吉田一氣の熊本霊ライン 神霊界の世界とその源流

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類い稀な日本神道界の原点を探って No323

2012-07-17 15:54:47 | 神霊界考察
このブログにて日本神道の原点を深く探っていったが
深さ方向の原点にまでたどり着いてしまったように思う。

それは八百万の神々が君臨する大地を支える原点のことだ。
日本人の神霊信仰の原点に存在したものだろうと思う。


縄文信仰につながる久那土の賽の神は歳(さい)の神として
素戔嗚尊の子供に取りこまれ封印されてしまい
形骸化した道祖神には国家神としての威厳はもはや存在していない。
新興宗教的に賽神から派生した国之常立神 国底立神も実際の所感応に薄い。
唯一古い神霊の感応を残すのは三輪の狭井神社=賽神社と
出雲の出雲井神社だけであった。
もちろん率川神社の本当の祭神である久那土の賽神も
巫により降臨勧請させることも可能なのだろうがそれに意味があるとも思えない。

奈良の賽神については
『三輪山と三笠山と物部氏と蘇我氏と藤原氏と No153』
『出雲井神社のサイ神 No152』
にて考察している。

縄文信仰につながるもう一柱の神である荒覇吐神は市杵島姫神として
素戔嗚尊の子供に取りこまれ封印されてしまい
形骸化したところを仏教の弁財天として残されたが
こちらも国家神としての威厳は失ってしまった。

私は2000年に産土神社を健軍神社から素戔嗚尊を祭祀する北岡神社に移してから
導かれて素戔嗚尊の贖罪的役割を担ってきたが
今年の茅の輪潜りの神事の際に茅の輪がオロチの輪である生々しい感応があった。
オロチに罪穢れを祓ってもらうのだが
このオロチは天叢雲剣の霊格を持っている。
確かに一刀両断の切れ味がある。

素戔嗚尊がオロチを切った十握剣は韓鋤(カラサヒ)の剣であったが
これ以降蛇之麁正(オロチのあらまさ)あるいは天蠅斫と呼ばれるようになった。
天蠅斫の剣はハハまたはハバと呼ぶがこれは荒覇吐のハバと同じ意味である。
ちなみに覇の意味は獣屍が雨にうたれ色沢を失って白くさらされている状態のことで
生気無い白さや月光の白さを表現している。
また天蠅はオリエントのバアル・ゼブル=嵐と慈雨の神のことであろう。
ここで錯誤がないように注記すると
蛇之麁正の蛇はオロチのことであるが天蠅斫の天蠅は素戔嗚尊のことであろう。
後世に蠅の王=天蠅=ベルゼブブと貶められる英雄神バアルは
七頭の蛇ロタンを倒した伝説を持ち素戔嗚尊の八岐大蛇退治と類似性を持つ。
ちなみにこのロタンは旧約聖書ではレヴィアタンと呼ばれる。
これ以降の素戔嗚尊とミカエルとイザナミとルシファーとの類似性は

『弓梓弓と水の女神 断片集② No173』
『イザナギVSイザナミとミカエルVSルシファー No253』
『麻の葉六角紋から八角紋への展開 No301』
を参考にしていただきたい。

日本神話での最大の問題点となるのは
このオロチから神霊界に燦然と輝く三種の神器たる天叢雲剣が取り出されたことである。

私は過去の歴史物語の話をしている訳ではない。
今日本で起こっている神霊界の変革の話を
自分が受けた実際の感応として表現している。
キリスト教徒で喩えれば教会でキリストが現われて
ルシファーには光の輝きがあるので「ルシファーの封印を解き放ち
世の中をルシファーの光で満たしなさい」という命令と同じ意味となる。
つまりキリスト教信仰者であれば
それは悪夢でありサタンの誘惑と震え上がる霊的感応ということになる。

何が正しいのかあるいは善悪が存在するのかは判らないが
素戔嗚尊から受けた啓示は自分にとって今まで以上に重い。

さてこの経緯の中では、もう一つのことも分かってきた。
八柱と三柱の対立から結局は三柱への転換があっている。



ここにいう三柱の神の名前は
罔象女神と埴安神と金山彦神であろうか。
あるいは水に関係する罔象女神と高淤加美神と闇淤加美神なのかもしれない。
このことについてもう少し説明すると
素戔嗚尊がオロチを切った十握剣であるが
この同じ十握剣では伊邪那岐命が迦具土神を切っている。
この時生まれた八柱神は
1.石折神(いはさくのかみ)
2.根折神(ねさくのかみ)
3.石筒之男神(いはつつのをのかみ)
4.甕速日神(みかはやひのかみ)
5.樋速日神(ひはやひのかみ)
6.建御雷之男神(たけみかづちのをのかみ)
 別名は、建布都神(たけふつのかみ) 別名は、豊布都神(とよふつのかみ)
7.闇淤加美神(くらおかみのかみ)
8.闇御津羽神(くらみつはのかみ)
の八柱なのだが漢字では上記のように口の頭数は三柱となっている。

