lizardbrain

だらだらぼちぼち

アートな時間の帰り道

2006年02月27日 00時23分27秒 | 音楽

梅田大丸ミュージアムで版画を眺めた帰り、出口にさりげなく置かれていたのがこのチラシ。


なるほど、次回の催し物は、パウル・クレー展らしい、
期間は3月5日(日)から21日(祝)までらしい。

一般常識すらおぼつかないワタクシには、相変わらず絵画の事はとんとわからない。
が、パウル・クレーの名前くらいは知っている。

葉加瀬太郎やゴンチチ達が出演するライヴシリーズLIVE IMAGE(ライヴ・イマージュ)のレギュラー出演者であり、また、最近では、映画博士の愛した数式のサントラ音楽などで活躍する加古隆というピアニストがいる。
80年代半ば、確か、ウィスキーか何かお酒のTV-CMだったと思うが、加古隆がピアノソロで演奏する「グリ-ンスリ-ブス」という曲が使われて、ちょっと話題になった時期があった。
あれからすでに20年くらいが経過しているが、この曲の前半部分のさわりだけでも聴いていただければ、聴き覚えのある方は多いだろうと思われる。
なんとなく気に入ってしまったワタクシは、この曲が収録された加古隆の「ポエジー」というアルバム(1986年発売)を買った。
その頃ワタクシが買っていたアルバムはと言うとジャズがメインで、クラシック音楽なのかジャズなのか、はたまた現代音楽とやらのジャンルなのかよくわからないまま買った加古隆のアルバムは、ワタクシのCDコレクションの中でも異彩を放っていた。
TV-CMで話題になり、レコード会社(CBSソニー)も強力にプッシュしたのだろう、同じ1986年に、「いにしえの響き - パウル・クレーの絵のように」というアルバムが前後して発売された。

ワタクシが買った「ポエジー」の方は、CM曲の『グリーンスリーブス』以外は、ちょっとピンと来なかったのだが、当時のTVの深夜番組で『いにしえの響き - パウル・クレーの絵のように』を映像化して放送していた。
アルバムに収録された加古隆のピアノが流れるバックの画面に、実際のパウル・クレーの絵を映し出している物で、どうやらこちらのアルバムの方がワタクシ好みであったかな? と、何回か繰り返してビデオを鑑賞したものだった。
まるで、加古隆がピアノで絵を描いたかようにも思ったものだ。
その番組をビデオ録画してあるはずなのだが、あの頃に録り貯めたビデオテープも、LPレコードの束と一緒に押入れにしまったまんまなのだ。
いつかこいつらを押入れから引っ張り出して、PCを使ってDVD化してみたいのだが、DVD化の目途は全く立っていない。

パウル・クレーという名を覚えたのは、その時だった。

さて、本物のパウル・クレーに会えるというせっかくのこの機会に、再び梅田大丸ミュージアムへ行ってみたいのだが、来月は梅田方面へ出かける予定が無いのだ、、、、、、
どうしようか?


アートな時間

2006年02月24日 14時20分51秒 | 無駄話

木村充揮30周年ライヴの翌日、次の予定をこなすまでの昼間の半端な時間に、ぽっかりと空き時間が出来てしまった。
本屋で立ち読みをするには長過ぎて、映画を観るには短か過ぎる、、、、、、
どうしようかと思って、文庫版ぴあマップをパラパラめくっていると、ひらめいた。
確か、梅田大丸ミュージアムで、『古代エジプトがどうしたこうした、、、、、』という催し物をやっているはずだと。

百貨店という所は、どうも苦手だ。
間が悪いのかどうか、エレベーターでの移動が思うように出来ない。
1階から上階へ上がるときはまだしも、帰りがけに途中の階から降りる時には、待てども待てども下りのエレベーターがやって来ない。
やっと止まったかと思ったら、必ず満員に近い状態で扉を開いてくれるので、オバサン達でギュウギュウ詰めのエレベーターに乗り込む勇気など持ち合わせていない。
従って、エレベーターをあきらめてエスカレーターで降りるはめになる。
このエスカレータで降りるという作業が、また長い時間がかかってしまう。
時間の余裕が無い時ほど、こういう事になってしまうのは何故だろう?
従って、ワタクシの中では、
「百貨店に行く人は、たっぷりと時間の余裕があって、定価で買わないと気がすまない人達」
というイメージが、いつの間にやら出来上がっている。

