lizardbrain

だらだらぼちぼち

明日になるといつものように

2007年03月27日 13時50分27秒 | 無駄話

gooブログに装填されたランダムブログという機能についてネタにさせてもらったのは、先月の事だ。
300m離れた残り火にかすかに照らされるかのように、細々と存在しているワタクシのこのブログにも、コメントを寄せて下さる方々が何人かいて、その中のお一人のN嬢が、このランダムブログ機能で探索した結果をコメントで報告いただいた事があった。
N嬢がたどり着いたとご報告を受けてそのタイトルに惹かれたワタクシは、とりあえずブックマークしておいた。
ブックマークしておきながら、なかなかじっくりと訪問する機会も無かったのだが、ようやくその気になって扉を開いてみたのが昨日。

こちらの3月24日付のエントリーで、金沢事件について触れられている。

今ではすっかり拓郎熱が薄くなってしまったが、この金沢事件が起きた当時のワタクシは、まだまだ拓郎熱にとりつかれていた時期であり、この事件の報道から受けたショックは大きかった。
逮捕されたが起訴されなかった、という事が全てを物語っているのだが、
当時は、TVやラジオくらいしか情報源を持たなかったワタクシにとって、事件の真相はいったいどういう事だったのか? という疑問に答えてくれる情報には、結局、触れることが出来なかった。
(当時から真相に触れる事が出来た方々はたくさんいたのだろうが)拓郎を信じながらも、真相に触れることが出来なかったワタクシとしては、事件後のメディアでの拓郎の扱い方で判断するしかなかった。
事件発生直後は、ひどく叩かれていたが、時間が経つに連れて、逮捕にまで至った経緯には数多くの矛盾が存在しているらしく、だんだんと拓郎叩きの声が薄れていった記憶がある。
結局、
「これも有名税というやつかいなぁ?」
といった集約に至ったのだ、少なくともワタクシの中では。

決して、この事件を契機に拓郎熱が薄れて行ったわけではなく、拓郎とは違う他の音楽に興味を向けたからなのだが。

拓郎熱の薄いワタクシはともかくとして、真の拓郎ファンなら真相をよく知っているはずのこの事件の記事を載せた新潮45という雑誌は、是非とも読んでみようと思うが、
あの時、拓郎を逮捕にまで陥れるようなデタラメな行動に出た、件の女性は、地元では実名も含めてすっかり知られている存在らしい事を知り、ここまでの人生をどんな気持ちで生きてきたのだろうか? という事が気がかりとなった。
案外、過ぎた事には何とも思っていないのかもしれない。

ところで、このというサイトの管理人さんは、先日の地震に関しても言及されていて、どうやら北陸方面にお住まいの様子。
既に3年前になるが、能登半島を一周するつもりで金沢に2泊の旅行を企てた事があった。
初日に東尋坊など福井方面を走行し金沢に到着したのだが、台風が能登半島方面に接近してきたために旅行を取りやめて、1泊しただけで帰って来てしまったのが、かえすがえす残念だなぁ、などと思いながら、地震で壊れてしまった家屋や道路の映像を目にするにつけて、悲しくなってくる。

あえて、コメントやトラバを送らないでおこうと思うが、早く余震が収まり、被災地域の早期の復旧がなる事と、住民の皆さんのご健康を心よりお祈りしております。


My Way

2007年03月15日 13時54分24秒 | 音楽

吉田次郎のアルバムを聴いた事が無いという時点で考えた、ワタクシが一番好きな吉田次郎のギタープレイはというと、、、、、

ケイコ・リーのアルバム、Keiko Lee sings Sper Standardsのトップを飾る、My Way
My Wayというと、熱唱するというイメージがあるが、ここでは、朗々と唄い上げる事無く(ちょっとこもり気味の)、終始、静かに唄っているケイコ・リーのバックで、吉田次郎のギター1本だけが伴奏を付けている。
途中、ソロスペースもあるが、全編がギターソロみたいに聴こえなくもない。

