過労死予備群の「食から笑顔になる生活」

夜討ち朝駆けで仕事する日々。忙しくとも自分なりの手間をかけて、美味しく笑顔になる生活を志します。

選択肢のある時代を目指して:国際福祉機器展

2018-10-11 04:04:39 | 曇り空に旗をたてる
2018年10月11日に日付けが変わる頃、豊洲市場は仕事をはじめています。
わずか四日で、次の場を開いていく。
生活を支える食の力の凄さを感じます。求める人の層が、厚く広いからこそ、出来るのです。(微笑)



同じ、ゆりかごめ沿線では、オリンピックの選手村や関連施設の建築や改築が進んでいます。
こちら、東京ビッグサイトは、中継放送の拠点になる予定です。

通常は、様々な見本市、展示会に使用されている、巨大スペースです。

10/10から10/12まで、超高齢社会を支える展示会が開かれています。



第45回国際福祉機器展、というサインがみえるでしょうか?
福祉機器、というのは、様々なニーズにこたえる道具の総称です。

車椅子? ベッド?
いいえ、それだけではありません。

指先の力が弱くなった人のための道具があれば、毎日の暮らしが楽になります。
意思表示がしにくくなった人の目の動きを拾って、気持ちを掴む道具があります。

正しい道具の使い方ができれば、人は宇宙でも、深海でも生きていくことができるのです。
その道具があることを知らなければ、チャンスは拡がらない。皆の苦労と工夫と、未来への選択肢の集積が、国際福祉機器展です。

始まりの頃、1970年代は、交通事故や労働災害による障害を負った人のための車椅子を、戦争負傷者を抱える国=アメリカ、福祉大国=北欧等から、輸入して見せる、小さな集まりだったと聞きます。
高価で買えるものではなかった、大きな車椅子をみて、日本でも使えるようにと、折りたたみ車椅子が工夫されはじまります。

80年代、だんだんと、在宅の寝かせたきり高齢者を、どうしたらよいのか、社会が問題としてとらえるようになり、様々な輸入品が展示されるようになります。

90年代、寝たきりの対応から、生活するための道具にも広がりが持たれていきます。

2000年代、車椅子を自家用車に積める道具が、見られるようになってきます。介護保険で使える道具が増えて、市場が形成されるようになりました。
選んで使うことが始まってきたのです。

2010年代、スポーツのための道具が展示され、病院で使われていた道具が家庭でも使えるように工夫されてきています。

そして今年は、Paralympicsを支える力として、アスリートたちの協力を得て、体験会も開かれるようになりました。
アジアを含む、福祉機器の市場の掘り起こしの基点となっています。


豊洲市場は四日で開けるけれど……。福祉機器を選んで使って、豊かに暮らすまでには、45年間の積み重ねが必要だったのです。
そして、尚、日本の中でさえも、選べる道具があることを、まだ知らない人や街があるのです。

知識に基づく選択肢を活かして、人は、自分の意思を、最後まで大事に暮らせる社会に、近づけていきたい……。それは家族の願い、ひいては、ご自分の未来です。
老いや病は、切ないことだけれど、それを補うものがあることを知ってほしいと思います。

もうひとつ、大事なことは、福祉機器は市場をもった、ということです。競争がうまれ、価値が作られれば、選択肢が増えるのです。
社会の一隅で、病気にも、老いにも諦めずに、選択肢を用意し続ける人達がいることを、知っていただきたいと、この記事をかきました。


会期は金曜日まで続きます。一般の方の入場も、記名の上、可能です。
道具だけではなく、どんなサービスを在宅で受けられるかを相談する場所もあります。バラスポーツの体験も可能です。
関西でも、時期を違えて、開かれます。福祉機器展をキーワードに、検索してください。

知識を得て、選択肢をもつ、超高齢社会に、消費者の一人として、ご参加ください。

2018/10/11 記。
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人が集まり準備が進む、豊洲市場

2018-10-10 14:36:53 | 曇り空に旗をたてる
豊洲から、ゆりかごめに乗ると、すぐに「市場前」につきます。半年前は養生シートの青に包まれていた、駅前に車が行き交っていました。