梅田大丸ミュージアムのあるフロアに出るが、ミュージアムらしいスペースが見当たらない。
通りがかった警備員さんに聞くと、
「そこですよ
と、指差す。
ミュージアムと名乗るからには、百貨店の売り場とは壁で仕切られて入り口には重厚な扉がある場所を想像していたのだが、そうではない。
売り場と同じような感じの、ごく普通のオープンスペースになっているのが、ちょっと意外だった。

入り口のどこを探しても、『古代エジプトがどうしたこうした、、、、、』という催し物の案内は無く、代わりに『版画販売会』となっていた。
古代エジプトがどうしたこうした、、、、、という展示館は、終了してしまったのか?
去年から、行きたいな、と思っていたのだが仕方が無い。
版画といっても良くわかんないのだが、せっかくの機会なので眺めさせていただく事にした。

ワタクシのようなシロートでも、何人かは、名前に聞き覚えがある画家の作品もある。
作品タイトルやら、作者名やら、製作年度やらが額縁の横に書かれている。
ついつい、真っ先に値段のところを見てしまうのが、やはりシロートのシロートらしきところか。
お値段は、5桁の物もあれば6桁の物もあり、ワタクシが予想するよりも安目に感じられるのは、何枚も量産できる版画作品だからだろうか?

わかったようなわかんないような顔をして眺めていると、首からスタッフパスをぶら下げた女性に声を掛けられてしまった。
おそらく、大丸の社員の人だろう。
これが噂の百貨店外商部の人なのだろうか?
この催し物は、単なる展示会ではなく「販売会」となっているので、何やらセールストークにつかまったのかな、と心配したのだがそうでもなさそうだ。

「今日はお買い物ですか?」
と訪ねられたので
「はいはい、ちょっと、時間つぶしを。」
「よろしければご説明させていただきますので、何でもお尋ね下さい。」
とも言うので、もしも万一、無理やりに版画を買わされそうな気配になってきたらばいつでもバックギアにシフトして逃げ出せるように、両足の踵に体重を乗せる体制を取りながら、せっかくの機会なので版画についてちょっと教えていただく事にした。

「版画と言うと木版画やゴム版画や、せいぜいエッチングくらいしか知らないのですが、ここにある版画の原版の材質は、どんな物なんですか?」
「材質としては色々とございますが、ただ今、お客様がご覧の物は石版を原版とするリトグラフでございます、、、、、、、(以下、リトグラフについての簡単な講義が始まるので、略す)。他の材質としては、例えばあちらの作品はシルクスクリーンと呼ばれる物でございます。」
「そのリトグラフの場合、同じ原版からどれくらいの数を刷るのですか?」
「何枚刷るのかは、特に決まっていません。ただ、この作品が、総数で何枚刷ったうちの何枚目になるのかは、○○○○○と申しまして、ここにこのように分数で書かれているように、作品に記されています。」(○○○○○というのは、何やらカタカナの言葉だったが、記憶に無い)
なるほど、絵の余白の端っこの方に『82/125』のように、分数で書かれている。この場合、同じ原版から全部で125枚刷った版画のうちの82枚目の作品という事になるらしい。
「でも、一度刷り上げたとしても、何年か後に、同じ原版から何枚でも刷れるのではないですか?」
「いえ、必要な枚数を刷り上げた後には、作者自身が原版を薬品で処理したり、刃物で傷をつけたり、割ってしまうなどして廃棄してしまいますので、後から刷り増す事はございません。作者が刷り上りをチェックして納得した作品だけに、このようにサインを入れます。このサインが入ることによって作品の価値が発生します。」

