過労死予備群の「食から笑顔になる生活」

夜討ち朝駆けで仕事する日々。忙しくとも自分なりの手間をかけて、美味しく笑顔になる生活を志します。

お料理は…人間の生きる力、幸せになる力、幸せにする力(土井善晴先生)

2019-04-05 06:00:00 | 食に関わる情報本


土井善晴先生のお弁当に関する特集を読もうと、「おかずのクッキング」2019, 4/5、No.221を求めました。
(写真は7頁の一部を撮りました。)

私は巻頭言を大事に思う質なので、最初から頁をくると、おぅ、「放送45周年を迎えて」とありました。

30年以上、この番組に携わってこられたと、紹介された、土井善晴先生の「幸せに豊かに生きることは、料理することだと信じています」と、タイトルされたメッセージでした。

その中に、お料理することについて、胸に届く詞が、ありました。
誰かのためではなく、自分が生きる力なのだと、うたれました。

正しく生きるため、生活者の視点、自分の楽しみ、と、私は思ってきた「料理する」こと。そこには、他にも大事な意味がありました。

そして、「食べることばかりが大事だと言われてきましたが、それ以上に『お料理する』が大切になると思います」と、詞は拡がります。

衣食足りて礼節を知る、になっていない現代、弱い人に寄り添うべき仕事をする私達は、何を教え育てていくのか、人間らしさに何が足りないのか、日々、考えています。
こういう視点で、料理することを、とらえ直してみよう…そう思う詞書でした。

書店でお手にとって、読んでみていただきたい一文でした。(ニッコリ)


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希望という言葉の輝き:希望のごはん

2017-10-26 07:55:11 | 食に関わる情報本
おはようございます。東京は久しぶりに快晴の朝を迎えました。光の方角に顔を向けたくなります!(ニッコリ)

明るい気持ちに、水をさす、ニュースの声。
「希望の(党の)惨敗をうけて…」

いいえ! 希望という言葉が、悲しく使われる朝に、負けてはいけない。



今朝の情報番組で、胸を暖める、本当の意味で使われる「希望」という言葉を、私は聞きました。通りすがりから、足を留めて聴き入り、さらにネットで調べもしました。

生きる喜びに、笑顔に、繋がる「希望」。知ったことを、誰かに手渡すごとに、私の中にも暖かさが拡がる「希望」。

■「希望のごはん」■
日経BP社、2017年7月、
Amazon Kindle版もある (20171026時点)

食を摂り、飲み込むことに難しさを生じた家族のための、介護食を工夫された料理研究家、アドバイザーの方のご紹介でした。
そのご家族は、食がすすむようになり、体重を戻し、手術もできて。お仕事への復帰も果たし! されど、再発から、儚くなられました。
その後、考案された工夫に満ちた食は、ブログや書籍に拡がり、沢山の食の取り方に工夫のいる家族を助けている、というお話しでした。

それが「希望のごはん」です。

流動食ではない、介護食とも、ひとくくりにしたくない。
柔らかく、飲み込みやすく、工夫に満ちているけれど。美味しそうって、手を伸ばしたくなる食。

食べて、美味しいなぁって声が、面差しに笑顔が浮かぶ食。
食す人も、作る人も、嬉しく思う食。

胸が篤くなりました。
美味しくお上がり、元気に笑って! 希望の食に。涙がこぼれました。



栄養を摂るために。
それは療養食、介護食の基本です。

柔らかく、飲み込みやすく、が流布されて、ペーストみたいな物と誤って伝わることが多いのです。
ですが、噛む力、飲み込む力は、ひとりひとり違います。
同じ人でも、わずかの体調や気持ちの在りかたで、日々、変わります。

そして、食欲、食べたい気持ちの有無も、大きく変わります。
食べたいと思わない物を、口に押し付けられるのは、苦痛です。苦しむ顔を見ながらも、必死に勧める、ご家族もまた、辛いのです。

どんなに栄養価が高くても、食べた物しか、体のたしにならないのです。

だから、食べたい気持ちにさせる、安全な食を探して、食事作りは難しい毎日になるのです。
介護食と普通食、一日に三回以上……。毎日が食べるだけ、生きるために、費やされて、心が疲れてしまう人も、少なくありません。残念ながら…。


