10月11日パルコ劇場で、ブライオニー・レイヴァリー作「凍える」を見た(演出:栗山民也)。
10歳の少女ローナが行方不明になった。それから20年後、連続幼女殺害犯が逮捕された。
犯人のラルフ(坂本昌行)にローナの母ナンシー(長野里美)、精神科医アニータ(鈴木杏)がそれぞれ対峙する。
2004年トニー賞演劇作品賞ノミネート作品の由。ネタバレあります注意!
舞台は奥から客席に向かって白い通路、それと交差するように横にも白い通路。
左側の壁か正面奥の壁に、場面ごとに短いタイトルが映し出される。
アイスランド系米国人のアニータは、パンツスーツ姿でカートを引き、自分の部屋の一つ一つに別れを告げる。
旅行にしては大げさだ。引っ越しなのだろうか。
が、途中で急に嗚咽を漏らし、床を転げて苦しむ。
「ダメ!もう飛行機が出ちゃう!」大声を聞かれないためか、バッグの中に嗚咽する。
しばらくして「もう大丈夫。よし!」と歩き出す。
この人、どこかおかしい!
ナンシー登場。事件当日のことを語り出す。長女イングリッドと次女ローナ。近所に住む祖母の家に、ローナは一人で花ばさみを持って出かけた・・。
次にラルフ登場。やはり当日のことを思い出して語る。
女の子が一人で歩いていたので「こんにちは」と声をかけたが、返事をしてくれない。
それでもしつこく「こんにちは」と言い続けると、8回目か9回目にやっと返事をしてくれた。
嬉しくなってバンに誘うと、乗ってくれたので、鍵のかかる小屋に連れ込んだ・・・。
このように、劇は大部分、この3人のモノローグで進行する。
アニータは英国に向かう飛行機の中で、パソコンで同僚にメールを打っている。
その文面が壁に映し出される。
だがやはり、その言動は奇妙で、この人物が何らかの精神の異常を抱えているのではないかと思わせる。
ナンシーは、行方不明の子を持つ親たちの会に入り、PTAなどで講演する。
「変な話だけど、これが天職かしら、と思う」「こういうことしてる時だけ生きてるって感じるの」
ラルフは、部屋に警察が来たが、何も出なかったと言う。彼は大家の女性に出て行ってくれ、と言われて引っ越す。
幼児性愛のビデオテープ(わざわざ外国から取り寄せた)をたくさん持っている。彼の所持品の大部分がこれ。
アニータは英国で講演する。彼女の専門は犯罪者の脳の研究。壁に脳の図や論文が映し出される。
アニータはラルフと面談する。
ラルフは体に触られることを極端に恐れる。
F で始まる言葉を思いつくだけ言ってと言うと、FOUR, FARM , FUCK の3つの単語しか口に出来ず、それらを何度も繰り返す。
こういう人も、例えば「スーパーで買い物するから商品を15コ挙げて」と言うと、ちゃんとできるらしい。
物を限定されれば、言えるという。
だが、自由に言葉を挙げて、と言われると、できない。
この場合も、単語を9つ以下しか挙げられない場合は、脳に問題があるという。
(評者は観劇後、早速やってみたが、幸い F ならばたくさん挙げることができた。
英語の場合、例えば Q とか Z とかで始まる単語は少ないので、この実験では F や S を使うのだろう)
アニータは、ラルフと面談中、彼の足が悪いことを発見する。
いつ怪我したのか尋ねると、いろいろ出まかせを言ってごまかす。
子供の頃のことを聞くと、適当にでたらめを話すが、父親のことを聞くと、ガタガタ震え出す。