な~るほど、版画だから後から何百枚でも増刷できるのでは? と、疑惑の目を向けていたのだが、やはりそういうシステムになっていたのか~ (. .)φメモメモ
でも、原版を破壊したフリをして、、、、、と言うのはできそうな気もするが。
セキュリティの大切さは、どの世界でも同じと言う事か、、、、

美術作品については、プアな知識しか持ち合わせていないものの、なんとかここまで頑張って質問を試みたのだが、これ以上の突っ込み方がわからない。
それぞれの画家の人生の背景などを尋ねてみれば良かったのかもしれないが、何を聞いていいのかすらわからない。
お礼を申し上げて、いっそ、展示されている全部の作品を眺めてみる事にした。

ちなみに、ここに展示されていた版画のうち、ワタクシに聞き覚えがある名の作者はというと、
ラッセン、ドラクロワ、山下清、小磯良平、平山郁夫、ピカソ、ヒロヤマガタ、、、、、etc。
山下清は、題名に出てくる地名から察して、PLの花火大会をモチーフにしたらしい物と、もう1作、別の場所の打ち上げ花火の絵が2点出品されていた。
平山郁夫は、いうまでもなく、駱駝が砂漠を歩くシルクロード物が3点ほど。
ラッセンやヒロヤマガタのように鮮やかな原色を使ったポップな作品も良いが、ドラクロワがパリの街並みを捉えた作品に惹かれたかなぁ。

ず~っと見て回っているうちに、いつの間にやら絵の値段など気にならなくなっていた。
投機目的ではなく、自分の部屋に絵画を飾ってみたいという人の気持ちを、理解できそうかも知れない。



継続は力

2006年02月22日 23時32分47秒 | 音楽

木村充揮が憂歌団でデビューして、早くも30年が経ったのか。

木村充揮 30th Aniversary
継続は力 ~オ・カ・ゲ・サ・マ・デ~
と題して、豪華なゲスト陣を一堂に会したライヴイベントが2月11、12日の2日間に渡り開催された。

今回のライヴは、11月6日の串本のライヴの折にも告知されていた。
あの時、2時間に渡り、ほんの2メートルほど先のステージで唄い、しゃべり、楽しそうに酒を飲む生身の木村充揮を目にして、そして彼の歌を堪能して、すっかり満足していたので、NHKホールまで出かける予定は無かったのだ。

だが、1月になって、木村充揮30周年ライヴのゲストに泉谷しげるの名前が追加されているのに気づき、突如として行く気になった。
ワタクシが中学生時代に、生まれて初めて買ったLPレコードは、泉谷しげるの春夏秋冬だったからだ。
春夏秋冬は、アレンジャー、ギタリスト、及びプロデューサーとして加藤和彦を迎え、ギター&ベースに高中正義、ドラムスにつのだひろ、キーボードに柳田ヒロ、セレステという名の訳のわかんないキーボード楽器に仲井戸麗一(チャボ)、etcをバックに従えた名アルバムで、しばらくはこのLPレコード1枚しか持っていなかったため、このアルバムを何百回聴いたことだろうか?

そんな事を思いながら、遅ればせながら2月11日のチケットだけを買った。
座席は1階の2列目。
もちろん、後ろから2列目だったが、、、、、

初日のゲストは、
大西ユカリと新世界、近藤房之助、永井”ホトケ”隆&塩次伸二、金子マリ、鮎川誠&シーナ、泉谷しげる、加川良、甲本ヒロト&三宅伸治、BIGEN、、、、、
え~っと、もっと他にも出てきたような気がするが、、、、
何しろゲストが多すぎて覚えきれない、、、、
そうそう、金沢出身のロックバンドめんたんぴんのギタリスト、飛田一男(ひたかずお)もサポートメンバーとして出ていたなぁ。