ケイコ・リーのアルバムならばレンタルされていると思うので、機会があればぜひどうぞ


度重なる光栄

2007年03月14日 23時19分19秒 | 音楽

吉田次郎 JAPAN TOUR 2007    2007年3月4日 神戸 酒心館ホール

かなりの見栄と大ボラに粉飾されてはいるが、
「ワタクシは、ギター弾きである。」
と言ってみたい。
実は、CとFとG7しか弾けない、、、、、、、、、と言う事は、口が裂けても言えないが。(あっ、他にもEm7があった。もちろん、ローコードの。)
だから、楽器の中では飛びぬけてギターが大好きだし、ワタクシよりも上手いギター弾きに対しては、無条件で尊敬してしまう。
と言う事は、世界中のギター弾きを尊敬の対象としなければならない羽目になる。
例え、夜遅く、イナカの駅前で、明らかにチューニングが狂ったギター片手に喚きちらすようにがなりたて、ペットボトルやビール缶や、タバコの吸殻などのゴミを散らかし放題にしている、地べたペッタンコ座り環境破壊系エセ・ストリート・ミュージシャンですら、、、、、、
駅前で、ゴミと騒音を撒き散らしている連中、ヤツ等はともかくとしてワタクシのフェイバリット・ギタリストを列記すると、どれだけ時間があっても足りない。

先日の綾戸智絵ライヴで、ワタクシの地元の聴衆を魅了した宮野弘紀はもちろん、吉田次郎もその1人である。

ひたすら幸運なスケジュールに恵まれて、ここ1週間ほどの間に、スティーヴィー・ワンダー綾戸智絵吉田次郎という流れでライヴ観戦を続けてきたのだが、一般的な知名度として順列をつけたがる人が多いだろうが、ワタクシの感性からすると、この3者は横一列に並んでいる。

吉田次郎 JAPAN TOUR 2007 と銘打っているように、吉田次郎はアメリカ在住のギタリストである。
セルジオ・メンデスのバンドメンバーだった時期もあるらしく、ギタリスト、あるいはアレンジャーとしての日米に渡る幅広い活動のゆえんか、その交友範囲も広く、例えば、ストーンズのベーシスト、ダリル・ジョーンズとも友人なのだという。
ワタクシは、これまでに何度か、ケイコ・リーのバックバンドでの演奏を耳にした事があり、いつか吉田次郎というギタリストの単独ライヴを観戦してみたいと切望してきたので、「ワタクシが参加できそうなどこかの場所で、ライヴをやる予定が無いのだろうか?」と、気が向くと、吉田次郎のスケジュールをチェックしていたのだが、2月から3月にかけてツアーが組まれている事に気付いた。
17時に開演という、珍しく早めの時間に始まる神戸でのライヴならば、日帰りで往復できそうだったので、あちこちにペコペコと頭を下げ、自分のスケジュールをやりくりして、この日の神戸のライヴを観戦できる事になった。
これで、ようやく、吉田次郎単独のライヴ観戦を実現できたわけだ

ところが、チケットの販売方法がちょっと変わっていて、チケットを入手しようと調べてみたが、ぴあでもローチケでも扱っていない。
会場となるホールに電話してみると、
「このライヴは、ホールではチケットを扱わないので、この番号に電話して下さい。」
と、ケータイの電話番号を伝えられた。
電話番号だけで、相手の名前は教えてくれない。(こちらから、名前は尋ねなかったが)
プロモーターや音楽事務所の電話番号ならば、そういった法人名も伝えられるはずなので、雰囲気から察すると、これは個人のケータイらしい
教えられた番号に電話してみると、au留守番電話サービスにつながった。
メッセージを残せという事なので、神戸のチケットが欲しい旨を伝えておいて、コタツで寝転びながら待つ事、小1時間。
何やらまだるっこしさを感じながら、うとうとしていると、先方からの着信があった。
ここで、ワタクシがミスってしまった。
電話に出ようとしてキーを押したのだが、せっかく鳴った電話を切ってしまったのだ。
実は、この3日ほど前に新しいケータイに機種変更したばかりだった。
前のケータイは、2つ折りタイプで、着信してカパっとケータイを開くとそのまま通話できるようにしていたのだが、新しいケータイは、ガバっと開いてさらにキーを押さなければ電話に出ることが出来ないようになっていたのに、昼間っから寝ぼけていたのか、キーを押し間違えてしまったのだ。
押したキーは、受話器を上げた絵が描いてある通話キーではなくて、受話器を置いた絵が描いてある終話キーだった。
なるほど、これでは、切れて当然か、、、、、、、、
先方からすぐにかけ直してくれるのを待ったが、かかってくる気配が無い。
再度、こちらからかけ直してみたら、先方は出ず、またもやau留守番電話サービスに接続されてしまった。
もう一度、伝言を入れて、待つ事さらに約5分、、、、、、、、
やはり、まだるっこしい。
次の着信では、キー押しをミスる事も無く、ようやく電話がつながった。
個人経営の強面のプロモーターを予想していたのだが、電話の相手は、あにはからんや女性の方だった。
どこと無く上品な感じで、こちらが恐縮してしまうくらいに、やたらと丁寧に話す人だった。
とにかく、こちらの名前とチケット枚数を伝えて、予約終了。
あとは、現地で決済あるのみとなり、手配は完了当日は、いつものように早めに会場に到着