美味しいものが大好きなご夫妻が、噛むことが出来なくなったパートナーを得て、様々な探索を経て、不安や葛藤を乗り越えて、試行錯誤に失敗して、そこから、美味しいという言葉を、ひきだす食にいきつく。

いま、必要とする人のために、と公開していく過程の中には、きっと、儚くなられたパートナーが、未来への希望を指し示して、にっこり微笑む姿があったことと、私は拝察しました。


注文した本の到着を待つまでもなく。私は、ネットで探索し、記事をよみました。
本日の私の記事は、以下の二つのリンクに基づいています。


日経ビジネス オンライン 「ダンナが、ガンになりまして」
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/102500028/?ST=smart

→このコラムを読むためには、日経BPの無料登録が必要です。
→こちらのコラムが基となって、書籍「希望のごはん」は編まれました。私が知る限り、日経BP初のレシピを載せたエッセイ本のはずです。(ニッコリ)


クリコ流 ひとりひとりの介護ごはん
http://curiko-kaigo-gohan.com

→こちらは介護ごはんを紹介するために、2015年に開設されたサイトです。
その適切な配慮には、この方のプロとしての意識の高さを感じます。語り口の穏やかさに、お人柄を感じる。いいサイトです。

中身を拝見しました。いま直ぐに介護食について探している方がいらしたら、みていただくのに相応しいとおもい、ご紹介しました。


本が届いたら、また改めて、と思います(微笑)。



アイビーは、古い株の、風雪に耐えた緑の葉の先に、柔らかい若葉が、季節を越えて、延びていきます。

生きることを諦めない、希望。
次の誰かに差し出される喜びが、希望。
希望は分かち合って、何倍にも拡がり、世界を暖める力になるもの。

希望という言葉は、紛い物ではありません。パンドラの箱の最後に隠れていて、世界を変える力です。
希望とは、決して、叶わぬ言葉ではない。負ける言葉ではないのです。
私は、信じています。

メディアの皆さん、言葉は正確に、略さずに使ってください。希望の党と。(微苦笑)


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今だから!真摯に語る書:一汁一菜でよいという提案

2017-02-22 16:00:00 | 食に関わる情報本


■一汁一菜でよいという提案
■土井善晴
■株式会社 グラフィック社
■初版第一刷 2016年10月25日

私は集中して読み込む質なので、読書は早い。されど、この書は、途中で何度も閉じて、考え込んだ一冊となった。

ご尊父と同じように家庭料理の指南者としての道を歩んだ方が、いま何故、一汁一菜でよいと伝えるのか? 私の疑問の応えになるかと、手にとった。

食は命を司るもの、喜びの日も失意の日も、人は食べて生きていかねばならないものと、私は考えている。作る喜び、食す喜び、沢山の学びと驚きに繋り、時に時間すら越えて思い出を甦らせてくれることを知っている。

何かが少し違うと思ったのは、数年前だった。
ひたすらに明るく、彩りが弾けるような食写真が、毎日持て囃されるネット世界をちょっと横目でみていて。
ニュースでは、学校給食以外に食べる機会がない子供のために、地域で食堂を運営するという話をきく。
食は人の生活を写す鏡のようなもので、流行り廃りも、地域差も大きいと解っていても……あまりに不自然な気持ちがした。
この国の食は、こども達は、どうなってしまうんだろう……。

だから、何十年にもわたって、日本の家庭に食を伝えてきた人達は、何を思っているのかと、貪るように読み始めた。



この本は、昔ながらのご飯、味噌汁、香の物の献立を作りなさい、の勧めではなかった。生活の形を調えるためのスタイルとして、一汁一菜にたち戻るとは、どういうことかを、伝えようとして書かれた本であると、私は思う。

著者は、初めにいう。
献立が考えられない、料理が億劫、めんどうと言う方に、この本を読んでほしい、と。
見映えのするおかずを沢山つくらなきゃ、栄養をとらなくちゃ、皿数が並ばないとミットモナイ、ご飯は不要……それに囚われて、疲れてしまうことは、本質ではないのではないか?と、著者は問う。