役目を終えた築地市場から、引き継がれる豊洲市場の準備に、人が集まってきているのが、高架鉄道から見ていてもわかります。



市場のメイン・ビルディングに明かりが灯り。



トラックヤードに保冷車がみてとれます。



積み出しベイにも人の姿があります。
長く眠ったままの場所に、人が集まって、市が動き出そうとしています。



東京臨海部。職住接近の空間を駆ける道路たち。ここに日本中のお魚が集まり、世界にも散っていく。
空にひろがるように。新しい市場が、未来の食を支える喜びに満たされていきますように。
もはや都民の台所ではなく、世界のTsukijiを引き継ぐ、Toyosuが始まるのです。


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人の心を折ることの容易さ

2017-04-26 06:03:00 | 曇り空に旗をたてる
★注意喚起★
★食の記事ではありません★
★強い怒りの表現を含んでいます★
★メディアに掲載された心ない表現が、テキストに含まれています★




本人でなくても、耳にする言葉に愕然とし、哀しくて、悲鳴を飲み込むしか出来ないときが、ありませんか?
異国の選択肢であっても、世界の未来を思って、暗澹とした思いに胸を抱え込むことが、ありませんか…。

言葉に無神経であって、その言葉が人の心を折り、絶望しか生まないことへの想像力がない。
失言だから、取り消す? そんなことは有り得ない。言葉は、発せられたら、命をもち、力をもつ。
だから、誓いの言葉があるのです。


原発事故がなければ、暮らしていた場所に帰らないのは、自己責任か?
「東北だからあの被害ですんでよかった」のか、首都圏ならもっと被害になったはず?! だから何?
「学芸員は最悪のがん」。がんは病気のひとつであって、善悪を忖度されるものではない。
「東北を走った汚れたトラックを、きれいな九州にいれるな」 復興支援の物産展への搬入にぶつけられた、たった一部の人の言葉の切なさ。
「イスラム教徒の移民がアメリカの安全を犯している。アメリカの利益を損なうのは敵だ。win and winはない。勝つのは俺だけだ、相手は敗者だ。」


これらの言葉をきいて、気持ちのよい人がいるだろうか?
いや、居るのかもしれない……。現在、沢山の心に闇が拡がっているように感じています。

失言ではないのだと思う。本人は、その通りに思っているから、言葉にでているだけだと思わざるを得ないのです…。


自分じゃなくて、よかった。気の毒だし、大声じゃいえないけど………。
そんなケースに直面した時、どんな言葉を発するかを、一呼吸して、想像してみてください。

自分が、家族が言われたら?
その気持ちをもって、言葉と向き合って欲しいと、切望します。

政治家だから、ではなく。
毎日の暮らしのなかでも、同じだと思います。
いや、明日もあわねばならない、身近な人にこそ、想像力を発揮して欲しいと願います。
言葉は、取り返せない。そう知ってほしいと願います。
自分も、自分を戒めて、います。弱い人の側に立つからこそ、より厳しくなくてはと。未だ道なかば、です。

世界は変えれなくても、今日、出会う誰かとの関係に、何かできることはある。無駄であっても、そう信じたい。



投げつけられた言葉に、哀しい気持ちを抱く方へ。
しょうがない、当事者じゃないから、わからないのだろうって、許さなくていいから!
どうぞ怒ってください。
何、言ってるんだって!

同じ酷い思いをしたら、分かるようになるよって、呪いの気持ちをもたない、優しい人よ。自分達だけで、孤独に苦しまないでください。

無力さに言葉をなくした、沢山の人は、あなた方と同じ痛みを感じることができるのですから。
私達は同じ。自分が苦しいものを、人に押し付けない、尊厳を信じる人間です。
どうぞ、潰れてしまわないで!

2017/04/26朝 過労死予備群 謹書
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We are one. 心はひとつ ……忘れないこと。

2017-03-11 11:30:00 | 曇り空に旗をたてる


六度目の3月11日、東京は明るい陽射しに恵まれた朝でした。
六年前も晴れた朝でした。あの朝、誰も予想しなかった大震災と大津波。本当の災いは、天災ではなかったと知る日がくるなんて…。

あの時から失われた生命と暮らしに、重ねてお見舞い申し上げます。あの日のままにいて、苦しむ方に、せめて暖かい陽射しが届くようにと、お祈り申し上げます。


六年たって避難解除になったとして、そこに戻る決断ができる方が、どれだけいるだろうか? 生まれた子供が小学生になるほどの時間と思えば、別な暮らしができてしまったことは想像できます。