チケットの販売方法も変わっていたが、酒心館ホールというライヴ会場も、ちょっと変わっていて、清酒の酒造元の敷地内の酒蔵だった建物を多目的ホールとして修復したスペースで、そのキャパシティは約150人という。

          

酒造元という事で、当然、敷地内には、酒蔵あり、料亭もあり、さらに清酒や肴や珍味類の販売所あり。
どこへ行ってもアルコールの匂いが漂っていて、ノンアルコール人間のワタクシは、うかつにウロチョロしていられない。
酒の匂いだけで酔っ払ってしまいそうなので、まだ早かったのだが、文庫本を手に酒心館ホールの入り口で開場待ちする事にした。

全席自由席なのだから、少しでも憧れのギター弾きの近くでお目にかかりたいではないか。
開場時刻前だったので、ホール入り口の木戸は閉まっていたが、予約したチケットを受け取る人の出入りがあるたんびに木戸が開いて、中の様子がチラっと見える。
ワタクシの前に並んでいたオバサ、、、、、いや、女性グループの片割れが、「今、中で応対してる人、あれは吉田次郎さんの奥さんやで。」と話しているのが耳に入った。
中からかすかに聞こえてくる、吉田次郎夫人の話し声になんとなく聞き覚えがあるし、喋り方もやたら丁寧だし。
もしかしたら、ケータイでチケット予約した際の相手の女性の声に似ているような、そうでないような、、、、、、
もしや、先日、直接、吉田次郎夫人にチケット予約をお願いしてお話していたのだとすると、この上も無い光栄だなぁ、、、、、、と、何やら感慨にふけってしまった。
だが、全く確信は無い。
先方にとっては迷惑な話だろうから、これ以上の妄想はストップする事にしよう。

開場と同時にホール内になだれ込み、なんとかギター前の席を確保。
ギターの隣にセットされているドラムスの音圧が心配だったか、そんな事にかまってはいられない。
ざ~っと見たところ、平均年齢の高い客筋だったが、席取りのための反応は早い。
あっという間に、前の方から座席が埋まっていくので、音圧的なベストポジションを探しているヒマなんぞあったものじゃない。
ワタクシの経験から言うと、ジャズの自由席ライヴの場合、最前列の席を避ける傾向があると感じていたのだが、前の席から埋まっていく。
これが神戸人気質なのか?
もっとも、演奏者からしてみると、ステージ前の席が空いているというのも気分良くないだろう。

今まで目にしたケイコ・リーのバックでの演奏の時は、ここよりも広いコンサートホールの、ここよりも一段高いステージで遠目に見ていただけだったが、生まれて初めて目の前で見る吉田次郎のギターテク、すっげ~
まず、右手の動きに注目してみた。ティアドロップ型の小さめのピックを使っている。
あまり激しく弦をはじくタイプのギタリストではないようだ。
音楽に聞き入っていると、それ以上のことは良く分からない。
次に左手の動きに注目してみた。
体格もデカイが、手もデカく見える。
そのデカイ手が良く動く。さすが、プロである。これ見よがしの動きではなく、無駄のないポジショニングをとっている以上の事は良く分からない。
これでは、ライヴレポートにも何にもなっていない、、、、、、
演奏自体に酔いしれていたとは言え、しょせん、ワタクシの観察眼などこんなものだ。
ふ~、、、、、、、、

この日のメンバーはピアノANDY EZRINE、ドラムスBENN WITTMAN、ベース酒井紅介。



ちなみに、これが、この日の吉田次郎のギターラインアップ。
5本のギターを、見事に使い分けていた。
画像では右端が切れてしまったが、セミアコの右隣に、ストラト・タイプのエレキギターがもう1本あった。
曲の途中で持ち替える事もあったが、全体としてアコギを使う方が多かっただろうか?
一番左端のギターは、吉田次郎のトレードマークとなっている、タカミネの吉田次郎モデル。
このタカミネの吉田次郎モデルだが、「このギターをいつ弾くのか、いつ弾くのか?」と、思っていたのに、とうとう一度も弾く事無く第2部が終わってしまった。
あらら、、、、、、?

