lizardbrain

だらだらぼちぼち

変電所

2024年05月14日 13時20分21秒 | 風景光景

2021年9月25日、蘇生した101ccの原チャリで冒険のチョイ旅、その3。

滝尻あたりとか、平瀬あたりを周遊した後日、

R42経路で周参見駅の隣、双子山信号場の近くまで上がってみた。

 

          

道路の狭さは十分に予想できたので、原チャリで来たのだが、この辺は徒歩での山登りが適切な雰囲気。

 

     

     

どういういきさつがあるのだろうか、屋根の上でなわばりを主張するワンコにご挨拶。

 

          

 

 

 


平瀬あたり

2024年05月13日 12時25分13秒 | 風景光景

2021年9月25日、蘇生した101ccの原チャリで冒険のチョイ旅、その2。

 

          

 

          

 

          

 

          

途中、平瀬郵便局があったので、あの辺は平瀬という地名だと推察される。

 


滝尻まで

2024年05月12日 12時29分30秒 | 風景光景

2007年に買った101ccのスクーター

経年劣化をごまかしてきたが、さすがにあちこちにガタが目立ってきたので、タイヤやらブレーキディスクやらを交換して蘇生措置を講じたのが2021年

ピカピカのタイヤを自慢したくて、さっそくちょっと出かけてみたのが9月25日。

 

が、生まれつきナマケモノのワタクシである、

画像整理を怠っていたら、走行ルートのメモ書きすらして残していないので、詳細な地名だとかの報告はできない。

見る人が見ればわかる景色だし、

ただ、滝尻あたりまで行ってみたという事でお許しを。

 

          

 

          

 

          

 

   

       

途中、こんな工事区間もあり、

 

 

次回に続く。

 

 


2年がかり

2024年04月02日 11時05分24秒 | 風景光景

時々通る道なんだが、たまたま桜が咲く時期に通った事がなかったらしい。

去年の今頃、こんな所に桜の木があったのかと気づいたが、先を急いでいたのでスルーしてしまった。

きっとそろそろ見頃だろうと思いだして、立ち寄ってみたら。

 

 

 

 

 

 

帰宅後グーグルマップを捜索して、地名を確認した。

 

 


見えるかなぁ?

2024年03月10日 11時30分17秒 | 風景光景

スヌーピー島と呼ばれだしたらしい。

場所はというと、ワタクシがたまに行ってみたくなる白崎海洋公園の近くにあるらしい。

いや、もともとそこに存在していて、ちゃんと島の名前はあるのだが。

 

で、現地に急行したら、すんごい強風が吹きすさぶ天候で、

 

奥の島と重なってしまうが、どうやら手前の島が容疑者であろう。

仰向けに寝転がってくつろぐスヌーピーの姿らしい。

 

もう少しズームして余計な部分をカットしてみた。

左側に頭があって、ポッコリとおなかが出っ張っていて、、、、、、、

なるほど、スヌーピーに見えないことはない。

けど、

なんとなく、

どちらかというと、

うつぶせに寝転がって悪い事を企んでいるケンケンに見えるのはワタクシの気のせいだろうか?

ケンケンといってもベースを弾く人ではない。

 

地図はだいたいこの辺り。Google マップ

白崎海洋公園に入ってすぐ右手に見える島を探してみよう。


道の駅熊野板屋九郎兵衛の里

2024年02月16日 15時58分55秒 | 風景光景

去年、2023年7月、紀和鉱山資料館へ行った話はすでにアップ済みだが、

資料館のすぐそばに『道の駅熊野板屋九郎兵衛の里』という、少々長めの名前の道の駅があった。

うっかり忘れていたが、今回は、ここの話をしてみよう。

資料館の敷地からはフェンスも塀も無い地続きで、こんなふうにそのまま歩いて行ける。

          

紀州鉱山の選鉱場の解説板があるところを見ると、この道の駅の辺りだったのかな?

昭和12年から53年まで操業していて、日本第2位の規模だったという。

知らないことだらけではないか、、、、、

 

          

北山砲と呼ぶらしい

その由来はここクリック。

 

          

 

ソフトクリームを食しながら休憩に専念したので、道の駅の内部の写真を撮り忘れているみたいだ。

 


今年も熊野本宮大社

2024年01月21日 11時12分55秒 | 風景光景

1月17日、今年も熊野本宮大社へ。

正月早々の混雑を避けて天気予報と相談してみると、こうなったのだが、自分のブログを捜索してみると、去年も1月17日に来ていた。

 

          

この階段を上ると、年々、膝というか太ももの笑い方が大きくなっている気がする。

 

          

          

          

          

 

無事に去年の交通安全の御守りをお返しして、新しい御守りをいただいた。

 