憂歌団時代の曲「嫌んなった」が会場に流れる中、ステージサイドから登場した木村充揮の手には、いつものようにお酒の入ったグラスが
ステージに立ってもすぐには唄い出さず、ニコニコしながらグラスのお酒をじっくり味わうように飲み続ける。
こういう雰囲気で始まるのは、去年の串本でのソロライヴの時と同じで、いつもの木村充揮を感じさせたのだが、、、、、この日のステージの内容には、ちょっとばかり消化不良を感じた。
ゲストが2~3曲演奏し、木村充揮と1曲ジョイントする、、、、、、
基本的にこういう進行だったのだが、この日のメインのはずの木村充揮の出番が少ない。
ゲストが多すぎるので、ゲストが唄っている時間の方が長い。
ジョイントする曲も、昔からの持ち歌だけでなく、春に発売されるニューアルバムからの曲を演奏したりもするので、ちょっとなじみが薄い。(ま、これは、ニューアルバムを買えば解決する事だが。)
出演するゲストが交代する時のセットチェンジの時間も、いまひとつモタモタしているように思えた。

例えば、NHKホールのステージ上でバックバンドを従えた木村充揮が、ゲストを1人ずつ呼び入れてセッションを展開する。もちろん、木村充揮自身はステージに出っぱなし、、、、、、、
当初、ワタクシが勝手に想像していたのは、こういう演出だったのだが、、、、、

上記のようなたくさんの豪華ゲスト陣の中で、ワタクシがナマで聴いた事があるミュージシャンはと言うと、少ない。
大西ユカリと加川良と、そしてもちろん木村充揮。
他は、全くナマで聴いた事がない。
聴いた事が無いミュージシャンのおいしい所だけを、毒見(?)してみるにはいい機会かも知れない。

問題の泉谷しげるは、第2部の最初に登場した。
エレアコギター1本の暴力的な弾き語りで、「おー脳」「春夏秋冬」を演奏。
「春夏秋冬」では、ギターで弾き語りするというより、まさしくギターで叩き叫ぶ、、、、、
という表現がぴったりか。
かねがね、「春夏秋冬」という曲については、一つの謎を感じている。
この謎については、機会を見ていずれ検証してみたい。

この泉谷しげると対照的だったのが、甲本ヒロト。
もっともっとツッパッたシンガーだと思っていたのだが、意外な事に、礼儀正しい好青年で、気に入った

まだまだ若いなぁ~と感じたのが、鮎川誠 & シーナ(シーナ・イーストンじゃないよ~ 笑)。
シーナって、今いくつだ~?
50歳は過ぎてるのは確かなのに、まだまだ若く見えたのはメーク技術のなせる技か、それとも、後ろから2列目という座席位置がなせるマジックか?

サプライズゲストに、「ぐっさん」こと、元ドンドコドン(解散したんだっけ?)の山口智充。
ぐっさんの任務は、場つなぎ。
セットチェンジの間をもたせるために、いくつか物まねをやっていたが、木村充揮のしゃべり方の物マネで一番受けていた。
が、場つなぎというより場違いな感じにとまどう観客も多かったのかも。

最後に、ゲスト全員が登場して、和太鼓まで持ち出してお祭り騒ぎの大合奏、大合唱。
そう、木村充揮の歌だけを目当てに来た大半の観客には消化不良の演出、進行に感じたが、このイベントはお祭りだったんだ
木村充揮を囲む、たくさんのミュージシャン達が集まったお祭り。
言うなれば、木村充揮がホストを務めるNHKホール版の春一番コンサート
最初っからそう考えていれば、違和感をいだかなかったものを。

今思えば、出てくるゲストが年上であろうと年下であろうと、木村充揮が、ゲストに対して深く気を使っている様子に、彼の人となりを見たように思う。
聴き手達、そして時にはライバルであるはずの共演者達皆に愛され続けて来た、天使のダミ声を持つ兄ちゃん、
それが木村充揮の魅力なのだろう。

さてさて、全ての曲が終わり、アンコールを求める拍手が長~く長~く続く。
その間、暗転したステージ上では、大掛かりなセットチェンジが行われている模様で、たくさんの人影がせわしなく動きまくっているのがわかる。