たくさんギターを用意しすぎて、使い忘れたんかいなぁ?
と当惑していたらば、さすがにプロ。
見せ所、聴かせ所をわきまえている。
アンコールの1曲目、ギターソロでの『What a wonderful world』の演奏でようやく手にしたので、ワタクシも一安心。
音色も演奏も絶品だが、このタカミネギターの美しさにも、見とれてしまった。
アンコールに、一気に4曲も演奏してしまうというのも凄い話だが

終演後には、会場販売CDのサイン会。
吉田次郎のアルバムは5タイトルほど置いていたが、一度に5枚も買う余裕が無い悲しみをこらえつつ、「新しいのから順に3枚下さい。」とたずねてみると、スタッフの人は3枚目に新しいアルバムがどれなのかがわからないようで(ややこしい買い方をして申し訳ない)、隣にいた小学生くらいの男の子に、「3番目に新しいのはどれ?」と聞くと、すらすらとアルバムタイトルを発表順に口にした。
ん?あの、クルっとした巻き毛の男の子は、もしかすると、吉田次郎の息子かな? 
それとも孫かな?
どうやら血縁者と思えたが。

終演後は、席を立ったお客さんそれぞれが、やたらと親しげにメンバーに話しかけているのが目に付いた。
どうやら、神戸のこの会場では、すっかりおなじみのメンバーの様子。
サインコーナーでは、並び順など関係無しに、直接ミュージシャンに話しかけながら(結果的に)割り込んでしまう。
ワタクシが3枚のCDジャケットにサインしてもらいながら、ケイコ・リーのライヴには何回か来てる事などを吉田次郎に話しかけようとする横から、別の人が話しかけてきて、その人がまた吉田次郎本人と凄く親しげなのだ。
とにかく、マイ・フェイバリット・ギタリストにサインと握手までしていただいたという、光栄をかみ締めながら、会場で買い残した吉田次郎のアルバムを先ほどAMAZONに発注したのだが、何故か入手できないアルバムが1枚あるではないか
しまった。
会場で全部買っておけば良かった、、、、、、、、


太郎チャンつながり、リクオつながり

2007年03月11日 14時25分28秒 | 音楽

先日の綾戸智絵ライヴの時、宮野弘紀のギターに聴きほれているうちに、他の演奏者、ベースとパーカッション奏者の名前がわからないままだった。
メンバー紹介の時に、1度ならず2度までも、綾戸ネエサンが名前を紹介していたというのに、、、、、、、
しっかり憶えておけって、、、、、ホンマ、情けない、、、、、

とある筋からの情報により、まずベーシストの名前が判明。
オン・ベース
西嶋徹
この童顔、この体格、
本人のホムペで確認したので間違いない。
葉加瀬太郎との共演歴が長いのだそだ。
いつもいつも有意義な情報をありがとうございます、とある筋様。
かたじけない

こうなると、残るパーカッション奏者の名前も知らなくては気がすまない。
虫眼鏡を片手に、再度、綾戸俱楽部に潜入。
このサイトの中で、一見、関係無さそうなニュース欄に最近の共演者の名前があるのを発見して、対象者本人のホムペ(というか、ほとんどブログなのだが)の発掘に成功。
オン・パーカッション
田中倫明

