近畿地方の古墳巡り!

歴史シリーズ、第九話「近畿地方の古墳巡り」を紹介する。特に奈良盆地・河内平野の巨大古墳・天皇陵の謎などを取上げる。

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縄文時代にも大規模な彗星衝突か?

2013年04月21日 | 歴史
2013年2月15日にロシア連邦ウラル連邦管区のチェリャビンスク州付近で発生した隕石の落下という天文現象と、隕石の通過と分裂により発生した衝撃波により引き起こされた自然災害が発生したことは記憶に新しい。

天文上の自然災害と云えば、6500万年前に小惑星の衝突がチリを舞い上げ、気候変動をもたらし、恐竜が絶滅したことは定説になっているが、日本では縄文時代に当たる1万2900年前にも、同様な彗星などの空中爆発か衝突が北米であったらしいことがわかった。



写真は、彗星が地球に衝突したイメージ。

この時期には、急速な寒冷化や人口減少が起きており、人類はすでに破滅的な天体衝突を経験していたことになる。

米科学アカデミー紀要にメキシコや米国などの研究チームが発表する論文によると、チームはメキシコ中部のクイツェオ湖にある1万2900年前の地層を分析。

通常は見られない、急激な加熱と冷却によりできたダイヤモンドの微粒子などが含まれていたことから、山火事や火山噴火ではなく彗星などの空中爆発や地上への衝突が起きたと結論づけた。

1万2900年前は、ヤンガー・ドリアス期と呼ばれる寒冷期が始まったころで、気温低下が続き、北米では人口が減少したり、大型の哺乳類が絶滅したりしたことがわかっているらしい。

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青森県蟹田町の大平山元遺跡とは!

2013年04月08日 | 歴史
東北地方の旧石器時代遺跡第二話をお届けします。

青森の大平山元遺跡群は、津軽半島中ほどの蟹田町西外れに所在し,旧石器時代(約16,500年前)から縄文草創期(約13,000年前)にかけての遺跡。

昭和46年に発見された一本の磨製石斧がきっかけとなり,発掘調査の結果,旧石器時代末期の特徴的な磨製石斧と同じ包含層から土器片が検出された。

土器を伴わない段階と見られていた,旧石器末期に土器が発見されたことから“歴史的事件”として大いに注目された。





写真は、大平山元遺跡現場。

大平山元Ⅰ遺跡は私有畑地にあり、文様の全くない親指大の土器片が30点ほど検出され、他方大平山元Ⅱ遺跡は八幡宮境内にあり、地層・石器形態から約16,000年前のモノと見られる、数多くの石器類のほか、石で囲った炉跡・焼け石なども見つかっている。

これらの発見は東北縄文文化の幕明けを物語る一大発見として脚光を浴びた。











写真上から、 石斧など石器類、槍先形尖頭器、削器、石刃及び両面調整石器など。

これらの石器類は大平山元Ⅱ遺跡から出土した旧石器時代のもので、遺跡現場付近から採取できる頁岩製で、今日でも境内の地表面から当時の石器片が顔を出していると云う。
石器工房跡かもしれない。

当時の人々の生活痕跡が窺い知れる。





写真は、石器類と土器片。

大平山元Ⅰ遺跡から出土した土器細片は、無文で隅丸形の平たい底部を持つ鉢形土器と見られ、これまで日本列島各地に分布していた、口縁部に「隆起線文」を持つ縄文草創期の土器とは異なる。

むしろ縄文草創期の隆起線文付土器に先行する祖源的土器と見られ、同一地層から出土した石器と見合う旧石器時代末期の土器と考えられる。

日本最古段階の土器と考えられ、樺太・北海道経由の北方ルートを辿り、遠くシベリアに土器起源を求める可能性を示すものとも云えるが、未だ大陸側には1万年以上古い土器の発見例がないと云う。

いずれにしても津軽半島には縄文文化黎明期を受け入れる文明力が十分備わっていたことを意味する、極めて貴重な発見であった。



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