♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して72年、
PBA『世の光』を文字で 

■満たされて生きる/関根弘興

2016年03月14日 | Weblog
2016/3/14放送


 世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。

 今日も聖書のことばを紹介しましょう。新約聖書ペソ人への手紙3章19節
 「人知をはるかに越えたキリストの愛を知ることができますように。こうして、神ご自身の満ち満ちたさまにまで、あなたがたが満たされますように。

 これはパウロがこの手紙の中に記した祈りの一部のことばです。人知を越えたキリストの愛、それは汲めども汲めども尽きることが無い程の愛、いつでもどこにいてもどんな状態でも一人ひとりに豊かに注がれている愛、そういう愛があるというんですねえ。そしてキリストの愛を味わい、この愛に安息し歩んで行くことができるようにと祈っているんです。

 しかしパウロは、このことばの後にとても大胆な祈りを記しています。それは、「神ご自身の満ち満ちたさまにまで、あなたがたが満たされますように。」と祈っているんです。なんだかまるで一人一人が神様のようになれますように、と祈っているかのように誤解されてしまいそうな祈りですよねえ。こんな祈りをしたら当時のユダヤ人たちは、人が神のようになれるように祈るなんて神への冒涜だ!、そんな祈りをする者は死刑だ!、と怒って大騒ぎになるようなことばです。もちろんパウロは私たちが神様のようになれるようにと祈っている訳ではありません。「神ご自身の満ち満ちたさま」とは一体どういうことでしょう。

 神様は愛なる方です。義なる正しい方、聖なる方です。神様は真実な方です。その神様の品性に私たちが触れ続け、一人ひとりが変えられていきますように、とパウロは祈っているんですね。

 しかしパウロはそのために、一所懸命修行して修練して品性を磨かなければいけません、とは記していません。そしてそんな祈りは一言も祈っていないんです。パウロの祈りはあなたがどんな状況においてもキリストの人知を越えた深い愛を知り続けて行くができるように、と祈っているんですね。キリストの愛は広く、長く、高く、深いからです。このキリストの愛に触れ続けて行くときに、あなたの人生は確実に変わっていくんです。キリストの愛を知りながら生きていくということは、実は「神ご自身の満ち満ちたさまにまで・・・満たされ」ていくということに繋がっていくんですねえ。「神ご自身の満ち満ちたさまにまで満たされるように」というのは、私たちが神様のようになるというのではなくてキリストの愛を深く知り味わいながら、神様がもっておられる品性が私たちの実となっていく、そんな祈りのことばなんですね。

 (PBA制作「世の光」2016.3.14放送でのお話しより)

***

 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでも、ちょっときてみました、いいですか? と言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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