この田中倫明というパーカッション奏者とは、先日の綾戸ライヴで初対面だったのだが、まんざら知らない仲でもなかったようだ。

というのも、ブログタイトルにもなっている、田中倫明が参加しているROMANTICAというバンド名に聞き覚えがあったからだ。

2~3年前に、地元でのリクオのライヴ時に、伴奏者として同行した女性チェリスト、橋本歩のブログに登場するバンド名だったからだ。
ソロで来る事が多かったリクオが、珍しく共演者を連れてやってきたのが、チェロという、めったな事ではイナカではお目にかかれない楽器だった。
そして、そのチェロを抱えて来たのが、橋本歩という美貌の女性チェリストだったため、休憩中、終演後は、メインのリクオよりも橋本歩に声をかけるオジサン客が殺到したのだ。
確か、「趣味は読書と飲酒」と、彼女のホムペには、こう宣言されているように、かなりのノンベエのようだ。
ROMANTICAというバンド名が登場する橋本歩のエントリーと田中倫明のエントリーを読み返してみると、この両者は同じバンドのメンバーらしい。

2人のブログを並べてみると見事に証明される。


心配事ひとつ

2007年03月08日 22時04分16秒 | 映画とかTV

ぴあのメルマガを眺めて、ちょっとビックリした。

大林宣彦監督により映画化もされた、芦原すなお著の正しい青春小説、青春デンデケデケデケが舞台化されるのだという。

舞台化されることは良いのだが、

ジャニーズ所属の新人バンドが主演する、というのが気になる。
上演後は、そのバンドのミニコンサートが予定されているという、、、、、

どうせ、見に行くわけではないが、
どうか、ワタクシの、愛読書の世界を壊さないで欲しい


今年も、綾戸智絵がやって来た

2007年03月07日 17時07分51秒 | 音楽

綾戸智恵を知った頃の事をまとめてきれないうちに、去年の1月の来襲に続き、今年もアヤド姉さんがやって来た

こうやって、常に、現実は、まとめ切れない過去を追い越して行くのか。
地元でのライヴという事もあって、「まだ時間がある、まだ時間がある。」と思いながら、あれやこれやと雑事に追われていたワタクシは、結局、開演時刻ギリギリの会場到着となった。
従って、今回は、写真を撮っているヒマがなかったので悪しからず。
ほぼ半年に1作という驚異のハイペースでアルバムを発表してきたが、ニューアルバムの発売はまだのようだ。
前作のCD発売から、1年以上のブランクが空いているのが、アヤド姉さんには珍しい事だ。
会場のグッズ売り場には、CDやDVDの類ばかりで、最近の方針転換を反映して、相変わらずTシャツ類のグッズは置いていない。

今回は、お母さんも同伴していたようで、お母さんと一緒に白浜温泉でくつろいできたという話をしていた。
ツアースケジュールから想像するに、温泉行きは、この日の昼間の事だろうと思われる。
そのために情報収集する時間も無かったのか、アヤド姉さんのMCには、去年のような地元ネタは飛び出してこなかったが、お母さんと温泉に行ったなんてホンワカした話もたまには良いもんだ。
去年は、終始、アヤド姉さん一人でのピアノの弾き語りだったが、今回は、ギターとベースとパーカッションの3人のバンドを引き連れてきた。
ギターは、もちろん宮野弘紀。
もちろん、アヤド姉さん単独のピアノ弾き語りでの演奏も良いが、この宮野弘紀のギターがバックに付くと、チケット価格2倍分ほどの大いなる喜びに満たされるワタクシである。
ベースとパーカッションは、アヤド姉さんや宮野弘紀よりも若手と見られたが、二人の名前がわからない。
例によって、たっぷりと時間をかけたメンバー紹介をしていたのだが、ベースとパーカッション奏者の名前がワタクシの記憶から抜け落ちてしまっている。
判明次第、ご報告しようと思うが、去年10月の京都会館のアヤド姉さんの時に登場したピアニスト、中村真の人脈かもしれないと推測している。