季節のある物を味噌汁に満たし、ご飯と、塩をあてた野菜=香の物、とを、丁寧にお膳に並べて、箸を揃える。
一汁一菜の形を調えて、それを頂くことが、日本の食の姿、基本であって不足が無かったはずだ、と。
足りなければ、お代わりをすれば良い。これだけを作ると思えば、毎日、やれないことがあるだろうか、と。

見せるつもりの無かった、と言う著者のプライベートの食の写真が並べられる。いつの季節か、他人が見て解る、一汁一菜のお膳(=ひとり盆)。
晴れの日ではない、ケノヒ=日常のありのまま。料理指南者の、暮らしの工夫を感じる、一汁一菜の当たり前さに、思わず微笑む。ベーコンとおくらの味噌汁、じゃが芋に落とし玉子の味噌汁、じゅんさいと豆腐のお椀。すいとんのお膳の日にはご飯がない(ニッコリ)。

書籍の次の頁には、晴れの日の美しいお椀、お膳が現れる。見事に調えられた豊かな食。
暮らしのなかのメリハリ…いや、神様に感謝する食と、毎日の基本の暮らしの違いを見るように感じた写真たちは、印象的だった。


著者は続ける。毎日の暮らしのなかの食事とは何か?
大切なことは、一日いちにち、自分自身がコントロールしている、心の置き場=食卓に、たち戻るという、生き方のリズムを作ること、だと。

今日、手にはいる食材(=旬の地産地消材料)で、味噌汁を作り、ご飯と、季節の野菜の塩漬けを案配する。
足りなければお代りすればよい。季節のものだから、美味しくないときもあってもよい。
だけど、一生懸命、作り続けること、この三角の落ち着いたお膳の前に、食事をすると思って揃うこと。感謝して、食す毎回があること。
ここを基本とすることで、毎日の暮らしをたてていく拠り所が在る、生きるスタイルを衛る姿勢。


いい日ばかりでなく、煩わしいことがあっても、一汁一菜のお膳に向き合って、自分自身がコントロールする基本にたち戻ることが大切だと、著者は繰り返す。

毎日の食事を一汁一菜と決めれば、悩ましさや面倒さから自由になる。それを毎日繰り返していれば、飽きも生まれるかもしれない。
そんな折りに、季節の魚をみて、焼こうかと思って整えて、家族も嬉しい、美味しいといってくれれば、そこに食を調える苦痛はないでしょう。できたことに喜びがあり、弾む会話に豊かさを感じるでしょう。
家族を喜ばせた満足感に、また用意してやりたいと思うでしょう。それは一汁一菜から生まれた気持ちです。
そうして、おかずが増えれば、汁物は足りないものを補うだけで良く、ひとりのお膳のなかでバランスをとれば、それが栄養を考えることになるのです、と著者はいう。テレビでの語り口通りの朴訥な言葉で。

器を選ぶのも、到来ものを分かち合うのも、基本の一汁一菜の先にうまれる、喜びの姿。
食事はすべてのはじまり。生きるスタイルとしての一汁一菜を、いまだからこそ、提案したいと、著者は後書きにも述べていた。


基本のある生活。自分が一生懸命生きることの基本を映したのが食。
自分が一生懸命、いきる姿を食に示して、子供を育てる場所が家庭の食卓でありたいと願う著者。

頁をくる私の手を止めたのは、暖かい涙。
あの時、あの食、おの声、思い当たるたくさんの瞬間。
自分に向けた、お上がり!の言葉。美味しいっという私に向けられる笑顔、もっと沢山お上がりっと、はげます言葉。(ニッコリ)
家族であろうとなかろうと、お互いに渡される喜びが、本当の栄養=糧(かて)だったのだと、気づき直す現在。

いま自分は作る年齢側にたって。
疲れていて、考えるのが嫌になっていても、自分が調えた食に、励まされているのは、実は自分だったのだと知る。
自分がコントロールする暮らし、生きて幸せと思う、一つの手技なのだと、気づき直す書籍だった。