避難先と頼む場所での、フクシマの子供達への卑劣な暴力は、ご家族や同じ境遇の方々を、どれ程苦しめたか。
死なないで生きて、話してくれた少年の勇気に、涙し、拍手する大人も沢山いるって、伝えたいと思います。
………
震災で命の大切さを知った君は、きっと素敵な大人になる。弱い者に石を投げて、自分の憂さ晴らしをする者、群れてやれば自分は悪くないって思う者は、実は沢山います。君はそうしない人になるはず。一人一人が生きている価値ある存在なのです。命に勝るものはない。手を差し伸べる人間の強さをもって、どうぞ生きぬいてください。
………

避難先での生活を切り上げて、帰宅困難地域の周辺に、移り住む人達も増えたとききました。
原発の補償金で、土地を買い漁って新築して、飲み屋に通って、気楽なもんだ。他所もんが土地を乗っ取って、違う言葉で大声で話していると不愉快だ……と、本来、その土地に住む人が苦々しく思っている、との話を聞くこともありました。

同じ県内でさえも、わかり会うことの難しさが、時間経過で生じていると聞くと、胸が苦しくなります。
経過支援に関わる度に、「完全な余所者だけど、居なくならない協力者」には、ズキリッとした言葉がこぼされることがあるのです。当事者だけでなく、当事者の周囲の戸惑う声も、また、すくいあげる方法はないものでしょうか。


時間経過と共に、工事で補えない傷が拡がっているようで、余所者であっても切なくなります……。

「絆」という言葉が日本中に広がった年のバングルは、今日なお、私の手元にあります。アレ(メルトダウンした放射性物質)が封じ込められる見通しがつく日まで、私を励ます言葉です。

被災地、復興、原発避難、帰還困難地区……他人事に聞こえる言葉達……。

いいえ!
自分があそこに暮らしていたなら……そう思う創造力があれば、社会はもっと変わるはずです。そう信じています。
苦しむ人には忘れて欲しい…。ですが、私達は忘れないでいましょう。難しいけれども。

2017/03/11 過労死予備群 慎書


★追記します
★今日、Y!で出来ること!

【本日、「3.11」というキーワードで検索された方おひとりにつき10円が、Yahoo!検索から東北復興のために寄付されます。】
※※※ web文面からコピーしました。ありがとう! ※※※
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寒空に…もうひと息! (ねじ曲げられるアメリカに)

2017-01-27 06:41:00 | 曇り空に旗をたてる


ふっくら! 我が家の梅、あとひと息!
1/27、曇り空、氷点下の夜が続いているなか、ちゃんと準備してくれています。
小さな花ひとつだって、人を晴れやかにできる。まして、人間はもっと出来るはず。



必死でベルリンの壁を壊してきた世界に背を向けて、自分だけ一番でいたい醜い欲望で壁を作る。
壁は人を拒むだけでなく、自分を閉じ込める檻でもあると気づかないのか。

ホワイトハウスのウェブから、毎日、人間の努力の積み重ねが消されていく。
アメリカの環境データ・二酸化炭素の排出量データ等。
性的マイノリティの人達への配慮を促すページ。
移民に関わる情報サイトからの南アメリカ系言語の削除。

人間が平等であり、お互いに尊重され、だれもが幸福を求める権利があること。叶えるために、人間が重ねてきた努力の長い歴史。
アメリカの建国の歴史は、自由と平等を求める。その旗のもとにあったはずなのに……一週間で消されていく願いに、悲しみが突き刺さる。

毎日きかされるニュースに、胸がつぶれる想いがする。人を差別する表情と仕草に、ふつふつと怒りが湧く。
テレビの画面から目をそらして、植物をみれば、つぶれるな、きっと春はくると聞こえる。

世界中で負けないでいよう。
人はみんな違って、素敵なんだと。生まれた国や性別、変えられないものによって、差別するのは間違いだって、言い続けよう。
生まれた国を棄てていかなくてはならない哀しみを、分かる世界でいてほしい!
皆が、それぞれに幸せに生きる権利を、お互いに大事にしよう。

人と逢う度に、上下をつけて、自分が上だと言いたい人は、どこにでもいるけれど(苦笑)。それを無視して、フラットに尊重しあう社会を作り続けよう。

希望と理想を棄てたら、人間と地球に未来はない。


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陽射しの下のゴーストタウン:ゆりかもめ車窓から

2016-12-26 17:17:00 | 曇り空に旗をたてる
こんにちは。先週木曜日には20度を越えた東京は、今日(月曜日)は、2度台の朝でした。温度差の大きさは、師走のボディブロウのように効いてきます。皆様、お気を付けて。

さて、先週後半、仕事の都合で東京湾臨海部にたちよりました。
新交通システム・ゆりかもめの車窓に、朝陽を浴びて、きれいに立ち並ぶ建物群をみました。



何か違和感……。ゆりかもめは、展示場や住宅地、JRやメトロを繋ぐから、割に人が動くのに?
整然と並ぶ建物にも、広い街路にも、車も人影もない…。乗り降りする人もいない? 何故?

