平ねぎ数理工学研究所ブログ

意志は固く頭は柔らかく

百発百中の砲一門は百発一中の敵砲百門に対抗し得るか

2008-02-27 23:18:25 | 数学

阿川弘之:「井上成美」、新潮社、から引用

ここから-------

「来年こそ『決勝』の年/持ち場職場で頑張らう」と、スローガンめいた大きな記事が大晦日の新聞に出た。
兵学校も、年末年始の休暇返上で昭和十九年の正月を迎えた。
護雅夫学生の専攻は東洋史だが、新年早々から国史の講義を担当させられることになった。
-中略-
半人前の武官教員になった彼は、兵学校の教室で平泉史学と皇国史観の批判をした。
日本の歴史を、ああいふ神話から始めるのはまちがひであって、
考古学を基礎にした自由な研究が進まなくては駄目なんだと話すと、
さすがにもう、軽蔑的態度を見せる生徒も見当たらなかった。
皆おとなしく聴いてゐるけれど、あとで彼らは作業簿に感想を書きこむ。
それを点検した分隊監事の大尉少佐たちがけしからんと言ひだし、「あんなことを言ってくれては困る」と、
何度か彼のもとへ苦情が持ちこまれた。
それでもやめなかった。
ある日、井上校長が突然彼の教室へ入って来て、空いた席に坐り、三十分ばかり授業参観をして行った。
校長の前だけ取繕ふのがいやで、護はいつも通りの講義を続けたが、
翌日史学科の科長に「校長から御注意が届いてゐる」と言われて、ギクリとなった。
それはしかし、護教官の講述のテンポが速すぎるといふ注意で、皇国史観については言及が無かった。
そのうち彼は、この学校に学問上の自由が存外温存されてゐるのを感じ始めた。
校長の意図が反映するのか、昔の伝統が尾を曳いてゐるのか、多分両方であらう。
図書館に柳田国男や折口信夫の本がたくさんあるし、
白鳥庫吉博士の著作を借り出して読むのにも、制限なぞ全く無かった。
これは学者の卵の予備学生教官たちが、大なり小なり皆気づいてゐることであった。
二期の物理学教官清野節男少尉は、教官昼食会の席上、井上から雑談風に、

「百発百中の砲一門は百発一中の敵砲百門に対抗し得るといふ東郷元帥の言葉を、一つ数学的に証明して見給へ」

と言はれた。確率論からすると、あの命題は誤りでありまして、数学上の証明は出来ません。
正しくないといふ証明ならできますが、さう答えたら、井上がにやッとして頷いた。

ここまで-------

さて、前置きが長くなりました。
東郷元帥の言葉を清野節男少尉に代わって一つ数学的に証明してみてください。
正しくないという証明でもかまいません。
ただし、砲弾は両者とも100発とし、百発一中の敵砲は1門につき1発しか撃てないものとします。

ロンヤスさん、どうです?


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