彼女が思った通り、彼は幼児期に義父たちから性的虐待を受けていた。
アニータの研究によると、幼児期の虐待によって、脳は損傷を受ける。
前頭葉も海馬も2割ほど縮小し、その結果、善悪の判断ができなくなり、コミュニケーション能力も欠ける。
そして、自分に都合のいいように相手の気持ちを解釈してしまう。
例えば、少女が嫌がっているのに気がつかず、自分はその子に好かれていると勘違いする・・・。
アニータは講演で語る。
「この理論は、残念ながら世間に広く認められはしないでしょう。なぜなら、善悪の基準、犯罪、罪の概念が、根本から変わってしまうからです」
ラルフは義父たちに性的暴行を受け続けたために、脳に障害を負っていた。
真に罪深いのは、その義父たちなのに、彼らのやったことは家庭内の暴力ゆえ、彼らは裁かれることがない。
この青年は加害者だが、同時に被害者でもある。
まったくやりきれない重苦しいテーマではあるが、あまり知られていないことも多く、観客は舞台から目が離せない。
ナンシーは平凡な主婦のようだが、知的な人。
長女に背中を押され、ラルフと面会すると、昔家族で撮った写真を何枚も見せる。
その時は、ラルフも自然な会話ができた。
その後、彼に父親のことを尋ね、彼が苦しみ出すと、ローナの写真を見せて「ローナも苦しかったのよ」と言う。
ラルフはその時初めて、自分のしたことの意味を、おぼろげながら悟ったのかも知れない・・・。
役者は3人とも達者な演技。
ラルフ役の坂本昌行は初めて見たが、その熱演ぶりに驚かされた。
たぶん研究熱心な人なのだろう。
ただ、残念ながら滑舌があまりよくなく、下を向いて話す時などセリフが聞き取れなかった。
戯曲としては、冒頭のアニータのシーンが奇妙だ。
友人の夫と寝てしまったために、頭も心も混乱していることが原因らしいが、それだけとはとても思えない。
いきなり異常な振る舞いを見せられて、観客は「この人、どこかおかしい!何か病気持ってる」と思ってしまう。
飛行機の中でも異常な言動は続く。
だが英国に着いてからは、精神科医として講演を行い、シリアルキラー・ラルフとプロらしく慣れた態度で面会し、彼の精神状態を冷静に分析する。
その落差が腑に落ちない。
作者としては、ただ専門家が犯罪者を分析するだけでは単調になる、と思ったのだろうが、むしろ焦点がぼやけてしまうのでは?
そこが、戯曲としては惜しいと思う。
10歳の少女ローナが行方不明になった。それから20年後、連続幼女殺害犯が逮捕された。
犯人のラルフ(坂本昌行)にローナの母ナンシー(長野里美)、精神科医アニータ(鈴木杏)がそれぞれ対峙する。
2004年トニー賞演劇作品賞ノミネート作品の由。ネタバレあります注意!
舞台は奥から客席に向かって白い通路、それと交差するように横にも白い通路。
左側の壁か正面奥の壁に、場面ごとに短いタイトルが映し出される。
アイスランド系米国人のアニータは、パンツスーツ姿でカートを引き、自分の部屋の一つ一つに別れを告げる。
旅行にしては大げさだ。引っ越しなのだろうか。
が、途中で急に嗚咽を漏らし、床を転げて苦しむ。
「ダメ!もう飛行機が出ちゃう!」大声を聞かれないためか、バッグの中に嗚咽する。
しばらくして「もう大丈夫。よし!」と歩き出す。
この人、どこかおかしい!