「市場前駅」。機械音声のアナウンスに、はっとしました。そうか、ここは、豊洲新市場へのアクセスポイントになるはずの駅でした。

時間に忘れ去られたゴーストタウンが朝陽を浴びていました。

築地市場から移転が決まった場所は、埋め立て地で、都市ガスの製造が行われていた工場がありました。六価クロム、ベンゼン、ヒ素、水銀等が検出され、市場の移転反対運動は、ずっとあった場所です。
それ故、地盤改良工事に、多額の税金が投入されてきた経緯は、容易にたどることができます。

築地市場の老朽化は、よく語られますが、2001年に移転が決まった場所に、新規の建築投資が成される訳はないでしょう。築地市場は東京都の管轄ですから、個人が整備に関わる部分は限られています。

東京都はかつて、築地市場跡地について、森ビルに検討委託し、癒着が問題化した経緯も公開されています。再開発が巨額な利権の対象となることが明らかだからです。

都民の台所、だけではなく、ニッポンの魚市場として知られたTSUKIJIの未来はどうなるのか? 食の安全は担保できるのか、働く人の暮らしはどう守られるのか、問題は不透明です。



走り出したゆりかもめの車窓には、開業が延期された都バスのプールも見えました。
立ち並ぶ新しい高層住宅、2020年オリンピックにむけて整備予定の有明地区を、車窓にみることが出来ます。
豊洲新市場で、新たに計測された地下溜まり水の汚染は、周辺エリアには関係ないのか…?
公開されない情報は、疑心暗鬼の源たりえます。

人の命に関わる情報は、十分に開示してほしい。犯人探しよりも、未来への橋渡しに大切な姿勢であると、私は思います。

輝くゴーストタウンは、食はむりでも、他に用途転用が可能かも知れません。経費をあせって、誤魔化してはなりません。30年先に禍根を残してはならないと思います。
既に私達は、原発廃炉にむけた重い長い負担を負っているのです。命と暮らしを、蔑ろにしてはならないと思います。

年の瀬に、切ない気持ちになる今年の決算報道を、多々、ききます。何もできないけれど、忘れずに見ていて、それを共有することは、誰にでも可能な時代です。
どうぞ、忘れてしまわないで下さい。私達みんなの未来です。


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山茶花が開く朝に、言葉に震える…

2016-11-23 07:30:00 | 曇り空に旗をたてる
★食の話題ではありません★
★防災に関する意見提示です★



11月22日早朝、空気が重いと思っていた私の側で、スマートフォンから警報が鳴り響きました。30秒後に地震が起きる、と。
朝食の準備の手をとめ、作業を整理、安全なドア枠の側にスタンバイ。
あ、大きい、だが揺れかたに距離がある…。東京じゃない。
震度5の表示、えっ。また福島県か?
あ、続いて、きている。津波警報、発令! 太平洋岸に!

窓からは穏やかに咲く山茶花が見えているのに…。
テレビに「避難!」が繰り返し、警告される朝になってしまいました。
到達予想時刻は6時半、3m!
あの311の時は、最初の津波は50cm足らずだったはず。きちゃうの? やっと5年なのに。
目がテレビに釘付けで。福島県いわき市小名浜港の港湾ビデオには、引き波や渦が映し出されて。胸が潰れるようでした。


NHKのアナウンサーの避難を呼び掛ける、大切な言葉。
「東日本大震災を思い出してください。そこが安全だと思わないでください。命を守るための行動を今すぐとってください。」

……311の日、勤務先で職場待機。対応準備しながら見ていた映像が、蘇ります。流される車、家、炎上するタンク、渦巻き流れながら燃える海。あそこに居た人はどうなったんだろう……。

実際にあの場所にいなくて、映像をみただけなのに。支援隊で後から何度も入っただけなのに。ぎゅうっと胸をつかまれ、体が冷えていくように、私は感じました。

ああ、大丈夫だろうか?
あの日を思い出した人の脚が止まってしまわないか? しまいこんでいた絶望感に一杯になってしまわないか? 座り込んで泣き出してしまわないか…。

防災訓練を思い出して、瞬時に行動を決めて、動かねばならない時に。行動を促す言葉は、これが最適だろうか?