この辺の冬は随分寒い時が多いのでワークマンの防寒パンツを履いていったのだが、

どうしたわけかこの日は暖かくて、帰りはダウンジャケットを脱いで会談を下りたのだ。

 


着陸

2023年12月17日 14時47分26秒 | 風景光景

とあるグランドに休憩のために立ち寄ったら、なぜかドクターヘリが着陸していた。

どうしてドクターヘリだと断言できるのかというと、機体にそう書かれているからで、

しかし、その周囲にはドクターや看護師や医療関係者の姿はなく、パイロットらしき人物2人がヘリのへりに腰かけて休憩している様子で、

そもそも、このドクターヘリでこれから患者を一刻も早く搬送するぞという緊張感のかけらもはどこにも感じなかった。

グランドの外に、地元の農産物などを扱うショップがあって、そこの関係者とおぼしき人達が4~5人、遠巻きに眺めていた。

 

こっそり遠巻きに撮った写真を元に機体番号(?)をググってみたら、堺市に本拠を持つ航空専門学校が所有する機体らしい。

 

しかし、何のためにこんな所でのんびりしていたのかは全く不明である。

 

 


新参者

2023年12月15日 14時30分24秒 | 風景光景

道の駅で休憩しようと車を止めて降りてみたら、

気づかなかったけど、そこはエビとカニの水族館の入り口のすぐ前で、

なんか変な声あるいは物音がするなぁと思ったら、入口あたりでこんなペンギンたちが日光浴していた。

          

          

 

説明によるとケープペンギンという種類らしく、この子たちは少々高齢らしく、室内にいるよりも屋外で日光浴した方が体にいいのだそうだ。

ここに入館したのは2011年3月きりだが、既にその時にいたのかどうかの記憶が無い。

道の駅が人気になっているみたいなので、入館者も増えてるんではないかな?

 


紀和鉱山資料館 (3)

2023年12月08日 11時01分00秒 | 風景光景

あまり遠くに行ってしまうと迷子になる恐れもあるので、紀和鉱山資料館に戻る。

 

この紀和鉱山、

鉱山という名にひかれてやって来たのだが、さてさて、ここでどんな鉱物が取れたのかというと、ここに来るまで全く知らなかった。

それは、銅なのだという。

隣の県とはいいながら同じ紀伊半島に住んでいながら、この鉱山で銅が産出されていたなどとはほとんど知らなかったのが情けない。

(もしや小学校で習ったかもしれないが、習っていたとしてもすっかり忘れているのだよ。)

 

 

          

敷地内に、発掘作業に使ったらしい機関車やトロッコが。

          

ほぼ野ざらし状態で、かなり老朽化しているが、

はて?

果たして、こんなに狭い軌道で、こんなに小さい車両で掘り出した銅や作業員を鉱物を運べるものだろうか?

との疑問が沸いてきた。

          

          

もしやミニチュアサイズの模型か?

と思ったが、わざわざこんだけ経年劣化したミニチュア車両を作成するはずがないから、これはたぶん実物なんだろう。

鉱山の狭い坑道の中で運搬するのには、これくらいのサイズが必然なのだろう。

 

そばには足湯もあったが、コロナのせいなのかどうか、現在は使用されていない。

 

いよいよ紀和鉱山資料館に入館。

 

入館料¥310を支払って、まず目についたのがこの『熊野ジャズフェス』のポスター。

ずいぶん前に一度行ったことがあるが、へ~え、まだ続いてたのかと感慨にふける。

(この話はいずれまた)

 

 

展示室は2階。

          

あっ、誰かいる、とびっくりしたら、大庄屋の再現モデルだった。

          

          

アリの巣を観察するような坑道内の模型。

この中では荒くれ男達が働いていたのか。

 

このエレベーターで下に降りると、玄関前広場にあった線路に着いて、実際にトロッコ体験できるみたいだが、今は使われていない。

 

館内写真撮影はOKなので写真はたくさん撮ったのだが、これくらいにしておこう。

この日は、ワタクシの他誰も入場者はいなかったが、小中学生の社会見学にはもってこいの資料館だろう。

 

この後、尾鷲市方面に足を延ばす予定だったが、外気温はすでに30度を超えていて、道中、燃費低減のためにエアコンを入れずに来たので暑さがこたえた模様で、ぐったり疲れてしまった。

どうにも気力体力がよみがえる気配がないため、そのままさっき来たルートをUターンして帰宅した。

 

 


紀和鉱山資料館 (2)

2023年12月07日 11時23分16秒 | 風景光景

我ながらいつも以上にまとまりが無く要領をえない文章になってきたが、それはいつもの事だし、一から書き直すのは大変なのでご容赦を。

 