基本的な数霊的な構成が八柱から三柱に替えられたのだが
これが結局神霊的な遺恨を残したということになる。

今後再び立替建直で急激に八柱が復活するとすれば
その際に大きな揺り戻しが来ることなる。



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7 コメント

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そうそう (りひと)
2016-10-21 09:32:04
同じように思います。
三柱は、土地としては荒らされた地域の対応ですよ。また八柱は日光の裏の古峰辺りにはかなり健在だと思いますね。
フルって?古ってやっぱりそういう事だったのかあ。
ここのタケミカヅチさんは大神と一緒ですよきっと。
イシサクネサクは超大好きでいるところ探していったなあ。はや5年くらい前?辰年だったかな?
方向性は全く同じで、確かミカがつく神のいる所はかなり怖かったような。懐かしい。確かその当時は宇都宮氏が怖かったので対立した逆の方に関連あるのかと思っていましたがその後逆だあと思って私はまだ行けてません。家族が日光じゃなく宇都宮の神社に行ってもらったので軌道修正出来ているのかもと今は思っています。その後二人日光にいく機会がありましたが楽しく過ごせたようでほっとしています。そのあと家族みんなで行ったのはお寺の中の杉の木でした。鈴頂いて来ました。これから鈴もキーワードになってくるでしょうね。

ハニヤスヒメ、金山彦、ミツハさんそこに注目して頂き嬉しい限りです。

あと八柱で関わりがないのは誰だろう?
そこを落ち着かせてあげたいですね。
7662
返信する
樋速日神(ひはやひのかみ) (りひと)
2016-10-21 09:49:20
ここが鍵みたいです。
この神がいるのは、長崎壱岐と島根木次と山形酒田と静岡浜松!ありですね。お大昔大事だった地ですね。あとなんと武蔵野一宮氷川にもうつされたとの話も、あの地にもうつされたというよりすでにだとも。確かに氷川のお社でなかなか好みの神社四つ並んでいる境内社あったように思います。住吉香取はあったとあの辺かなあ?感覚ですけど。あそこの恵比寿さんに酉の市でお返ししていないような?お種銭の風習もあり、あまり好きではなかったけど部分的に好むところがあったのでこの方せいかもしれないなあと。それにしても神の別名いっぱいですがかなり神の数はまとまってくるかもしれませんね。5728
返信する
嚴島は鬼ヶ島 (二キ)
2016-10-24 17:18:22
10月新月の日、奉納狂言を見に嚴島に行って来ました。
弥山に登り、御山神社にご参拝。ちょうどご本殿は改装中でしたが、脇の二殿が凄まじかったです。飛沫のような鬼気迫るご神気で、連れと「まさに「おわす」だね」といってご参拝。
三鬼堂、霊火堂などで時間をとりましたが、霊火堂の茶釜の霊水は見ず知らずの方が恭しく汲んでくださり不思議に感じました。
霧雨の中の登頂でしたが、雨具要らずで最後は太陽も顔を出し、すばらしい景色をみせてもらいました。
翌日は嚴島神社へ。図らずも修学旅行生を引き連れてのご参拝となり、ご本殿中央にて空間が歪むほどのご神気を感じました。大人数ってすごいです。
東京に戻って御山神社がもとは三鬼さんを祀っていたと知りました。

嚴島では、表裏一体がキーワードでした。
大鳥居の太陽と月。扁額にかかれた「嚴嶋神社」と「伊都岐島神社」。客神社と門客神社。奉納狂言の新月と満月、干潮と満潮。昼と夜。神と鬼。海と山。

「嚴」という漢字は口が2つで崖の上に二神。もう一神は「敢」に隠されているんですね。でもそこに口以外に卜占の結果を歪めるような意味もあり封じられた雰囲気があります。そうすると三神もまた正しい姿ではないということになるのでしょうか。八柱の復活に際し、三柱も元に戻るとすると二重の揺り返しになりますが、やり方次第では相殺することができるのかもと感じます。

紫灯護摩は嚴島の大聖院でも行われるのですね。
波切不動などもあり、ここでも空海~?!と思いました。
返信する
吉田一氣 (ニキ様への返信)
2016-10-25 10:10:00
厳島弥山御山神社参拝お疲れ様です。
すばらしい経験が伝わってきます。

弥山入口の大聖院は真言宗御室派の大本山ですけど
弘法大師空海はここに足を運んだことがあるのか
今となっては謎ですね。
でもここで空海が修行したという伝承を信じたいと思います。

ところで嚴島の嚴という文字ですが
金文には口三つが上にのる形も確かに多いですね。
「敢」という文字に一柱の神霊を感じられますか?
「敢」は極度につつしむ意ですね。
参考にしたいと思います。
返信する
つながりの中で (二キ)
2016-10-25 18:22:07
吉田様

ご返信ありがとうございます。

「敢」という文字ですが、この字自体には何かをあまり感じられません・・・。
ただ口と崖の下にあるときには、何かの意思を感じます。訴えたいことがあるのかなと。
>「敢」は極度につつしむ意 とのことであれば、これは人間側の心得になりますね。巫的なものでしょうか。
御山神社が三鬼さんで口3つだと口2つになると前鬼・後鬼?とか思ってしまいました。
ただ、伊賀一の宮の敢国神社さんも「敢」で、最近、吉田様の少彦名神の考察の記事を読み返したので気になりました。2つの口はどの神を示すのかと。

この後、四天王寺にご参拝しましたが、庚申堂近くの水場の石に刻まれた模様が飛鳥の酒船石に似てるな~と思いました。亀形石造物とあわせて、水神祭祀に使われた説もあり、飛鳥坐神社とか飛鳥寺とかまたクローズアップされているのも気になります。
全体図から見ると役割のひとつが、それだけピックアップされるとオーパーツになる・・・という夢も見まして、視点を変えることを求められている気がします。

東京に戻り、思うところあり、高麗神社にご参拝。満月前日の聖天院にて、火星?金星?の脇を流れ星が涙のように零れるのを見かけました。
返信する
吉田一氣 (二キ様への返信)
2016-10-25 23:24:24
>庚申堂近くの水場の石に刻まれた模様が飛鳥の酒船石に似てるな~と思いました。

四天王寺 亀井堂の亀形石は
酒船石遺跡の亀形石造物と小判型石造物と
同じような組み合わせですが、
同じ目的で四天王寺にもともとあったものであると
考えています。
ただし水を出している亀の頭のほうは新しく作られたもので
元の石はどこかに保管されているようです。
現在上の亀は紀州の青石と呼ばれる緑泥片岩で
下の古いほうは花崗岩です。
ここに湧く水は「白石玉出の水」と呼ばれていますが
伽藍の金堂の地下に青龍池という池があり
ここから引かれているという伝説があります。
11世紀ごろから頻繁にこの亀形石に映る月影が
歌に詠まれています。
酒船石遺跡の亀形石造物はまん丸ですし
やはり月を映す祭祀の可能性は高いですね。


返信する
雛形 (二キ)
2016-10-26 12:15:50
※記事に関係のないコメントですみません。本当は「八岐大蛇と真言密教 NO328」の方が相応しいのかもしれません。

吉田様

ご返信ありがとうございます。

驚きました。飛鳥の酒船石遺跡となんて繋がりませんよ、普通。でも、四天王寺の社地がもっと広かったと仮定すると気になった石と亀井堂も距離的にもありえないことではないと感じました。いきなり飛鳥のあんな建造物作らないだろうから、雛形というか参考にしたものがあるはずですよね。なるほど。
映すというのも水鏡≒鏡石≒鏡と変わっていくのかもしれませんね。

亀井堂と伝説の青龍池については、嚴島ご参拝前に連れと行った江ノ島の奥宮で亀型の貝を入手し、明治神宮の亀石そばの北池に納めた経緯があり、この池は神宮御苑の「清正の井戸」にも通じていると聞いていたので唸ってしまいました。

高麗神社では、地形が四神相応みたいに感じました。ただ、年月を重ねることで本来のやり方とは違ってきている気も・・・。(東西を逆に感じました。)ご祭神に武内宿禰命が入っているのが驚きでした。

あと、最近「白玉稲荷」さんにお参りする機会があったのですが、白玉って白石玉出なのかもしれません。そうするとまた意味が変わってくる・・・。

祭祀については、
・海や湖越しに鳥居の中に円錐の火山(火山島)をいれて山をおさめる
・海沿いのM字の磐(岩山)の根元に鏡を置いてくるくる回りながら8の字に移動して嵐をおさめる
というやり方を以前受取り、東日本大震災の頃はよくやらせていただいていました。
返信する

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