震度5に見舞われた方々に、お見舞い申し上げます。
防災に全力を尽くして下さる皆様に、感謝します。
津波の来襲は免れ、傷害被害も幸いなことに小さくて、本当にありがたく思う今日です。

だから是非、次も無事に。減災につながる活動を、より効果的にするための検証を、続けていただきたいと、切に願います。

1) 避難を促す言葉や画像表示は有効か。もっと適切な表現はないか。
2) 日本語を理解しない人に、伝える方法は適切か?


昨日の、「避難」「TSUNAMI」が赤と黒で、表示され続けるディスプレイは、旅人にとって、自分の現在地が、含まれているかが、わかったでしょうか?
2020年、沢山の異国からのゲストを迎えた時に、あの情報提示だけでは助けられないのではないかと、私は不安になりました。
地域の防災訓練に参加していない、言葉で伝えられない人を、どうやって避難させるか、は具体的に決めて、知っておかねばなりません。命と安全を守ることは、最高のオモテナシのはずです。

この課題をしっかり根付かせる時間がありますように。自分も身の回りに呼び掛ける言葉を考えていきます。
自然災害は避けられないけれど、被害をできる限り小さくできるように。皆でできることをしましょう。

過労死予備群、謹書。2016/11/23

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パンドラの箱をあけた日

2016-11-10 06:58:38 | 曇り空に旗をたてる
★ 食の記事ではありません ★
★ 政治と時代について書いています★



■先のみえないサスペンス


■トランプ 上げ潮


■崖っぷち


■トランプだっ。そういうこと。


Walt Disney、エジソン、キング牧師を敬愛している自分にとって、昨日は、ステイツが終わった、と感じた日になりました。
「先のみえないサスペンス」とCNN が報じた時に、BBCは、ヒラリー・クリントンのアメリカは来ないかもしれないと、報じていました。


アメリカ中西部の多勢を占める、豊かではない白人保守層の、突き上げる拳を見るような開票結果でした。

一歩もアメリカから出ない人たち。自分の利益を損なうのは、生意気な女や移民だと思っている人たち。
テレビのコメディのように、冗談だよっていえば、何をやっても面白いって思う人も。
そして、自分が失うものがないから、他人が、世界がどうなっても構わない人たち。


選挙や裁判は、勝つためなら、何でもする場所と時間です。
ですが、今回は、人を差別し、冒涜し、爪弾きにしてもいい、自分の利益のためなら!と繰り返し、刷り込んでしまいました。

アメリカの建国の理念を否定する行動がまかり通って、誰も止めれなかったのです。

弁護士で成功し、大統領夫人で母親で、何でも持っているヒラリーが嫌い、という感情論だけで終わってしまい、政策論争にもならないまま、世界有数の権力者が決まってしまう恐ろしさ。

努力し、夢を現実に変えようとする人間よりも、アメリカに生まれた、だけで勝つはずと信じる人間が、これだけ増えていること。
他者の権利なんて省みなくていいと、表明しても恥じない社会になって、と願う人間が、これだけ増えたのです。


誰もが幸せになりたい、自分らしく生きたい、って願うのを、性別や国で否定する人が、トップに選ばれてしまったアメリカ。
皆で幸せに、平和に生きたいって、頑張るなんて馬鹿馬鹿しい。自分だけ大事って、言ってもいいんだ。誰かが嫌っていっても、正直にやりたいようでいいんだ。だって大統領がやってるよ…。
パンドラの箱を開けてしまったアメリカ。強大な権力をもつ国家が、自国中心になったら、世界はどうなってしまうのか…。


昨日の暗澹たる気持ちでした。
一晩たって、一つ、大事なことを思いだしました。
パンドラの箱には、沢山の災いの最後に、いい ものが残っていることを。
それは「希望」です。

実際の投票者の人数では、ヒラリー・クリントンが過半数を保っているから、良識は死んだわけではなく、危機にひんしているだけ、と願います。
権力構造が多様化しているアメリカでは、大統領がいうだけでは実現しないことが多いのも、事実です。


だけど……それらの希望をつらねても、消せない落胆が、私にはあります。肌の色は越えたけれど、性別の壁は、まだ越せないのか、と。自分で選べないものが、壁なのか、と。

それでも、明日、世界は終わらない(ニッコリ)。私達は、生きていかねばなりません。ちゃんと食べて、眠って、笑って、自分は流されずに、歩いていきたいと、励まします。

(2016/11/10 アメリカ大統領選挙の翌日に記す。)
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人にはそれぞれの実りがある!