途中、順調に資料館に近づいたかなと思ったら、恐れていたようなセンターラインが無く、どうか対抗車が来ませんようにと祈りたくなる細い道が5kmほど続く区間があった。

すぐに引き返したい気分になったが、そんなときに限ってUターンできるスペースが見つからないし、目的地までの距離が一桁のところまで来ておきながら引き返すのはもったいないので、そのまま進むしかない。

交通量は少ないのだが、1度だけ重機を積載したトレーラーがやってきたので冷や冷やしたが、ちょうどカーブの外側が大きく膨らんだ所だったので、事なきを得た。

 

そんなこんなもあって初めて紀和鉱山資料館を訪れたのが今年7月4日。

上にリンクした公式HPにも載っているが、地図はこちら熊野市 紀和鉱山資料館 - Google マップ

 

          

入口付近にはこんなオブジェが迎えてくれたが、すぐには入館せずに、とりあえず周辺の散策を開始した。

 

          

資料館の裏側に流れている小さい川(板屋川というらしい)の橋を渡って対岸に。

川沿いの細い道を歩いてみる。

どういうわけだが、こんな所に船が置き去りになっていて、

さらに進むと、この先になんかあるみたい。

          

突如現れた休憩ベンチのあたりで左に折れると、

          

          

小さい公園みたいになっている。

 

その公園のトイレの左奥に五角形の立札が建っている。

近寄って確認してみると、そこに書かれているのは、

 

『この先にお菊という人の墓があって、

このお菊は現在の美浜町の庄屋の娘で、この地域の勝負事の元締めである九郎兵衛の妻だという。

九郎兵衛が勝負に出かける前にお菊に触れてから行くと、必ず大勝したといういわれがあって、

現在でも勝負事の前にお菊の墓に参るとご利益があるらしい。』

 

といういわれで、お菊の墓が案内されているみたい。

(お菊といっても姫路城の井戸に現れる有名な、お皿を数える幽霊のお菊ではない)

 

ふ~ん、

これが事実ならば、ギャンブラーにとってはかなり理想の妻ではないか。

でも、ここで気になったのは、お菊のどこに触れてから出かけて行ったのかという事だが、気にしない事にした。

 

墓には寄らず、さっきの公園の後方を歩いてみる。

 

          

さっきの案内板にあった藤の花ロードとは、これの事らしい。

花が咲く時期ではないので、特に目立つわけではない。

 

あと少し続く。


紀和鉱山資料館 (1)

2023年12月06日 17時06分59秒 | 風景光景

ワタクシの居住する県では、高速道路を整備することを長い間放棄していた。

なので、居住地から三重県南部に出る時は、山周りの本宮経由ルートか、太平洋周りの串本経由の2通りしか存在しない。

同じ三重県でも、亀山や四日市や津あたりに行くとすると、太平洋周りでは遠回りになるので、一旦北上して名阪国道経由の方がてっとり早い。

コロナ禍以来、いまんところ遠出するのは日帰り限定に抑えているので、熊野市尾鷲市方面あたりに行くとすると、

山周り本宮経由となり、R311で本宮→R168で新宮→一旦R42に乗って熊野市あたりから再びR311というルートを取る。

信号機も少ないし、距離的にはこちらの方が早いのだ。

(いやはや、この辺に地理に興味の無い方にはわかりにくいだろう、ローカルネタで申し訳ない)

 

近年、本宮ルートを走行していると、このまま新宮に出るつもりで走っているのに、熊野川町宮井というあたりでしきりにナビが左に行け左に行けと誘ってくる。

画面に表示される距離も時間も確かに左折すれば早いみたいだが、かといって10キロも20キロも違うわけではない。

だが、そのルートは恐らく今まで乗っかった事のないルートで、なんかどうも、地図上の位置関係をイメージすると、対向車が来るとすれ違う事ができない狭い道路につながりそうな予感があふれてくる。

ワタクシは、センターラインの無い狭くて対抗できない道路様式が苦手なので、そちらには行かずに、ついつい本来のルートを取ってしまう。

この熊野川町宮井というあたりで左折する道はいったいどんな道なのか?

と、三重県との県境近くに住んでいる知人に尋ねてみたことがあって、

帰ってきた返答は、あのルートはあんまりオススメできないという感じだったので、長い事、そのまま新宮市街まで移動していた。

 

その辺の地図はこちら熊野川町宮井 - Google マップ

 

それでも気になるので、グーグルマップの衛星画像でそのルートをグリグリとたどってみたら、どうも心配するようなクネクネで狭い道路には見えないが、途中になんか気になる施設が目に留まった。

『紀和鉱山資料館』というらしい。

 

え?

という事は、

このあたりに鉱山があったという事か?

と、全く知らなかった事が現れて(もしくは知っていたけどすっかり忘れてしまったか w)ちょっとビックリしたところで、次回に続く。