長~い長~い拍手を続け、ようやくステージに照明が入ると、バックバンドと総勢約22名のストリングスセクションが待機。
ネクタイこそしていないが、白いジャケットとパンツ、白いハンチング帽にお色直しした木村充揮が、アンコール曲を唄う。

1曲目が君といつまでも
次にケセラ
ケセラといっても、ヒチコックの映画「知りすぎていた男」で、ドリス・デイが必死に唄っていた曲ではない。サビの部分で「ケセラ、ケセラ、ケセラァ~ァァ、、、、、」となる曲である。
そのサビのところで、ステージ一番奥のカーテンが開いて、大西ユカリが指揮する総勢約80名の女性コーラスが現れて大合唱。
バンド、ストリングスを合わせると、ステージ上のミュージシャンは、ゆうに100人を超えている
なるほど、こういう機会でなければという演出は、さすがNHKが絡むだけの事はある。

何しろ、長いコンサートであった。
鮎川誠&シーナのステージが終わって、第2部の前の休憩がアナウンスされた時には、開演から既に1時間40分が経っていた。
予定の17時から10分余り遅れて始まり、全てのアンコールが終わったのが21時30分を回っていた。
聴く方はともかく、演奏する方も、スタッフ関係者の皆さん一同も、さぞやお疲れだったろう。
「長くても3時間で終わるだろう」と予想して間食をとっていなかったワタクシは、空腹のあまり、行き倒れになりそうだった。
「楽しかったが、疲れた」というのが、正直な感想か。


ちなみに、2日目の12日のゲストは、

かまやつひろし
BAHO(石田長生 & チャー)
リクオ
上田正樹
有山じゅんじ with 藤井裕&正木五郎(いずれも元サウス・トゥ・サウス)
などなど、他にもたくさん登場した模様で、
元憂歌団のメンバーからは、ドラムスの島田和男とベースの花岡献治が参加したようだ。

2日目のライヴにでかけた友人によると、最後まで、ギターの内田勘太郎の姿は見られなかったそうだ。

上田正樹と、有山じゅんじ with 藤井裕&正木五郎は、この日のステージ上で共演を果たしたらしい。

情報量の少ないイナカのファンには、上田正樹とサウス・トゥ・サウスのメンバーの間に何らかの亀裂があるらしいという噂が伝わっていたので、元サウス・トゥ・サウスのメンバーと上田正樹のこの日の共演は、大いに嬉しいニュースとして歓迎したい。

だが、憂歌団の顔とも断言できる、木村充揮と内田勘太郎の間にも、現在、(どういう原因なのかは不明だが)大きな亀裂がある事が噂されている。

勘太郎が現れなかったという事実が、何やら、とても寂しい。


関連情報が2つ。

この2日間連続ライヴの様子は、3月2日、NHK-BSで放送されるそうだ。
ただし、たったの90分しか放送しない。
初日が約4時間30分、2日目が5時間にも及んだライヴを、たった90分の放送でお茶を濁そうとは、NHKも姑息ではないか?

ワタクシは、地上波ファンを公言してはばからない。
現状では、我らBSレジスタンスの道のりは、険しい。
連日連夜、敗走に次ぐ敗走が続いている。
だから、この2日間のライヴをNHK-BSで観る事は無い。
決して、衛星アンテナを買えないからではないので、誤解の無きように。
どなたかが、ビデオに録画した物を鑑賞するだけならば、やぶさかではないが。

さらに、2つめ。

会場で受け取ったチラシの束の中に、なんとも気が早い事に10月のライヴインフォメーションが入っていた。
ジャズピアニスト松永貴史と木村充揮がジョイントして、JAZZを唄うらしい。
極めて魅力的な企画なのだが、残念ながら、この日、ワタクシはF1日本GP観戦のために鈴鹿サーキットに車を走らせている予定なのだが、、、、、、