2016-08-02 17:48:00 | 曇り空に旗をたてる
★食に関する話題ではありません★
★苛烈な表現を含みます。いま、悲しい気持ちの方は読まないでください。★


こんにちは。自分のなかでは時代が変わったような気持ちになった週末でした(苦笑)。世間に目をむければ、あれだけの惨い殺害事件も、都知事選挙も、全部、オリンピック開幕にむけて流されていくのか、空恐ろしさを覚える瞬間があります。



我が家のトマトは、着実に紅さを増し、一気に実りに向かっています。どうして知るのか、鳥達が味見にきて、まだ実り足りないっと、つつき散らすだけです(苦笑)。網の間が見えているらしく、なかなか強敵です(笑)。


時が満ちれば実る植物であっても、天候や水不足には思い通りとはいきません。
まして、人であれば! 一生かけても、実りと言い切れないこともあるはずです。

ですが、人には、他者の判断を必要としない、それぞれの幸せ、充足感をもつことができます。それを他者に説明できない場合もあるでしょう。
時間がかかっても、いつか、それぞれの豊かさに気づく日が、みんな違って、それでいいのだと思います。


自分の価値しか認められない弱さより、貴方が理解できなくても、他者がそれぞれに幸せであるかもしれないことを認める強さを、もって欲しいと願います。

自分に解ることは、わずかかもしれない。そう認める強さをもって欲しい、とも願います。

皆が違って、それぞれが納得して活きていける。一つの価値基準を押し付けるのではなく、選択肢のある社会を作っていくことを選ぶ。
そういう社会を作っていく、一つの小さな力でありたいと、私は今日、思っています。

もちろん、全く違う価値をもつ人もいます。他者を殺してでも、自分達しか正しくない、と言い張る人がいて、世界中で殺されていく人がいます。
悔しくて虚しい。だけど無関心でいてはならない…と思います。

皆がそれぞれに、生きていける世界でありたい!

生物であるならば、同種を殺すのは、相手を喰わねば、自分が死ぬときだけです。喰わないのに、殺さないで欲しい。生き物の本能すら守れないなら、それはモンスターでしかない…そう悲しく思います。
人で無いものを裁く法は、あるだろうか。
言葉にならない、されど、逃げてはいけない質問と思います。

いま、闇を見ているかもしれない隣人がいれば、伝えてください。
あなたに人でいて欲しいと。いや、生き物であってください、と。

過労死予備群、迷いながらも記す…。20160802
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moralという言葉の重さ、道の遠さに胸打たれる

2016-05-28 08:42:50 | 曇り空に旗をたてる
★注意:料理や食を楽しむ話ではありません★


2016年5月27日は、私にとって大きな一歩に気づかされた日になった。一人の人間によって発せられた言葉と願いが、いつか歴史を変える力になって欲しいと、切に願う。

現職のオバマ大統領が最初の原爆投下地で、「被爆者」に献花し、何を語るか。アメリカの大統領であるからには、regretではなく、futureを語らねばならないが、それを核廃絶とつなげて、どう話すだろうか。

オバマ大統領が2009年にプラハで行った、核廃絶にふれた演説と対になる、平和を希求する最後の演説になるだろうと、私は待った。

日本のメディアが切り取る、都合のよい単語の羅列ではなく、公式にホワイトハウスがながす、献花式全体の映像を再生して聞いた。これには安倍総理のスピーチの英訳が含まれている。
それを聞いてから、ニューヨークタイムズによって記録、書き起こされたテキスト全文を改めて読んだ。

聞くだけで解る、平明な言葉を選び、曖昧さに逃げることなく語った彼は、意思の人だった。

以下は私の覚書を含む。

※※※※

あの日にここで何が失われたか、彼は語り始める。日本人、韓国人、アメリカ人が亡くなっていることを悼む。
だが、悲惨な死は広島だけではなく、人類の始まりから続いていると転じる。世界大戦は世界中に、その悲惨な記録を残している、ことも。
豊かで進歩的な国々の間で、戦争は生じ、いまなお高い理念を語る宗教が、殺人の許可を与えている。
科学技術の進歩が効果的な殺人機械を作り出している。近代戦争はそれを教えている…広島はその証だ、と彼はいう。核の拡散膨張を導く科学の革新は、同じように、道義的な革新(moral revolution)を必要とする、とオバマ大統領はいう。