ちなみに、(今回は登場しなかったが)その中村真というピアニストのブログの2月20日のエントリーに、中村真 出会いのプロフィールという文章がある。
ここには、中村真がピアニストとしてのキャリアをスタートした頃の話が書かれていて、アヤド姉さんと出会った頃の事も出てくるので、ご参照をば。
どの会場でも、終演後にセットリストが張り出されるのだが、この日は、どうしたわけだか、ホールのロビーのどこを探しても張り出されていない。
誰かが張り出すのを忘れてしまったのだろうか?
張り出されているセットリストをカメラに収めるのも一つの楽しみとしているワタクシにとって、手ぶらで帰るのは、なんともはや淋しい限りである。
と、広くは無いロビー(このホールには、ホワイエなどという気取ったものは無い)のあちこちを探してみたが、やはりどこにも無い。
何も会場で探さなくても、いつもはアヤド姉さんの公式サイトに、セットリストがアップされるのだが、このところ、更新ペースが落ちていて、いまひとつ参考にならない。
と言っても、タダで読ませてもらっている身としては、大きな声でクレームをつけるわけには行かない。
ま、しゃ~ない、と、あきらめて帰ろうとしたら、出口のあたりで、ホール関係者が、会場に張り出していたポスターを剥がして回収している現場に遭遇した。
生まれつき気の小さいワタクシだが、意を決して、「そのポスターをいただけませんか?」とお願いしてみた所、OKサインが出た。



それが、このポスターだが、家に帰ってなじっくりと眺めてみると、拡大コピーを駆使して適当に作った物の様で、相当に画質が荒い。画質が荒い分だけ、アヤド姉さんのシワがクッキリと写っていないのが妙に不自然に思えてきた


STEVIE WONDER JAPAN TOUR 2007

2007年03月04日 00時18分45秒 | 音楽

          

2007年2月28日 大阪市中央体育館

あれだけ大会場でのライヴを毛嫌いしていたワタクシだったが、自分でも予想もしていなかった東京ドームでのストーンズ観戦以来、すっかり方針転換してしまった。

「会場の大小なんて、どうだって良い。行ける時には行ってしまえ」と。

ただ、どうして体育館なんかでライヴをやるのか、、、、、、、?
それだけが気がかりだったのだが、だだっ広い会場のアリーナ席に座って天井を見上げてみると、なかなか立派な音響設備が備わっているようなので一安心。
場内の薄暗い照明のために、楕円形になった体育館の壁の様子は良く分からなかったが、単なる体育館では無い事は確かなようだ。

申し込んだチケットが当選した時点で、この大阪市中央体育館という施設について、ググってみたのだが、やたら、プロレスやバレーボールの試合の記事ばかりがヒットしてしまった事もあって、マジで心配していたのだ。
何よりも、アリーナ席のステージから20列目のほぼど真ん中という、イナカ者には有り得ないほどの好ポジションに座れた幸運を満喫し、場内に流れるスライの曲なんぞさも全て知っているかのような顔をし、リズムに合わせて、スネアドラム代わりに膝小僧を叩いたり、バスドラ代わりに床を踏みつけたりしつつ、開演を待った。
開演予定時刻の7時ちょっと前に、先ほどまで空いていた前の席に二人連れのお兄さん達が座ったのだが、その片割れの背の高いほうが、あろう事か、ワタクシの前の席に座ってしまった。彼は、ワタクシよりも背が高いだけでなくて、座高も高い。
座高が高いだけではなくて、小ナマイキにもニット帽を被っているので、余計に座高が高く感じられて仕方が無い。
ここは、体育館なのだ。
コンサートホールみたいに、後席に行くほど床がせりあがっているわけではなく、床は完全にフラットなのだ。
まさか、見知らぬ相手に対して、「もっと、小っちゃくなれ!」と、指示するわけにもいかない。

だいたい、大物ミュージシャンほど、観客を待たせる事がステイタスだと思っているのかどうか?
おそらく予定時刻から30分くらいは遅れただろう。
散々待たされたが、ステージ上にミュージシャン達が登場し、イントロが流れる中、手拍子と大歓声を受けて、バックミュージシャンに誘導されスティーヴィー・ワンダーが登場した時には、そんな不満など吹っ飛んでしまった。
そして、スティーヴィーがキーボードの前に座った時、先ほどからかすかに心配していた事が現実になった。
前列のニット帽青年のおかげで、ワタクシの視界が左右に分断されてしまうのだ。「もっと小っちゃくなれ。」と、声には出さずに心の中に呪いの炎をメラメラと燃やした。
だが、首を少し左に傾けてステージを眺めると、なんとかスティーヴィーの姿がニット帽の陰に隠れる事だけは避ける事が出来るようだ。
この日は、ワタクシの弱点である腰痛方面の調子も良く、いつでもスタンディング体制に移る覚悟も出来ていたので、
「仕方が無い、どうせ、すぐにオールスタンディングになってしまうのだから、しばらくこのままでガマンしよう。」
という方針を打ち立てたのだが、ワタクシの予想に反して、様子がおかしい。
スティーヴィーが登場した瞬間に、アリーナ席の一部ですぐさま立ち上がったグループがいたのだが、それは左右の端っこの方の座席で、ワタクシの席から見える中央寄りの座席のほとんどの人がお行儀良く座っている。
この段階でワタクシだけが立ち上がって、後ろの席の人に迷惑をかけるわけにも行くまい。
そのまま、左に首を傾けてステージを眺めていた。もちろん、既に1曲目の演奏は始まっている。
だが、様子がおかしい。
今度は、なんだか、ワタクシ自身の様子がおかしいのだ。