貴方が食を大事に想う方なら、ぜひ手にとっていただきたい一冊です。
(過労死予備群 謹読)


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専門料理の50年、人が目指す未来に惚れる

2016-07-11 12:56:00 | 食に関わる情報本


柴田書店の「月刊 専門料理」が、今年、創刊50周年を迎えるとのこと。それを記念して、フランス料理、中国料理、イタリア料理、日本料理の四つのジャンルで、50年を振り返る特集記事が組まれました。
これが、とても見ごたえのある特集でした。
1966年から書籍に掲載された記事に基づいて、日本で表現された料理が、年代ごとに並び、そのジャンルがどう変わってきたか、誰を目標に据えて、伸びてきたのかが伝わってきます。
写真たちが語りかけてくる、素敵なアーカイブです。



このページは中国料理の1966年からの写真です。クロムスライドからの転写ではないかと思われる写真の時代故に、エッジはたりなくとも、艶やかなアイディア、伝統を健やかに現した料理は、いま見ても見劣りしません。



こちらはイタリア料理の1972~74年。トマトソースと小麦粉を使い込むオレンジ色の世界は、いま見ると懐かしくみえます。昭和の高度成長期に、銀幕のスタァ(笑)たちの手にあった、これが先端の色だったと気づきます。

フランス料理、中国料理の層の厚みは、日本人が取り入れてきた舶来料理、特に宴会料理に望んだことを如実に現しているとも思います。イタリア料理が、宴会→パーティ(笑)という場にたち位置をもったことが、近年の質量ともに増していく過程に、みえてきます。

各ジャンルごとの50年の変遷を語る見ごたえのある本でした。
また四冊のアーカイブを並べてみると、時代の影響によって、各ジャンルが融合し、進化しあう様子もみてとれます。

写真以外の寄稿文には、現代のジャンル・リーダーと目される方の、個々の思いも綴られていて、これからも料理は様々に変わっていくだろうと、読み取れました。それを体験していきたいっと、ワクワクしました(ニッコリ)。

50年、さまざまな時代に、様々に料理が生まれ、広がり、あるものは消えていきました。これで決まりって固定された料理もあれば、変わり続けるもの、新しく生まれるものもあります。
食したら消えてしまう料理、されど記憶に残る幸せのために、日々、苦心する料理人もいます。

この本に編まれているのは、創造と表現にしのぎを削る者の姿です。
その仕事は、書籍を経て、やがて街の個人食堂へ、テレビに紹介されて、さらに家庭の食へと徐々に拡がっていったのでしょう。

現在は情報拡散はさらに早くなりました。新しい料理はネット上に現れて、瞬時に世界中に拡散されると感じます。より多くの模造品が生まれ、本質が伝わりにくくなっています。どこかで見たようなもの、奇をてらっただけのものに、残念なことに、感動しなくなってきています。
そんな今日にみるからこそ、このアーカイブに編まれた料理一つ一つが、輝いてみえます(ニッコリ)。料理人を成長させ、時代を動かしてきた料理は、いまも魅了してやみません。

料理が好きな方に、見ていただきたい、素晴らしい50年分のアーカイブとおもいます。


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驚きや輝きを写真に留める:書籍紹介

2016-03-10 17:32:00 | 食に関わる情報本
届いたばかりの本を、愛車内で一読(笑)。写真を撮る…いや、創りこんでいく視点の面白さに、学びがありました。



■いつもの料理に撮るたのしみを
「作って撮る ごはんと写真」

福岡 拓
発行:株式会社 日本カメラ社、2016年4月1日

職業としての料理写真家である著者の写真が、私は好きだ。食材の、器の、いい表情をきりとり、天然より自然に見えるからだと思う。
この人は、料理を苦にしない人だろう。繰り返して、ブラッシュアップし、撮りたい価値まで高めていく人だろう。。。この人の仕事をディスプレイで見る度に、いつか、撮る時の彼の視点の動きを追ってみたいと思っていた。この本は予約して待った。

まるでレシピ本のように、料理の立ち位置ごとに分類されて、料理は章だてされている。章の間に、写真に係わる情報が編まれている。
それぞれの料理ページは魅力的だ。
見開き一枚に、完成した料理写真が大きく載り、調理の過程がテキストで添えてあり、ポイント数を下げた活字で、何故そうしたかのコラムが書かれている。