この時点で彼は日本におきたことに対して、「核」という言葉を使わない。
ここにきて、広島で、爆弾が落ちた瞬間を想像し、沈黙の叫びを聞く、と語る。今までも、そしてこれからも、無垢の民が殺されたことを、私達は覚えていて思い出す、と続ける。
誰が行為者であるかに係わらず、命に対する冒涜があったことを、彼は認めている。

いつか、被爆者の声を聞けなくなっても、1945年8月6日の朝の記憶は、決して消えることはない。この記憶が、私達の道義的な創造力(moral imagination)を満たし、私達が変わることを後押しすると、彼はいう。

ここで、彼の話は戦後社会に転じる。恐怖の日々を乗り越えて、希望を与える選択をしてきた、と。
日米は同盟であるとともに、友愛を育んだ。ヨーロッパは戦場を、経済的な結合と民主主義て塗り替えてきた。
未だに、テロや破壊の狂気に負けないための行動に、終わりはない。
人が悪魔がやるようなことをする能力を封じることはできないかもしれない。それは、国家間同盟は、自分達を守らなければならないからだ。しかし、我がアメリカを含む核保有国は、恐怖の論理(the logic iof fear)から解放される勇気を持たなくてはならない、と彼は話す。

ここで初めて、彼は「核」という言葉をつかう。
恐怖の論理とは、久しぶりにきいた…。米ソ冷戦の頃、核兵器をもち、相手に攻撃される前に、核兵器をつかうことで生き延びる、という脅し文句があった。日米同盟は核の傘にはいり、日本が生き延びる方法だと新聞に書かれた時代があった。
その愚かしさを積み重ねて、地球上には人類を何十回と殺し尽くせるだけの核兵器があり、はじめて、核をもっていても、全滅という終わりの日は来てしまうことに、人は気づいた。そして核不拡散条約がはじまる。
本当は、使えば終わり、なのだから、一斉に処分すればいいのに。世界はできないでいる。
相手が隠し持っていると思うから。持ってるぜって脅せば、相手が一歩ひいて、優位にたてると、知っているから。人間の自己偏愛と他者不信の証が核兵器だと、私は思う。

彼は、自分の生きてる間に、人類は恐怖の論理から逃れられないかもしれない、という。それが出来ないかもしれないけれど、未来へ続け、核不拡散につなげなくてはならないと、いう。

それでも、未だ十分ではなく、人類としての一人一人だという意識、関係性を作り出していかなくてはならない。これができたら、人間は特別な種となる。過去の過ちを繰り返す遺伝子から、解き放される。私達は、学び、選び、子供たちに違う未来を語ることができる。お互いを尊重する意識(人間性)を共有し、戦争をすることをよしとしない、狂気に容易に負けてしまわない未来を。

(そうなって欲しいと、私は願った。どうしたら、今の時代を切り離せるだろうか…。)

オバマ大統領は続ける。
被爆者に、それらを可能とする物語を教わると。
原爆を落とすための飛行機を操縦していたパイロットを、許した女性。自分が憎んでいるのは戦争そのものだからと、気づいたから。
ここで殺されたアメリカ人の家族を探してくれた男性。自分達が失ったものと、アメリカ人の家族が失ったものは、同じ、同じ大事なものだったと、信じていたから。

(そうだ、命令された人間を人殺しと憎めない。殺させたのは戦争だ。人の命と価値に、国境はない。だけど、苦しんだ人間が、こう思うまでの道程は、どんなに遠いことだろう。そして、踏みつけた側は、それにきづくだろうか…。)

そこで彼はアメリカの建国の思いを語る。人は平等に作られ、生命、自由、幸福を求める侵されない権利を、与えられた、と。国内でも難しいこともあれど、世界中にひろげていき、全ての人、全ての命は価値ある大切な存在であり、ひとつの人間家族の一部であると、語り続けなくてはならない、と。

(これは少し違うと、私は感じる。一つの家族でなくても、違う家族が尊重しあう村であっていいのじゃないか…。)

