近畿地方の古墳巡り!

歴史シリーズ、第九話「近畿地方の古墳巡り」を紹介する。特に奈良盆地・河内平野の巨大古墳・天皇陵の謎などを取上げる。

沖縄の歴史・文化 “琉球諸島”の地質・地層

2007年12月04日 | 歴史
琉球列島は、珊瑚礁起源の石灰岩が広く分布している地域であり、いたるところに琉球珊瑚礁の石灰段丘が発達している。

珊瑚礁が隆起した石灰岩で形成された沖縄本島は、“人類化石の宝庫”として知られる。このような珊瑚礁で底上げされたことから、動物の骨などの保存に適した地域であり、地質学上の更新世・考古学上の旧石器時代に属する化石人骨の全国発掘件数のうち半数以上が、沖縄県内で発見されている。

日本列島の更新世(170万~1万年前)人類化石は、ごく限られた石灰岩地帯から出土している。沖縄県以外では静岡県にあるだけで、これまで沖縄県内8ヶ所で出土した化石人骨は、共伴資料の“放射性炭素年代測定”及び化石人骨の“フッ素含有量測定”の結果から3万2千年~1万5千年前の“新人”に属することが確認されている。





写真は、沖縄那覇市山下町の第一洞穴遺跡現場の石灰岩層。

後述するが、那覇市山下町の第一洞穴から発見された“山下洞人”は、3万2千年前のもので、日本で最も古い人類化石として知られ、叉沖縄南部の八重瀬町にある“港川フィッシャー遺跡”から発見された“港川人”は、およそ1万8千年前のものと考えられている。

那覇港の南岸に沿って、ほぼ東西方向に直線的に連なる海抜40mくらいの那覇石灰岩の丘陵があり、丘陵の南側は緩やかな傾斜となっているが、北側は急斜面・絶壁を形成している。

沖縄の旧石器人は、周りを海に囲まれている環境に上手に適応し、飲み水が手に入りやすい、石灰岩台地の周辺部・海岸砂丘地などで生活していたと見られる。

この丘陵には幾つかの洞穴が開口しているが、上述の“山下町第一洞穴”は同丘陵の東端近くの海抜14~16mの北斜面中腹に形成されていたと云う。
これら洞穴は、地殻変動に由来した断層面の空間部と考えられている。

石器類など道具類が出土する旧石器時代の遺跡は、全国でも多数発見されているが、化石人骨の発掘例が極めて少ないこともあり、旧石器時代の人類については、現在ほとんど分かっていない。



写真は、琉球諸島沿いを流れる東シナ海の海流。
叉琉球諸島の特徴の一つとして、東シナ海の黒潮の流れは、大陸棚沿いの黒潮の流量が多く、特に水深が300~1,000mと急激に深くなる約50kmの範囲では、流量も流路も安定していると云う。

琉球諸島沿いの黒潮の流れこそ、古代から島々に経済的・外交的な恩恵をもたらしてきた。