効率の落とし穴

2006年02月18日 23時06分34秒 | 無駄話

突如としてラジオで告知された。

ナベサダこと渡辺貞夫の3月ライヴハウスツアーの一環として、県庁所在地でライヴがある事を知った。
ナベサダライヴ会場は、ホールでもライヴハウスでもなく、最近できたばかりのアート関係の展示施設らしい。

金曜日、とあるライヴのために滋賀県まで車で移動するついでに、途中、県庁所在地に立ち寄った。

3月のライヴ会場には、今までに行った事が無い。
どうやら交通の便が不便らしい所なので、周辺の駐車場の有無を下調べすべく、ライヴ会場となる施設へと向かう。
行ってみたところ、会場専用の駐車場は有るのだが、いかんせん駐車スペースは狭い。
その近くの公園に、広めの有料駐車場がある事を確認できただけも収穫だろうか。

続いて、同じく県庁所在地の楽器店へ行って、ナベサダライヴのチケットを購入。
チケットと一緒に手渡されたチラシによると、やはり、駐車場は先ほど下見した公園の有料駐車場を利用するように、という注意書きがあった。

次に、県庁所在地に住む友人宅に向かう。
友人は仕事中で留守だったのだが、つい先日ネットの懸賞で当選した『PROMISE』という、まるでサラ金のブランド名のようなタイトルの映画の無料チケットを奥方に届ける。
奥方となんだかんだと話しているうちに、
「そう言えば、結婚する前から、映画館に連れて行ってもらった事、無いわ・・・・・
という話題になってきたので、不穏な空気を感じて退散。

ロイヤルホストで昼食を済ませて、滋賀県へ向かう
草津市のビジホにチェックイン後、30分ほど昼寝。
隣の栗東市のホールでライヴを堪能し、ビジホに戻る。

翌日、チェックアウト後、大津市のシネコンへ行き、これまたネットで当選したタダ券で映画鑑賞。

「今回の移動は、あちこち効率良く用件が済ませる事ができたなぁ
と自画自賛しながら、無事に帰宅。

夜になって、下書き中のブログ記事を編集しようとするが、どうしたものだか記事をうまくアップできない。
何度やってもダメなので、新規記事としてやり直してみようと、、、、、

これが、大きな間違いだった。

元記事の原稿部分をコピペした後、元記事全体を削除。
この時点では、元記事の原稿となる文章は、クリップボードに一時預かりされていたはず。

さらに、新規記事を立ち上げてコピペした元記事を貼り付けた。
最初からやり直した甲斐があり、問題なく記事アップが出来そうな気配。

途中までで終わっていた記事に、あれこれと書き足しながら、サイトのURLを文字リンクする作業中に、、、、、、、、、
マイクロソフト自慢のインターネット・エクスプローラーが、フリーズ・・・・・

タスクマネージャーを呼び出しても、全く応答無し・・・・・・

こうなると、方法は一つしか無い。
再起動

再起動した後、ブログ編集画面を確認すると、

先ほど削除した元記事原稿は、当然のように削除されている。
削除したのは誰あろう、このワタクシなワケなので、仕方が無い。

新たに新規記事として編集途中だった記事は、フリーズのために保存出来なかったため、跡形も無く消えてなくなっている。

もちろん、コピペした記事原稿は、再起動の時にクリップボードから消滅している、、、、、

丸1日かかって要点を絞り出した記事のエキスが、見事に消滅している、、、、、、

また、やり直しなのか。。。。。

なんという、効率の悪さだろうか・・・・・






誘惑の甘い罠

2006年02月10日 21時16分02秒 | 音楽

ある日ある時、とある友人から電話があった。

その内容はというと、
来月、そいつが行く予定だった外タレグループの公演の観戦メンバーに、突如、キャンセルが出たので、
「良かったら、行きまへんか~?」
というお誘いだった。
場所は、文京区のとあるドーム球場
出演は、(いったい何歳まで稼ぐつもりなのか?)超ベテランで超大物のとある外タレロックバンド
そいつは、既にS席のチケットを確保済みなのだという。
アリーナ席と1塁側内野席、どちらか好きな方を選べと言う。