このコラムに、著者のエッセンスが惜しげなく示されている。これを読んで、写真を見直す。自分の中に、新しい視点が生まれてくる。

一読して、プロの写真家だと舌をまく。この料理をどう見せるかに添って、器も、調理の過程も、盛り付けも創り込まれていく。断面がみえることのみずみずしさ、器を見切ることで生まれる躍動感、等、普段の食卓では、並ばない楽しさが感じられる。

それをテクニックと感じさせれば、ピカピカのカタログ写真になってしまう(苦笑)のに、著者の写真は種明かしをしても尚、天然を切り取ったかのように自然にみえる。なぜだろう…。

誰かを満たして消えていく食を、著者は愛しんでいて、喜びや驚きを写真に留めておこうとしているのだろうか? いや、写真を切り口にして、喜びや驚き、日常に見過ごされていく輝きに気づいて欲しいと願っているのだろうか。
さらには、喜びや輝きを作り出しているのは、貴方であり、貴方の生活なのだと、写真を通すことで知って欲しいというのだろうか。

福岡さんの写真は、生き生きとしていても静かさを感じる。まるで、日常の片隅、昼下がりの縁側のように。そこにも、輝くものがあると魅せてくれる。

イベントではない日々の糧である食。当たり前のように、ここに在るけれど。誰かの労作、誰かの手を通して、あるいは、美味しくたべてねっという願いをのせて、ここに在る。
食べやすいようにと、隠し庖丁をいれ、やけどしないようにと人肌に保つ。冷めないようにと葛粉をはる。
食べさせるための工夫があるならば、食へ意識をむけるための魅せる写真の工夫もあっていい。
飾り事の写真ではない、生きる工夫を学ぶような写真の、撮り方を学んだ書籍だった。
(過労死予備群 謹読、20160310)



あ!お料理本としてならば、レシピは今風と思います。”だし汁“と記されているだけですので、鰹節か昆布か干し椎茸か、想像力を働かせてください(ニッコリ)。

この本をダッシュで買った訳がもうひとつ! それは、こちらの見開きですっ!(笑)
ジャアーン!



Nadia投稿のお二人として、我らが金魚さん が、ちょりママさんと、見開き一枚づつ紹介されています。
どんな風に、写真たちが産み出されてくるのか。それぞれのスタイルを、垣間見せてもらいました(ニッコリ)。

金魚さんの撮り方は、想像していたようにダイナミックで、嬉しくなってしまいました(笑)。
ちょりママさんの工夫も、丁寧で頷かされる。
それぞれが選んだやり方が愛おしいと思いました。(ニッコリ)


それぞれの生活の傍らに、カメラはあると私は思います。
最初に自分のカメラを持った十の時から、現実を切り取る目として、カメラの力を信じてきました。土門 拳氏を敬愛しています。
今日、福岡さんの本から、またひとつ、写真の力を意識しました。生涯、ひとは精進だと思いました。



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「みんなのおうちカレー」を読む

2014-11-16 08:34:21 | 食に関わる情報本
おうちカレーの写真とレシピ、エッセイが20セット、集められたアンソロジーを読みました。
テレビや新聞でお名前をみる20人の方が、ご自分のカレーを作り、カレーやカレーのある風景についての思いを語られている本です。
カレーって不思議…こんなに違うのに、でもカレーだって解る(笑)。それが面白くて、本屋で買い求めた本です。

■みんなのおうちカレー、㈱柴田書店、2014年
美味しそうな写真よりも魅力的だったのは、エッセイだった。
父の背をこせないカレーの思い出。
丁寧にスパイスを並べているときに、ちゃんと暮らしていると安心する気持ち。
自分の原点を捜すような気持ち。
昭和味のカレー(野菜煮込みにカレー粉にうどん粉、と書かれていて…惚れた)から、どろどろと粉っぽさを抜いて、懐かしい気持ちに美味しさを添えてやるカレー・ライスを作る和食職人。