ナンシー登場。事件当日のことを語り出す。長女イングリッドと次女ローナ。近所に住む祖母の家に、ローナは一人で花ばさみを持って出かけた・・。
次にラルフ登場。やはり当日のことを思い出して語る。
女の子が一人で歩いていたので「こんにちは」と声をかけたが、返事をしてくれない。
それでもしつこく「こんにちは」と言い続けると、8回目か9回目にやっと返事をしてくれた。
嬉しくなってバンに誘うと、乗ってくれたので、鍵のかかる小屋に連れ込んだ・・・。
このように、劇は大部分、この3人のモノローグで進行する。
アニータは英国に向かう飛行機の中で、パソコンで同僚にメールを打っている。
その文面が壁に映し出される。
だがやはり、その言動は奇妙で、この人物が何らかの精神の異常を抱えているのではないかと思わせる。
ナンシーは、行方不明の子を持つ親たちの会に入り、PTAなどで講演する。
「変な話だけど、これが天職かしら、と思う」「こういうことしてる時だけ生きてるって感じるの」
ラルフは、部屋に警察が来たが、何も出なかったと言う。彼は大家の女性に出て行ってくれ、と言われて引っ越す。
幼児性愛のビデオテープ(わざわざ外国から取り寄せた)をたくさん持っている。彼の所持品の大部分がこれ。
アニータは英国で講演する。彼女の専門は犯罪者の脳の研究。壁に脳の図や論文が映し出される。
アニータはラルフと面談する。
ラルフは体に触られることを極端に恐れる。
F で始まる言葉を思いつくだけ言ってと言うと、FOUR, FARM , FUCK の3つの単語しか口に出来ず、それらを何度も繰り返す。
こういう人も、例えば「スーパーで買い物するから商品を15コ挙げて」と言うと、ちゃんとできるらしい。
物を限定されれば、言えるという。
だが、自由に言葉を挙げて、と言われると、できない。
この場合も、単語を9つ以下しか挙げられない場合は、脳に問題があるという。
(評者は観劇後、早速やってみたが、幸い F ならばたくさん挙げることができた。
英語の場合、例えば Q とか Z とかで始まる単語は少ないので、この実験では F や S を使うのだろう)
アニータは、ラルフと面談中、彼の足が悪いことを発見する。
いつ怪我したのか尋ねると、いろいろ出まかせを言ってごまかす。
子供の頃のことを聞くと、適当にでたらめを話すが、父親のことを聞くと、ガタガタ震え出す。
彼女が思った通り、彼は幼児期に義父たちから性的虐待を受けていた。
アニータの研究によると、幼児期の虐待によって、脳は損傷を受ける。
前頭葉も海馬も2割ほど縮小し、その結果、善悪の判断ができなくなり、コミュニケーション能力も欠ける。
そして、自分に都合のいいように相手の気持ちを解釈してしまう。
例えば、少女が嫌がっているのに気がつかず、自分はその子に好かれていると勘違いする・・・。
アニータは講演で語る。
「この理論は、残念ながら世間に広く認められはしないでしょう。なぜなら、善悪の基準、犯罪、罪の概念が、根本から変わってしまうからです」
ラルフは義父たちに性的暴行を受け続けたために、脳に障害を負っていた。
真に罪深いのは、その義父たちなのに、彼らのやったことは家庭内の暴力ゆえ、彼らは裁かれることがない。
この青年は加害者だが、同時に被害者でもある。
まったくやりきれない重苦しいテーマではあるが、あまり知られていないことも多く、観客は舞台から目が離せない。
ナンシーは平凡な主婦のようだが、知的な人。
長女に背中を押され、ラルフと面会すると、昔家族で撮った写真を何枚も見せる。
その時は、ラルフも自然な会話ができた。
その後、彼に父親のことを尋ね、彼が苦しみ出すと、ローナの写真を見せて「ローナも苦しかったのよ」と言う。
ラルフはその時初めて、自分のしたことの意味を、おぼろげながら悟ったのかも知れない・・・。
役者は3人とも達者な演技。
ラルフ役の坂本昌行は初めて見たが、その熱演ぶりに驚かされた。
たぶん研究熱心な人なのだろう。
ただ、残念ながら滑舌があまりよくなく、下を向いて話す時などセリフが聞き取れなかった。
戯曲としては、冒頭のアニータのシーンが奇妙だ。
友人の夫と寝てしまったために、頭も心も混乱していることが原因らしいが、それだけとはとても思えない。
いきなり異常な振る舞いを見せられて、観客は「この人、どこかおかしい!何か病気持ってる」と思ってしまう。
飛行機の中でも異常な言動は続く。
だが英国に着いてからは、精神科医として講演を行い、シリアルキラー・ラルフとプロらしく慣れた態度で面会し、彼の精神状態を冷静に分析する。
その落差が腑に落ちない。
作者としては、ただ専門家が犯罪者を分析するだけでは単調になる、と思ったのだろうが、むしろ焦点がぼやけてしまうのでは?
そこが、戯曲としては惜しいと思う。