ワタクシは、野球場のような巨大会場での公演は苦手である。
音楽を聴くのに、どんなにキャパが多くても3,000人規模のコンサートホール以上のハコは必要無い
と、常々思っているのだ。

20年くらい前、一時的に京浜急行北久里浜駅近辺に住んでいた頃、仲間達とジェームス・ブラウンの日本武道館公演に出かけた事がある。
インターネット先行チケット販売など、全く無い時代だった。
何のコネも無いワタクシ達だった。
休日にプレイガイドへ出かけて、直接チケットを買うしか方法を思いつかなかった。
当然、アリーナ席など買えるはずが無い。
ようやく買ったチケット、あれは、いったい何階の席だったのだろうか?
何度考えてもワカラナイ、、、、、

ステージからメチャクチャに遠くて、その上、音響は最悪。
いったい、ジェームス・ブラウンとどういう関連性があったのだろうか?YMOを解散した細野晴臣のバンドが前座に出てきた。
ステージで演奏されている音楽など、ほとんど聴こえてこなかった。
それどころか、ステージに近いアリーナ席の観客達が、さかんに細野晴臣をヤジり倒している声の方が大きく聴こえてきた。

ジェームス・ブラウンのメイン・ステージが始まっても、状況は全く変わらなかった。

モゴモゴモゴモゴ
とふやけた小さい音で、ドラムが鳴ってるらしいのは何となくわかった。
だが、肝心のジェームス・ブラウンの歌声なんぞ、とんと聴こえてこなかった。
ワタクシ達の席からは、メチャクチャに縮小されたジェームス・ブラウンが踊りまわっているらしいのが、肉眼で確認できるのがやっとこさ、、、、、
という状態だった。

現代の巨大会場でのライヴのように、四方八方に設置されたバカでかいスクリーンに映像が映し出されるような仕掛けがなかった時代ではあったが、日本武道館を見てきたという以上の成果は全く無かった。
日本武道館まで、いったい何をしに行ったのだろうか?
何度考えてもワカラナイ、、、、


と言う訳で、来月のドーム公演は、例え会場が大阪であったとしても、ワタクシ自身が率先してチケットを買おうとは思わないシロモノなのだ。
だが、この誘いをあっさりと断ってしまうのも考え物なのだ。
こういう巨大会場でのライヴなど、誰かに誘われない限り、今後決して行く機会は無いだろう。
その上、現地に行けば、きっとブログのネタの金脈にぶち当たるという予感さえ漂ってくるのだ。

この際、行ってみようかな?
と、検討を開始した。

だが、やはり一番のネックはチケット代金。
そいつが確保しているS席のチケットというのが¥17,500という、これまた超大物価格。
さらに、現地へは、空路で往復するという、、、、、
「いまだに飛行機に乗ったことが無い」などとは、口には出せない、、、、
いつ、口に出そうか、、、、、?
という余計な心配まで始まってしまった、、、、、、

もっとネックになるのが、ワタクシの来月の業務スケジュール。

気持ちはだが、行けるかどうかという見通しは、全くの霧の中。
とりあえず、月末までは返答を保留させてもらった

だが、この機会を逃してしまうと、きっとワタクシの心は
I can't get no satisfactionとシャウトし続けることだろう



やはり、違う!

2006年02月06日 23時12分37秒 | 音楽

愛用のヤイリギターに、アコースティックフェスティバルライヴの抽選会で当たった、岸部真明愛用のALKEMY GOLDPHOSというギター弦を張ってみた。

税込み¥2,625という、ギター弦としては高めの価格設定だけあって、定価¥60,000のワタクシの安物のギターで使っても、さすがに美しい音色がする。
特に指で弾いた時の1、2弦の音がよく伸びる事、伸びる事。
さすが、ギター1本で生きるプロが使う弦だけの事はあるなぁ