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(写真:サクラタワーから臨むヤンゴン市内)

ノーベル平和賞の授与式に中国の民主活動家劉暁波が出席できなかったばかりか、家族も出席できなかった。
おまけに中国は自分の息のかかった国や、同じような「政治的悩み」を抱えている国に「授賞式に出席しないように」と働き掛けた。
おかけでフィリピンやキューバなどが出席を取りやめ。
おかしなことになっている。

中国国内ではノーベル賞のニュースが流れそうになると、海外テレビがシャットダウンして何も映らなくなるというのだから、その検閲方法は徹底されている。
さすが、人治国家だけのことはある。

中国という国はほんとおかしな国だ。
やっていることはかつての全体主義国家と変わらない。
異民族の住む隣国(例:チベット、ウィグル)を侵略し、自分の領土に組み込んで、そこへ自国民族(漢族)を移住させ、もとのネイティブな人たちは他の地域に移住させる。
市長や町長、村長といった他の国にも存在する行政の長もいるに入るが、選ばれ方が不明瞭。
第一、共産党員でなければ公務員たる行政の長にはなれない仕組みになっている。
したがって、法はあって決定するのは人次第。
共産党に気に入られなければ、何も決定することができない仕組みになっているのだ。

街にも毛沢東という、大変な人物の肖像画が掲げられている。
20世紀希代の殺人者だ。
毛沢東は1950年代、1970年代に大躍進、文化大革命と称しながら、気の向くままに数千万人の自国民を死に追いやっている。

どこの国でもだいたいそうだが、対立する国の人々は死に追いやっても自国民は大切にするものだ。
ところが毛沢東はそうじゃない。
自国民の命を簡単に奪ってしまう人だったのだ。
そういう人の肖像画を「罪はない」と今も掲げる中国という国の神経を疑う。

そういう国に、どの企業も、どの国も、投資を惜しまず進出している。
「色々買ってくれてありがとう」
というところだ。
質より量の人口が、消費社会にとってはなんとも魅力的に見えるのだろう。

一方、小国ミャンマー。
ノーベル平和賞受賞者のスーチー女史が軟禁されたら、先進諸国はこぞって経済制裁。
輸出入を制限し、軍事政権に圧力をかけた。
おかげで街は英国支配当時そのままで、最大都市ヤンゴンでも停電が頻繁に発生。
雨が降るとすぐに下水が溢れて洪水になる。

麻薬取引に明け暮れる少数民族を退治したら、
「マイノリティーの弾圧だ」
といちゃもんをつけられ、さらなる経済制裁。
そもそも少数民族に麻薬栽培を教え込んだのは植民地時代の英国政府と商人で、ミャンマーにして見れば、
「お前さん方だけには言われたくない、民族問題」
というところだろう。

このミャンマーは多少インチキしても選挙をする国。
先述の中国と違って民主的だ。
事実、20年前には真面目に選挙をした実績も持っている。

地球の歩き方には「政治的発言はしないように」と戒めているが、案外、人々が影では政府の悪口を言っているのもミャンマーの民主度か。

ということで、結局にたような物かも知れないが、ミャンマーを訪れるたびに、どうして中国は投資先でミャンマーがそうならないのか。

国際社会の矛盾点をひしひしと感じるのだ。

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