食は、時を越えるパスポートであり、自分を振り返るマイル・ストーン。胸が篤くなる一冊だった。


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明日も私たちのお弁当 (クウネルお弁当隊)を読む

2014-10-17 01:14:30 | 食に関わる情報本
夜休む前に、リラックスするために読む本は、いつからか食に関する本が増えてきました。どこで頁を閉じても構わない(微笑)、正否を考えなくていいのが気楽だからでしょう。
そんなジャンルの中での、気に入りのシリーズの三冊目を手に入れました。

■明日も 私たちのお弁当
著者:クウネルお弁当隊
発行所:株式会社マガジンハウス
第一刷:2014/09/19

雑誌「クウネル」の連載で、2009年春以降に掲載された方から60人を選び、100個のお弁当と共に、編まれています。(レシピが添えられている料理もあります。)
お弁当作りのポリシーや、何がモチベーションを繋いでいるか、等、それぞれの声が聞こえてくるような編集は、一冊目から引き継がれていると思います。
お弁当自体は、見られることを意識した、クウネル調の写真(苦笑)が、二冊目よりは減りました。
それでも、この本を開くと、何か生活の芯のような存在感を感じるのです。理想的な光をあてて、煌めく水滴を撮ったようなファミレスの写真…には無い力を。
ささやかながらも、今日から繋がる明日の暮らし…幸せの一部を支えている食、小さいけれど確かな力を感じる本でした。


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書籍 「おかず2品のお弁当」

2014-05-08 17:34:49 | 食に関わる情報本
こんにちは、一週間が短い!木曜日が暮れていこうとしています。
嬉しい本を週末に手に入れたので、ご紹介します。

■ウー・ウェン流 おかず2品のお弁当
講談社、2008年

この表紙をみた時に、私の好ましく思うお弁当!と、ワクワクしました。
北京料理、粉物の工夫が学べる、ウー・ウェンさんのご本でした。
「小さい箱の中で栄養のバランスや理想のカロリーをとるのは無理。バランスは一日で考えればよいのです。」
炭水化物と蛋白質で、お腹がすかないように…「美味しいと思える、腹持ちのよいお弁当」
そのコンセプトに、私は共鳴します。

炭水化物、蛋白質、野菜。バランスの良い、箸が伸ばしたくなる工夫が、さらりっと書かれています。
油を使う炒め物、お酢を活かす野菜料理…お弁当に入れるには、私には工夫が要ると思っていたジャンルを、補ってくれる強い味方の一冊になりそうです。よしっ!(笑)


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懐かしく蘇る親子競作本

2014-03-30 10:59:29 | 食に関わる情報本
おはようございます。雨の日曜日です。都内の桜は三分から五分咲き、この雨は乗り切ってくれると思います。

ダイブ待った本がamazonから届きました。

■「カツ代流 しあわせごはん・ケンタロウ流ウマイめし」
講談社から2000年に発行された本。
同じテーマや食材を、二人がそれぞれに料理して、見開きに並ぶスタイルのレシピ本です。

発売された当時は、本屋で立ち読みしただけでした(苦笑)。親の七光みたいにケンタロウさんを見ていた頃でした。
いま読んでみると、全く違った。塩加減や彩りの組み方は似ているけれど、二人のベクトルは違っていました。
カツ代さんは、時間がなくても安定した味が作れるように考えていて。ケンタロウさんは、驚きがある実験ごはんを作っていて。
カツ代さんの味の中で育って、その先へいくことを選んだのだなって思いました。

本の中の写真の二人は、それぞれに輝いています。発行された2000年、その前後、お二人は並び立つ仕事の日々だったのでしょう。
今はお二人の新しい仕事に出会うことは出来ません。だけど、本の中のレシピは今も魅力的に誘います。いのちを持つ、っといえば伝わるでしょうか。14年前であるのに色褪せない凄さ。
分野は全く違えども、こういう活きる仕事をしたい…そう引き締まる一冊でした。
親子で競作できる…厳しいけれど、誇らしい時間だったろうと、思いやる本でした。


