 羽鳥頼和

2018年09月29日 | Weblog
2018/8/25放送

 世の光の時間です。お聴きくださりありがとうございます。羽鳥頼和です。
 今日は新約聖書マルコの福音書15章で語られているピラトによるイエスの裁判についてお話しします。
 
 祭司長たちはイエスを殺すためにローマ総督ピラトにイエスを訴えました。ピラトはイエスに、「あなたはユダヤ人の王なのか?」と尋ねました。イエスはただ、「あなたがそう言っています。」とだけ答えました。すると祭司長たちは多くのことを並べ立ててイエスを訴えました。しかしイエスは何も弁明をされませんでした。イエスはこの後もずっと沈黙したままでした。ピラトはイエスが黙ったままであることに驚きました。そして何とかイエスを釈放しようとしました。ピラトは祭司長たちが妬みからイエスを訴えていることを知っていたのです。しかし祭司長たちはイエスを十字架で殺そうと群衆を扇動しました。祭司長たちは人々がピラトに向かって「イエスを十字架につけろ。」と叫ぶようにし向けました。「あの人がどんな悪いことしたのか?」とピラトは言いましたが、人々はますます激しく「十字架につけろ!」と叫び続けたのです。結局ピラトは群衆を満足させるためにイエスを十字架につけることにしてしまいました。このようにイエスを十字架につけて殺そうとする悪巧みが成功して行きます。

 しかし実はこの十字架は神の救いの計画だったのです。ピラトも祭司長たちもその事を知りませんでした。イエスだけがこのことを知っておられました。そして神の計画に黙って従われたのです。聖書はその事を預言しています。旧約聖書イザヤ章53章7節と10節で、このように言われています。「彼は痛めつけられ、苦しんだ。だが、口を開かない。屠り場に引かれて行く羊のように、・・・、彼は口を開かない。」 そして10節では、「彼を砕いて病を負わせることは主のみこころであった。彼が自分のいのちを代償のささげ物とするなら、・・・、主のみこころは彼によって成し遂げられる。」 イエス・キリストは十字架にかかることによって、私たちの身代わりとなってくださったのです。神はこのキリストの十字架によって救いを与えることを、この裁判のずっと前から計画しておられました。この十字架こそ私たちの確かな救いです。明日は日曜日です。お近くのキリスト教会にいらしてください。

 (PBA制作「世の光」 2018.8.25放送でのお話より )
 
***

このサイトは URL名として
 http://yonohikari.biblica.info 
が使えます。。携帯からもこのURLでどうぞ。

***

東海福音放送協力会へのお問い合せは、
 464-0044 名古屋市千種区自由ケ丘2-10 自由ケ丘キリスト教会内 電話052-762-2196 へ

***




  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする