lizardbrain

だらだらぼちぼち

GREAT BAHO EXPO 大馬呆展

2020年03月31日 14時09分45秒 | 盤棚一覧
発売日を待ちかねて買ったアルバム。


ジャケット


中身

GREAT BAHO EXPO 大馬呆展 / 石田長生×Char
BAHO未発表ライヴ音源5枚組BOX

去年、2019年の『なにわブルースフェスティバル』の入場口で渡されたチラシの束にこのアルバムの発売が告知されていた。
5枚組という大作なので少々価格もかさばるのだが、ここで発売日にポチらなければ申し訳が立たないではないか。

2019年 江戸屋レコード EDCJ 2019~2023

ディスク:1
1. BAHO’S BOOGIE ~1993渋谷ON AIR
2. BLACK SHOES-1990神戸CHICKEN GEORGE
3. MIDNIGHT SHUFFLE ~1991北見2010
4. EVERYBODY毎度! ON THE STREET ~1991北見2010
5. STONED BAMBOO ~アミーゴ ~1991青森Quarter
6. R&B ~1991北見2010
7. PINK & BLUE ~1992名古屋DIAMOND HALL
8. VOICES ~1993 名古屋DIAMOND HALL
9. TREMENDOUS ~199札幌共済ホール
10. BAHO’S RAG ~199札幌共済ホール
11. SAPPORO NIGHT ~199札幌共済ホール
12. HAPPINESS ~1991 渋谷CLUB QUATTRO

ディスク:2
1. DIAMOND HEAD ~1990神戸CHICKEN GEORGE
2. CROSS ROAD ~1992川崎CLUB CITTA’
3. UNCLE JACK ~1991渋谷CLUB QUATTRO
4. HALLELUJAH I LOVE HER SO ~1993新宿NISSIN POWER STATION
5. TIME AFTER TIME ~1993梅田Banana Hall
6. RUNAWAY ~1993梅田Banana Hall
7. 朝になるまでおどろ! ~1993 大阪 梅田Banana Hall
8. GEE BABY AIN’T I GOOD TO YOU ~1991札幌共済ホール
9. DO IT AGAIN ~1991渋谷CLUB QUATTRO
10. GEORGIA ON MY MIND ~1991天神 都久志会館
11. BAH0 with 家紋料 ~1993新宿NISSIN POWER STATION
12. HERE THERE AND EVERYWHERE (1993新宿NISSIN POWER STATION)

ディスク:3
1. WHAT’S GOING ON ~1990神戸CHICKEN GEORGE
2. HONEY ~1990神戸CHICKEN GEORGE
3. I FEEL THE EARTH MOVE ~1990神戸CHICKEN GEORGE
4. DAYS WENT BY ~1991天神 都久志会館
5. ラジカセ ~1992川崎CLUB CITTA’
6. MOTHER’S SONG ~1993名古屋DIAMOND HALL
7. GEE BABY AIN’T I GOOD TO YOU ~1993梅田Banana Hall
8. ザ・エン歌 ~1993 梅田Banana Hall
9. 上を向いて歩こう ~1993梅田Banana Hall
10. NO WOMAN NO CRY ~1993梅田Banana Hall
11. WITHOUT LOVE ~1993渋谷ON AIR

ディスク:4
1. 天使のハンマー ~1993新宿NISSIN POWER STATION
2. 500マイル ~1993新宿NISSIN POWER STATION
3. デイ・ドリーム・ビリーバー ~1993名古屋DIAMOND HALL
4. かくれんぼ ~1993名古屋DIAMOND HALL
5. SMOKY-1993名古屋DIAMOND HALL
6. 表参道 ~1991天神 GAYA
7. ALL AROUND ME ~1991天神 GAYA
8. ANYTIME ~1993新宿NISSIN POWER STATION
9. LOOKING FOR ANOTHER PURE LOVE ~1992大阪厚生年金ホール
10. BAHO’S BOOGIE ~1991札幌共済ホール
11. BAHO BE GOOD ~1991渋谷CLUB QUATTRO

ディスク:5
1. ALL AROUND ME ~2009入間市市民会館
2. GEORGIA ON MY MIND ~2009入間市市民会館
3. 気絶するほど悩ましい ~2009東御市文化会館サンテラスホール
4. BLACK SHOES ~2009東御市文化会館サンテラスホール
5. DO IT AGAIN ~2009東御市文化会館サンテラスホール
6. VOICES ~2009西新井文化ホール
7. PINK & BLUE ~2009西新井文化ホール
8. STONED BAMBOO ~アミーゴ ~2009.町田市市民ホール
9. MIDNIGHT SHUFFLE ~2009入間市市民会館
10. EVERYBODY毎度! ON THE STREET ~2009西新井文化ホール
11. UNCLE JACK ~2009西新井文化ホール

アコギヴォーカルのcharと石ヤン、パーカッションのマック清水に、ゲストヴォーカルの桑名晴子、家紋料、金子マリ、木村充揮、忌野清志郎の音源を収録。
清志郎参加のライヴは、TV録画した記憶がある。
ここに収録されていないが、アフロのカツラをかぶった大西ユカリが欧陽菲菲に扮して『雨の御堂筋』を唄った事もあった。

ブックレットの『char 永久保存版 20,000字ロングインタビュー』を読んで、グッときた。

本来の『馬呆』という言葉は、東の馬鹿(チャー)西の阿呆(石ヤン)の関係性を見事に表現して、『馬』ヘンに『呆』の一文字で表記される。
ならば『大馬呆展』の正統的な読み方を議論すれば、
『おおばほてん』なのか、
『だいばほてん』なのか、
評価が分かれるところである。




なにわブルースフェスティバル2019

2020年03月30日 11時03分21秒 | 音楽

ここ数年の事だろうし、調べようとすれば簡単にわかるはずだが、
いったいいつから始まったのかがわからない『なにわブルースフェスティバル』には、2017年に初めて参加した。
その年は2日間ともチケットを手配して万全の態勢を敷いていたのだが、直前になってあろう事かどんどん台風が接近して、
1日目はほとんど影響がなかったが、2日目の夕刻に大阪を通過する進路が予想されて、
ビジホから会場のなんばハッチに向かう時刻あたりに雨風が強くなりそうで、
さりとて無事に会場に辿り着けたとしてもビジホに徒歩での帰路も心配なわけで、
泣く泣く2日目の参加をあきらめて早めに帰宅した。

結局、2日目のライヴは中止とはならずに開催されたわけだが
「チケット代金をムダにしてしまったなぁ。」
との悲しみに襲われていたところ、自己判断で行かなかった人に対するキャンセル払戻が行われたので、主催者の心遣いに感謝したのだ。

その台風の記憶が影響したのか、翌2018年は参加しなかった。
台風の記憶が薄れた去年、2019年9月14,15日の2日ともに再び観戦態勢を取った。
会場は、なんばハッチ

          

初日が『石田長生展2019 SONGS OF Ishiyan』、2日目が『続 少しだけ石田長生展 & 道頓堀でブルース&ソウルナイト』と題されて、
つまり2日目は、石ヤン色が少し薄れていたが。



通常チケットとは別に『ブルースセット付』という少し料金が高いチケットもあって(ワタクシは通常チケ)、『ブルースセット』という名のトートバッグが手渡されていた。
トートバッグの中に、何やら特典が入ってたみたいだ。

初日、ワタクシが入場してすぐのスペースで、ちょうど有山じゅんじと清水興が『梅田から難波まで』を実演していた。

そのほぼ反対側に物販コーナーがあったのでグッズを物色したかったのだが、よりによって物販コーナーのすぐ前に喫煙所があったのでスルー。
こんな所に大きな顔で喫煙所とは、なんとかせんかい!
とブツブツつぶやいてたら、エスカレーターを上がった客席入場口近くにも喫煙所があったので、もう一度、なんとかせんかい!とブツブツつぶやいておいた。

どういうわけだか初日のワタクシの座席は1階の最後列で、すぐ後ろは立見席が2列ほど追加されていた。
ライヴが進むにつれて、立見席の酔っぱらったオッサンが演奏のタイミングを全く無視した奇声を上げて不規則発言を繰り返していた。
しかも大声で。

たくさんいた出演者は自分の胸にしまっておくとして、ナオユキとかいうスタンダップコメディ(いわゆる漫談か)のヤツがなぜか出てきた。
周囲の客にはそこそこウケてたが、前年のハルイチの時と同じネタだったので、少々シラケた。
17:00開演で、終演後に下りのエスカレーターに乗ったのは22:00頃、約5時間という長丁場だった。
この日、一番感銘を受けたのは、石ヤンのジャズギターの師匠である竹田一彦の登場だった。
たった一度だけだが、この竹田一彦と石ヤンの共演を目にした事がある。

2日目は、そこそこ前方の席で、見回してもジャマな酔っ払いもいなくてホッ。
この日も負けずとたくさんの出演者が登場したが、三宅伸治バンドのドラマー茜ちゃんに注目。
前日にも登場したナオユキとかいうスタンダップコメディのヤツが出てきた時に席を外したのだが、戻ってきた時にはまだやってて、それも前日とは違って聞いた事の無いネタで、かなりウケてたので、一緒にウケてしまった。
彼には彼なりの石ヤンへの思いがあるようだ。

開場時から目に付いたヒカリ物の応援グッズを持ち込んだ一団がいて、出演者の顔ぶれから察しておそらく大黒摩季のファン達だろうなと思ったら、ビンゴだった。
ラス前の大黒摩季の登場では、後ろで立ち上がって踊りと手拍子で参加を始めた摩季ファンに何度も椅子を蹴られたので、少々ムッとなった。
MCによると、この日の出演者のうち近藤房之助と永井隆が『ららら』のレっコーディングでコーラス参加していたのだ、と。
ステージ真ん中に引っ張り出された2人は、なんか居心地が悪そうだったのが微笑ましかった。
2人ともハッキリ言ってたから間違いないが、このレコーディングの時のギャラは7万円だったらしい。

後日、大黒摩季の音源を聴いてみたのだが、確かに近藤房之助の声ははっきり聴こえるが、永井隆の声はわかりにくい。
さらに後に知った所によると、大黒摩季は6年間も休業していたのか、ファンとしては復帰した時はさぞかし嬉しかっただろうな、それなら少々椅子を蹴られてもノープロブレムだなぁ。
と、気分を改めた。

大黒摩季の歌唱中に腕から何かを落っことしたのが見えて、最前列の女性客を手招きして落としたブレスレットを手渡した。
その女性客にプレゼントしたのかと思い込んだ人から、
「ええなぁ」との嫉妬の声があがったが、
プレゼントしたのではなくて、落っことしてもつれてこんがらがったブレスレットを修復してもらったうえに腕に付けてもらっただけだった。
そりゃあ、そうだろう、うん。

  

トリの上田正樹が終わって、アンコールも終わって、いったん全員ハケようとしていた時、マイクを手にした大黒摩季が再び登場して、
『全員で写真を撮りませんか』
との提案があり、もう一度、全員がステージに戻ってきて、ステージ奥から客席に向けてミュージシャン達の記念撮影が始まった。



これは、後日、Twitterに上がってた画像。
ワタクシの姿も、客席のどっかに確かに写ってるのだが、前の座席の人が両手を上げているので顔が隠されてしまった。
ま、これで顔バレしなくて済んだわけだ。
この写真は、なにわブルースフェスのオフィシャルHPにも載っている。
今のところ。
あれやこれやあって、開演したこの日の終演は前日より遅くなって22:37。

早くも今年は9月12,13日の開催が予告されている。


釘付け

2020年03月29日 14時15分40秒 | 音楽
まほろ座の鈴木茂ハックルバック無観客ライブ配信。

すっごく良かった~。

カメラワークも凝ってたし、通常トークに付け加えてそれぞれの楽器機材解説もあり、
音声よりも映像の方がホンの少しだけ遅れ気味だったのは、ワタクシのPCの問題だろうか?

それにしてもアンコールまでちゃんとやってくれた上に、ジェフズブギーから砂の女の流れで終演。
視聴期限は今日中なので、ぜひとも。

一縷の望み

2020年03月28日 11時54分54秒 | 無駄話
とある家電メーカーがマスク製造にとりかかっているらしい。
当面は政府への納入を優先して、いずれ一般販売するとの事。
あの政府が絡むとなると、とても間に合わないのではと予測されるが、

『よくあるご質問』によると、

『製造するマスクは医療用マスクの規格を満たしていないため、医療用ではなく、衛生マスクである』
と明記されている。

あなたへ

2020年03月27日 11時03分01秒 | 映画とかTV
高倉健の最後の出演作という、2012年公開の映画をBSで鑑賞。
高倉健の映画って世間の評価が高いようだが、イマイチ感じるところが少ないのはきっと、ワタクシには、情緒感が不足しているのかもしれない。

たまたま去年に行った下関海響館裏の防波堤あたりのベンチ高倉健が座るシーンがあった。



この辺のベンチね(去年撮影したもの)。
健さんが座る周辺にインバウンド客がほとんどいなかったが、背景に映る観光船は今も同じだった。

佐藤浩市演ずる人物の行動が変だと思ったが、余貴美子か綾瀬はるかどちらか(あるいは両者とも)はあのメモを目にしているわけで、ああそうか、と納得した。

人類の進歩と調和 (完) スタンプとトランプとチケット

2020年03月26日 10時59分01秒 | エキスポ"70
いよいよネタが尽きてしまったので、今回で1970年の万博シリーズはおしまいとなる。
つまり、在庫一掃大団円。

まず、記念スタンプ特集。



オーストラリア館。



カナダ館。
パビリオンのスタッフの人がサインしてくれたはず。
ワタクシのようにサイン帳とかスタンプ帳とかパンフレットの余白とかに、サインしてもらおうと群がってた風景を憶えてる。



ラオス王国館。



韓国館。
これもサイン入り。
なんて書いてんの?



松下館。
この記念スタンプの画像を自分で見た感想は、
「後日、こんな風にお目にかける機会があるとわかっていたらば、スタンプをもっと真直ぐに押しとけば良かったなぁ。」
 


『ファンハウス』という乗り物チケットが残っている。
どんな乗り物だったのか憶えていないが、¥100。
これだけが残っているという事は、他の乗り物には乗っていないのだろう。
この『ファンハウス』とやらについてググってみたが、さっぱりわからなかった。
その代わりに、オークションサイトに大阪万博のチケット(使用済みを含む)やら関連グッズやらが出品されているのが見つかったので、驚いた。
そんなもん、買う人、おるんかい?
というのが感想。



お土産に買った(買ってもらった)トランプ。
この形のトランプは扱いにくくて、帰ってからもほとんど使わなかった。
あと、面白がって10色くらいのボールペンも買った(買ってもらった)が、10色もあるとボールペンの軸がすんごく太くなって使いにくく、
インクが切れてもそのボールペンに合う替え芯がどこにも売っていないのを心配してたら、
「ちょっと貸して」
と同級生に言われてうっかりと貸したところ、壊されてしまった、、、、、、、
自分ではほとんど使わない間に、、、、、

昔も今も行列するのは苦手なので混雑している人気パビリオンを避ける傾向があるのが原因で、大した資料が残っていないのが残念だが、
かといって次回の大阪万博には全く興味がわかない事を断言する。

人類の進歩と調和 (12) 日本民芸館パンフレット

2020年03月25日 13時08分06秒 | エキスポ"70
日本民芸館。


表紙。


見開き。


裏表紙には出展企業一覧。

『暮らしの美』をテーマにした出展で、

『手仕事を基調とした古い民芸品』
『伝統的な技法を今日に継承する現代の新作民芸品』
『伝統の民芸品が持つ工芸の本質に即した個人作家の新作品』
に分けた展示をしていたようだ。

人類の進歩と調和 (10) 生活産業館パンフレット

2020年03月23日 11時07分37秒 | エキスポ"70
という事で、1970年の大阪万博について。
小出しにしながら、あと4本追加する。



国内の企業団体が共同で出展した生活産業館。

          

『ハニーハウス』という展示コーナーと、『カルーセル』という回転劇場、そしてレストランで構成されていたらしい。



ハニーハウスは『プロローグ』『朝の家族』『働く人々』『喜びの家族』『団らんの家族』『夢見る喜び』をテーマに展示。



回転劇場とレストラン(新宿中村屋レストラン、日本ハムレストラン、タマノイ酢南海グリルが出店)の案内。
この生活産業館の記憶はほとんどないが、大混雑するレストランで何か食した記憶はある。
あんまり美味しくなかったという事だけははっきり憶えている。



出展企業団体名一覧。

          
記念スタンプ。


人類の進歩と調和 再開します

2020年03月22日 11時19分57秒 | エキスポ"70
ワタクシんちの隣にアヤシゲな美容師夫婦が経営するアパートがあった。
そのアパートは『売家』という看板を掲げていたのだが、3年以上経っても売れずにいた。
そしたらある日、ついに、アヤシゲな美容師夫婦が経営するアパートから出火して、ワタクシんちまで類焼してしまった。
更地になったアパートの敷地は、何年か後にやがて別の人に買われていったわけで、ヤツラにとっては『濡れ手に粟』が実現した。
ヤツラはすぐにベンツに乗り換えて、以来、一言の謝罪もなく、そっくり返っている。

このたまったもんじゃない事件が起きた頃、『Expo”70』というカテゴリーで『人類の進歩と調和』と題して9本の記事をまとめはじめた直後で、もう少しネタがあったのに中断してしまった。
幸い、資料となるパンフレット類のスキャンデータはPCに残っているので、いっそこのカテゴリーを完成させようと思う。
どっこいしょっと(重い腰を上げた音)。

2008年4月にアップした9本の古い記事の画像リンクが切れていたのでそれを修正して、
こいつら人類の進歩と調和(1)(9)を今日の日付で一気にアップした。
リサイクルではなくて、リマスター版として。

短い記事になるが、あと4本分追加する予定。

どっこいしょっと(再び重い腰を上げた音)。

人類の進歩と調和 (9) 三菱未来館パンフレット

2020年03月22日 11時19分09秒 | エキスポ"70
引き出しの中から、1970年の大阪万博の時のパンフレット類が出てきたので、面白がってアップし始めたのだが、情熱の方がだんだんと尻すぼみになってきたような気がする。
困ったもんだ
原因がどこにあるのかというと、当時の記憶のほとんどが欠落している事が一番大きいだろう。
困ったもんだ
な事をぼやきながらも、残り少なくなってきた大阪万博ネタのうち、今回は三菱未来館。

          



前室。

    

50年後のあなたと題して、50年後の生活を予想している。
抜粋すると、家事は全て機械がやるために、主婦は座って電子プログラムにあわせてボタンを押すだけ。
世界中のテレビ中継が見られ、プールや自家用ヘリが一般家庭に普及する。
ミルクはコックをひねるだけで飲め、料理は電子自動調理器で簡単に出来上がる、、、、、、etc, etc, etc,,,,,,
う~ん、、、、、こういった夢いっぱいで楽天的な未来予想が、住宅、学校、オフィス、病院、スポーツ、農業、漁業、の各項目ごとにこれでもかこれでもかと繰り広げられている。
オフィスの項目では、『通勤ラッシュは解消されている』との予想。
ま、あくまでも予想なわけだから、当たったとか外れたとかは言いっこなしか。
1970年から数えて50年後、考えてみると、2020年はまさしく今ではないか

          