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本ヲツマミニ、共に人生をおくろう

2014-03-12 18:58:01 | 食に関わる情報本
アクセスするたびに、心ときめき、見入ってしまうblog「花ヲツマミニ」。
「さぁ、召し上がれ」と私にむけて差し出されたように感じる美しいお膳。どう食べようかと目移りするお料理の組み立て。この調味料や什器を買い求めて、私も作りたいっ…誘惑が一杯で危険な(笑)大好きなblogです。何故、ご本がでないのか、ずっと怪訝に思っていました。
ついに朗報!写真もレシピも、ほ助さんの手による、美しいご本の形に編まれました。驚きと喜びと共感を感じる、素敵な書によせて、私なりの感想をおかせていただきます。

[書評]
■「花ヲツマミニ」のワンプレート料理 -アクセスが絶えないブログの秘蔵レシピ
■著者:稲垣美穂(ほ助)
■発行所:SBクリエイティブ株式会社

待ち兼ねていた本を手にとり、頁をめくる。美しい写真にワクワクと心おどる。
ふと違和感を覚える。構図が違う…いつもの拡がりや奥行きではない。目が一点に、まさに料理に引き寄せられるのだ。

料理本だから!
料理を作るためのテキストの写真として、著者はこれらを選んだのだ。
著者の眼差しと息遣いを感じる料理本、という位置付けに、先ず驚かされる。
驚き故に、眺めるのを止める。居住まいを正して"はじめに"から読み始める。

記憶を辿る時に、食も想い出すと語る著者が調えるワンプレートの数々が並ぶ。
一皿の写真とレシピが、一頁にきっぱりとまとめられている。レシピは淡々とプロセスを追い、平明な言葉で簡便に書かれている。機能的な料理本として編まれている。
著者の息遣いは、所々に差し込まれた枠囲みにある。組み立てや盛り付けのヒント、アレンジのアイディア等が、秘め事を耳打ちされるかのように、用意されている喜び。
艶やかなワンプレートの写真に目をやれば、その組み立ての妙に心打たれる。季節や彩りを考え尽くして、余計なモノが無い端正なプレートへの驚き。季節ごとに、毎年、繰り返して作られたであろう料理は、美味しく楽しんで貰えるように、選ばれて一皿に盛られたことを確信する。
このワンプレートの後ろには、積年の著者の食卓があるはずだ。そのエッセンスを一頁づつに集約する…気の遠くなるような孤独な道程の果てに、この料理本は編まれたことだろう。読み手は完成されたエッセンス、実りだけを受け取る。なんと贅沢なことだろう!
興奮に喜びが加わる体験は。74皿分だけではない。繰り返して読むごとに、気付きがあり、ため息をつくのだ。

「ただ、誰かを一瞬でも笑顔にできること。そして誰かが喜ぶ姿をいつも目にすることができる作り手は、中でも一番幸せだと思うのです。」

慎ましやかな微笑みと祈り。
”はじめに”や”終わりに”に書かれた著者の言葉に、料理する日々の暮らしの幸せを思う。
私を幸せにして、と願う人は多い。誰かを幸せにしたい、そして幸せに暮らしたいと願う人は少ない。
著者は料理を通して、手ずから喜びを作りだし与えて、笑顔と喜びと幸せを受け取っている。繰り返す日々の暮らしの中で、笑顔が人生を彩っている。

この本は、料理を通して他者も自己も幸せである人生の第一歩へ誘う道標(みちしるべ)である。
美しいモノを見た、だけで本を閉じないで欲しい。著者の想いに共感した読者ならは、きっと料理をしたくなるはずだ。美しい什器が無くても、千切りが揃っていなくても、心をこめて、食卓を調えよう。

「花ヲツマミニ」
書を傍らに、言葉に思いを巡らす。
心を込めた一皿が、その食卓のありようが「花」なのだ。花を摘み、その「花ヲツマミニ」彩りを増した日々をおくろう。手ずから調えた食から生まれる喜びの笑顔を受け取り、記憶を分かちあいながら、日々を重ねて生きていこう。

この本は、料理を通して他者も自己も幸せである人生、それを自ら作りだそうとする者へのエール(応援)でもある。

謹読:過労死予備群 (2014/03/12)
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