首を傾けながら眺めるステージの風景が、じんわりと滲んでくるのだ。
キーボードを弾いていたスティーヴィーがその左手を伸ばし、グランドピアノの上に置いたクロマチックハーモニカを手にし、流麗な間奏を吹き出した時から、何故だか滲んでくるのだ。
つい目を閉じてしまい、俯いてているとこぼれてしまいそうになるので、少しの間だけ天井を眺めていた。
確かに、スティーヴィーの曲は好きだ。
だが、良く聴いていたのは、友達が持っていた『KEY OF LIFE』というLP2枚半(?)セットのアルバムであったり、通り一遍のヒット曲だったりする程度だ。
ヒットした曲名は憶えていても、それが収録されたアルバムのタイトルすら憶えていないのがほとんどだ。
とりたてて、スティーヴィーの曲にまつわる悲しい想い出があるわけでもない。
それなのに、どうしてこうなるのかが良く分からない。
いよいよ、スタンディング体制になってしまうのが、一番の解消法だと思うのだが、先にも言ったように、周囲の状況は、ワタクシ単独のスタンディングを許してくれそうにも無い。

かねがねスタンディング否定派のワタクシであったが、こうなると、アリーナ全体がスタンディングに移行する瞬間を待つしか術が無い。

立ち上がれ若者達
GIVE PEACE A CHANCE

そして、その瞬間は、突然にやって来た。
何曲目だったろうか?
今日は無理だが、後日、どっかでこの日のセットリストを手に入れて確かめる事にしよう。
イントロでルーズなフレーズで遊んでいたスティーヴィーのクラヴィネットが、強烈にファンキーな閃光を放った時、ようやく、アリーナ席前方の観客達が、とりつかれたように一斉に立ち上がり、待望のスタンディング大会が始まった。
立ち上がって手拍子を打っていると、滲んでいた物が消えてなくなった。
「よしよし。」と思っていると、クラヴィネットを駆使した曲は、続く『迷信』で終わってしまった。
同時に、次に来る静かな曲調を予想したのかどうか、周囲の人達は、またもや着席してしまった。

う~~~~~~~~ん、、、、、、確かに、珍しくも礼儀正しくマナー遵守精神に富んだ大阪人の姿を目にするのも感動的ではあるが、、、、、、
今日のところは、ブッ通しでオールスタンディングでも良かったのに。
どうやら、君達とは、まだまだ意思の疎通が足りないようだ。
そして、またもや何曲目だったろうか?
バラードの名曲、『LATELY』で、ワタクシの異変が再びブリ返してきた。
エンディングでは、何故だか、ハーモニカを吹きながらスティーヴィーがステージ上手奥に退場してしまった。
ステージから去ったものの、ハーモニカの演奏は続き、その間、ステージ上の暗がりで何人かのスタッフが動いているのがボンヤリと見て取れる。