これが、広島にくる理由。私達が愛する人と同じと考えるから。朝、子供たちから向けられる笑顔。台所のテーブルで交わされる優しい会話。両親の抱擁。71年前のここにも、同じ素晴らしい瞬間があったことを思い、考えることができる。

(抱擁はなくて、正座して挨拶だったかな。笑顔は無理かな、あの時代の日本に(笑)。でも、言いたいことは伝わる。表現の形は違っても、その時代なりの幸せ、子供がよかれと願ったはず。)

亡くなった人は、私達と同じ。普通の人なら、そう解ると、私は思う。戦争を望んでなんかいない。人を脅かすのではなくて、生活をよくするために、科学は使われて欲しいと思っている。国家やリーダーが選択するときには、このシンプルな希望を叶えてほしい。これが広島から学んだことだ。

(ああ、初めて一人称をつかう。願いを言葉にしようとしていて。アメリカ大統領よりも、バラク・オバマはこう願っている、普通の人なんだ。)

広島で、世界は永遠に変わってしまった。だけど今日、この街の子供たちは平和に毎日をおくっている。なんて素敵なことか! これを守り、全ての子供たちに広げよう。
これが私達の選ぶことができる未来。そして、核戦争の夜明けの場所としてではなく、私達の道義的な目覚め(moral awakening)の始まりの地として、広島と長崎がある未来である。

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このあと、安倍総理が語る。71年前を乗り越えて、今日がある。日本とアメリカの友好と同盟が、子供たちの未来を守る。。。

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最初に思ったのは、優しい気持ちがあるスピーチだと。「被爆者」という言葉を、彼は二度、敬意をこめて使っている。あの日から、「被爆者」として生きねばならなくなった人を、静かに慮り、労う気持ちがある。自国の総理大臣が振り返りもしない、差別を感じさせてきた日本語を、意味あるものにした。
人の名前を呼ぶことは、その存在を認めること。きっと広島のあの日を知る方たちは気づいたと思う。


次に思ったのは、平和を目指す道程の難しさだった。オバマ大統領は三度、「moral」をつかった。核兵器をもつ恐怖の論理をのり越え、平和を求めるための力は、戦争その物を憎み、お互いを同じ価値あるものとして尊重し、受けいれ、許しあうこと。そのmoral は、戦禍に倒れる人と時代を想像し体験し、過去を切り離すような革新的な変革をとげて、立ち上げなくてはならない。いまだ、夜明けより暗い、目覚めの時期でしか世界は居ないのだ、と気づかされる。

これが世界有数の武器、核兵器をもち、経済と人権を誇った国の大統領を二期つとめて、彼が至った答、伝えたい願だった…。
何万人殺しても、世界は平和にならないって、どうしたら、アメリカの普通の人は知るんだろう?
そして今、壁を作り、危険な奴を排除しろ、と声高に叫ぶ人間がまた現れている。ここから又、戻っていってしまうのか?

そして、日本でも。一発殴らせたら、握手してもいいよ、一歩ひいたら頭をふんづけて、友達になってやるよ…そういう振る舞いに恐怖を覚えさせて、戦争への道を開こうとする動きがみえる。
なぜ、今日であった、二つの国民が、平等に新しい始まりを迎えて、笑えないのだろうか。お互いが、自分と同じ価値を認める、という単純なことが、できない、教育の根底はなんだろうか。

さらに思う。moralとは、長く宗教によるものだった。信教を尋ねることは、その人間のモラル・ハザードを知ることだった。何が善悪であるかを教わっているかをしれば、社会のなかでお互いに生きていけるからだ。
オバマ大統領がいうモラルは、これではないのだ。新しい意味を持たせることを、彼は提案したのだ。生命を守るモラルのある未来を。


一人一人の心の中に、平和の砦を築かなくてはならない、と私は思う。自分と同じ人間で、私達は今日から未来へ共に歩くのだと覚悟して。
お互いが、そう思える日には、あと、何が要るんだろうか…。
相手より得したい、自分が正しい、相手を奴隷にしたい、どうしたら、その根をきれるのか。
難しい、とても難しい。

誰にも殺されたくない。権利や尊厳を侵されたくない。誰も殺したくない。幸せでいたい。今日あった笑顔は、明日もありますように。未来は、もっと良くなる、そう信じて、この世界を次の世代に引き継ぎたい。
そのために、ちょっとは我慢する。皆で同じように譲り合おう。

皆が願って欲しい。そう信じたい。


2016*528 過労死予備群 謹書。
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