先日、夢・紙芝居事業で道後に行っていて、帰りに職場まで路面電車で帰ってきました。
そのときに、信号で停まっていると隣の車から石原裕次郎の懐かしい歌が聞こえてきました。
なぜか、その歌が郊外電車の社内に流れるBGMのように聴こえたのは私だけだったと思うのです。
そのときにフッと思いついたのは、観光客が路面電車や坊っちゃん列車(まちの中をアミューズメント施設の中だけでしかのれない列車に乗れるのは松山だけです)の中で、昔懐かしい歌謡曲なんかを流してみてはどうかなと。
でも、運行法みたいな規制が恐らく障害になるのかもしれない...
なんて勝手に想像したのですが、でも、この松山で「ホッ」とする思いを抱いてもらうためには必要だなと思ったわけです。
そういえば先日、麻田浩(あさだ ひさし)さん(音楽プロデューサー)の文の中に次のようなくだりがありました。
一昔前だったら「ジングルベル」や「ホワイト・クリスマス」が街に流れてくると「そろそろクリスマスだな、師走だな」という感じがしたのだが、最近、街でクリスマスソングを耳にする機会が減ってきたと思う。
騒音防止法などの規制の影響もあるが、もう一つには音楽が個人的な好みで聴かれるようになったからかもしれない。
季節が感じられる音楽が街に流れなくなったのは寂しい気がする。
私もそのとおりだと思いました。
中学生か高校生のときに映画「ホワイト・クリスマス(http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD8281/comment.html)」の中でビング・クロスビーが歌う同名の「ホワイトクリスマス」に胸ときめかしたものであります。
そして時代とともに、エルビスプレスリーの「ブルー・クリスマス」もよかったし、山下達郎の「クリスマス・イブ」も捨てたものじゃない。
これらの季節を感じさせる音楽がいつのまにか街から消え、個人の中だけにとどまってしまうというのは、まさに現在のコミュニティの本質を突いているような気がしました。
人の心に音楽があり、街中に音楽がある、そんなまちづくりがあってもいいかなと思いました。