続いて、これまたバラードの名曲、『OVERJOYED』が演奏される。
イントロ開始と同時にキーボードの奥付近にスポットライトが当たり、先ほどスタッフがうごめいていたあたりにテーブルを挟んだ男女が何やら飲み物を手に座っている。
相変わらず、スティーヴィーは奥に引っ込んだままだが、スティーヴィーの唄声が聴こえて来る。
スティーヴィーの唄が始まると、テーブルを挟んでいた二人の男女が立ち上がり、ダンスが始まった。
立ち上がった二人は、どう見ても日本人のダンサー。
双眼鏡でじっくりと確かめたのだから、間違いない。
二人とも見知った顔ではないが、いや、男性ダンサーの方は、どっかで見覚えがあるような?
女性ダンサーは、杉本彩でも山本モナでもなさそうで、実にしっかりとした本職のダンスを披露している。
女性ダンサーは鮮やかなブルーのドレス、男性ダンサーもビシっときめたフォーマルで、踊っているダンスは、ここ最近バラエティ番組で目にする機会が増えた、いわゆる社交ダンスのようだ。
なるほど、このダンサー達のフィーチャーを強調するために、スティーヴィーがステージから消えていたのかもしれない。
曲の途中から、ようやく、スティーヴィーがステージに戻り、社交ダンスとスティーヴィーの唄の極めてオシャレなセッションが展開される。
しかし、いくらなんでも、『LATELY』『OVERJOYED』を2曲続けるのは、反則じゃないかい、、、、、、、、?
スティーヴィー、、、、、、、、、?

おかげで、一時的にスタンディングでおさまっていた物が、ブリ返してしまったではないか?
そして、それはワタクシ一人では無い様子で、前列右側の女性は、既にハンカチで防戦態勢に入っている様子。
そんなところをあんまりジロジロ見ては失礼だし、何よりもワタクシ自身に伝染してしまいそうだったので、目をそらすことにしたが。
おそらくこの日、決して悲しくなったわけではなくて、オープニングと同時に、トテモ美シイ物ニ触レタカラだと思う。
そして、『LATELY』『OVERJOYED』という、モット深クテ美シイ物ニ触レタのだ。

ワタクシの衰えた脳細胞は、この日の演奏曲をここで記す事は出来ないが、スティ-ヴィーの現在に至るまでのヒット曲で彩られたライヴだった。
本編最終曲(つまりアンコール前)の演奏前に、スティーヴィーによるメンバー紹介があった。(紹介の順番は忘れたが)女性コーラス3人、男性コーラス1人、キーボード、パーカッション、ドラムス、ベース、ギター、トランペットとサックス奏者の名が呼び上げられ、『OVERJOYED』で踊っていた二人のダンサーの名も紹介されて、再度、ステージに現れた。
スティーヴィーが呼び上げたダンサー達の名前は、確かに日本人の名前だった。女性ダンサーの名は、杉本彩でも山本モナでもなかった。
全ての紹介が終わった後、ステージ上のミュージシャン達がスティーヴィーを指差していた。
バックミュージシャン達のジェスチャーで紹介されたスティーヴィーに対しての大きな拍手の中、スティーヴィーは、『Singers and Dancers』にも感謝の気持ちを捧げていた。『Singers and Dancers』、、、、、、、、、、

この日のオーディエンス、つまり、ワタクシ達、観客の事だ。
だが、ワタクシは、ここでスティーヴィーに謝罪しなければならない。
「ボス。スティーヴィー。申し訳ない。ダンスは完璧にこなせたが、コーラスの方は、2箇所だけ外してしまった。次の機会があれば、再び、Dancer & Singer として現地採用されるように精進する事を約束させて欲しい。」

アンコールも終わって、いったん出口方向に3列分ほど進んだ時、Gジャンの上に着ていたジャケットを忘れてしまった事に気付いて、自分の座席に戻った。
パイプ椅子の下に畳んでおいたジャケットを取り上げて、椅子の背もたれに貼り付けられていた座席番号が印刷された紙切れが目にとまった。
家に帰ってから驚いたのだが、この紙切れがジャケットのポケットに入っていた。
いや、決して、ワタクシが持ち帰ったわけではない。
紙切れの方が、勝手にポケットに飛び込んできたのだろう。
まあ、この日が、2日連続の大阪公演の最終日だったわけだから、誰に迷惑をかけるわけでは無い。
それに、この件は、スティーヴィーに報告する必要も無いだろうと思う。



体育館を出て、プールの前まで来ると、最寄り駅の中央線朝潮駅の入り口がゴッタ返していた。
ハンドマイクを手にしたカン高い声のガードマンが、「現在、朝潮駅ホームは入場制限がかかっています。」と、何度も繰り返していた。
ホテルまではホンの2駅だが、とても歩いて行く気にはなれなかったので、行儀良く列に並んで待つ事にした。
まさか、1時間も待たされる事は無いだろうなぁ?
と不安だったのだが、予想に反して、10分後には(地上を走る)地下鉄に乗り込むことが出来た