この3枚は、展示物の紹介。3枚目(右端)のページに超指向性スピーカーについての説明がある。
このパビリオンに実際に設置されていたようだ。
この頃から超指向性スピーカーが研究されていたとは、今更ながら驚いた


人類の進歩と調和 (7) イラン館パンフレット

2020年03月22日 11時18分41秒 | エキスポ"70
大量に一気に押し寄せる入場者に備えて、パンフレットの方もとにかく大量に印刷する必要があったのだろう。
それはどこのパビリオンでも事情は同じだったようで、産油国として当時からお金持ちだったはずのイラン館のパンフレットに使われた紙もあまり上質の物ではない。



紙質が良くない上に表紙の色合いが暗めなので、この画像ではわかりにくいと思われるが、表紙には、イラン国王からのメッセージが記されている。



これまた翻訳口調なので、一部で回りくどいような表現もあるが、改行位置もそのままに、そのメッセージを表記してみると、



我々が等しく望んでいる理想の世界とは、人間のあらゆる
建設的、創造的思想の力が
-国土、人種、宗教の違いを超越してー
調和的に働く全人類に適した
社會をつくりあげるようなそんな世界である。
イラン国王 モハメッド・レザ・パハラビ・アリヤメヘル陛下





人類の進歩と調和 (6) ソ連館パンフレット

2020年03月22日 11時18分26秒 | エキスポ"70
大阪万博で人気を集めたパビリオンというと、月の石を展示していたアメリカ館とソ連館がダントツの入館者数を誇っていた記憶がある。
人気パビリオンでは、入場待ちに2時間あるいは3時間の行列というのも珍しくなかったようだ。
子供の頃から忍耐力に乏しかったワタクシは、行列が嫌いだったので、アメリカ館へは行っていない。
だが、どうして、ワタクシの手元にソ連館のパンフレットが残っているのだろうか?

          

アメリカ館に行っていない事は断言できるが、ソ連館については行ったかどうかの記憶が心もとない。
例によって、館内にどんな展示物があったのかどうかは記憶していないが、なんとなくソ連館に行ったかもしれない気になってきた。



小学校の修学旅行で万博見学に行った折に、どのパビリオンを見たいかという希望者を何班かに分けてゾロゾロと連なって入館したような気もする。



あの頃は、ソビエト連邦共和国という大国が消滅・分散してしまうなどとは思いもしなかった

人類の進歩と調和 (5) 松下館パンフレット

2020年03月22日 11時17分49秒 | エキスポ"70
そう言えば、小学生の頃、松下電器グループの創設者である松下幸之助氏の伝記本を読んで、いたく感銘を受けた時期があった。
松下幸之助氏がW山県出身であった事も、少なからぬ影響があったと思う。



松下館パンフレットの表紙。



パンフレットは残ってはいるものの、こんな竹の道を歩いた記憶などさっぱりない。



この松下館のタイムカプセルのおかげで、当時のあちこちの学校で、タイムカプセルを校庭に埋めたはずだ。
ワタクシの通っていた小学校でも、下手くそな絵だとか作文を詰め込んだ、タイムカプセルを埋めた事は憶えている。
絵や作文は下手くそながらも、あの頃の純真さはいったいどこへ行ってしまったのだろうか?
そして、あの時埋めたタイムカプセル。あれを掘り出すのは何年後の約束だったのだろうか?
30年後だったのか、それとも50年後だったのか?
30年後ならとっくに過ぎているし、それならとっくに地元の地方新聞の記事になっているはずだ。
という事は、掘り出すのは50年後だったのだろうか?
仮に50年後だったとして、タイムカプセルを校庭のどこへ埋めたかは、小学校に記録が残っているのだろうか?
少なくとも、ワタクシには記憶が残っていない。
果たして、その時まで生命体としての機能を維持できているのだろうか?
タイムカプセルを特に楽しみにしているわけではないが、かといって、既に誰かが掘り出してしまった後だったりすると、グレてしまうかも



松下館のタイムカプセルを開け放つのは、1970年から数えて5,000年後らしい。